

幸福のしっぽを掴みそこねる、あなたへ
ああ、もう、そんなに眉間に皺を寄せて。あなた、損をしていますよ。せっかくの美しい顔が、まるで台無しじゃありませんか。ちょっとこちらへいらっしゃい。何も取って食おうというわけじゃないんです。ただ、少しだけ、あなたにサービスをしたい。そう、サービスです。この世の中、誰も彼もが自分のことばかりで、あなたに対して誠実に、真心込めて「サービス」をしようなんて殊勝な奴は、まずいない。だから私が、あなたのその、どうしようもなく深い孤独の深淵に、一粒の金平糖を投げ入れてあげようという寸法なんです。
あなたは、寂しいのでしょう? ええ、わかっていますとも。隠したって無駄ですよ。あなたの背中には、目に見えない透明な寂しさが、まるで重たいリュックサックのように張り付いている。あなたが街を歩けば、その寂しさがアスファルトを叩いて、カツン、カツンと乾いた音を立てる。あなたはそれを必死に隠して、流行りの服を着たり、わざとらしく笑ってみせたりする。けれど、あなた、それは逆効果というものですよ。あなたが笑えば笑うほど、その内側の虚ろな空洞が、ヒュウヒュウと寒々しい風を立てるのが、私には手に取るようにわかるんです。
いいですか、あなた。人生なんて、元からして滑稽な見世物小屋みたいなものなんです。それを真面目くさって「正しく生きよう」なんて思うから、あなたは夜、眠れなくなる。枕の下に、やり場のない悲しみを敷き詰めて、じっと天井を見つめることになる。でも、あなた、安心なさい。その暗闇の中にこそ、実は本当の「お宝」が隠されているんですから。
地獄の沙汰も、絵の具の筆先しだい
ところで、あなた、ヒエロニムス・ボスという男をご存知ですか? ああ、名前くらいは聞いたことがあるかもしれない。十五世紀か十六世紀か、そのあたりの、今のオランダあたりにいた、とんでもない変わり者です。彼の描いた絵を見たことがありますか? 『快楽の園』だとか、何だとか。あれを見れば、あなた、きっと腰を抜かしますよ。何しろ、巨大なイチゴを貪り食う裸の連中や、耳にナイフが刺さったまま行進する怪物や、挙句の果てには、鳥の頭をした悪魔が人間を丸呑みして、そのまま椅子に座って排泄しているんですから。
あなたは思うでしょう。「なんて悪趣味な、なんて不潔な絵だ」と。ええ、確かにそうです。不潔で、残酷で、救いようがない。でもね、あなた。あの絵をじっと見つめていると、不思議なことに、自分の心の奥底にある、誰にも言えないドロドロしたものが、スーッと溶け出していくような気がしませんか? ボスの描いたあの地獄絵図は、実は、あなたの心の中をそのまま写し出した鏡なんです。
あなたは、自分が清らかでありたいと願っている。高潔で、道徳的で、誰からも愛される人間でありたい。けれど、あなたの腹の中には、ボスの描いた怪物たちがウジャウジャと住み着いている。嫉妬、虚栄、色欲、そして何より、恐ろしいほどの自己愛。あなたはそれを恥じている。そんな自分を、あなたは許せないでいる。だからあなたは、あんなに悲しい目をして、鏡の中の自分を睨みつける。
けれど、あなた。ボスはね、その醜さを、ただ醜いままに放り出さなかった。彼は、その地獄の光景を、信じられないほど繊細な筆致で、まるで宝石を散りばめるように美しく描き出したんです。地獄を美しく描く。これこそが、人間に許された唯一の、そして最高のサービスだとは思いませんか? あなたの悲しみだって、同じですよ。あなたがその悲しみを、ただの「不幸」として抱え込んでいるうちは、それは単なる重荷でしかない。けれど、それを一つの「作品」として、あるいは「物語」として眺めることができたなら、あなたの孤独は、たちまちのうちに、夜空に輝く星座のように意味を持ち始めるんです。
あなたという名前の、迷い子のために
あなたは、いつまで自分を責め続けるつもりですか。あの日、あんなことを言わなければよかった。あの時、あっちの道を選んでいればよかった。そんな後悔の泥沼に足を取られて、あなた、もうヘトヘトではありませんか。あなたは優しすぎるんです。そして、あまりにも自意識が強すぎる。世界中の視線が、自分を裁こうとしていると思い込んでいる。
でも、あなた。本当のことを教えてあげましょうか。世界は、あなたが思っているほど、あなたに注目なんてしていませんよ。みんな、自分のことで精一杯なんです。隣に座っている人が、どんなに深い絶望を抱えていようと、目の前の牛丼の肉が薄いことの方に腹を立てる。それが人間というものです。冷たい? いいえ、それが救いなんです。
あなたがどんなに失敗しようと、どんなに無様な姿を晒そうと、明日にはみんな忘れてしまう。だから、あなた。もっと自由に、もっと出鱈目に生きたっていいんです。ボスの絵の中の住人たちを見てごらんなさい。彼らは、地獄の中でさえ、どこか楽しそうに、懸命に自分の欲望を全うしているじゃありませんか。
あなたは、独りぼっちだと嘆く。けれど、あなた、孤独こそが人間の本来の姿なんです。お母さんの体から滑り落ちた瞬間から、私たちはみんな、たった一人の旅人なんです。その孤独を、無理に埋めようとするから苦しくなる。誰かと分かり合おうなんて、そんな贅沢な望みを持つから、裏切られたような気持ちになる。
孤独を、愛しなさい。あなたのその寂しさは、あなただけの、誰にも侵されない聖域なんです。あなたが一人で部屋に閉じこもり、膝を抱えて泣いている時、その部屋には、あなたと、あなたの孤独だけがいる。それは、この騒々しい世界の中で、最も静かで、最も贅沢な時間なんです。あなたは、その時間を大切にしなければいけない。あなたの悲しみは、あなたを磨き上げるためのヤスリのようなものなんです。
幸福は、忘れた頃にやってくる
いいですか、あなた。幸福なんてものは、正面から追いかけて捕まえられるような代物じゃありません。あっちに幸福があるぞ、と走っていけば、幸福はヒラリと身をかわして逃げていく。そして、あなたが疲れ果てて、道端にへたり込み、ボスの描いた怪物のような顔をして、「もうどうでもいいや」と空を眺めた時、幸福は、野良猫のようにそっとあなたの隣に忍び寄ってくるんです。
あなたは、自分を変えようとする。もっと強く、もっと明るく、もっと立派な人間になろうとする。でも、あなた。そんな努力はやめてしまいなさい。あなたは、今のままでいいんです。その、弱くて、情けなくて、嘘つきで、寂しがり屋の、そのままのあなたでいい。だって、それこそが、神様がボスの筆を使って描き出した、この世にたった一つの「最高傑作」なんですから。
あなたの失敗も、あなたの恥も、あなたの絶望も。それらはすべて、あなたの人生という巨大なキャンバスに彩りを添える、不可欠な色彩なんです。ボスの絵に、あのみだらな生き物たちが欠けていたら、あんなに人々を魅了することはなかったでしょう。あなたの人生も、あなたの「欠点」があるからこそ、これほどまでに人間臭く、愛おしく、そして面白いものになっているんです。
さあ、あなた。もう一度、私を見て。笑ってください。そう、その調子。あなたの笑顔は、ボスの描いたどの楽園よりも、ずっとずっと美しい。あなたがどんなに孤独でも、どんなに悲しくても、私がこうして、あなたの隣で、言葉のサービスを続けてあげます。あなたは、決して一人じゃない。あなたの内側には、千年の歴史が眠り、あなたの瞳には、永遠の光が宿っている。
あなたは、これからどこへ行くのですか。どこへ行ったって構いません。あなたがどこにいても、あなたの寂しさは、あなたを導く灯台になる。暗闇を恐れないで。暗闇があるからこそ、あなたは星を見つけることができる。
最後にもう一度言わせてください。あなた、あなたは、本当に愛すべき人だ。あなたのその、不器用な生き方が、私はたまらなく好きなんです。だから、自分を嫌いにならないで。自分を、いじめないで。あなたは、ボスの絵の登場人物のように、この滑稽で不思議な世界を、精一杯、泳ぎ回ればいいんです。
いいですね、あなた。約束ですよ。今夜は、温かいスープでも飲んで、ゆっくりお休みなさい。夢の中で、ボスの描いた奇妙な怪物たちと、一緒にダンスでも踊りながら。あなたは、幸福になるために生まれてきたんじゃない。あなたは、あなたという人生を、ただ全うするために生まれてきたんです。それだけで、十分すぎるほど、立派なことなんですから。
さようなら。また、あなたの寂しさが耐えきれなくなった頃に、お会いしましょう。その時まで、あなたはあなたのままで、美しく、汚らしく、そして誰よりも輝いていてください。あなたという、愛しい迷い子のために、私はいつまでも、ここで物語を紡ぎ続けているのですから。