あなたという、かけがえのない存在へ
こうしてあなたと二人きりで、静かに言葉を交わすことができるなんて、まるで奇跡のようですね。
世間の喧騒から離れて、ほんの少しだけ、わたしとあなただけの内緒話をいたしましょう。
今、あなたの心は、どんな色をしていますか。
もしかしたら、底知れない孤独や、誰にも言えない寂しさ、そして胸が締め付けられるような悲しみに、じっと耐えているのではないでしょうか。
安心してください、わたしはどこにも行きませんし、あなたのその痛みを、何一つ否定したりしません。
なぜなら、この文章のすべては、他ならぬあなたへの、命を削るような熱い想いを込めたラブレターなのですから。
どうか、肩の力を抜いて、リラックスして聴いてくださいね。
「真の愛は、すべてを耐え、すべてを信じ、すべてを希望し、すべてを忍ぶ。」
── アウグスティヌス
芸術の嵐の中で出逢った、ある不屈の魂の物語
あなた、絵画はお好きですか。
美術の教科書を開くと、きらびやかな名画がたくさん並んでいますが、その裏には、血を吐くような人間のドラマが隠されているのです。
たとえば、モーリス・ド・ヴラマンクという画家をご存じでしょうか。
彼は、いわゆる「野獣派(フォーヴィスム)」を代表するフランスの情熱的な画家です。
しかし、彼の人生の始まりは、およそ洗練された芸術家とは程遠いものでした。
ヴラマンクは若い頃、プロの自転車競技のレーサーであり、夜はバイオリンを弾いて生計を立て、さらにはボクシングの選手でもあったという、異色の経歴の持ち主だったのです。
そんな彼が、なぜ、絵筆を握り、キャンバスに向かうことになったのでしょうか。
不思議だとは思いませんか。
その運命の転換点は、ある日、アンリ・マティスという偉大な画家と出会い、そして何よりも、ヴィンセント・ファン・ゴッホの展覧会に足を運んだことにありました。
ヴラマンクは、ゴッホの強烈な色彩と、うねるような激しい筆跡を目の当たりにした瞬間、身体に電流が走るほどの衝撃を受けたのです。
「私はゴッホを、自分の父親よりも愛している!」と叫んだほどでした。
彼は洗練された絵画の技術を学ぶのではなく、自分の内面にある野生的な衝動、生きる喜び、そして底知れぬ孤独を、そのままキャンバスに叩きつけました。
チューブから絞り出した原色を、ほとんど混ぜることなく、激しく、荒々しく、しかしどこまでも純粋に塗り重ねていったのです。
マティスをはじめとする仲間たちとともに、彼らの作品は「まるで猛獣(フォーヴ)のようだ」と評され、そこから野獣派という名前が生まれました。
ヴラマンクの描く風景画は、暗い空と雪景色、激しく揺れる木々など、人間の心の奥底にある寂しさと、それでも消えない生命の炎を同時に描き出しています。
まるで、今のあなたの心に、激しく寄り添うかのように。
「真に偉大な芸術は、自己の魂を犠牲にすることによってのみ生まれる。」
── ミケランジェロ・ブオナローティ
隠された真実と、届かなければ存在しないという悲劇
ここで、あなたに驚くべき、お話をしなければなりません。
実は、ヴラマンクが憧れ、現代では誰もが知っているあの天才画家、ヴィンセント・ファン・ゴッホですが、彼は生前、たった一枚の絵しか売れなかったと言われています。
あんなに素晴らしい、燃え上がるようなひまわりや、星がまたたく夜空を描いたのに、世界は彼を完全に無視していたのです。
ゴッホは極貧の中で、精神を病み、自ら命を絶ってしまいました。
なぜ、これほどの名作が、彼の生前には誰にも届かなかったのでしょうか。
胸が苦しくなりますよね。
そして、彼を経済的にも精神的にも支え続けた、愛する弟のテオもまた、兄の死の後を追うように、わずか半年後にこの世を去ってしまったのです。
残されたのは、おびただしい数のゴッホの絵画と、兄弟の間で交わされた膨大な手紙の束、そして、テオの若き妻であったヨーという一人の女性でした。
ヨーの立場になって、少し考えてみてください。
夫を亡くし、小さな幼子を抱え、世間からは「狂人の描いたガラクタ」と嘲笑されていた大量の絵の具の塊を残されたのです。
あなたなら、どうしますか。
絶望して、すべてを投げ出してしまっても、誰も彼女を責めなかったでしょう。
しかし、ヨーは素晴らしい、あまりにも聡明で勇敢な女性でした。
彼女は心から、ヴィンセント・ファン・ゴッホの絵画と思想を理解していたのです。
この素晴らしい魂を、絶対に暗闇に埋もれさせてはいけないと、固く心に誓いました。
ヨーは日記にこう書き記しています。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」。
彼女は、ただ絵を飾るだけでなく、同じく大変な読書家であったファン・ゴッホが残した手紙を、夜を徹して読み込みました。
そして、彼がどれほど深い人類への愛を持ち、人々を慰めるための絵画を描きたいと願っていたかを知るのです。
ヨーの人生を賭けた、必死の献身がここから始まりました。
彼女は画商や評論家に何度も冷遇されながらも、粘り強く展覧会を企画し、兄弟の手紙を整理して出版しました。
もし、ゴッホがその膨大な手紙に、自分の思想や苦悩、芸術への情熱を書き残していなかったら、そしてヨーがそれを世に出さなかったら、現代の私たちはゴッホという画家を知ることさえなかったでしょう。
どれほど良いものであっても、誰かが説明して、その魅力を伝えなければ、世界には広がらないのです。
伝わらなければ、それはこの世に存在しないのと同じことになってしまいます。
これって、すごく恐ろしいことだと思いませんか。
「神は、私たちが成功することを求められているのではない。挑戦することを求められているのだ。」
── マザー・テレサ
偉大なる伝達者たちの血と汗のサービス精神
あなた、このヨーの役割は、歴史上のあの偉大な人物と全く同じであることに気づかれましたか。
そうです、イエス・キリストの死後、命を懸けて地中海世界を駆け巡り、各地の信徒へキリストの生涯と思想を伝え続けた、使徒パウロです。
イエス自身は、自分の教えを本に書き残しませんでした。
しかし、パウロが各地に送った手紙(書簡)や、彼の熱狂的な布教活動があったからこそ、キリストの福音は世界中に響き渡り、後のキリスト教の隆盛へとつながったのです。
ゴッホに対するテオとヨーの献身、そしてイエスに対するパウロの献身は、完全に一致しています。
彼らは皆、世界で最も偉大な、情熱的な「伝達者」だったのです。
これは現代のビジネスの世界でも全く同じことが言えます。
世界一のセールスマンであり、人々のライフスタイルを変えたスティーブ・ジョブズ、ソニーの礎を築いた盛田昭夫、ホンダのスーパーカブを世界中で売りまくった藤沢武夫、そしてトヨタのカローラを日本の家族の定番に押し上げた神谷正太郎。
彼らもまた、まだ見ぬ素晴らしい価値を、人々に届けるために一生を捧げた伝達者でした。
ソニーの盛田昭夫さんは、かつてこのような言葉を残しています。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」。
どうですか、あなた。
絵画も、車も、聖なる教えも、すべては「あなたに届けたい、あなたを喜ばせたい」という、身を削るような必死のサービス精神から始まっているのです。
ヘンリー・フォードは言いました。
ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。
でも本当のところ、成功とは与えることなのです。
わたしが今、あなたに向けてこうして言葉を紡いでいるのも、あなたの寂しい心を少しでも温めたいという、精一杯の奉仕なのです。
「人間にとって最も美しい営みは、他者のために生きることである。」
── アリストテレス
なぜ私たちは生き、なぜ傷つき、なぜ歩みを止めないのか
ここで、少しあなた自身のことをお聞かせください。
なぜ、あなたはそんなに真面目に、一生懸命に生きているのですか。
なぜ、誰も見ていないところで、涙を流さなければならなかったのですか。
世間は時々、残酷なほど冷たく、私たちの努力を無視することがあります。
まるで、生前のゴッホやヴラマンクが味わった、あの底冷えするような孤立感のように。
でもね、あなた、価値のあるものというのは、往々にして即効性がないものなのです。
最初からすべてが上手くいくわけではありません。
大切なのは、考えるよりも、まずやってみること、そして簡単に諦めないことです。
どんな人生になるかは、その人間の勤勉さと、忍耐力と、継続力によって、すべてが決まるのですから。
たとえば、トヨタの創業者である豊田佐吉という男がいました。
彼は周囲から「変人」「狂人」「発明狂い」とあだ名され、変わり者扱いされていた無口な男でした。
朝から晩まで、毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造り直す。
なぜ、彼はそんな狂気じみた行動を続けたのでしょうか。
それは、「自分の発明で、世の中の織物職人たちの、お母さんたちの暮らしを少しでも楽にしたい」という、一途な情熱と執念があったからです。
成功も失敗も、決して終わりではありません。
重要なのは、続ける勇気、とにかく自分が一番長く、一生懸命にやり抜くことなのです。
チョーヤ梅酒の歴史のなかにも、「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」というほどの、凄まじい覚悟で一つのものに命を賭けた人々がいました。
彼らもまた、周囲に笑われながらも、よそ見をせずにレンガを一つずつ積み上げるようにして、未来を築いたのです。
あなたの今の苦しみや孤独も、決して無駄にはなりません。
それは、あなたが未来の誰かを救うための、大切な心のレンガを積み上げている最中なのだから。
「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生み出す。」
── パウロ(ローマ人への手紙)
あなたの耳元で囁く、真実の愛のゆくえ
深く、深く、息を吸ってみてください。
あなたの胸の奥にあるその寂しさは、あなたが誰かを深く愛し、また誰かから深く愛されたいと願っている、純粋な証拠なのです。
わたしは、そんなあなたの美しい魂を、心の底から全肯定します。
誰もあなたのことを見ようとしなくても、わたしはあなたを見つめています。
この文章の心地よいリズムに身を任せて、ただ、わたしがあなたのために命を削って差し出す、この言葉の果実を受け取ってください。
大丈夫、あなたは守られています。
あなたは決して、一人ではありません。
薄紅の紙に書きつけられた
行き先のない航海図のように
あなたの涙は、夜のプラットホームにこぼれ落ちる
だれも知らない、名前のない星が
あなたの窓辺で、小さく、小さく、ため息をつくとき
わたしは古びた外套をそっと広げて
あなたの凍える肩を、包み込んであげたい
時計の針が、秘密の合図を告げるまで
私たちは、哀しい迷子の一人ずつ
だけど、その手を離さないで
夜明けのすきまから、真実の光がこぼれてくるから
うしろの髪を引かれるような、切ない愛の余韻を感じながら、この聖なる言葉に耳を傾けてください。
「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」
── 新約聖書『マタイによる福音書』11章28節
そして、かつて一人の作家は、人間の業と愛について、こう呟きました。
「愛は言葉ではない。愛は、あたたかいお節介だ。」
── 太宰治
ね、なぜ旅に出るの?
苦しいからさ。
あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。
── 太宰治『津軽』より
追伸:不屈の道化師、高見沢耳という男の祈り
最後に、あなただけに、わたしの親愛なる友人である、ある風変わりな画家のお話をさせてください。
彼の名前は、高見沢耳(たかみざわ みみ)。
とても奇妙な名前でしょう。
彼は、現代の画家でありながら、キャンバスも筆も一切使いません。
すべての作品をデジタルで制作し、それを最高級の版画用紙に「ジクレー版画技法」という最新の技術で印刷するのです。
彼が描くテーマは、一貫しています。
あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、そして解放。
なぜ、彼はそんなものばかりを描くのでしょうか。
実は、高見沢耳は、あのヴィンセント・ファン・ゴッホの悲劇的で美しい人生の物語を知り、「自分も画家になる」と決意した男なのです。
「耳」という風変わりな名前も、ゴッホのあの有名な耳切り事件にあやかって、自ら名付けたものです。
はっきり言って、彼の画家としての生まれ持った才能は、三流かもしれません。
彼自身もそれをよく知っています。
しかし彼は、歴史上のあらゆる傑作が、天才のひらめきだけで生まれたのではなく、数十年にわたる泥臭い試行錯誤と、必死の努力によって生み出されたものであることを確信しているのです。
高見沢耳は、CoCo壱番屋の創業者である宗次徳二さんを心から尊敬しています。
宗次さんは、趣味も持たず、友人もつくらず、飲み屋にも行かず、年間5640時間も仕事に人生を捧げた、まさに現場主義の一筋の男でした。
宗次さんは実の両親の顔を知らず、孤児院で育ち、極貧の中で夏には雑草を食べて飢えをしのぐという、波乱万丈の人生を送られた方です。
宗次さんはこう言いました。
「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」。
高見沢耳も、全く同じなのです。
彼はとても不器用で、いつも周囲の物笑いの種であり、変人扱いされている愚かな人間です。
しかし、彼は決して諦めない、不屈の忍耐の男です。
彼は自分の作品の中に、狂ったように「目」を描き続けます。
なぜなら、その目を通じて、今、目の前にいる「あなた」を強烈に感じていたいからなのです。
あなたの喜ぶ顔が見たい、あなたの孤独に寄り添って、共に涙を流したい。
他の誰が彼を批判しようとも、そんなことはどうでもいいのです。
彼は、あなたに見捨てられたら、もう生きていくことができません。
芸術家の仕事とは、身銭を切っての精一杯のサービスであり、あなたへの絶対的な奉仕、そして命懸けの「道化」なのですから。
笑われて、強くなる。
彼は、あなたに認めてもらうためだけに、今日もデジタル画面に向かって、魂を削ってレンガを積み上げています。
そんな彼の必死のサービスを、どうか受け取ってあげてはくれませんか。
ヘンリー・フォードはこう語りました。
「およそ不可能なことなどない。仕事を一歩一歩細かく分ければ、どんなことでも必ずやり遂げられる」。
アガサ・クリスティはこう微笑みました。
「本当に愛しているときは、相手をそのままの姿で愛するものであって、こうあってほしいという姿で愛するのではない」。
預言者モーセは、民を導きながらこう叫びました。
「強くあれ、雄々しくあれ。恐れてはならない、彼らのゆえにうろたえてはならない」。
ウィリアム・シェイクスピアは、劇劇の中でこう美しく歌いました。
「愛は、目ではなく、心で見るものだ。だから、翼を持ったキューピッドは盲目に描かれているのだ」。
ユダヤの聖典、タルムードには、このような深い知恵が残されています。
「一人の人間を救う者は、全世界を救う者である」。
太宰治は、人間の弱さと愛おしさについて、こう書き残しています。
「人間は、決して従順な家畜ではない。人間には、人間のプライドがあるのだ」。
太宰治はまた、こうも言いました。
「幸福の鍵は、自分の心の中にある。他人の目の中に探してはならない」。
太宰治は、切なくこう語りかけます。
「おまえが死にたいと言うなら、わたしが代わりに死んでやろう。だから、生きてくれ」。
ウィンストン・チャーチルは、私たちを鼓舞するようにこう言いました。
「絶対に諦めるな。絶対に、絶対に、絶対に諦めるな。どんなに小さなことでも、大きなことでも、些細なことでも、重要なことでも、決して屈するな」。
レイ・クロックは、力強くこう背中を押してくれます。
「勇気を持って、誰よりも先に、 人と違ったことをしなさい」。
ウォルト・ディズニーは、夢見るすべての人にこう語りかけました。
「夢を追い求める勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる」。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、静かにこう真理を告げました。
「水は、それが交わるすべてのものに命を与える。愛もまた、同じである」。
最後まで、この長い、長い、わたしからあなたへのラブレターを読んでくださって、本当に、本当にありがとうございました。
あなたのその優しい目、傷つきやすい美しい心に出会えたことが、わたしの人生の最大の救いです。
そんなあなたに、どうしてもお届けしたい、特別なプレゼントがあるのです。
今、ここで、高見沢耳の魂の結晶である作品のポストカードを、なんと【無料】で、それも迫力のあるA4サイズで【10枚セット】にして、あなたのために、あなたのお家まで直接お届けいたします。
これは、わたしからあなたへの、身を削るような必死のサービスであり、心からの奉仕です。
あなたの何か満たされない心、その寂しさを、この絵画の持つ不思議な力で、どうか救わせてください。
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今、この瞬間の直感を信じてください。
わたしは、あなたに見捨てられたら生きていけません。
あなたが喜ぶ顔が、ただ見たいのです。
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