私が影響を受けた素晴らしい本 ベスト30

私の絵画作品をもっと理解してもらうために、私が今までどんな本を読んできたか紹介します。

1位 ヒューマン・アクション ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス

こちらの本は経済学者のミーゼスの主著です。市場経済のメカニズムを、人間の主観的な行為に着目して説明した名著です。ミーゼスはオーストリア学派という、市場経済を擁護する経済学派のリーダー的存在です。

彼は自由な交換(商業)を規制するソビエト連邦(社会主義国家)が、市場経済によって生まれる価格という評価基準を使用することが出来ないために、効率的な生産が全く不可能であるという点で、経済破綻を迎えざるをえないという結論を導き出しました。

また、好景気・不景気といった景気循環は市場経済が生み出すものではなく、政府の金利政策(貨幣量の増減による操作)によって作りだされるものであるということ、恐慌という現象は国家介入(統制経済)の問題だということを語っています。

彼の思想を端的に表すのが「政府は人々を豊かにすることはできないが、貧しくすることはできる」という言葉です。

国家や国民の豊かさは、国民の生産力(商品・サービスを生み出す力)にあるのであって、お金の量を増やすことと、豊かな経済力には何も関係がないということだと思います。

出版社の文章から引用しますと「 人間行為学(Praxeology)の基礎的地平から、市場、通貨、景気などの経済的命題を捉えなおし、社会主義国家、福祉国家による市場干渉の誤りを解明し、自由主義思想の金字塔となったミーゼスの代表作。」ということです。現在では、電子書籍で読めますが、私がこの本を探していた時は絶版で、中古市場でも大変な高値で取引されていました。

「企業家も農場主も資本家も、何が生産されるべきかを決められない。消費者こそがそれを決めることができるのである。もしビジネスマンが、市場価格の構造によって伝えられたような公衆の指令に厳密に従わないならば、損失をこうむり、破産し、かくして際立った支配的地位から放逐される。他の人間が、消費者の需要を満たすことにより巧みならば、彼にとって代わる。」

2位 藁のハンドル ヘンリー・フォード

こちらは世界中に自動車という乗り物を普及させた、フォード社の創業者であるヘンリー・フォードの著作です。フォード自身の経営哲学や人生哲学が分かりやすく書かれており、人間はなぜ働くのかといった私達に身近なことが書かれています。

この本の白眉は、株式会社というものの本質が語られているところです。私たちが企業というものの価値を考える時に、お金で考えてしまうことがありますが、フォードによれば会社の価値を創るのは、ブランドや知名度、商品・サービス、設備や従業員、販売力であって、自由経済とお金をすぐに結び付ける考えは、誤りであると述べています。また、「社会主義」と「実業から乖離した金融」が、豊かな暮らしを破壊するとも述べています。

ヘンリー・フォードの素晴らしい名言を紹介します。

「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。 でも本当のところ、成功とは与えることなのです。」

3位 日本一の変人経営者 宗次徳二

こちらは世界一のカレーチェーンを創業した宗次徳二氏の自伝です。孤児院から人生をスタートして、極貧の少年時代を過ごした宗次氏が、お客様第一主義の経営でCoCo壱番屋を発展させていった、波乱万丈の人生が語られています。

「もっとも、自他ともに認める変人ぶりも生い立ちのせいなのだろうか。とにかく、道なき道を自らの力で切り拓いて行く、他人とは相談しない、業界の常識や既成概念はむしろ不要であり、自己流の経営でつらぬき通すのが私のやり方とも言える」

「朝9時始業の会社で4時間以上前に出社するのは、容易なことではない。たぶん、日本一出社の早い社長ではないだろうか…私は、今年(うるう年)は366日、1日も休まないで5500時間以上仕事しよう、を年間目標にかかげた…結果は、1年間、本当に1日も休まず、5637時間で目標を達成。うるう年のため366日で割ると、1日平均15時間半程度も制服を着続けて、仕事をしたことになる…日本の労働者の年間実労働時間の平均は1800時間程度だから、およそ3倍の仕事量だ。たぶん、この年最も働いた日本一の社長だっただろう」

出版社の説明を引用すると「 田んぼの真ん中に作った小さなカレー専門店。他の飲食店をマネすることなく、ただお客様のためだけに働き続け、日本一のカレー専門FCに、さらに東証一部上場まで育てた創業者が語る、飲食店サービスの本質。お客様に、社員に、地域の住民に喜んでいただけるために、誰よりも長く現場に立ち続けた創業者だから語れる商売繁盛の秘訣が詰まった一冊」ということです。

「戸籍上は石川県生まれですが、両親が誰なのかわかりません。 兵庫の孤児院で育ち、3歳の時に雑貨商を営む夫婦に引き取られました。 ところが養父がギャンブル(競輪)にはまって財産をなくし、夜逃げするように岡山に移ったんです 」

「貧乏で弁当を持っていくことができずに、みんなが昼ごはんを食べ終わるまで、校舎の裏で一人じっと待っていることもありました 」

「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった 」

「 ライバル業者などの同業者に気を取られすぎるのも良くない。ライバル会社がこうしたから、自分の会社もこうする。そんな信念の無い経営をしていてはダメです」

「 私のような三流の経営者には、会社と関係のないことに時間を費やす余裕はありません。仕事以外の友人を作らず、競合店も気にせず、お客様に喜んでもらうことだけを考えました 」

「食べるものにも事欠き、隣の家の暖かな食卓をうらやましく覗いた日々だった 」

4位 独断 宗次流商いの基本 宗次徳二

こちらも引き続き宗次徳二氏の著作です。仕事以外の趣味を持たず、ひたすら現場主義にこだわった数十年の経験から著者みずから体得した経営哲学・人生哲学が余すことなく語られています。

「人生は生まれた境遇で左右されるわけではない、自分の人生は自分で切り開いていく、それが世の中のルール」

「小さく始めて、積み上げていく、何もないところから道を切り開くことを喜びとする」

「最初に失敗を重ねるほうが商売はうまくいく、お客様サービスを第一に問題点を修正していく」

「日本一の標語、お客様、笑顔で迎え、心で拍手、お客様なしには商売は成り立たないのだから接客を第一に考える」

出版社の文章を引用すると「 ココイチの創業者である宗次德二氏は、1974年にココイチの前身となる喫茶店を開業し、それから8年たって株式会社壱番屋を設立した。その後、同社のフランチャイズシステムをつくり、国内外で1400店舗を超える体制を築き上げた。 宗次氏の経営のポリシーは、極めてシンプルである。 「現場主義、お客様第一主義、率先垂範」を徹底して行う。宗次氏にとっての「経営」とは「継栄」、つまり継続して栄え続けることであるという。 同社は2005年に東証一部上場を実現させるが、朝から晩まで仕事のことだけを考え続けた宗次氏が考える仕事の基本を忠実に実行し続けた結果である。 同書には、宗次氏がこれまで培ってきた仕事の極意が、まとめられている」。

5位 第二次世界大戦 ウィンストン・チャーチル

ウィンストン・チャーチルはイギリスの政治家・軍人として大変著名ですが、ノーベル文学賞を受賞するほどの文才にも恵まれた人でした。そんな彼が、自ら首相としてナチス・ドイツの侵略に耐え続けた実際の経験と、豊富な歴史認識と苦難に立ち向かう精神力を通して書き上げた第二次世界大戦史が、面白くないはずがありません。

特に素晴らしい部分は日本の敗戦が原子力爆弾によるものではなく、海軍力によってなされたという一節です。日本の輸送船の護衛は不十分なものであり、それらが日本経済の体力を奪いつづけて、敗戦に至ったというものです。日本と英国の地理的状況は酷似しており、イギリスはドイツの潜水艦の攻撃を防ぎ続けることが出来なければ、イギリスの艦船は壊滅する結果になったであろうこと。無防備になった英国に、当時最強のドイツ陸軍がドーバー海峡を渡って上陸していたならば、イギリスが敗戦国になっていたであろうと述べています。

6位 創る売るその発想 吉田忠雄

こちらの本は、ファスナー業界で世界一の企業になったYKKの創業者吉田忠雄氏の著作です。吉田忠雄氏の独特の経営哲学が豊富に描かれており、彼は社員を「小作農」ではなく「自作農」にするため、持株制度を推進。会社の所有者として社員が一生懸命働く環境を整備しました。

また、彼の考えで素晴らしいのが発明についてです。例えば「きみの使っとるその機械、それは本当はおれの発明だよ」と言うと若い者たちはびっくりする、すかさず「きみらは暇がなくても暇をつくってゴルフとかなんとか言って盛んに玉打ちをやっとるが、わしはこの年になってもやっておらんよ。そういう時間がある時はいつもこういうものを一所懸命、考えておったんだ」と刺激するそうです。彼にとって発明とは、考え出す頭があるとかないとかではなく、人生を真剣に歩いてきたかどうか、サラリーマンとして自作農で働いてきたか、それとも小作農で働いてきたのか、その差が大きいということです。

そして、彼がこの著作で何度も言っているのが「金」よりも「モノ」が大事ということです。「お金なんてものはお札で持っていてもしょうがないんですよ。経済力があるということはお金がたくさんあるということではなくて、物があるということなんです。物があるということはつまり生産力があるということで、これが私の考えている経済力なんです。」

「お金の力はただ一つ、ものに換えることができることです。だから生産力につながる設備投資をする。その新しい設備が、コストを下げながらより確実でいい品質のものをより多く生産してくれて、さらに大きい利益を生んでくれるんです。」

「みなさん、お金なんてものはたいしたものでもなんでもない。あんなものにとらわれちゃいけません。嘘だと思ったらマッチで火をつけてごらん。すぐ燃えちゃうから」

「戦争になったらお金じゃない、物だということです。私の経済理論からいうと、これは戦争だけじゃない、平和な時も、常時おしなべてそうなんだが…資金にゆとりが生じると、持っている金はすべて物に換えました。」

7位 ハイパワー・マーケティング ジェイ・エイブラハム

著者のジェイ・エイブラハムは全米No.1のマーケティングコンサルタントで、ビジネス戦略・マーケティングの世界で50年以上、世界のトップに君臨する伝説的な人物です。

マーケティングについての本で一冊だけ選ぶとしたら、間違いなくこの本が一番素晴らしいです。非常に具体的な方法が詳細に説明されているだけでなく、その方法を支える背骨である商売哲学・人生哲学が読む人の胸を熱くさせます。お客様にとってもっと良い方法・もっと為になる商品・サービスが他にあるなら、もし自分が沢山の利益を得られる場合でも、お客様(クライアント)にとっての最良の選択をしてもらうべきであるという考えです。これを「卓越の戦略」と呼び、一度の取引ではなく永続的な協力関係をお客様と築くことが、ビジネスで一番重要であるということです。

「 もし商品に問題があった場合、文句も言わず、そのまま遠ざかっていくのが普通なのです」

「 すでにある価値を市場から奪い、減らす人であれば、そのビジネスはやがて消滅の運命です 」

「 毎日2時間以上、必ず、知識を増やすことに時間を使います」

「 失敗しても最小限の痛手で済むような方法を考えてスタートするべきなのです 」

「やみくもにチラシを刷ってばらまいても、その結果をきちんと計測していなければ意味がありません 」

8位 トヨタ生産方式 大野耐一

こちらは世界一の自動車会社、日本で一番の企業であるトヨタ自動車の根幹である生産思想について書かれた本です。もともと、トヨタ生産方式の二つの重要な考えである「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」は、戦前に豊田佐吉と豊田喜一郎の織物事業の時代に考案されたものです。

戦前までの日本の重要産業は生糸や織物で、非常に競争の激しい業界でした。激しい競争に勝ち抜く為に考案されたのが、「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」でした。織物事業で地方財閥になった豊田家は、その利益を新たな自動車事業に投資しました。戦争に伴う統制経済で、政府による指令を受けて生産することになり、自分達の生産哲学が頓挫しましたが、戦争が終わると同時に日本は市場経済に復帰します。再び織物と自動車事業は、凄まじい競争にさらされることになります。当時のトヨタ自動車は、アメリカのフォードやGMと比べたら弱小の貧乏会社です。どうすれば、競争に勝ち抜けるのか考えた末に、戦前に織物事業で使われていたトヨタ生産方式を、自動車事業でも使用することになったのでした。著者の大野耐一氏は、他の自動車会社と競争するために、トヨタ生産方式を実際の生産現場に植え付けた人物です。

このトヨタ生産方式の中心的な思想は、当時の常識であった「時間内あたりの生産量を最大化することが製造原価を安くする方法である」という考えを否定したことでした。

では、トヨタ生産方式の真髄とは何か、それは「売れない物を、いくら能率を上げて安く作ったとしても、企業にとっては何の意味もない 」ということです。100個しか売れないのなら、110個作っても駄目で、売れる100個をどうやって安く作るのか考えないといけない。売れない物は在庫になって新たに倉庫を借りなければいけなくなるので、製造原価を上昇させる結果になるという理屈です。

「売れないほど沢山出来ることは、結局それをどんどん高くして行くだけだ」

「作業員にして欲しいことが何であれ、それが今、必要でないのなら、何もせず設備のそばで突っ立っているほうが、前倒しして作るよりも遥かに良いのだ」

9位 日本美術全史 田中英道

こちらの本は、日本美術の名作を画期的な視点で解説している名著です。日本の美術書によくありがちな、作品の良し悪しに言及しない消化不良の本とはひと味違う本です。

著者の田中英道氏は、海外で美術を研究した学者です。人間の美意識には、国民・民族関係無しに普遍的な価値判断があるはずです。名作と駄作には、圧倒的な差があり、好き嫌いというものを超越した偉大な作品があるはずです。田中英道氏は、西洋美術で使われる価値判断を、日本美術に適用して、日本にも世界レベルの逸品が沢山存在することを証明しています。特に運慶をはじめとする慶派の彫刻や、興福寺の阿修羅像には最高評価がついています。

この本を片手に京都や奈良を旅すると、非常に有意義だと思います。

10位 隷属への道 F・A・ハイエク

最後のこちらは経済学・政治思想についての本です。ハイエクは、1位のヒューマン・アクションを書いたミーゼスの直弟子です。この本は、社会主義によって個人の自由が無くなっていく過程が説明されています。この本が書かれた当時、ナチス・ドイツとソビエト連邦が対立していましたが、この2つの国家の根本思想は「市場経済の否定」という共通のものであるということをハイエクは主張しました。事実、歴史を紐解けば、全体主義国家にも社会主義国家も、どちらも自由が制限されていたことは、否定の出来ないことです。

人間には、何かの物やサービスを得る方法が2つだけ存在します。一つは、相手にもメリットを与えて同意の上に交換をする方法(商売・市場経済)。二つ目は、相手から合意無しに奪い取る方法(強盗・詐欺・税)です。

全体主義と社会主義が「商売・市場経済」を制限・否定する以上、何かを得るには強制力を使わざるをえなくなり、自由が無くなっていくという理論をハイエクは述べています。

11位 経営に終わりはない 藤沢武夫

著者の藤沢武夫は、本田宗一郎と共に本田技研を創業した名経営者です。本田宗一郎が作った二輪車を日本中、世界中に普及させた集客・販売の天才です。私が思うに、藤沢武夫が戦後日本のNo.1の商売人だと思います。藤沢武夫の経営手法は、本当に為になるものが多いてす。実践で上手くいったもの、いかなかったもののエピソードが豊富にあります。1人で部屋にこもって、当時のライバル企業や有名企業のバランスシートを分析するくだりや、評論家や言っていることや経営の教科書に書いてあることと、反対にやれば経営は上手くいくという一節は、何度も読むべきです。

「たいまつは自分で持てと私はしばしばいってきました。これは、人から教わったり、本で読んだ知識ではなく、自分の味わった苦しみから生まれた実感なのです。どんなに苦しくても、たいまつは自分の手で持って進まなければいけない。これが私の根本の思想であり、また、ホンダのモットーともなりました」

「苦労しても、パイプは自分でつくらなければいけません。一度つくってしまえば、それは自分のものですが、他人のパイプに便乗すれば、それがいっぱいになったときには、たちまち弾き出されてしまう 」

「だから、鈴鹿でみんなにいったことは、帰りのお客さんの顔をよく見て商売しろ、ということでした。つまらなそうな顔をして帰ったら、もう二度と来ない。それが商売の鉄則だということですね。 」

「その頃の経済雑誌には、ホンダは倒産するんじゃないかと書かれていました。そして、東京発動機という二輪メーカーのバランスシートは安定していて、どこから見ても無理がないから、これは優秀な企業だと論評している雑誌もありました。ところが、このトーハツはまもなくつぶれてしまった。評論家や学者のいっていることと正反対のことをやれば、生き残れるのじゃないか、ということを知ったわけです。 」

「創業者と普通の経営者は違うんです。 創業者はいわば一種のバクチ打ちですね。 どんな浮き沈みがあるかわからない。」

「営業の話になりますが、私が本田と手を組んだとき、ホンダの商品を販売する店は、全国で十五、六軒ではなかったでしょうか。集金に行って、今月はこれだけだよ、と言われて喜んで帰ってくる常務がいたりして、本田も商売とはそういうものだと思っていた。こんなことでは、とうてい本田宗一郎の夢を実現することができないと、私は思いました」

「本田はあれだけの技術者でありながら、自分から設備や機械をほしいといったことがない。与えられた条件のなかで、可能性を見つけようとする。決して弱音を吐かない。だから新しく金を出して買い入れたものをムダにすることは、決してありませんでした」

12位 トヨタの商売成功の7原則 石田退三

今の若い人は知らないでしょうが、石田退三は昭和の名経営として知られ、自他共に認める「トヨタの大番頭」と言われる人物です。その経営手法はケチケチ経営と呼ばれ、彼の徹底した倹約精神は、設備投資をするための資金を生み出して、トヨタ自動車の飛躍の一助となりました。

トヨタが経営危機に陥って、銀行融資が止まった経験から、「自分の城は自分で守れ」と徹底した高収益を目指しました。松下幸之助とも親交があり、松下幸之助は「自分にとっての経営の先生は、石田退三さん」だと言っていたそうです。

この本は、いくつかの石田退三の著書から名言を選んで編集されたものになります。

「自動車を始めて私が得た信念は『金ができたら設備の方へ回せ。人間で能率を上げてはいかん。機械で能率を上げよ』ということであった」

13位 一商人として 相馬愛蔵

この本は、私が大変尊敬している、新宿中村屋創業者の相馬愛蔵さんの著書です。相馬さんがゼロから作り上げた商売哲学は、実践のなかで導き出されたものです。実家は農家で、親から受け継いだ店でもなく、代々の老舗でもなく、全くの素人から商売を始めた人です。

相馬愛蔵の話でとても印象に残ったのが、お客様が自分の店に買い物に来る時に、坂道を登らせてはならないということです。昔からの繁華街や商業地は、だいたいが低地部分にあります。これは水が低いところを流れる、つまり物流の面で船を使うことが多いからという理由が一番だと思います。しかし、他の理由で高台に住む人達が、低地の商業地に買い物に行くのに坂を降りていくと、非常に楽であるということがあるのでしょう。つまり、商売人はお客様がモノを買う時に、少しでも億劫にさせるようなことを、させてはいけないということだと思います。

「世間の人は私に向かって中村屋が繁昌する秘訣を話せと云い、商売のコツを教えてくれなどと云う人があって、そのつど私は当惑する。自分は商家に生れたのでないから、いわゆる商家伝来の秘訣も何も知らぬ、もし中村屋の商売の仕方に何か異ったものがあるとすれば、それはみな素人としての自分の創意で、どこまでも石橋を叩いて渡る流儀であり、また商人はかくあるべしと自ら信ずる所を実行したまでのものである。したがって、自分だけが行い得られて人には行われないというようなものは絶対にない。」

「 私が三十二歳にもなって商売に志したのは、自分が生れつき勤め嫌いで、あくまで独立独歩、自由の境涯を求めたことに原因するのはいうまでもない 」

「孔子は「三十にして立つ」と言われたが、私は三十二歳で初めて商売の道に入った。つい昨日のことのように思うが、それからもう三十七年経ち、今年は六十九歳になった。しかし私はまだ素人だという気がしている。中村屋は今でも素人の店だと思うている。商売に縁のない家に生れ、まるで畑違いの成長をした人間が、どこまでも素人の分を越えないで、こつこつと至って地味に商売をしているのが中村屋である。素人のすることだから花々しいものは何もない。が、この素人は人の後についてここまで歩いて来たのではない。中村屋の商売は人真似ではない。 」

「機会というものは、いつも初めは、一つの危機として来るか、あるいは一つの負担として現れた 」

14位 福祉国家亡国論 山本勝市

この本は、自由民主党で代議士を務めていた経済学者の山本勝市が書いたものです。

元々、マルクス主義経済学から出発した山本は、自らの学問的研究と、社会主義下の実際のソ連の現実を見て転向、日本でも数少ない自由経済の信奉者になりました。ミーゼスによる市場経済のない社会主義国家には、市場価格が存在せず効率的な経営が不可能であるという「経済計算」の問題を、日本に紹介したのも山本勝市でした。

この本で緩やかな社会主義である、日本の福祉国家体制の問題を鋭く批判しています。現在の日本の衰退を招いている老齢年金の危険性を、道徳面と経済面で非難している一節は、何度も繰り返し読むべきものです。社会主義国家で起こる経済の停滞が、福祉国家でも同様に発生して、暮らしを貧しくすることは間違いないです。

「国が全面的に国民の生活に対して責任をもつということは、国民は生殺与奪の権利を官吏に握られるということにもつながることを忘れてはなりません」

出版社の紹介文を引用すると「 元衆議院議員、経済学博士の山本勝市の主著「福祉国家亡国論」を復刻。ハイエク、ミーゼス研究者として、反共産主義の立場を貫いた。戦後一貫して自民党は、社会福祉費用を増大させ、あたかも社会主義的な政策を採用してきた。選挙における得票と無関係であったとは言えまい。山本博士は、1975年当時、本書において、福祉がもたらす国民の精神的堕落を、すでに指摘している。今後益々増大が予想される、福祉、医療、介護費用をどのように設計し、負担するのか。これは経済、財政政策論だけではなく、国民の精神的文化の問題でもある。そして、それはハイエクに通ずる自由論へと繋がるのである。現在、政治家の劣化が指摘されて久しいが、過去の政治家の学識、見識の高さに、あらためて慨嘆する。平易な文章で、自由とは何か、福祉がもたらす害悪とは何か、昭和からの遺言として、再読すべき書物である。 」

15位 稲盛和夫の実学 稲盛和夫

稲盛和夫といえば、言わずと知れた名経営者です。若き日の京都セラミック創業から、50代の時の第二電電の創業、晩年には日本航空の再生など、その経営手腕と経営思想は、沢山の稲盛主義者を日本や中国に生み出しました。

この本は、そんな稲盛和夫の経営の根幹である「会計」についての名著です。高収益企業だった京都セラミックを生み出した、会計思想が余すことなく語られています。「必要な数だけ」原料や備品を仕入れるべきで、沢山仕入れると安くなるという常識を否定しています。これは、トヨタの「ジャスト・イン・タイム」と同じ考え方です。

16位 大富豪の起業術 マイケル・マスターソン

この本の基本的な考えは、商売や事業の売上規模によって4段階のステップに分け、それぞれの時期に特有の課題が説明されていることです。ビジネスの初期段階で一番大事な「売る」ことの、大切さが強調されていて、売っても大丈夫な品質の商品・サービスが出来たらすぐさま売って試してみる必要があると述べられています。売ってみなければ、需要があるかどうかわかりませんから。

また、ビジネスの思想で一番大事なことは「構え、撃て、狙え」です。準備して、やってみてから、狙いを定める、はじめから当たることはありませんから。必ず狙いを外しているので、徐々に改善していけばいいということを、彼は語っています。

出版者の文章を引用すると「著者のマイケル・マスターソン氏は年商100億円以上の会社を2社、50億円以上の会社が2社、10億円以上の会社を10社以上をゼロから育てたスーパー起業家です」

「念願かなって起業した。人脈も十分にあるし、儲かりそうな素晴らしい商品やサービスのアイデアもある。必要なことはほとんど調べ尽くしたし、同じ分野で成功している人にもお墨付きをもらったので抜かりはない。あとは計画を実行するだけ。 ところが、、、、 多くの起業家はその後何ヶ月かすると開業のときに持っていた起業熱はほとんどなくなり、来月の収入はおろか食べるにも困るような状況に陥ってしまいます。起業を諦めてサラリーマンに戻る人も少なくありません。 事実、 1年以内に60%が倒産 5年以内に80%が倒産 10年以内に95%が倒産 というデータからもそれは実証されています。にも関わらず、著者のマイケル・マスターソンはまるで違う業種の会社を10社以上、年商10億円以上に作るという非常識な仕事をやってのけています。 1社だけでも、年商数十億の規模の会社を作るのはとても大変です。だから、それをいくつも実現している彼は、何かを知っているはずです。何か、他の人が知らないビジネスの秘訣を・・・・・何か、何度も何度も成果が出るような秘訣を・・・・・ その秘訣がこの本に書かれています。そして、その経験から彼はゼロからスタートした、まだ数人でやっている会社が何をすればいいのか?という事をこの本で明確に指摘してくれています。」

17位 西国立志編 (自助論) サミュエル・スマイルズ

この本はイギリスで出版された、いろんな分野で活躍した人物のエピソードがまとめられたものです。「天は自ら助く者を、助く」の言葉どおり、生まれ育ちに関係なく、何かを成し遂げた人物の共通点は、「勤勉」と「継続」の習慣です。人間の才能を生み出し、覚醒させるのはただ一つの「長い修行」と「試行錯誤」のみであると、この本を読んで実感しました。生まれ育ちの環境を嘆くのは、敗北者の考えでしょう。

出版社から引用すると「原著『自助論(セルフ・ヘルプ)』は、世界10数ヵ国語に訳されたベストセラーの書。日本では明治4年、『西国立志編』として中村正直により翻訳刊行された。「天は自ら助くる者を助く」という独立独行の精神を思想的根幹とした、欧米史上有名な300余人の成功立志談である。この自助精神は、近代国家と資本主義の形成期にあって、新しい日本と自分の前途に不安を抱いていた多くの青少年に希望の光明を与えた。福沢諭吉の『学問のすゝめ』と共に、明治の2大啓蒙書。」

トヨタグループ創業者の豊田佐吉に、「発明」という人生の目標を若い時に自覚させたのが、この西国立志編でした。

18位 津軽 太宰治

私は、小説家太宰治の最高傑作はこの「津軽」だと思っています。ある作家は、太宰治の「津軽」以外の作品がこの世から消え失せても、「津軽」だけでも太宰治は後世に残るであろうと、語りました。この作品では、太宰治の磨き抜かれた「読ませる」独特の文章が冴えわたっています。

この作品の舞台は、彼の故郷である青森県の津軽地方です。戦時中に、新しい風土記を作るというある出版社の企画で、この作品は書かれました。幼少期から、大学進学の為に東京へ出てくるまでの、約二十年を過ごした津軽を歩きまわり、作家「太宰治」と本名「津島修治」の原点を訪ねる旅です。お客様第一主義、読者へのサービスを一番に考えた道化師「太宰治」の現実と創作が混ぜこぜになった、紀行文学の金字塔です。

少し引用すると、

「ね、なぜ旅に出るの?」

「苦しいからさ。」

「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」

「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七。」

「それは、何の事なの?」

「あいつらの死んだとしさ。ばたばた死んでゐる。おれもそろそろ、そのとしだ。作家にとつて、これくらゐの年齢の時が、一ばん大事で、」

「さうして、苦しい時なの?」

「何を言つてやがる。ふざけちやいけない。お前にだつて、少しは、わかつてゐる筈たがね。もう、これ以上は言はん。言ふと、気障きざになる。おい、おれは旅に出るよ。」

私もいい加減にとしをとつたせゐか、自分の気持の説明などは、気障な事のやうに思はれて、(しかも、それは、たいていありふれた文学的な虚飾なのだから)何も言ひたくないのである。

19位 小林一三経営語録 中内功

この作品は阪急・東宝グループを作り上げた小林一三の言葉を、同じく関西を基盤にしたダイエー帝国創業者の中内功がまとめた格言集です。

中内功は、大衆相手の商売を、小林一三に学んだといいます。清水雅が書いた「小林一三翁に教えられるもの」という本を、中内功は貪り読んで研究したそうです。

中内功は「われわれが何をやっているといったって、小林さんが50年も前にやったことを真似しているだけです。電車を引いて、その先に宝塚を作り、沿線を開発して住宅を販売し、ターミナル駅に百貨店を作って食堂に客を呼ぶ。全部小林さんが始めたことです」

中内功の「どんどん安く」という言葉は、元々小林一三が考えたものです。

お客様の生活の一部になるというのが、小林一三の経営手法でした。阪急電車で通勤して、阪急が開発した住宅で暮らし、阪急百貨店で買い物をして、宝塚で音楽劇を楽しみ、東宝映画を見に行く。つまり、1人の人生の色々な局面で、阪急のビジネスを使ってもらうのです。

「鉄道は乗客を運搬するためにあるのではない。住民を沿線に誘致するためだ」

「乗る人がいなくて赤字になるなら、乗る客を作り出せばよい。それには沿線に人の集まる場所を作ればいいのだ」

小林一三が築いた私鉄経営モデルは、関東に移植され、東急グループという成功例を作りだしました。

20位 MAIDE IN JAPAN 盛田昭夫

この本は「世界のセールスマン」と呼ばれたソニー創業者盛田昭夫の回顧録です。愛知県有数の酒造メーカーの御曹司として生まれた彼が、世界有数の電気機器メーカーの共同創業者として、経験から学んだ興味深い商売哲学が書かれています。

ソニー製品を日本のみならず、海外に販売するため自らアメリカに住んで販売した経験談が豊富で、日本企業で初めておこなったアメリカの株式市場での資金調達や、保険業界への新規参入の理由など、大変興味深いものです。

良いものをつくるだけではだめで、売り方も開発しなければならないという商売の考え方は、アップルのスティーブ・ジョブズに多大な影響を与えました。

「 そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた「製品」であっても「商品」にはなり得ない」

「 会社がいつも前進するためには、他人の踏んでいない道を進まなければならない。他人の踏んでいない道を進むためには、他人の教えをそのままやっていたのでは間に合わない。他人の教えを受けても、その上に自分の知恵を加えて、自分の道を切り拓かねばならない。自分の特徴を活かし、その特徴を毎日磨き、向上させる努力を続けなければならない」

21位 SHOE DOG フィル・ナイト

この本は、スポーツ用品メーカーのナイキ社の創業物語です。優秀な学生ランナーだったフィル・ナイトがシューズビジネスから始め、世界有数の大企業になるまでの苦悩と、経験談が書かれています。日本人にとって興味深いのは、元々ナイキの前身の会社が、オニツカ(アシックス)のスポーツシューズの北米独占販売代理店として始まったことです。

22位 転んでもただでは起きるな 安藤百福

日本統治下の台湾に生まれ、台湾と日本のメンタリティを合わせ持った日清食品の創業者、安藤百福の一代記です。若くして商売に成功した彼は、地元の名士として名前を貸しただけの、金融機関のだらしのない経営の責任を取り、四十代後半に一度、無一文になるという経験をしました。

しかし失ったのは財産だけ、この経験が血肉になったと自らを鼓舞して、約1年間即席麺の研究に没頭し、大ヒット商品のチキンラーメンを生み出しました。諦めなかった男の信念に、感銘を受けるであろう名著です。

「即席めんの発想にたどりつくには、 四十八年間の人生が必要だった。 過去の出来事の一つ一つが、 現在の仕事に、見えない点でつながっている」

「発明や発見には立派な設備や資金はいらない」

「仕事を戯れ(たわむれ)化せよ。 戯れ化とは、 われを忘れ夢中に働くための最上の方法である。 興味を持って取り組んだ仕事に疲労はない」

23位 美酒一代 杉森久英

この本は、国内最大手の飲料メーカーである、サントリーの創業者鳥井信治郎の一代記です。輸入食品や輸入飲料から始めた商売が、赤玉ポートワインの成功により軌道に乗り、彼はその利益で不可能と言われた日本製ウイスキー製造に、挑戦しました。彼の商売スタイルは、試行錯誤を重ねた満足度の高い品質と、自ら販売代理店をまわり、宣伝の広告を考えて多額の資金を投入して、世に広めるというものです。この手法は、古くから付き合いのあった松下幸之助にも影響を与えました。

「好きやったら好きで、一生懸命やりなはれ。そしたら自然にでけるようになる。あとはとことんまでやり抜くだけや 」

「いくら広告しても、肝心の商品が上等のものでなかったら、あきまへん。広告をするにも自信をもってできんし、お得意さんの方で、あれは宣伝ばっかしやといわれたら、それでお仕舞いや。まず、飛び切りええもんを作るこっちゃ 」

24位 現代広告の心理術101 ドルー・エリック・ホイットマン

この本は販売心理・広告心理・消費者心理から導きだされた、実践的な技術が詳細に書いてあります。これほどまでに人間の深い心理に焦点をあてて、商売心理学を解説している本は、他にありません。

出版社からの引用で「 ホイットマンは11歳のころからカタログ広告を作って注文を取っていた広告の申し子です。もちろん大学でも広告に関する学科を専攻。卒業後も終始、さまざまな業界で広告に関する仕事をしてきたという経歴の持ち主で、広告の本場アメリカでゲーリー・ハルバート、ジョセフ・シュガーマン、テッド・ニコラスなど数多くの広告業界の巨人が現役を引退した中、今なお最前線で活躍している数少ない広告人です」

「彼は数多くの大企業で活躍していたときに受けていた熟練の心理学者チームからの行動心理学のコンサルティングと、それをもとに得た膨大な数の広告とその実測データを持っています。そしてそんなホイットマンだからこそこの本の中で広告の効果を最大限にするための「相手の頭の中に入る消費者心理の17原則」や「買わずにいられなくする41のテクニック」などの消費者心理を明らかにすることができるのです」

25位 身銭を切れ ナシーム・ニコラス・タレブ

タレブは、アメリカ人で作家・思想家・トレーダーとして知られる人物です。彼の先祖のルーツは中東のレバノンにあります。、そのため彼の著作にはイスラーム教に席巻される前の、東地中海のキリスト教文明への憧憬が垣間見えます。幼い頃から本の虫であった彼の、古代の思想家や哲学者に対する知識は大変に豊富で、現代と古代、中世を縦横無尽に駆け巡る文章は病みつきになります。

「身銭を切れ」という作品は、リスクを取って行動することが重要であるという、タレブの信念について述べられた作品です。

出版社から引用すると「 ここで定義する(そして本書全体で使われている)「身銭を切る(スキン・イン・ザ・ゲーム)」という言葉の意味を、単なる金銭的なインセンティブの問題と誤解しないでほしい。金融の世界でよくいう利益の分配の話ではなくて、むしろ対称性の問題だ。いわば損害の一部を背負い、何かがうまくいかなかった場合に相応のペナルティを支払うという話だ。この「身銭を切る」という概念こそが、インセンティブ、中古車の購入、倫理、契約理論、学習(実生活と学問の世界)、カントの定言命法、地方分権、リスクの科学、知識人と現実の接点、官僚の説明責任、確率論的な社会的公正、オプション理論、まっとうな行動、たわごと(ブル●ット)の押し売り、神学……等々の概念をひとつに結びつけるのだ。タレブはこの「身銭を切っているか」を厳しく見ている。これは「発言する人は行動で示すべきであり、行動する人のみ発言を許されるべきである」という信念に基づくためだ。タレブふうに例を挙げると、「警官や兵士などが尊敬を集めるのは信念のために自らの命を捧げている(身銭を切っている)からであり、政治家や経済学者が嫌われるのは高みの見物ばかりで自分ではなんのリスクも冒していない(身銭を切っていない)から」とでも言えようか。 」

26位 戦略論 リデル・ハート

こちらは古代からヒトラーまでの軍事史を扱った、軍事戦略の本です。著者のリデル・ハートは、イギリスの戦略家、軍事史研究家です。彼の思想の根本は、「間接アプローチ」と「直接アプローチ」という二つです。間接アプローチというのは、相手の軍隊をいきなり直接攻撃するのではなく、罠にかけておびき出したり、相手の補給線や食料倉庫への攻撃など相手の心理面に揺さぶりをかける行動です。相手を混乱させてから、相手の軍隊へ攻撃を仕掛けるのです。対して、直接アプローチは相手の軍隊に力攻めで攻撃したり、要塞を直接攻撃する行動です。

この二つの視点で、長い歴史で起こった戦いを分析しています。直接的アプローチでは、歴史の流れを決するような結果をもたらすことはできず、間接的アプローチによってのみ決定的な戦略的勝利を得ることができると述べられています。

古代ローマのユリウス・カエサルについては、最初の直接的アプローチによってローマ軍団を危機に陥れ、間接的アプローチによって挽回して勝利をおさめることが多いという興味深い分析をしています。また、ナポレオンについての評価は、フランス軍自体が現地調達に頼っており、相手から食糧を奪い取る必要性が生じた結果として、相手の補給部隊への攻撃という間接的アプローチにをとったことが、ナポレオンを勝利に導いた大きな理由であると述べています。

27位 成功はゴミ箱の中に レイ・クロック

こちらは、世界No.1の飲食チェーンであるマクドナルド創業者の自伝です。10代の頃から働くことが大好きで、15歳の時には短期間だけれども、友人と一緒にお店を経営していたというから驚きです。マクドナルドで成功した後に、メジャーリーグの球団オーナーになるほどの野球好きだった彼が、子供の頃に野球をプレイする時と同じ楽しさを仕事で得ていたという筋金入りの仕事人間だったそうです。

ピアノ弾きをやったり、紙コップのセールスマン、そしてミキサーの販売会社を経営していた彼が50歳を超えてから出会ったのが、マクドナルド兄弟が経営するハンバーガーショップでした。ミキサーを売るために実際に店を訪れた彼が、マクドナルドの素晴らしい経営システムに感銘を受けて、その場でマクドナルドのビジネスに参加したいと申し込みました。彼はマクドナルド兄弟を説得して、マクドナルドのハンバーガーショップのフランチャイズ経営を任してもらいました。そこからの数年は自らの屋敷まで借金の抵当に入れて、当時の妻とも別れて、仕事に没頭し、後のマクドナルド帝国の基礎を築くことになります。

その過程でレイ・クロックは、意見の合わなかったマクドナルド兄弟をビジネスから追い出し、経営権を奪いとるなど、現実のビジネスの生々しさが伝わってくる記述が沢山あります。

それでもこの本を読むと、レイ・クロックという働き者のアメリカ人が、世界中にマクドナルドを展開できた理由がよくわかります。

人よりも長く働き、休みを取らないで、商売の細部までこだわり抜いた男の一代記です。

「働くこと、働かされることをもっと楽しまなければならない」

「常識を持ち、 目標に向かっていく強い信念と、 ハードワークを愛せる人物なら 誰でも成功できる」

「私は一夜にして成功を収めた と思われているが、 その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった」

28位 孤高 鈴木敏文

こちらは、セブンイレブン創業者の鈴木敏文氏を中心に記者が取材を重ねて、セブンイレブンの歴史やまわりの関係者の証言などがまとまっている本です。

間違いなく、戦後日本の小売業での最高の経営者は、イトーヨーカドー創業者の伊藤雅俊氏と、セブンイレブン創業者の鈴木敏文氏だと思います。他の小売業が、常に安売り勝負で売上を拡大していた時代に、ヨーカドーグループの経営は値段ではない別の価値に焦点を当てていました。売上は全国1位でなくても、利益は一番という経営でした。その経営哲学は、コンビニという業態でもセブン・イレブンと、ローソン、ファミリーマートの3社の業績を見れば一目瞭然です。セブンイレブンを見ればわかるように、コンビニは便利な店という意味で、決して安売り勝負の業態ではないのです。セブンイレブンの自社開発商品も、安さではなく高品質に重点が置かれています。安売りではなくセブンイレブンやヨーカドーでしか買えない、高品質な商品でお客様に貢献するという経営です。

出版社からの文章を引用すると「日本を代表する巨大流通コングロマリット、セブン&アイ・ホールディングス。長く同社を率いてきたカリスマ経営者の鈴木敏文氏が、2016年5月に、経営の表舞台から退いた。
鈴木氏が退任に至るまで、異例の事態が続いていた。中核事業会社であるセブン-イレブン・ジャパンの社長人事に端を発した”お家騒動”は、「物言う株主の暗躍」「創業家の反撃」「取締役会内部の分裂」「カリスマが求めた世襲」など、さまざまな形で報じられた。
だが、日経ビジネスは改めて問いたい。鈴木敏文氏の退任とは、そんな近視眼的な言葉で済ませてもよいものなのか。日本にコンビニエンスストアという新しいインフラを生み出し、メーカーが支配していた流通業界の力関係を逆転させた立役者が、経営者・鈴木敏文氏である。
一人のサラリーマンは、どのようにカリスマ経営者となり、巨大な流通コングロマリットを率いるようになったのか。そしてどんな壁に直面し、長い年月をかけて築き上げた「帝国」を去ることになったのか。
本書では2つのアプローチで真相に迫った。
1つは、鈴木氏本人の肉声である。日経ビジネスは鈴木氏の退任以降、述べ10時間に渡って本人への単独インタビューを重ねてきた。鈴木氏自身がその半生を振り返りながら、真相を語った。
もう1つは、セブン&アイの「2人のトップ」を知ることである。鈴木氏本人と、イトーヨーカ堂創業者でありセブン&アイのオーナーでもある伊藤雅俊氏。鈴木氏はトーハンからヨーカ堂に転じ、創業者である伊藤氏の信頼を勝ち取って幹部として台頭した。日経ビジネスは1970年代以降、40年以上に渡って伊藤氏と鈴木氏の取材を重ねてきた。歴史を振り返れば、「2人のトップ」の絶妙かつ微妙な関係がどのように誕生し、維持されてきたのかを知ることができる。創業オーナーとサラリーマン経営者。セブン&アイが巨大グループに成長する過程で、2人による特殊な統治形態が必要だったことは、本書を読めばよく理解できるはずだ。戦後の日本を変えたカリスマ経営者の半生を、本書で総括する」

「われわれの最大の競争相手は同業他社ではなく、めまぐるしく変わる顧客のニーズである」

「我々が目指したのは、「どこにもない商品をつくる」ということでした。そのために、「金の食パン」では、大量生産にもかかわらず、手でこねるという手間のかかる常識はずれの工程まで取り入れました 」

「消費者は安い価格を求めているのではない、価格以上の価値を求めているのだ 」

「 もし私が憧れの会社に入り、しがみつこうとどこかで思ったら、コンビニ事業など考えもしなかったでしょう」

「地味なことを、地道に、これでもか これでもかと、徹底して積み重ねていくことでしか、他店との差別化を図ることはできません」

「基本の徹底以外に、仕事を成功させる方法はない」

29位 時刻表昭和史 宮脇俊三

この本の著者は、鉄道紀行文というジャンルで数々の名作を生み出しました。この「時刻表昭和史」という作品は、著者の幼少期から昭和20年の敗戦までを、時刻表と鉄道という二つの視点から見たものです。前半部分は、まだ東京の外れだった渋谷で過ごした幼少期、すでに現在とおなじような間隔で走っていた山手線への思い出や、2・26事件が起きた時の街の様子などが、描写されています。

幼少期からの時刻表を「読む」という趣味にまつわる話や、彼の父親は陸軍将校から政治家に転身したために、仕事のためなら鉄道が乗り放題であったこと。その父親に連れられて、著者自身も初めて北海道へ鉄道で行ったときの感動など、とても面白い話が沢山あります。しかし、戦争が近づくと鉄道の運行情報は、軍事的な機密事項となっていき時刻表を「読む」という行為を楽しむことは出来なくなります。さらには、政治にまで口を出すようになった軍隊に対して、批判的であった著者の父親は翼賛選挙で落選することに。激動の昭和史が、鉄道というレンズを通して語られるユニークな本になっています。

30位 あなたの会社が90日で儲かる 神田昌典

この本は、日本を代表するマーケターの神田昌典氏の代表作です。日本にアメリカで生まれた「ダイレクトレスポンスマーケティング」を初めて紹介したことで知られています。

彼の言ってる、ビジネスには3つのプロセスで成り立っているという考えは、永遠不変で全ての業界で共通です。

商売は、次のプロセスを継続的に行うことである。

①見込客を費用効果的に集める。

②その見込客を、成約して、既存客にする。

③その既存客に繰り返し買ってもらい、固定客にする。

出版社からの引用「 マーケティングの民主革命を起こした 40万部超の伝説的ロングセラー

「ビフォア神田昌典」

「アフター神田昌典」

こんなフレーズが ビジネス書の世界に存在するのをご存じだろうか。 いまや日本のトップマーケッターの第一人者たる 「神田昌典」という存在を世にしらしめたのが この『あなたの会社が90日で儲かる!』だ。 初版は1999年12月。 当時は「ビジネス書の表紙は白」という時代 “蛍光ピンクの装丁”が業界をざわつかせた。

「あんなものはビジネス書じゃない」 そんな業界関係者の批判をよそに 『あなたの会社が90日で儲かる!』は、飛ぶように売れた。 初版1万部はたったの6日で在庫がなくなった。 発売即重版。そして、重版、重版、重版……。 たちまちベストセラーとなった。

なぜ、あなたは、この本を手に取りましたか? タイトルが気になったから? ピンクの表紙が目立ったから? なんとなく無意識のうちに? 実は、この本には、あなたが、手に取るような仕掛けがしてあったのです。 ということは、あなたは、もうすでに、 エモーショナル・マーケティングの魔法にかかっているのです。 この本は、その魔法を公開します。 非常にパワフルな方法です。 実践してもらえば、ズバリ、あなたの会社を、90日以内に高収益企業に変えます。

本書は、こんな挑発的な一文から始まる。 このあとに続く1行は、こうだ。

しかし、パワフルな方法だからこそ、読まないほうがいい人がいます。 ・・・ここですでにもう読者は「神田昌典の魔法」にかかっている。 本書の通りに実践して 成功した企業が続々! 「まえがき」で明快にお伝えしている通り 本書で解説するマーケティング手法を実践すれば 「90日以内」に結果を出すことができる。 発売以来、成功事例は事欠かない。」

この30冊は本当に素晴らしくて、何度も読み込むたびに、その都度感銘を受けるような書物です。

その他に、私の読んできた中でも特に良い本を紹介します。

美術

藤田嗣治 異邦人の生涯 近藤史人

腕一本 巴里の横顔 藤田嗣治

板極道 棟方志功

私の梅原龍三郎 高峰秀子

無限の網 草間彌生

日本ぶらりぶらり 山下清

商売・仕事

ある広告人の告白 デイヴィッド・オグルヴィ

ザ・ハウス・オブ・トヨタ 佐藤正明

ZERO to ONE ピーター・ティール

ユダヤの商法 藤田田

実践ダイレクト・マーケティング ドレイトン・バード

松下幸之助発言集 全10巻 松下幸之助

稲盛和夫の実学 稲盛和夫

億万長者の不況に強いセールス戦略 ダン・ケネディ

究極のマーケティングプラン ダン・ケネディ

究極のセールスレター ダン・ケネディ

セールスレターの成功技術 ドレイトン・バード

テッド・ニコラスのマーケティング戦術成功法則大全 テッド・ニコラス

GMと共に アルフレッド・スローン

俺は中小企業のおやじ 鈴木修

商いの道 伊藤雅俊

私の小売商道 相馬愛蔵

決断 豊田英二

私のウォルマート商法 サム・ウォルトン

サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ 正垣泰彦

ドトールコーヒー 勝つか死ぬかの創業記 鳥羽博道

京セラフィロソフィー 稲盛和夫

貫く「創業」の精神 塚本幸一

経済

世界一シンプルな経済学 ヘンリー・ハズリット

ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼス 生涯とその思想 尾近裕幸

自由の条件 F・A・ハイエク

貨幣及び流通手段の理論 ミーゼス

経済科学の根底 ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼス

ハイエク全集1.2 F・A・ハイエク

国富論 アダム・スミス

ハイエク、ハイエクを語る F・A・ハイエク

連邦準備銀行を廃止せよ ロン・ポール

歴史

ローマ人の物語 全巻 塩野七生

海の都の物語 塩野七生

コンスタンティノープルの陥落 塩野七生

街道をゆく シリーズ 司馬遼太郎

大国の興亡 ポール・ケネディ

海上権力史論 アルフレッド・セイヤー・マハン

戦争論 クラウゼヴィッツ

孫子

世界政治と米国の戦略 ニコラス・スパイクマン

神皇正統記 北畠親房

古事記・日本書紀

ユダヤ古代史 フラヴィウス・ヨセフス

大東亜戦争とスターリンの謀略 三田村武夫

宗教

旧約・新約聖書

コーラン

キリスト教綱要 ジャン・カルヴァン

浄土三部経

イスラーム思想史 井筒俊彦

聖書の旅 山本七平

聖書の常識 山本七平

選択本願念仏集 法然

世親 三枝 充悳

その他

人間失格 太宰治

斜陽 太宰治

きりぎりす 太宰治

晩年 太宰治

津軽三味線ひとり旅 高橋竹山

書を捨てよ、町へ出よう 寺山修司

家出のすすめ 寺山修司

ポケットに名言を 寺山修司

青春を山に賭けて 植村直己

アクロイド殺し アガサ・クリスティ

わたしの渡世日記 高峰秀子

深夜特急 全6巻 沢木耕太郎

どくとるマンボウ航海記 北杜夫

日の名残り カズオ・イシグロ

カラマーゾフの兄弟 ドストエフスキー

マスタリー ロバート・グリーン

肩をすくめるアトラス アイン・ランド

1984年 ジョージ・オーウェル

自由社会の哲学とその論敵 カール・ポパー

かくれ里 白洲正子

おくの細道 松尾芭蕉

反脆弱性 ナシーム・ニコラス・タレブ