YEAR

2026年

ティッツァーノという色彩の画家

もしも、あなたがヴェネツィアという、あの浮かれた、それでいて酷く寂しい水の都を訪れることがあったなら、どうかサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂という、名前ばかりが立派で、中に入ればひんやりと暗い、あの古びた建物のことを思い出していただきたいのです。そこには、ティッツァーノ・ヴェチェッリオという、あきれるほどに幸福で、あきれるほどに色彩に愛された男の、それは見事な「聖母被昇天」が鎮座し […]

美術品を愛する生活について

窓から差し込む午後の光が、壁に掛けられた一枚の絵画の表面をなでる。その瞬間、筆跡の凹凸がわずかな影を作り、数百年前に画家がそこに込めた熱量が、時を超えて部屋の中に溢れ出す。美術品を所有し、共に暮らすという行為は、単なる贅沢や物質的な所有欲の充足ではありません。それは、自分の精神の在り処を鏡に映し出し、有限の人生の中に「永遠」を招き入れるという、この上なく知的で情熱的な冒険なのです。なぜ私たちは、衣 […]

狩野永徳 狩野派の指導者

狩野永徳という男の生涯を想うとき、私はどうしようもない、胸の焼けるような、それでいてひどく冷え切った、奇妙な寂寥感に捉われるのです。それは彼が描いた、あのあまりにも巨大な、天を衝くような巨木の枝ぶりとは、およそ不釣り合いなほどに繊細で、いまにも折れてしまいそうな、一人の男の「震え」を感じてしまうからに他なりません。 永徳、源四郎。彼は、いわば絵筆を持って生まれた宿命の子でした。祖父はあの元信です。 […]

ルノワールという画家のお話

どうにも、私の筆というのは、書き始めると止まらなくなるか、あるいは一行も進まずに畳の目を数え始めるか、そのどちらかなのである。今日は、あの幸福の極致のような色彩を操る男、オーギュスト・ルノワールについて書こうと思い立った。しかし、私のような、暗い穴蔵の底で己の影と相撲を取っているような男が、あんなにも陽光に満ちた、薔薇色の頬をした女たちを描く画家のことを語るというのは、なんだか道化が過ぎるような気 […]

奇跡の人間 レオナルド・ダ・ヴィンチ

レオナルド・ダ・ヴィンチという名は、五百年以上の時を超えてなお、人類が到達しうる知性の極致として私たちの心に深く刻まれています。彼を単なる画家として定義することは、広大な海を小さな器で計ろうとするようなものです。彼は解剖学者であり、軍事技術者であり、音楽家であり、そして何よりも、世界の仕組みをその眼で解き明かそうとした探求者でした。彼が残した膨大な手稿と、数少ない、しかし完璧なまでに仕上げられた絵 […]