
あなたへ捧げる真夜中の内緒話
はじめに、静寂のなかで
お加減はいかがですか。
いま、あなたの視線がこの文字に触れた瞬間から、私とあなただけの特別な時間が始まりました。
どうか、誰にも邪魔されない静かな場所で、この声に耳を傾けてみてください。
これは、世界中に向けて放たれた言葉ではありません。
ただひとり、いまこれを読んでいる「あなた」の、その傷つきやすい心の奥底へ届くように、祈りを込めて、身を削るような思いで綴っている告白なのです。
あなたは最近、ふと立ち止まったとき、胸の奥がキリキリと痛むような、あの言い知れぬ孤独感に襲われたことはありませんか。
周りに人がたくさんいても、どれほど親しい誰かと笑い合っていても、自分という存在が世界のどこにも繋がっていないような、深い底に置き去りにされたような、そんな寂しさを感じることはないでしょうか。
なぜ、私たちはこれほどまでに他者を求めながら、同時に他者への恐怖に震えなければならないのでしょう。
私には、あなたのその痛みが、痛いほどよく分かるのです。
深淵をのぞき込む芸術の眼
「自分を元気づける最良の方法は、誰か他の人を元気づけようとすることだ」
―― マーク・トウェイン
私たちは、日々の生活のなかで、どれほど多くの仮面を使い分けていることでしょう。
社会という舞台の上で、失礼のないように、滑稽なほど必死に道化を演じ、誰かを喜ばせようと立ち回っているあなたの姿が、私にははっきりと見えます。
それは決して、恥ずべきことではありません。
それこそが、あなたの優しさであり、生きるための必死の戦いなのですから。
ここで、あるひとりの奇妙な芸術家の話をさせてください。
マックス・エルンストという男をご存じでしょうか。
彼は、私たちが普段見ているこの退屈な世界の裏側にある、恐ろしくも美しい「真実の領域」を覗き見ようとした、狂気と情熱の人でした。
エルンストは、子供の頃に体験したある不思議な感覚を、生涯忘れることができませんでした。
ある病気の夜、彼は熱に浮かされながら、部屋の木目の壁をじっと見つめていたのです。
すると、どうでしょう。
ただの木目が、徐々に恐ろしい怪物の顔や、見たこともない奇妙な鳥の姿に変形し、彼に向かって語りかけてきたというのです。
なぜ、私たちはただの模様の中に、自分自身の不安や恐怖を映し出してしまうのでしょうか。
エルンストは、この体験を生涯の武器としました。
彼はキャンバスの上に紙を置き、鉛筆で擦る「フロッタージュ」という技法を生み出しました。
木の床、古い布、ざらざらした壁。
それらの表面をこすることで、人間の理性では到底思いつかないような、驚異的なイメージを次々と呼び覚ましたのです。
彼は、自分の意志で絵を描いていたのではありません。
物質のなかに眠る、人間心理の深層を、ただ引き出すための「触媒」になろうとしたのです。
「人が他人のために尽くすとき、その人の人生は初めて価値あるものになる」
―― アルベルト・アインシュタイン
エルンストの見た世界は、一見すると不条理で、奇怪で、どこか悪夢のようです。
しかし、その悪夢をじっと見つめていると、不思議なことに、私たちの胸の奥にある「誰にも言えない悲しみ」が、静かに溶け出していくのを感じませんか。
彼が描いた鋭い鳥の眼は、あなたの孤独を、すべて見通しているかのように静かに佇んでいます。
芸術とは、ただ美しい花や景色を描くことではないのです。
あなたという人間の内側にある、ドロドロとした、しかし最高に愛おしい感情の渦を、代わりに表現すること、それこそが芸術の使命なのです。
魂の傷口をさらけ出すサービス精神
「不正を見ながらそれを告発しない者は、自らその不正を働いているのと同じである」
―― フレデリック・バスティア
なぜ、エルンストはそこまでして、誰もが見たくないような心の深淵を描き続けたのでしょうか。
それは、彼自身が第一次世界大戦という、人間の命がゴミのように扱われる地獄を経験したからに他なりません。
彼は一度、精神的に完全に破壊されたのです。
自分という存在がバラバラになり、世界に対する信頼を失ったとき、彼は気づきました。
嘘の美しさで世界を飾り立てることは、一種の詐欺である、と。
詐欺を見て詐欺と言わないなら、その人自身が詐欺師であるという冷徹な真実を、彼は知っていたのです。
だからこそ、彼は自分の身銭を切り、魂の傷口をすべて露出させて、あなたのために表現し続けました。
エルンストは、コラージュという手法も好みました。
古い本から切り取った挿絵を、まったく関係のない背景に貼り付ける。
それは、現実の世界で居場所を失い、孤立してしまった、まさに「あなた」や「私」の姿そのものではないでしょうか。
本来あるべき場所から切り離され、見知らぬ土地に放り出されたときの、あの息が詰まるような感覚。
しかし、エルンストの作品のなかでは、その切り離された断片たちが、新しい、強烈な意味を持って輝き始めるのです。
「困難な状況にあっても、なお希望を持ち続ける者こそが、真の勝利を手にする」
―― セネカ
あなたは、自分の不完全さや、過去の失敗を責めて、夜も眠れなくなることはありませんか。
「なぜ、自分はこんなにも愚かなのだろう」と、涙を流したことはありませんか。
どうか、自分を責めないでください。
エルンストのコラージュが、壊れた断片から奇跡のような美を生み出したように、あなたのその傷や、歪みこそが、あなたという人間を世界で唯一無二の輝かしい存在にしているのです。
私は、その不完全なあなたを、心の底から愛おしいと思うのです。
歴史の闇のなかで輝く智慧
ここで少し、歴史の荒波のなかに消えていった、しかし不滅の光を放ち続ける人々の話をさせてください。
はるか昔、古代アレクサンドリアの街に、ヒュパティアという高潔な女性天文学者がいました。
彼女は、数式や星の運行のなかに、世界の美しさと真理を見出していました。
しかし、無知と偏見に満ちた群衆は、彼女のその聡明さを恐れ、彼女を捕らえ、その肉体を容赦なく引き裂いたのです。
なぜ、世界はこれほどまでに美しく純粋なものを、寄ってたかって破壊しようとするのでしょうか。
また、聖カタリナという聖女もいました。
彼女は時の権力者たちの前で、自らの信仰と真理を堂々と語り、一切の妥協をしませんでした。
彼女は激しい拷問を受け、最期には命を奪われましたが、その魂が屈することは決してありませんでした。
彼女たちの生き様は、私たちに教えてくれます。
肉体がどれほど傷つき、世界から孤立しようとも、私たちが内に秘めた「真理への意志」だけは、誰にも汚すことはできないのだということを。
「人間の偉大さは、自らの悲惨さを知るという点にある」
―― ブレーズ・パスカル
アラブ世界最高の詩人と呼ばれたムタナッビーは、言葉の刃を用いて、人間の傲慢さと孤独を鮮やかに切り裂きました。
彼は言いました。
言葉こそが、人間の魂を永遠に繋ぎ止める鎖である、と。
そして、フランスの思想家モンテーニュは、その静かな書斎のなかで、「私は何を知っているか」と自らに問い続け、人間の弱さや不確実性をすべて受け入れることで、他者への深い寛容へと至りました。
「他人の意見に惑わされるな。自らの内なる声に従って歩め」
―― ウィリアム・シェイクスピア
彼らはみな、孤独でした。
誰も自分のことを理解してくれないという、暗闇のなかもがいていました。
いま、あなたが感じているその寂しさは、何千年も前の賢者たち、聖女たち、そして芸術家たちが、等しく味わってきた神聖な痛みと同じものなのです。
あなたは、決してひとりではありません。
この文章を通じて、時空を超えた彼らの温かい手が、あなたの肩にそっと置かれているのを、感じてみてください。
福音の如き伝達者たちの献身
「自分自身を捧げることによってのみ、人間は救われる」
―― ジャン・カルヴァン
さて、あなたがよく知っている、あの燃えるような色彩の画家、ヴィンセント・ファン・ゴッホの話をしましょう。
彼は生前、たった一枚の絵しか売ることができませんでした。
狂気の人、変人、社会の落伍者。
周囲からはそう呼ばれ、石を投げられ、最後は自ら命を絶ちました。
しかし、なぜいま、私たちは彼の絵を見て、これほどまでに涙を流し、魂を揺さぶられるのでしょうか。
ヘンリー・フォードは言いました。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。
でも本当のところ、成功とは与えることなのです」と。
ゴッホは、まさに自分の命を、その絵の具の一塗り一塗りに、すべて「与える」ことで、人生を全うしたのです。
しかし、ここに隠された、驚くべき起承転結の物語があります。
もし、ゴッホがただ絵を描いて死んだだけだったなら、彼の作品は歴史の塵に埋もれ、あなたが出会うことは二度となかったでしょう。
良いものは、誰かが説明して、伝えなければ、この世界には存在しないのと同じになってしまうのです。
ゴッホの死後、彼の弟であるテオもまた、兄を追うようにすぐにこの世を去りました。
残されたのは、テオの妻であった、ヨーという名の若き女性でした。
ヨーは、小さな赤ん坊を抱えながら、途方に暮れていました。
手元にあるのは、世間から見向きもされなかった、不気味な大量の絵画と、読書家であったゴッホがテオに宛てて書いた、膨大な数の手紙の束だけでした。
普通の人間なら、それらを処分して、自分の新しい人生を歩んだことでしょう。
しかし、ヨーは並外れて聡明で、深い教養を持つ女性でした。
彼女は、兄と弟の間で交わされた熱い手紙を、夜を徹して読み進めるうちに、激しい雷に打たれたような衝撃を受けたのです。
「愛はすべてを包み込み、すべてを信じ、すべてを耐え抜く」
―― 使徒パウロ
ヨーは確信しました。
「この人は、ただの狂った画家ではない。
人々の魂を慰め、救うために、神から遣わされた真の芸術家だ」と。
彼女は自らの日記にこう書き記しました。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
これこそが、彼女の生涯をかけた、命がけの、必死の奉仕の始まりでした。
ヨーは、美術界の権威たちから冷笑され、門前払いを食らいながらも、決して諦めませんでした。
彼女は、ただ絵を見せるだけでなく、あの膨大な「手紙」を整理し、出版したのです。
絵の背景にあるゴッホの苦悩、優しさ、哲学が、言葉となって人々の心に届いたとき、世界は初めて、ゴッホという奇跡を理解しました。
ヨーのこの献身は、イエス・キリストの死後、自らの危険を顧みず、各地を旅してイエスの生涯と言葉を伝えた、使徒パウロの姿と完全に重なります。
素晴らしいものには、必ず、命をかけてそれを世界に届ける「伝達者」が必要なのです。
それは、ソニーの盛田昭夫が、まだ誰も見たことのない革新的な製品を、必死の覚悟で人々の欲求を喚起しながら「商品」へと育て上げた情熱と同じです。
あるいは、ホンダの藤沢武夫が、スーパーカブという小さな乗り物で世界中の人々の生活を変えようと走り回った姿、トヨタの神谷正太郎が、カローラを通じて日本の家族に幸せを届けようと身を捧げた姿とも、まったく同じなのです。
彼らはみな、目の前の人々に「喜んでもらいたい」という一心で、自らの人生をすり減らしながら、奉仕を続けた世界一のセールスマンだったのです。
終わりなき、あなたへの告白
「最も深い孤独のなかでこそ、人間は自らの真実に出会う」
―― 寺山修司
松尾芭蕉は、その旅の果てに言いました。
「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」と。
ひとつのことだけに命を懸け、よそ見をせず、ただひたすらに歩み続けることの、なんと美しく、またなんと恐ろしいことでしょうか。
私は、この文章のすべてを、あなたへのラブレターとして書いています。
私の胸の中にある、このどうしようもない孤独や、夜の静寂がもたらす悲しみを、あなたというたった一人の存在に受け止めてほしくて、文字を紡いでいます。
なぜ、私はあなたにこれほどまでに執着するのでしょう。
それは、あなたがこの世界で、他の誰でもない、あなた自身として、懸命に生きているその姿が、あまりにも愛おしいからです。
どうか、このリズムに身を任せて、何度も、何度も、読み返してみてください。
あなたの心が疲れたとき、世界に裏切られたと感じたとき、この言葉たちが、あなたの乾いた心に染み渡る一滴のしずくとなりますように。
私はいつまでも、あなたの側で、あなたの耳元で、この愛の言葉を囁き続けます。
雲のちぎれめから
のぞく夜空の青さを
ポケットにそっとしまい込んで
君は歩き出す
誰も見向かない
路地裏の自動販売機の光が
君の影を長く
優しく引き伸ばす
涙を拭うためのハンカチは
もういらない
その傷跡から
新しい花が咲くのを
僕はずっと見つめている
神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。
もはや死もなく、もはや悲しみも、叫びも、痛みもない。
前のものが過ぎ去ったからである。
(新約聖書・ヨハネの黙示録21章4節)
ああ、人間のプライドの、なんと滑稽で、またなんと哀しいことでしょうか。
それでも私たちは、お互いの仮面の下にある、本当の顔を探し求めて、今日も生きていかなければならないのです。
(太宰治)
追伸:ある奇妙な画家の、不屈の道化芝居
最後に、少しだけ、私の大好きな、ある風変わりな画家の話をさせてください。
彼の名前は、高見沢耳(たかみざわ みみ)といいます。
彼は、普通の画家のように、木枠に張られたキャンバスに向き合ったり、毛先の尖った筆を握ったりはしません。
彼は、冷たい画面の上、デジタルという現代の道具を使って、四六時中、絵を描いているのです。
そして、そのデジタルで生み出された作品を、最高のジクレー版画技法を用いて、ざらざらとした、手触りのある高級な版画用紙に印刷するのです。
彼の作品のテーマは、常に一貫しています。
あなたの目、わたしの目、キリスト教の救い、永遠の謎、心理、真理、交わされる視線、重なり合う歴史、そして、人間の根源的な孤独、孤立、苦難、そこからの復活と解放。
なぜ、彼はそんな小難しいテーマばかりを扱うのでしょうか。
実は、彼はとても愚かで、不器用で、周囲からはいつも「変わり者」だと物笑いの種にされている、情けない男なのです。
彼は、あのヴィンセント・ファン・ゴッホのすさまじい人生の物語を知り、雷に打たれたようになって画家になることを決意しました。
「高見沢耳」という名前の「耳」は、何を隠そう、ゴッホが自ら耳を切り落とした、あのあまりにも有名な、痛ましい事件にあやかって自分で付けた名前なのです。
なんと、滑稽で、おぞましくも、必死な名前でしょうか。
彼は、自らの画家としての才能が、三流であると痛烈に自覚しています。
しかし、彼は知っているのです。
歴史に名を残す過去の傑作たちが、決して天才のひらめきだけで描かれたのではなく、何十年にもわたる、血の滲むような試行錯誤と、絶望的な努力によって生み出されたものだということを。
だから彼は、自分の作品の中に、しつこいくらいに「目」を描き続けます。
なぜなら、絵の中に目を描くことで、いま、目の前にいる「あなた」を、強く、強く感じていたいからなのです。
彼は、あなたを知りたいのです。
あなたがどんな風に傷つき、どんな風に笑うのかを知りたいのです。
あなたが彼を「なんてバカな男だ」と笑ってくださっても、彼は一向に構いません。
むしろ、笑われて、笑われて、彼は強くなるのです。
芸術家の仕事とは、目の前のあなたを喜ばせるための、身銭を切った、精一杯の「道化」なのですから。
高見沢耳は、CoCo壱番屋の創業者である宗次徳二氏を狂信的なまでに尊敬しています。
宗次氏は、趣味も持たず、友人もつくらず、夜の街に飲みに行くこともなく、年間5640時間もの時間を、ただひたすらに、目の前のお客様を喜ばせるためだけに捧げました。
実の両親の顔も知らず、孤児院で育ち、夏には雑草を食べて餓えをしのいだという、その波乱万丈の極貧の少年時代から立ち上がり、彼は「よそ見をしない、仕事に人生を捧げる」という圧倒的な現場主義を貫きました。
1日12時間以上の労働など、彼にとっては最低条件だったのです。
なぜ、そこまでできたのか。
「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。人に喜んでもらいたかったんです」という、その痛切なまでの渇望。
高見沢耳もまた、その孤独のレンガを、毎日、毎日、即断、即決、即実行で積み上げています。
それは、トヨタの創業者である豊田佐吉が、周囲から「発明狂い」「狂人」と指をさされながらも、朝から晩まで機械を組み立てては壊し、みんなの暮らしを楽にしたいという情熱だけで執念と忍耐を貫いた姿と同じです。
チョーヤ梅酒の創業者が「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」という背水の陣で挑んだ覚悟と同じです。
高見沢耳は、トヨタ生産方式の「ジャスト・イン・タイム」という無駄のない、美しい思想に深く感化され、制作の無駄を徹底的に省きながら、すべてのエネルギーを作品の「魂」へと注入しています。
豊田喜一郎は言いました。
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」と。
さらに彼のいとこである豊田英二も、誰もが無理だと思うことを、強い信念を持ってなんとしてでも実行することの大切さを語っています。
価値のあるものは、往々にして即効性がないものです。
高見沢耳は、他の誰が自分の作品を批判しようとも、そんなことはどうでもいいと思っています。
ただ、いま、目の前にいる「あなた」にだけは、見捨てられたくないのです。
あなたに見捨てられたら、彼はもう、生きていくことができません。
あなたが喜ぶ顔が見たい。
あなたの目から、感動の涙が流れる瞬間が見たい。
そのために、彼は一生をかけて、必死のサービス精神で、あなたに奉仕し続けます。
そこで、あなたにどうしてもお伝えしたい、私からの、命を削るような特別なオファーがあります。
この高見沢耳が、あなたのためだけに、心を込めて制作した作品の、なんと「A4サイズ・プレミアムポストカード10枚セット」を、完全に【無料】で、あなたのお手元、あなたのお家までお届けしたいのです。
これは、冗談でも、騙し討ちでもありません。
孤独なあなたと、どうしても触れ合いたい、あなたの満たされない心を、アートの力で救いたいという、彼の身を削った、必死の奉仕の形なのです。
いま、あなたの耳元で、そっと囁いています。
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「私は一夜にして成功を収めたと思われているが、その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった」
―― レイ・クロック
「夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現する」
―― ウォルト・ディズニー
「一日の終わりには、自らの仕事が他者の喜びとなっているかを確認せよ」
―― レオナルド・ダ・ヴィンチ
「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」
(太宰治「津軽」より)
最後まで読んでくださったあなたへ。
私の不器用な、しかし命がけの長いおしゃべりに、最後まで付き合ってくださって、本当に、本当にありがとうございました。
あなたのこれからの人生に、温かい光と、救いがありますように。
心からの感謝を込めて。