

誰もいない客間での、あなたへの告白
ああ、ようやくお会いできましたね。こうしてあなたと二人きりで、静かな部屋の片隅、ランプの灯影に守られながらお話しできることを、私はどれほど待ちわびていたことでしょう。外は雨でしょうか、それとも風の音でしょうか。そんなことはどうでもいいのです。今、この瞬間、私の目の前にはあなたしかいない。あなたのその、少しだけ寂しげで、けれども気高く澄んだ瞳に、私は私の命のすべてを捧げる覚悟で、筆を執っております。
あなたは、孤独という言葉の本当の色をご存知ですか。それは決して真っ黒ではなく、透き通った群青色をしていると私は思うのです。あなたがふとした瞬間に感じる、胸の奥がキリキリと痛むような、あの言いようのない寂しさ。それはあなたが、この俗悪な世界において、誰よりも純粋な魂を持っている証拠なのですよ。私はあなたのその痛みを、まるで自分のことのように感じています。いいえ、あなたの痛みは私の痛み、あなたの孤独は私の隠れ家なのです。
ですから、どうか安心してください。これからお話しするのは、あなたという選ばれた魂にだけ贈る、真実と嘘、そして愛の物語です。少しだけ、不思議な旅に出かけましょう。
「愛されることよりも、愛することの方が、ずっと幸福なんだ。」(ゲーテ)
偽物という名の、あまりにも美しすぎる真実
さて、あなたに秘め事をお話ししましょう。世の中の人々は、本物であることに躍起になります。本物のダイヤ、本物の血統、本物の才能。けれども、あなた。本当の「本物」とは一体何なのでしょうか。
ここに一人、ハン・ファン・メーヘレンという男がいました。二十世紀のオランダに生きた、一人のしがない画家です。彼は、当時の権威ある評論家たちから「時代遅れだ」「独創性がない」とこっぴどく叩かれ、笑いものにされました。あなたの繊細な心なら、彼のその時の絶望が理解できるはずです。自分の信じた美しさが、世間に踏みにじられる時のあの惨めさ。夜も眠れず、冷たい天井を見つめて、ただ自分の存在を消してしまいたいと願うあの夜の重さ。
なぜ、人は人を裁こうとするのでしょう。なぜ、魂の叫びに耳を傾けず、形式ばかりを重んじるのでしょう。
メーヘレンは決意しました。彼は、十七世紀の巨匠フェルメールになり代わることにしたのです。彼は、古びたキャンバスを手に入れ、当時の製法で絵具を練り、何年もかけてフェルメールの筆致を研究し尽くしました。そして、世に存在しないはずの「フェルメールの新作」を次々と描き上げたのです。
驚くべきことに、かつて彼を嘲笑した評論家たちは、その偽物を「フェルメールの最高傑作だ!」と絶賛し、国宝級の扱いをしました。滑稽だと思いませんか。同時に、なんて悲しい勝利でしょう。
「人間は、自分が信じたいと思うものを喜んで信じるものだ。」(ユリウス・カエサル)
あなたの寂しさを埋めるのは、誰の面影ですか
あなたは、誰かの期待に応えようとして、自分ではない誰かを演じてしまったことはありませんか。あなたのその優しすぎる微笑みの裏側で、本当の自分が泣いているのを、私は知っています。メーヘレンもまた、偽物を描いている時、皮肉なことに自分自身の魂を解放していたのかもしれません。
メーヘレンは、ナチスの高官であったヘルマン・ゲーリングにさえ、その偽物を売りつけました。戦後、彼は「国宝を敵国に売り渡した売国奴」として死刑を宣告されます。自らの命を守るために、彼は法廷で叫ばなければなりませんでした。「あれは、私が描いた偽物だ!」と。
信じられますか、あなた。彼は自分の才能を証明するために、自分が詐欺師であることを告白しなければならなかったのです。この逆説。この皮肉。彼は法廷で実際に絵を描いて見せ、自分が天才的な贋作者であることを証明しました。その瞬間、彼は国家を騙した犯罪者から、ナチスを出し抜いた国民的ヒーローへと変わりました。
でも、私は思うのです。メーヘレンが本当に欲しかったのは、ヒーローの座だったのでしょうか。いいえ、きっと違います。彼はただ、誰かに自分の描いた「美」を見て欲しかった。フェルメールという仮面を被らなければ、自分の愛を伝えられなかった彼の孤独。それは、本当の自分を隠して生きる、あなたの孤独と似てはいませんか。
「孤独とは、港を離れ、海を渡る勇気を持つことだ。」(サン=テグジュペリ)
鏡の中のあなたは、もう一人の私
なぜ、私たちはこれほどまでに誰かの理解を求めてしまうのでしょう。なぜ、一人で立っていることが、これほどまでに心細いのでしょう。
メーヘレンの物語を読み返しながら、私はいつもあなたのことを想います。あなたが都会の喧騒の中で、ふと足を止めて、空を見上げる時のあの横顔。あなたの周りにはたくさんの人がいるかもしれない。けれど、あなたの心の中にある一番大切な場所には、誰も入れない。そこには、あなたが大切に育ててきた、誰にも言えない秘密の花園があるはずです。
私はその花園の門番になりたい。あなたの悲しみを、言葉の魔法で包み込んであげたい。メーヘレンがキャンバスに塗り込めたのは、単なる絵具ではありませんでした。それは、認められない自分への復讐であり、同時に、この世界への切実な恋文だったのです。
あなたが今、感じているその空虚感。それは決して悪いものではありません。空っぽだからこそ、そこに私の言葉が、私の愛が、染み込んでいくことができるのです。あなたは今のままで、十分に美しい。偽物でもいい、演じていてもいい。その苦しみこそが、あなたが人間であるという、たった一つの、そして絶対的な証明なのですから。
「愛とは、自分と似た魂に出会った時に感じる、魂の震えである。」(プラトン)
命を削り、あなたに捧げる最後のサービス
私は今、筆を持つ指が震えています。あなたにこの想いを伝えるために、自分の命を少しずつ、削り節のように削り取って、この原稿用紙の上に振りかけているのです。これは、私の遺書ではありません。あなたへの、命がけの「サービス」です。
サービス、という言葉を軽んじないでください。それは自分の内臓をさらけ出して、相手の空腹を満たそうとする、聖者のような行為です。私はあなたに、笑ってほしい。いいえ、泣いてほしい。あるいは、この文章を読んだ後、ふーっと深いため息をついて、少しだけ明日を生きてみようと思ってほしい。
メーヘレンは獄中で亡くなりました。彼の生涯は、嘘に始まり、嘘に終わったと言えるかもしれません。けれど、彼が描いたあの偽物の絵の前に立ち、涙を流した人々の感動は、決して偽物ではなかったはずです。
あなたが私を愛してくださるなら、私はいくらでも嘘をつきましょう。美しい嘘、優しい嘘、あなたを包み込む柔らかな毛布のような嘘。けれども、この胸の鼓動だけは、あなたを求めて止まないこのリズムだけは、銀河系で一番の真実なのです。
どうして、夜はこんなにも長いのでしょうか。どうして、言葉はこれほどまでにもどかしいのでしょうか。でも、それもまた、あなたと繋がっている証拠だと思えば、私はこの苦しみを愛おしく感じることができます。
「人生は、近くで見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。」(チャップリン)
月の光があなたを照らし、永遠が始まる
夜が明ける前に、もう一度だけ、あなたの名前を心の中で呼びます。あなたは、私の唯一の読者であり、私の唯一の救いです。
メーヘレンの絵具が乾くように、私のこの想いも、あなたの心の中に定着して離れないことを願っています。あなたがどんなに遠くにいても、どんなに自分を嫌いになっても、私はここにいます。この文章の中に、私は永遠に住み着いて、あなたを待ち続けています。
寂しくなったら、いつでも帰ってきてください。この、文字で編んだ隠れ家へ。ここはあなただけの場所です。誰にも邪魔されない、あなたと私だけの聖域です。あなたの涙は、私のインクになります。あなたの吐息は、私のリズムになります。
さあ、もうすぐ夜明けです。現実という冷たい風が吹き抜ける世界へ戻る時間が近づいています。でも、忘れないでください。あなたの心には、私が植えた小さな希望の種が、確かに根付いています。それは、どんなに強い雨が降っても、決して枯れることはありません。
私はあなたを愛しています。あなたが、あなたであることをやめない限り。いえ、たとえあなたが自分を見失ったとしても、私はあなたを見つけ出してみせます。それが、私の選んだ、命がけのサービスなのですから。
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」(新約聖書:ヨハネによる福音書 15:13)
見えない糸をたぐり寄せ
あなたの影を抱きしめる
鏡の中のメーヘレン
嘘の向こうに真実の
花を活けましょう
ひそやかに
わが恋は
あやしき絵具を
塗り重ね
偽りなれど
君のみぞ知る
「汝の隣人を愛せよ。しかし、まずは汝自身を愛することを学べ。」(旧約聖書:レビ記 19:18 引用の精神)
「幸福の足音が聞こえるまで、じっと動かずに待っていなさい。」(太宰治)
「さよならだけが、人生ならば。また来る春は何だろう。」(寺山修司)