狩野山雪という男について、私はこれまで幾度となく、その冷え冷えとした画面の奥に潜む、ある種の「毒」のようなものを感じ続けてきた。世の美術評論家たちは、彼を京狩野の正統なる継承者だとか、奇想の画風の先駆者だとか、そんな味も素っ気もないレッテルを貼りたがるものだが、私に言わせれば、彼はただの絵師ではない。あれは、自らの潔癖さと、どうにもならない世間との折り合いのつかなさに悶え苦しんだ、一人のあまりにも純粋な、そしてあまりにも不器用な、言わば「芸術の殉教者」ではなかったか。 山雪、その本名を光家。九州の肥前で生まれ、ひょんな縁から京狩野の棟梁、山楽に師事することになった。養子に入り、その才能を愛でられ、家を継ぐ。これだけ聞けば、なんとも順風満帆なエリートコースのように思えるだろう。しかし、現実はそんなに甘いものではない。当時の画壇は、徳川の威光を背負った江戸狩野の探幽たちが、圧倒的な権勢を誇っていたのだ。彼らの描く絵は、明るく、広々として、どこかお気楽なほどに開放的だった。いわば、新時代の勝利者のための絵だ。それに対して、山雪が守らなければならなかった京狩野の立場は、なんとも寒々しい、影の薄いものになっていた。 私は、彼の描いた『老梅図襖』を見るたびに、胸が締め付けられるような思いがする。あの、ねじ曲がり、のたうち回り、地面を這いずるような梅の幹。あれは単なる樹木の写生ではない。山雪自身の、あるいは没落しゆく京の美学の、断末魔の叫びではないか。彼は、まっすぐに伸びることができなかったのだ。江戸の軽やかな空気に溶け込むことを、彼の矜持が許さなかった。だからこそ、彼は細部にこだわり、極端なまでに理知的で、ときに不気味なほどの幾何学的な構成に逃げ込んだ。梅の枝があんな風に直角に折れ曲がるはずがないと、物知り顔で笑う連中もいよう。だが、山雪にとっては、あれこそが真実の形だったのだ。心の中に渦巻く割り切れない感情を、無理やり定規で線を引き、型に押し込めようとした結果が、あの異様な造形美なのだ。
彼の人生を振り返ってみると、またこれが泣かせる。正保の年、彼は何かの咎めを受けて投獄されているのだ。理由ははっきりしない。だが、あんなに几帳面で、あんなに理屈っぽく、それでいて内面に熱い炎を隠し持っていた男が、役人どもの無理解な詮索に、黙って耐えられるはずがないではないか。きっと、何か一言、余計な正論を吐いてしまったに違いない。私は、冷たい牢獄の中で、自分の細い指を見つめながら、それでもなお「美」の構成を考えていたであろう彼の姿を想像し、たまらなく愛おしくなるのだ。 山雪の絵には、情緒というものがあまり感じられない、と言う人もいる。確かに、雪村のような奔放さや、等伯のような霧に包まれたような抒情はない。彼の絵は、どこまでもドライで、冷徹で、まるでおそろしく精密な機械の図面のようですらある。しかし、その氷のような表面のすぐ下には、沸騰するような情熱が、出口を失って澱んでいる。彼は、自分の弱さを知っていたのだ。感情をそのままぶつければ、自分が壊れてしまうことを知っていた。だからこそ、彼は「形式」という名の鎧を、これでもかというほどに固く身に纏ったのだ。
盤谷という号もいい。盤に谷。深く、動かない。彼は、江戸に媚びを売ることもなく、ただひたすらに京の地で、古き良き伝統を、彼なりの病的なまでの執着で磨き上げた。彼が編纂した『本朝画史』という書物にしてもそうだ。日本の画家の系譜を律儀にまとめ上げるその執念。あれは、消えゆくものたちへの、彼なりの弔い合戦だったのではないか。自分たちがここにいたという証拠を、論理という名の鎖で繋ぎ止めておきたかったのではないか。 私は、山雪の描く鳥が好きだ。あの、どこか冷ややかで、それでいて鋭い眼光。まるで「お前さんの心の中など、すべてお見通しだよ」と嘲笑っているかのような、あの不遜な表情。山雪は、人間をあまり信じていなかったのかもしれない。だから、あんなにも執拗に、動植物の形を、幾何学的な紋様にまで昇華させてしまった。人間界のドロドロした打算から逃れ、完璧な均衡の世界に住みたかった。けれど、彼が描けば描くほど、そこには人間臭い執着と、孤独が色濃く滲み出てしまう。なんという皮肉だろう。
現代の私たちは、彼の絵を見て「デザイン性が高い」などと、軽々しい言葉で称賛する。しかし、そんな言葉で片付けてほしくはない。あの奇怪な構図、あの執拗な描き込みは、彼が生きていくためにどうしても必要だった、魂の呼吸法なのだ。彼にとって、絵を描くことは、救いであると同時に、自らを極限まで追い詰める苦行でもあった。 山雪という男は、結局のところ、時代と寝ることができなかった。それは芸術家として、最も誇り高く、そして最も不幸な生き方だ。だが、だからこそ、彼の残した作品は、数百年を経た今でも、私たちの心に冷たい刃を突きつけてくる。安易な共感を拒絶し、ただ「見る」という行為の厳しさを突きつける。私は、そんな彼の、意固地なまでの美学に、深く、深く頭を下げたい衝動に駆られるのだ。 ああ、山雪。君は、その細い筆先で、一体どれほどの絶望を塗り潰してきたのか。君が描いたあの硬質な花々は、今もなお、私の心の寒々とした部屋に、一輪の、しかし決して枯れることのない毒の花として咲き続けている。君のような男がいたというだけで、この救いようのない浮世も、少しは捨てたものではないと思えるのだ。