
狩野永徳という男の生涯を想うとき、私はどうしようもない、胸の焼けるような、それでいてひどく冷え切った、奇妙な寂寥感に捉われるのです。それは彼が描いた、あのあまりにも巨大な、天を衝くような巨木の枝ぶりとは、およそ不釣り合いなほどに繊細で、いまにも折れてしまいそうな、一人の男の「震え」を感じてしまうからに他なりません。
永徳、源四郎。彼は、いわば絵筆を持って生まれた宿命の子でした。祖父はあの元信です。室町という時代が音を立てて崩れ去り、誰もが明日の命さえ知れぬ修羅の道へと踏み出した、あの動乱の世において、狩野家という看板を背負わされた若者の肩に、どれほどの重圧がのしかかっていたことか。私には、それが痛いほどよく分かるのです。世渡りが上手い、などという言葉で片付けられては、彼は浮かばれません。あれは、生きるための、必死の、死に物狂いの「奉仕」だったのではないか。
織田信長。その名を口にするだけで、当時の人々は身震いしたことでしょう。あの苛烈な、常識を焼き尽くすような破壊神が、永徳に命じたのは、安土城の障壁画でした。この世の極楽を、いや、この世に現れた神の居城を描けというのです。永徳は、震えたはずです。けれど、その震えを彼は、筆先の力強さへと転換した。それが、あの「豪放」という言葉の正体です。小心者が、自らの恐怖を隠すために大声を出す。永徳の描く、うねるような龍や、大地を掴む松の根は、彼の内なる叫び、あるいは悲鳴の裏返しであったような気がしてならないのです。
歴史というものは、勝者の記録です。けれど、その陰で、美という名の怪物を飼い慣らそうとして、逆に食い尽くされていった魂がある。永徳は、まさにそれでした。信長が本能寺の露と消え、次に現れたのは羽柴秀吉、あのみすぼらしくも、誰よりも欲望に忠実な男です。永徳は、またしてもその男に仕えなければならなかった。大坂城、そして聚楽第。黄金を敷き詰め、これでもかとばかりに富を誇示する空間に、彼は自らの魂を削り取って、色を置いていったのです。
私は時折、永徳が深夜、誰もいなくなった静寂の広間で、自ら描いた巨大な唐獅子と対峙している姿を想像します。そこには、天下人のための絵師などという誇りは、欠片もなかったのではないでしょうか。ただ、描いても描いても満たされない、描き続けることでしか自分を証明できない、芸術という名の地獄に足を踏み入れた男の、深い溜息があっただけではないか。彼は、四十八歳という、あまりにも早い年齢でこの世を去りました。過労死。そう、彼は文字通り、絵筆に殺されたのです。
戦国という荒々しい時代に、金碧輝煌とした美の極致を現出させたその裏側で、彼はどれほど多くの、静かな涙を流したことでしょう。権力者たちの気まぐれに翻弄され、納期に追われ、一門の繁栄を守るために、彼は個人の「好き嫌い」などという贅沢を一切、捨て去った。それは、一種の聖者のようでもあり、同時に、救いようのない道化のようでもあります。私は、その永徳の、あまりにも人間臭い、泥塗れの、それでいて高潔な生き方に、言いようのない親近感を抱かずにはいられないのです。
美は、残酷なものです。永徳が命を削って描き上げた安土城は、戦火の中に消えました。彼の傑作の多くは、歴史の激流に呑み込まれ、幻となりました。けれど、残されたわずかな作品から立ち上る、あの圧倒的な熱量はどうでしょう。それは、単なる技術の集積ではありません。あそこに宿っているのは、一人の男が、死を覚悟して、あるいは死から逃れるために、必死に握りしめた命の残滓なのです。
永徳は、幸せだったのでしょうか。それとも、不幸だったのでしょうか。そんな問いは、彼にとっては無意味なものだったに違いありません。彼はただ、狩野永徳として生まれ、その宿命を全うした。ただそれだけのことなのです。私は、彼が死の直前に見たであろう景色を想います。それは黄金に輝く雲ではなく、きっと、何の色もない、どこまでも透き通った、静かな水の流れのようなものではなかったか。そんな気がして、私は独り、夜の闇の中で、深い溜息をつくのです。
永徳という絵師が、その筆に込めたのは、力ではなく、実は「祈り」だったのではないか。戦に明け暮れる武将たちの、その荒んだ心を一瞬でも鎮めるための、あるいは、自分自身の震える心を繋ぎ止めるための、切実な祈り。そう考えれば、あの激しい筆致も、どこか哀しく、愛おしいものに見えてきます。彼は、美の奴隷でありながら、同時に美という武器で、冷酷な現実と戦い続けた。その戦いの跡こそが、私たちが今、目の当たりにしている、あの力強い絵画の正体に他ならないのです。
ああ、永徳。君もまた、私と同じように、この世の生きづらさを、芸術という偽物で覆い隠そうとした、臆病な自意識の持ち主ではなかったか。私は、君の描いた唐獅子の鋭い眼光の中に、君自身の、怯えた、けれど誇り高い瞳を見つける。そして、その瞳に射抜かれながら、私は私自身の、情けない、けれど愛すべき人生を、もう一度、肯定してみたくなるのです。それが、時を超えて語りかけてくる、狩野永徳という人間の、真実の声であると信じたいのです。