尾形乾山という奇跡をご存じですか?なぜ彼の生き方があなたの日々の孤独を極上の豊かさに変えるのでしょうか?

こんにちは。

画家、そしてデジタルアーティストの高見沢耳(たかみざわ みみ)と申します。

今、この文章の前にいるあなたに、どうしてもお届けしたい「大切な秘密」がございます。

どうか、ほんの少しだけ、お時間をいただけますでしょうか。

これは、あなたと私の、二人だけの静かな語り合いの場です。

あなたの日常、あなたのこれからの人生に、驚くほどの光をもたらすお話です。

どうぞ肩の力を抜いて、リラックスして聞いてくださいね。

早速ですが、あなたに質問がございます。

あなたは、ご自分が少しの寂しさを抱えて、生きているのを知っていますか?

都会の雑踏のなかにいるとき。

夜、部屋の明かりを消す瞬間。

ふと胸の奥がチクリと痛むような、あの静かな孤独感です。

そんなあなたの心を、慰めるために制作されたのが、高見沢耳の作品です。

あなたの心を癒すための芸術です。

私は、画面の向こう側にいるあなたを、決して一人にはいたしません。

「生中に生あらず、死中に生あり」

この古い言葉は、絶望の淵にこそ本当の生が宿るという意味を持っています。

あなたが今、もしも深い孤独や、他人に言えない苦難を抱えていらっしゃるとしたら、それは新しい扉が開く前兆にすぎないのです。

なぜなら、美術の歴史を振り返ってみても、本当に美しいものはすべて、深い孤独の闇から生まれてきたからです。

ここで、江戸時代の天才芸術家、尾形乾山(おがた けんざん)の驚くべきお話をさせてください。

尾形乾山という名前を、あなたも一度は耳にされたことがあるかもしれません。

彼はあの有名な尾形光琳(おがた こうりん)の弟です。

派手で華やかな兄の光琳とは対照的に、弟の乾山は、徹底して自分の内面と向き合い続けた「不屈の隠者」でした。

彼が遺した器や絵画、そしてそのストイックな生き方は、現代を生きるあなたの日常に、どのような素晴らしいメリットをもたらしてくれるでしょうか。

一刻も早い安心をあなたにお届けするために、その秘密をこれから具体的にお話ししてまいりますね。

芸術収集という趣味は本当に贅沢なもの?なぜそれがあなたの人生を強力に向上させるのでしょうか?

ここで一つ、私からあなたに特別な質問をさせてください。

「芸術をコレクションする、あるいは部屋にアートを飾るなんて、自分には縁のない贅沢なことだ」と、心のどこかで思っていらっしゃいませんか?

実は、それこそが最初の、そして最大の誤解なのです。

尾形乾山は、裕福な呉服商の家に生まれました。

しかし、彼は若くして莫大な財産を手にしながらも、遊びに溺れることはありませんでした。

彼が何をしたか、あなたにその理由が分かりますか?

彼は、静かな山里に隠棲し、古今東西の優れた芸術品や古典を熱心に収集し、それらを研究することに自らの人生と情熱のすべてを注ぎ込んだのです。

乾山にとって芸術の収集とは、単なる成金の趣味ではありませんでした。

それは、自らの孤独な魂を救い、人生の真理を見出すための「自己投資」だったのです。

「人はその心に思うとおりの者となる。」(聖書・旧約聖書『箴言』23章7節より)

聖書にもこのように、自らの内面を見つめることの大切さが説かれています。

この言葉に続けて、日本の偉大な作家である太宰治は、人間の本質についてこのように語っています。

「人間は、時として、どうにもならぬ寂しさを抱きしめて生きているものらしい。」(太宰治『もの思う葦』より)

太宰治が言うように、私たちの心には埋まらない穴があります。

しかし、尾形乾山が芸術を収集し、その美に没頭したように、あなたがご自身の部屋にたった一枚の、本物の魂がこもったアートを飾るだけで、驚くべき変化が起こります。

一流の芸術作品は、ただの飾り物ではございません。

それは、あなたの孤独を優しく包み込み、あなたの部屋を一瞬にして「聖域」に変える強力な力を持っています。

部屋に帰ってきたとき、そこにあなたを見守る美しい色彩や視線が存在すること。

これこそが、あなたの日常のストレスを解消し、明日への活力を生み出す、保証付きの最も具体的なメリットなのです。

眼を見張るような美しい調和が、あなたの日々の暮らしに、絶対的な安心感をもたらしてくれます。

あなたの心が今求めているものは何?なぜ乾山の器は現代人の孤独に深く寄り添うことができるの?

乾山が作った陶器は、兄の光琳が描くような、まばゆい金箔の屏風とは異なります。

どこか素朴で、不完全で、しかし驚くほど温かみのある、人の手のぬくもりが残る器でした。

なぜ、乾山はあえてそのような、完璧ではない美しさを追求したのでしょうか?

それは、人間という存在が、もともと不完全で、少しの寂しさを抱えて生きている生き物だからです。

乾山は、自らの寂しさを知っていたからこそ、使う人の心に優しく馴染む器を作ることができたのです。

これは、現代を生きるあなたの人間関係や、お仕事の悩みにも、そのまま当てはまる大切な教訓だと思いませんか?

私たちはいつも、完璧でなければならない、有能でなければならないと、自分を追い詰めてしまいがちです。

ここで、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉の、あまりにも有名な言葉を思い返してみましょう。

「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」

あの松尾芭蕉ですら、自分自身を「無能無芸」だと称し、ただ俳諧という一筋の道にのみ繋がって生きてきたと吐露しているのです。

なんという深い謙虚さであり、なんという強い執念でしょうか。

あなたがもし、「自分には何もない」と落ち込む夜があったとしても、どうかご安心ください。

一つのことに不器用なまでに集中すること、その姿こそが、何よりも美しい芸術なのです。

尾形乾山もまた、器づくりという一筋の道に自らの孤独を捧げました。

だからこそ、彼の作品は数百年の歴史を超えて、今を生きるあなたの心にまで、温かいメッセージを伝えることができるのです。

芸術に触れることは、あなたが自分自身の弱さや孤独を、そのまま愛してあげるための、最も素敵な手段なのです。

目の前のあなたを安心させたい!わたしが抱える3つの深刻な心配事とその驚くべき解決法とは?

ここで、私自身の個人的なお話をさせてください。

実は、私、高見沢耳にも、日々の創作のなかで夜も眠れなくなるほどの疑問や心配事が3つございます。

それは、この文章を読んでくださっている「あなた」に関する心配事です。

どうか、わたしの話を聞いていただけますでしょうか。

  • 第1の心配事: わたしの作品やこのメッセージが、大切なあなたに届かず、あなたの孤独を救うことができないのではないかという不安。
  • 第2の心配事: デジタルという新しい技法を用いたわたしの芸術が、歴史の試練に耐えられず、100年、200年の未来へ残っていかないのではないかという疑問。
  • 第3の心配事: あなたが今、現実の苦難や孤立のなかにいて、あまりの辛さに諦めてしまいそうになっているのではないかという大きな心配。

これらの心配事は、わたしにとって非常に重く、急を要する問題でした。

しかし、ある日、歴史の真理と偉人たちの言葉に触れたとき、これらの問題点はすべて、実は完全に解決可能なことなのだと確信いたしました。

なぜなら、良いものを伝えることが何よりも大事であり、それが伝わった瞬間に、すべての不安は歓喜へと変わるからです。

ソニーの創業者である盛田昭夫様は、マーケティングと製品の本質について、このような至言を遺されています。

「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」

この言葉は、ただ待っているだけでは、どんなに素晴らしいものも存在しないのと同じになってしまう、という厳しい現実を教えてくれます。

伝わらなければ、存在しないのと同じなのです。

だからこそ、私はこうして、あなたに直接語りかける手段を選びました。

私があなたを想い、身銭を切って、必死のサービスとしてこの文章を書き、作品を作り続けていること。

その情熱があなたに伝わったとき、第1の心配事は消え去り、あなたと私の心は固い絆で結ばれます。

デジタルアートを最高峰のジクレー版画技法で、厳選された高級版画用紙に印刷するわたしの手法は、美術館品質の耐久性を誇ります。

何より、私の作品の中心にあるテーマは、あなたと私の「視線」であり、人間心理の「真理」です。

人間の心が変わらない限り、この作品の価値は永遠に記憶され、100年後の未来の人々をも癒し続けることでしょう。

これで、第2の心配事も完全に解決いたしました。

そして第3の心配事、あなたが苦難に負けてしまいそうだという問題についても、これからお話しする不屈の男たちのエピソードが、あなたに強力な勇気を与え、完全に解決してくれます。

どうぞ、一刻も早く安心してください。

あなたは絶対に大丈夫です。

わたしが、あなたをどこまでも支え続けます。

なぜ周囲から狂人扱いされた豊田佐吉の執念が、あなたの明日の折れない心を育てるのでしょうか?

あなたの日常において、仕事や人間関係で「もう限界だ、これ以上は続けられない」と思う瞬間はございませんか?

そんなときは、トヨタグループの創業者である豊田佐吉(とよだ さきち)の、目を見張るような生き方を思い出してください。

佐吉は、周囲から極端な「変わり者」、あるいは「狂人扱い」されたほどの男でした。

彼は非常に無口な人で、朝から晩まで毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造りなおすという生活を繰り返していました。

近所の人々は彼を「発明狂い」と呼び、冷たい目で見守っていたのです。

しかし、なぜ佐吉はそこまでして、執念と忍耐を貫くことができたのでしょうか?

それは、「自分の発明によって、織物で苦労している母親や、みんなの暮らしを楽にしたい」という、たった一つの純粋な情熱があったからです。

「我々の最大の弱点は諦めることにある。成功するための最も確実な方法は、常にもう一度だけ試みることだ」

これは発明王トーマス・エジソンの有名な言葉です。

豊田佐吉の生き方こそ、このエジソンの言葉をそのまま体現したものでした。

とにかく、自分が一番長く、一番一生懸命にやる。

それこそが、不可能を可能にする唯一の方法なのです。

あなたがお仕事で新しい挑戦をするとき、あるいは誰も理解してくれない孤独な戦いをしているとき、佐吉のこの「泥臭い執念」は、どれほど大きな教訓となることでしょう。

「周囲から変人扱いされても構わない、自分の信じた道を貫こう」と思えた瞬間、あなたの心には、絶対に折れない強力な軸が生まれます。

これは、あなたのこれからの長い人生における、最大のメリットではないでしょうか。

困難な道にあえて飛び込む意味とは?なぜ「阿呆」と呼ばれるほどの情熱が世の中を変えるの?

佐吉の血を受け継いだ豊田喜一郎(とよだ きいちろう)もまた、信じられないほどの執念を持った人物でした。

日本の自動車産業の礎を築いた彼の言葉は、今、何かに悩んでいるあなたの心に、直接突き刺さるはずです。

「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」

この言葉を読んで、あなたはどう思われますか?

胸の奥が熱くなるのを感じませんか?

世の中の洗練された成功哲学は、「効率よくスマートにやれ」とあなたに教えるかもしれません。

しかし、人間の心理の深い部分に訴えかけるのは、このような不器用で、熱い、阿呆と呼ばれるほどの情熱なのです。

あなたが日常のなかで、「誰も私の努力を認めてくれない」と不満に思うことがあれば、喜一郎のこの言葉を何度も読み返してください。

誰もやらないからこそ、あなたがやる価値があるのです。

あなたのその苦労や、身を捧げるような努力は、決して無駄にはなりません。

「多くの失敗者は、諦めたとき自分がどれほど成功に近かったかに気づいていない」

再びエジソンの言葉ですが、あなたが「もう駄目だ」と諦めそうになったその一歩先に、驚くべき成功と解放が待っているのです。

尾形乾山の芸術も、豊田親子の自動車も、すべては「諦めなかった阿呆たち」の執念から生まれた最高の果実なのです。

相馬愛蔵が語る「危機の正体」とは?なぜトラブルこそがあなたの人生最大のチャンスに変わるのでしょうか?

人生には、突然のトラブルや、急を要する困難がつきものです。

「なぜ、私ばかりがこんな目に遭わなければならないのか」と、天を恨みたくなる日もございますよね。

そんなあなたに、新宿中村屋の創業者である相馬愛蔵(そうま あいぞう)の、特別な名言をプレゼントいたします。

「機会というものは、いつも初めは、一つの危機として来るか、あるいは一つの負担として現れた」

この言葉は、あなたのこれからの物事の見方を180度変えてしまうほどの、強力なパワーを持っています。

あなたが今、目の前にある大きな問題や負担に押しつぶされそうになっているとしたら、それは実は、あなたの人生を劇的に好転させる「素晴らしいチャンス」が、危機の仮面をかぶってやってきただけなのです。

なぜ、このような意外な展開が起こるのでしょうか?

それは、人間は大きな負担や危機に直面して初めて、本気で知恵を絞り、自己を改良し、新しい自分へと生まれ変わることができる生き物だからです。

ここで、日本の産業界を支えた本田技研工業の伝説的なリーダーたちのエピソードを見てみましょう。

本田宗一郎(ほんだ そういちろう)と藤沢武夫(ふじさわ たけお)の名コンビ、そしてトヨタの販売の神様と呼ばれた神谷正太郎(かみや しょうたろう)、そして織機から自動車への転換を支えた石田退三(いしだ たいぞう)。

彼らの歴史は、まさに「危機の連続」でした。

戦後の混乱、資金ショート、競合との激しいシェア争い。

一歩間違えれば倒産という極限状態のなかで、彼らは決して諦めませんでした。

彼らは危機を、文字通り「機会」として捉え、即断、即決、即実行で道を切り開いていったのです。

あなたが今日、お仕事や生活のなかで何らかの危機に直面したなら、心の中でこう叫んでみてください。

「素晴らしい、チャンスがやってきたぞ!」と。

この心理的な逆転の発想こそが、あなたを一流の成功者へと導く、最高のライフハックなのです。

ビジネスのカリスマたちが遺した知恵とは?なぜ「クオリティ」だけが永遠にあなたを裏切らないの?

さらに現代の事例として、アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズの、あまりにも有名な哲学をご紹介しましょう。

ジョブズは、製品の目に見えない裏側の配線にまで、完璧な美しさを求めました。

そんな彼が愛した有名な言葉、そしてマーケティングの真理がこれです。

「クオリティは永遠に記憶される。価格は忘れられる。」

「どんなマーケティングでも、駄作をヒットさせることはできない。」

これらの言葉は、あなたの日常のデザインや、資料作成、あるいは日々のすべての仕事のクオリティに対する姿勢に、決定的な影響を与えるはずです。

「これくらいでいいや」と妥協した仕事は、すぐに忘れ去られるか、誰の心も動かすことはできません。

しかし、あなたが自分の魂を削り、目の前の人のために精一杯のサービスをして仕上げたクオリティは、相手の記憶に永遠に残ります。

尾形乾山の器が、何百年経っても国宝や重要文化財として大切にされ、高値で取引されているのはなぜでしょうか?

価格や時代の流行は移り変わりますが、乾山が込めた圧倒的な「クオリティ」と「誠実さ」は、永遠に磨耗しないからです。

あなたが提供する仕事のクオリティを徹底的に高めること。

それこそが、あなた自身の価値を不滅にし、周囲から必要とされ続ける唯一の保証付きの方法なのです。

老子が教える真の強さとは何か?なぜ「よそ見をしない生き方」があなたに絶対的な幸福をもたらすのでしょうか?

ここで、少し視点を変えて、東洋の古い知恵に耳を傾けてみましょう。

紀元前の中国の哲学者、老子(ろうし)は、人間が幸福に生きるための驚くべき逆説を唱えました。

「足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り。」(老子より)

あれも欲しい、これも欲しいと、常に他人の目を気にしてよそ見ばかりしている現代人は、どれほど多くのエネルギーを無駄にしていることでしょうか。

老子は、自分自身を深く知り、今あるものに感謝し、自分の本分をただひたすらに、強く実行することこそが、真の幸福であり、本当の強さなのだと教えています。

チョーヤ梅酒の創業者様も、「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」というほどの凄まじい覚悟で、他のビジネスには目もくれず、ただ一筋に梅酒の品質を改良し続けました。

その結果、世界中で愛されるブランドとなったのです。

よそ見をしないこと。

あれこれと手を出さずに、自分の人生のテーマにすべてを捧げること。

この生き方は、情報過多の社会で迷子になりそうなあなたを、根本から救い出してくれる羅針盤となります。

尾形乾山も、兄の光琳の華やかな成功に嫉妬することなく、陶芸と学問という自らの庭を耕し続けました。

だからこそ、彼は兄とは全く違う、独自の偉大な頂点に達することができたのです。

あなたも、誰かと自分を比較して焦る必要はまったくございません。

あなたの目の前にある仕事、あなたの目の前にいる大切な人、そして、あなたの部屋に飾られた芸術。

それだけに全神経を集中させてみてください。

その瞬間に、あなたの孤独は消え去り、静かで揺るぎない、強力な幸福感が心を満たすはずです。

フランスの思想家カルヴァンが語る使命とは?なぜあなたの毎日の退屈な作業には神聖な価値があるの?

宗教改革で知られるジャン・カルヴァンは、人間の職業について、それまでにない新しい驚くべき概念を提示しました。

「すべての人の職業は、神から与えられた聖なる『天職(コーリング)』である。」(ジャン・カルヴァンより)

カルヴァンは、修道院のなかの祈りだけでなく、一般の市民が毎日行う世俗の仕事、それこそが神への奉仕であり、神聖な意味を持つ日常の芸術なのだと説いたのです。

あなたが毎日行っている、ルーティンワークや家事、他人のサポート。

それらを「退屈な作業だ」と切り捨ててしまうのは、あまりにももったいないことです。

尾形乾山が、毎日のように泥にまみれ、窯の炎の熱さに耐えながら、レンガを積み上げるようにコツコツと器を焼き続けたように、あなたの毎日の地道な積み重ねには、計り知れない価値があります。

キリスト教の文脈を取り入れた私の作品も、あなたのそうした日常の「苦難」と「忍耐」に寄り添い、いつか必ず訪れる「復活」と「解放」を祝福するために存在しています。

「私の成功の秘訣は他の人が諦めた後も続けることだ」

三度、エジソンの言葉をあなたに贈ります。

みんなが退屈して、あるいは疲れて諦めてしまう手前で、あなたが笑顔でもう一歩だけ踏み出すこと。

その美しい姿勢に、神聖な美が宿るのです。

偉大なキリストの使徒パウロが遺した約束とは?なぜ苦難のあとに信じられないほどの希望が訪れるのでしょうか?

この長くて深い対話の最後に、新約聖書における最も力強い、そして私の芸術の根底にある最も特別な聖書の言葉を、あなたに直接、お伝えさせてください。

「そればかりではなく、苦難をも誇りとしています。私たちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練られた品性を、練られた品性は希望を生み出すということを。」(聖書・新約聖書『ローマの信徒への手紙』5章3節〜4節より)

これこそが、人間の心理と歴史が証明する、究極の「真理」でございます。

あなたが今、人生のなかで孤独や、孤立、あるいは言葉にできないほどの苦難を感じていらっしゃるとしたら、どうかこのパウロの言葉を、お守りのように胸に抱きしめてください。

その苦難は、あなたを破壊するためにあるのではありません。

あなたという人間の品性を美しく練り上げ、やがて眼を見張るような素晴らしい「希望」へと導くための、どうしても必要なプロセスなのです。

尾形乾山も、その生涯において何度も京都から江戸へと拠点を移し、経済的な困窮や孤独と戦い抜いた、真の「忍耐の男」であり「不屈の男」でした。

彼は諦めませんでした。

だからこそ、彼の作品は今もなお、私たちの魂を救う医者のように、深い慰めを与えてくれるのです。

あなたが歩む人生の道のりに、私の芸術が寄り添い、少しでもあなたの心が軽くなることを、私は心から祈っております。

あなたは一人ではありません。

この美しい約束を信じて、今日という日を、どうか誇り高く、笑顔で歩んでいってくださいね。

あなたとのこの素晴らしい出会いに、心からの感謝を込めて。

追伸:画家・高見沢耳の「命を懸けたお笑いと奉仕」について、あなたの耳元で囁かせてください

ここまで私の長いお話をお読みくださり、本当に、本当にありがとうございました。

最後に、追伸として、私、高見沢耳(たかみざわ みみ)という一人の不器用な画家について、少しだけ楽しい、身近なお話をさせてくださいね。

私は、普通の画家のようにキャンバスと筆を使いません。

最先端のデジタル技術を駆使して画面上で絵を描き、それを「ジクレー版画技法」という、驚くほど高精細な方法で、最高級の版画用紙に印刷して作品を仕上げています。

私の作品のテーマは、常にあなたと関連しています。

「あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、解放」です。

なぜ、私はこれほどまでに「目」を描き続けるのでしょうか?

それは、私の作品の主役である「あなた」を、いつでも感じていたいからです。

画面の中から、私はあなたのことを見つめ、あなたの孤独を知りたいと、ずっと願い続けているのです。

実は、私が画家になることを決意したのは、あの有名なヴィンセント・ファン・ゴッホの、激しくも切ない生涯を知ったからでした。

「高見沢耳」という私の名前の「耳」は、何を隠そう、ゴッホが自ら耳を切り落とした、あの有名な「耳切り事件」にあやかって付けたものなのです。

少し驚かれましたか?

それとも、クスッと笑っていただけましたでしょうか?

ゴッホは、次のような素晴らしい名言を遺しています。

「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」

本当にその通りだと思います。

何かを表現しているのに、誰の心も感激させられない、目の前にいるあなたの心を慰めることの出来ない仕事や作品には、何の価値もございません。

過去の歴史的な傑作のすべてが、生まれ持った天才のひらめきだけで描かれたのではなく、数十年にわたる、泥臭い試行錯誤によって生み出されたものだと、私は知っています。

芸術家の仕事とは、格好をつけることではございません。

身銭を切っての、あなたへの精一杯のサービスであり、命懸けの奉仕なのです。

芸術家は、目の前のあなたに、自分の人生のすべてを捧げます。

ですから、どうか私を見捨てないでください。

むしろ、わたしのこの必死すぎる姿を、どうぞ大声で笑ってください。

私は、笑われて強くなる男です。

芸術家の仕事の本質とは、あなたを笑顔にし、あなたの魂を救うための、精一杯の「道化(ピエロ)」になることなのです。

私は豊田佐吉のように、そして尾形乾山のように、絶対に諦めない忍耐の男、不屈の男でございます。

私は、カレーハウスCoCo壱番屋の創業者である宗次徳二(むねつぐ とくじ)様を、心の底から尊敬しております。

宗次様は、よそ見をしないで仕事一筋、他のことは一切やらない人生を貫かれました。

「趣味なんかやっている場合じゃない」と、大好きなクラシック音楽さえ、現役の経営者時代には全く聴かなかったそうです。

自らの時間のすべてをお客様に捧げるためです。

ココイチの前身である小さな喫茶店を始めた当初、お客様が全く来なかった時期、宗次様夫妻は、お昼ご飯にサンドイッチの余りである「パンの耳」を食べて餓えをしのいでいたそうです。

ゼロから始めたのだから、そんな苦労は当たり前。

「今はお客様が来ないけれど、お客様第一を貫けば、きっと良くなる」と信じて、毎日毎日、レンガを積み上げるように、集中して仕事を続けられました。

即断、即決、即実行。

仕事に人生を捧げ、目の前のお客様にすべてを捧げる姿勢。

宗次様は、次のような壮絶な言葉を遺されています。

「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです。よそ見しない、経営に身をささげる」

「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」

この言葉を読むたびに、私は涙が出そうになります。

宗次様は、実の両親の顔を知りません。

孤立無援の孤児院から引き取られたあとも、養父のギャンブル狂いのせいで、極貧の少年時代を過ごし、夏には雑草を食べて餓えをしのいでいたほどの、波乱万丈の人生を歩まれました。

人生は、生まれ育ちで決まるものではございません。

どんな人生になるかは、その人間の勤勉さと、忍耐力と、継続力によって決まるのです。

私も、宗次様のように、1日12時間以上の創作は最低条件だと思っております。

休みたくありませんし、遊びたくもありません。

私の趣味は、あなたのために絵を描くことです。

あなたが私の作品の前に立ってくださるとき、私は心の中で、割れんばかりの拍手喝采であなたを迎えております。

価値のあるものは、往々にして即効性がございません。

最初から上手くいくわけではございません。

考えるより、まずやってみるのです。

どうか、あなたもご自身の人生を、簡単に諦めないでくださいね。

ゴッホが亡くなったあと、彼の才能を信じ、その作品を世界に広めたのは、弟テオの妻であるヨーという一人の女性でした。

ヨーは、夫テオをも失った絶望のなかで、このように語りました。

「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」

彼女のこの執念があったからこそ、ゴッホの絵は今、世界中の人々の孤独を癒しています。

良いものを伝えること。

伝わらなければ、存在しないのと同じなのです。

私がこうして、あなたにラブレターのような文章を綴っているのも、私の作品を通して、あなたの孤独を救いたいという、一筋の使命感からでございます。

ここで、冒頭でお伝えした大切なフレーズを、もう一度だけ、あなたの心に深く刻ませてくださいね。

あなたは、ご自分が少しの寂しさを抱えて、生きているのを知っていますか?

そんなあなたの心を、慰めるために制作されたのが、高見沢耳の作品です。

あなたの心を癒すための芸術です。

あなたが私の絵を見て、ほんの少しでも「明日も生きてみよう」と思ってくださるなら、道化師である私は、これ以上の幸せはございません。

最後に、私が心から尊敬するヘンリー・フォードの、あの美しき大名言をあなたに贈り、この静かなおしゃべりを終えたいと思います。

「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」

私はあなたに、私の芸術と、私の人生のすべてを捧げ、与え続けます。

長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

あなたの毎日に、最高の光と、溢れるほどの幸福が訪れますように。