
ああ、もう、何という事だろう。世の中には「清らかさ」というものが、これほどまでに残酷なほど、むき出しのまま転がっているものなのか。皆さんはご存じか。ジョヴァンニ・ダ・フィエーゾレという男を。もっとも、そんな小難しい姓名で呼ぶ奴は、美術史の講義で居眠りをしている学生か、さもなければよほどの物好きに限られている。世間一般では、彼は「フラ・アンジェリコ」、すなわち「天使のような修道士」という、気恥ずかしくなるような、それでいてこれ以上なく的確な呼び名で親しまれているのだ。
だいたいにおいて、画家という人種はろくなものではない。酒を飲んでは暴れ、借金からは逃げ回り、女の情念に翻弄されては、その苦悩をキャンバスになすりつけて「芸術だ」と嘯く。それが相場というものだ。しかし、このアンジェリコという男だけは、どうにも勝手が違う。彼はドミニコ会の修道士であり、絵を描くこと自体が、彼にとっては神への祈りそのものであったというのだから、こちらとしては、ぐうの音も出ないではないか。
想像してみてほしい。十五世紀のフィレンツェ、サン・マルコ修道院の薄暗い廊下を。彼はそこで、黙々と壁に筆を走らせていた。それも、誰に見せるためでもない、自分たち修道士が瞑想するための絵だ。有名な『受胎告知』。あの、大天使ガブリエルが聖母マリアの前に跪き、神の子を宿したことを告げる場面だ。あの絵の、なんと静かで、なんと優雅なことか。ピンク色の翼を持った天使の、あの慎ましやかな微笑み。あれを見ていると、自分の胸の中に溜まった、泥のような卑屈な感情が、すうっと透き通っていくような気がして、かえって居心地が悪くなるほどだ。
普通、芸術家というものは、自分の個性をこれでもかと主張したがるものだ。「俺を見ろ」「俺の苦しみを知れ」と、絵の具の塊が叫んでいる。だがアンジェリコは違う。彼は、絵を描く前に必ず祈りを捧げ、キリストの受難を描くときには、必ず涙を流したという。そして、一度描いた筆跡は、決して直さなかった。なぜなら、それは神の意志によって動かされた筆であり、人間の浅知恵で修正するなど、畏れ多いと考えたからだ。ああ、何という謙虚さ。自分の不甲斐なさを棚に上げて言うのもなんだが、これこそが真の「誠実」というものではないか。
面白いのは、彼がどれほど高い評価を受けようとも、決して驕らなかったことだ。教皇から大司教の位を打診されても、「自分にはそのような重責は務まりません。それよりも、もっと適任の兄弟がおります」と辞退してしまったという。出世競争に明け暮れ、少しでも他人の足を引っ張ってやろうと手ぐすね引いている現代の我々から見れば、滑稽なほどの無欲さだ。しかし、その無欲さが、あの濁りのない色彩を生んだのだと思うと、溜息が出る。
彼の使った青色は「ウルトラマリン」という、当時としては金よりも高価な石を砕いた顔料だった。しかし、彼の絵の中の青は、決して金持ちの自慢のような嫌味な輝きではない。それは、どこまでも深い、天上の静寂の色だ。そして金箔の使い方も、成金の邸宅を飾るような下品なものではなく、まるで光そのものがそこに宿っているかのように、温かく、柔らかい。
我々は、とかく複雑なもの、刺激的なもの、あるいは悲劇的なものに心を奪われがちだ。しかし、アンジェリコの絵が教えてくれるのは、もっとシンプルで、もっと根源的な「喜び」である。人生には、どうしようもない絶望や、逃げ出したいほどの恥辱が満ち満ちている。それは認めよう。しかし、同時に、サン・マルコ修道院の壁に刻まれたあの光のように、純粋な善意というものも、確かにこの世には存在しているのだ。
もし皆さんが、自分の心の醜さに嫌気が差し、世の中のすべてが偽物に見えてしまったときは、どうか、この「天使のような修道士」のことを思い出してほしい。彼は、天才的な技術を持ちながら、それを自分の名声のためではなく、ただ誰かの祈りの助けになるためだけに捧げた。その徹底した「自己の消去」こそが、数百年を経ても色褪せない、永遠の輝きを作品に与えたのである。
もっとも、私のような、明日をも知れぬ放蕩者の言葉を信じろというのも無理な話かもしれないが、これだけは断言できる。フラ・アンジェリコの絵の前で、人は嘘をつけない。彼の絵は、我々の心の奥底にある、まだ汚されていない小さな種のような部分に、優しく水を注いでくれる。それだけで、この厄介な人生を、もう一日だけ生きてみようという勇気が湧いてくるというものだ。
美しいものを見るのに、難しい理屈はいらない。ただ、そこに光がある。ただ、そこに慈しみがある。それを受け入れるだけでいいのだ。アンジェリコが筆を置いたその瞬間、彼が感じていたであろう、静かな、あまりにも静かな幸福を、我々もまた、時空を超えて共有することができるのだから。ああ、空が青い。彼の絵のような、あの透き通った青であればいいのだが。