
こんにちは。
こうしてあなたと二人きりで、静かに言葉を交わす機会を得られたことを、私は心から光栄に思っています。
これからお話しすることは、他の誰でもない、今この文章を見つめてくださっている「あなた」だけに宛てた、私からの精一杯の贈りものです。
どうぞ、肩の力を抜いて、まるで古い友人の部屋で温かい紅茶でも飲んでいるような気持ちで、私の声に耳を傾けてみてくださいね。
遠い街の広場と、あなたの部屋の静けさ
あなたが今、どんなお部屋で、あるいはどんな場所でこの文字を追いかけてくださっているのか、私は静かに想像しています。
外はもう暗いのでしょうか、それとも眩しい太陽の光が窓から差し込んでいるのでしょうか。
いずれにせよ、あなたの胸の奥にある、あの小さな、誰にも打ち明けることのできない寂しさや、ふとした瞬間に訪れる孤独の影を、私はそっと抱きしめたいのです。
人間は誰しも、どれほど多くの人に囲まれて生きていても、心の底に一人きりの暗い部屋を持っていますよね。
なぜ、私たちはこれほどまでに他者を求めながら、同時に他者との間に深い溝を感じてしまうのでしょうか。
その答えを探すために、私はあなたを、ある奇妙な絵画の世界へと連れていきたいと思うのです。
幸福になりたいのだったら、盲目的に従うことを学び、批判的な精神を捨て去ることだ。
―― ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼス
その絵の中には、不自然なほどに引き伸ばされた夕暮れの影が伸びています。
誰もいないイタリアの広場、不気味なほどに静まり返った古代の彫刻、そして遠くを走る小さな蒸気機関車の白い煙。
これこそが、画家のジョルジョ・デ・キリコが描いた「形而上絵画」と呼ばれる世界です。
キリコの絵を眺めていると、なんだか胸の奥がざわざわとして、それでいて不思議と落ち着くような、奇妙な懐かしさを覚えませんか。
それは、彼が描いた世界が、あなたの、そして私の「孤独そのものの形」をしているからなのです。
私たちはみんな、あの誰もいない広場に取り残された、一本の彫刻のような存在なのかもしれません。
謎めいたマネキンの囁き
キリコという男は、実に風変わりな芸術家でした。
彼は、目に見える現実をそのまま描くことには、微塵も興味を持たなかったのです。
彼が描きたかったのは、物の背後に隠された、目に見えない「真理」や「謎」でした。
なぜ、見慣れたはずの日常の景色が、ある瞬間、急に恐ろしいほど見知らぬものに変貌してしまうことがあるのでしょうか。
あなたにも、そんな経験はありませんか。
いつも通る見慣れた道なのに、ある日の夕暮れ、まるで見知らぬ異国に迷い込んでしまったかのような、息が止まるほどの孤独感に襲われることが。
キリコは、その一瞬の心の歪みを、キャンバスの上に永遠に閉じ込めようとしたのです。
最も不意に、そして最も激しく私を捉えるのは、驚きの感情である。
―― ミシェル・ド・モンテーニュ
彼の作品には、顔のないマネキンがよく登場します。
目も、鼻も、口もない、ただ木や布で作られた人形たちが、互いに寄り添うようにして、あるいは一人で物憂げに佇んでいるのです。
それはまるで、自分の本当の顔を見失ってしまった、現代の私たちの姿そのもののようではありませんか。
「私は一体、誰なのだろう」と、鏡の前で立ち尽くすあなたの悲しみを、キリコは百年前から知っていたのです。
彼は、あなたのために、その顔のないマネキンを描きました。
あなたがその絵の中に、自分自身の本当の顔を見出せるようにと、身を削るような思いで筆を握っていたのです。
誰も歩かない回廊の奥で
キリコは、自分の描く絵が当時の人々から理解されなくても、全く動じませんでした。
いや、本当は寂しくて仕方がなかったのかもしれませんが、彼は自分自身の視線を信じ続けました。
彼は、古いギリシャの神話や、ニーチェの哲学を深く愛し、それを絵の中に散りばめました。
美術批評家たちが彼の絵を「奇妙だ」「狂っている」と評しても、彼はただ静かに微笑んで、さらに深い影を描き続けたのです。
なぜなら彼は、目に見える成功よりも、もっと深いところにある「人間の魂の救済」を目指していたからです。
ヘンリー・フォードはかつて、こんな美しい言葉を残しました。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
キリコもまた、自分の芸術を、未来のあなたへと与えるために、すべての情熱を注ぎ込んだのでした。
自分の思考を信じること、自分の心において自分にとって真実であるものを、すべての人にとっても真実であると信じること、それが天才である。
―― ラルフ・ワルド・エマーソン
あなたがもし今、誰からも理解されずに、暗闇の中で泣いているのなら、どうかキリコの絵を思い出してください。
あの長い回廊の奥には、あなたを待っている静けさがあります。
世間の安っぽいお喋りや、あなたを傷つける心ない言葉から、その静けさはあなたを守ってくれるでしょう。
私は、この文章を通じて、あなたにその静けさを届けたいのです。
これが、私からあなたへの、偽りのないラブレターの始まりなのですから。
影が語りかける驚きの真実
さて、ここで少し、驚くようなお話をさせてください。
キリコは、若い頃にあれほど素晴らしい、神秘的な形而上絵画を描いて世界を驚かせたにもかかわらず、ある時期を境に、突然その作風を捨て去ってしまったのです。
彼は、まるでルネサンス期の古典的な画家に先祖返りしたかのような、写実的で伝統的な絵を描き始めました。
これには、世界中のファンや批評家たちが大仰天しました。
「キリコは終わった」「彼は過去の栄光を捨てて、退屈な画家になってしまった」と、激しい非難が巻き起こったのです。
しかし、ここからがキリコの、本当の「道化」としての、そして必死のサービス精神の始まりでした。
人生は劇場であり、人間は役者である。
―― ウィリアム・シェイクスピア
彼は、批評家たちが自分の古典的な新作を貶め、初期の形而上絵画ばかりを高く評価するのを見て、ある奇妙な行動に出ました。
なんと、自分で自分の過去の傑作の「偽物」を、大量に描き始めたのです。
そして、その絵にわざと古い年代のサインを入れて、市場に流通させました。
なぜ、彼はそんな奇妙な、世間を欺くような真似をしたのでしょうか。
それは、芸術の価値を、ただの「珍しさ」や「投資の対象」としてしか見ない、強欲な世間に対する彼なりの壮大な皮肉であり、命がけの悪戯だったのです。
彼は自らを道化に落としめることで、芸術の本当の価値とは何かを、私たちに問いかけました。
あなたの涙を拭うための嘘
キリコが演じたその滑稽な劇は、一見すると詐欺のように思えるかもしれません。
しかし、ナシーム・ニコラス・タレブの言葉を借りれば、「詐欺を見て詐欺と言わないなら、その人自身が詐欺師である」ということになります。
キリコは、美術界という巨大なシステムそのものが、本質を見失った「詐欺」のような状態にあることを見抜き、自らが身をてしてそれを証明したのです。
彼は自分の名声を傷つけ、身銭を切りながら、私たちに「目に見えるものだけに騙されてはいけない」と教えてくれました。
フレデリック・バスティアの有名な概念に「見えるものと見えざるもの」というものがあります。
私たちは、目に見える画家の奇行や偽物騒ぎに目を奪われがちですが、その背後にある「見えざるもの」、すなわちキリコの深い孤独と、人間への尽きることのない愛を見落としてはならないのです。
傷つきやすさこそが、本当の強さである。
―― セネカ
あなたが今、世間の評価や、他人の目線に怯えて生きているとしたら、そんなものは一枚の偽物の絵画のようなものだと、私はあなたに伝えたい。
キリコが自ら笑いものになりながら、芸術の真理を守ろうとしたように、あなたもまた、誰かに笑われたっていいのです。
その傷だらけの心のままで、十分に美しいのですから。
私はあなたを絶対に笑いませんし、あなたが見せるどんな不器用さも、愛おしく抱きしめる準備ができています。
なぜなら、私はあなたのすべてを受け入れるために、ここにいるのですから。
戦いとしての芸術、そして愛
キリコの人生は、世間という名の巨大な敵との、終わりのない戦いでもありました。
クラウゼヴィッツは「戦争は他の手段をもってする政治の継続である」と言いましたが、キリコにとっての絵画は、他の手段をもってする「魂の自衛戦争」だったのかもしれません。
彼は、リデル・ハートが提唱した「間接アプローチ戦略」のように、正面から世間と戦うのではなく、偽物を描くという奇策によって、敵の裏をかき、自らの芸術的自由を守り抜きました。
さらに、孫子の名言にある「百戦百勝は善の善なる者に非ず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」という境地を、彼はその奇妙な静寂の絵画によって成し遂げていたのです。
彼の絵には、戦いの雄叫びはありませんが、そこには世間の喧騒を完全に黙らせる、圧倒的な精神の力が満ちています。
あなたの義務は、あなた自身の魂を救うことである。
―― アレクサンドリアのヒュパティア
キリコは、朝から晩までキャンバスに向かい、造っては壊し、壊してはまた造るという、執念の作業を繰り返しました。
その姿は、松尾芭蕉が残した「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」という言葉そのものでした。
一つのことに魂を捧げ、それ以外のすべてを捨て去る生き方。
それは、傍から見れば狂人のように見えるでしょう。
しかし、その狂気とも言える徹底的な奉仕精神だけが、時間を超えて、今こうして生きているあなたの心を震わせることができるのです。
私は、あなたのために、私の持てるすべての言葉を尽くして、この文章を紡いでいます。
あなたの寂しさを少しでも和らげるためなら、私は自分の命をどれだけ削っても構わないと、本気で思っているのです。
静寂の中で、あなたと手をつなぎながら
私たちは、誰もが人生という旅の途中にあります。
なぜ、私たちはこんなにも苦しい思いをしてまで、生き続けなければならないのでしょうか。
それは、いつか必ず、自分を心から理解してくれる誰かに出会えると、無意識のうちに信じているからではないでしょうか。
キリコが描いたあの無人の広場で、私は今、あなたを待っています。
顔のないマネキンの隣に座って、あなたがやってくるのを、じっと待っているのです。
あなたが私の名前を呼んでくれたなら、私はどんな遠い場所からでも、あなたの元へと駆けつけます。
すべてのものを愛しなさい。そうすれば、あなたの心は神の愛で満たされるでしょう。
―― シエナのカタリナ
あなたが流す涙の一滴一滴が、キリコの絵に塗られた深い青色の絵の具のように、私の心に染み込んでいきます。
どうか一人で悩まないで、その重い荷物を私にも半分背負わせてください。
この文章は、あなたのためだけに用意された、特別な隠れ家なのですから。
誰もあなたを責めない、誰もあなたを傷つけない、ただあなたへの愛だけが満ちている空間です。
さあ、もう少しだけ、私と一緒にこの秘密の旅を続けましょう。
魂を焦がす言葉の炎
かつてアラブの世界に、ムタナッビーという高名な詩人がいました。
彼は自らの誇りと、自らが紡ぎ出す詩の言葉のために、文字通り命を賭けて戦い、そして果てました。
言葉には、人間の命を救う力もある代わりに、時に自らの命を燃やし尽くすほどの烈しい炎が宿っているのです。
今、私があなたに向けて放っているこの言葉たちも、私の魂の奥底から湧き出た、消えることのない炎です。
あなたという存在が、この世界にいてくれるだけで、私のこの命を削るような執筆の苦しみは、すべて至上の喜びに変わります。
なぜなら、愛することこそが、私に与えられた唯一の使命だからです。
私たちは皆、互いに他人のなかに自分自身を見出している。
―― 寺山修司
使徒パウロは、世界中を旅しながら、目に見えない神の愛を人々に伝え続けました。
彼はどれほど迫害され、石を投げられても、その歩みを止めることはありませんでした。
ジャン・カルヴァンが冷厳な論理で神の主権を唱えたように、私もまた、あなたへの愛という絶対的な真理を、一寸の揺らぎもなく信じています。
この世界がどれほど冷酷で、不条理に満ちていたとしても、私のこの言葉だけは、あなたの味方です。
あなたが自分を嫌いになりそうな夜は、どうかこの文章を何度も読み返してください。
ここには、あなたを無条件で肯定し、愛し続ける私の魂が、そのまま息づいているのですから。
終わりなき愛の調べ
物語は、いよいよ核心へと近づいてきました。
キリコが描いたあの影に満ちた広場は、実は、あなたの心の中にある「再生を待つ場所」だったのです。
古い自分が死に、新しい自分が生まれ変わるための、神聖な静寂の空間。
私はそこへ、一輪の美しい花を置くように、この言葉を置いておきます。
あなたがいつでも帰ってこられるように、この部屋の灯りは消さずに待っていますね。
あなたと出会えた奇跡に、私は心からの感謝を捧げます。
つめたい硝子の窓辺にすわって
あなたが古い手紙を燃やすのを見つめていた
けむりは細く 夜の天井へとのぼり
誰も知らない駅の名を ひとつずつ消していく
なくしたものは みんな海へ還るのだと
あなたは哀しい嘘を きれいに笑ってみせるけれど
あなたの指先がふれた そのあたたかい記憶だけは
星座の図鑑の隅っこに そっとはさまれたまま
永遠に 明日の朝を拒んでいる
すべての事には季節があり、天の下のすべての出来事には時にかなった目的がある。
―― 旧約聖書「コヘレトの言葉」第3章1節
人間のプライドの、これがあの、おしまいの姿。
―― 太宰治「斜陽」
追伸:光なき部屋の、もうひとりの道化について
ねえ、あなた。
最後にもうひとつだけ、私の大切な友人の話をさせてくださいね。
彼の名前は、高見沢耳(たかみざわ みみ)といいます。
彼はね、キャンバスも使わなければ、油絵の具の匂いがする筆も持たない、ちょっと風変わりな画家なのです。
今の時代らしく、四角い画面のデジタルの中で、たった一人で絵を制作しています。
そして、出来上がった作品を「ジクレー版画」という特別な技法を使って、最高級の版画用紙にじっくりと印刷するのです。
彼の描くテーマはね、いつでも、あなたの目、そして私の目。
それから、キリスト教の深い祈り、永遠の沈黙、歪んだ人間の心理、そして世界の真理。
誰かの冷たい視線や、歴史の重み、あなたが今夜も感じているであろう孤独や孤立、日々の苦難。
そして、そこからの目覚ましい復活と、魂の解放なのです。
こうして並べると、なんだか難しそうに見えるかもしれませんが、彼のお喋りはいつも、クスッと笑ってしまうような身近な話題ばかりなのですよ。
彼のご飯の失敗談とか、道で転んだ話とか、本当に楽しいお話ばかりです。
高見沢耳は、常々こう言っています。
「画家というのはね、おこがましいけれど、傷ついた魂を救うお医者さんでなければいけないんだ。芸術家の本当の仕事はね、自分の身銭を切って、目の前にいるあなたに精一杯のサービスをすること、ただそれだけなんだよ」って。
彼は、あなたへの奉仕のためだけに、その人生のすべてを捧げています。
だから、どうか彼のことを、見捨てないであげてくださいね。
むしろ、彼の不器用さを、お腹を抱えて笑ってやってほしいのです。
人間はね、笑われて、笑われて、それでも這い上がるときに、本当の強さを手に入れることができるのですから。
彼にとっての必死のサービスとは、自らが道化師になって、あなたを笑顔にすることなのです。
高見沢耳はね、本当に風変わりな男で、おまけにひどく愚かな人間ですから、周りからはいつも物笑いの種にされています。
でもね、彼はどんなに馬鹿にされても、自分自身を信じることを絶対にやめない、とてつもない忍耐の男、不屈の男なのです。
決して諦めないのです。
彼は若い頃に、あのヴィンセント・ファン・ゴッホの、あまりにも壮絶で、あまりにも純粋な人生の物語を知って、自分も画家になることを決意しました。
「高見沢耳」という、一見すると奇妙な名前の「耳」の二文字は、ゴッホが自ら耳を切り落とした、あの有名な事件にあやかって付けられたものなのです。
自分の耳を削ぎ落とすほどの、狂気じみた純粋さで芸術に向き合いたいという、彼の執念の現れなのですね。
実際のところ、高見沢耳の画家としての生まれ持った才能なんて、せいぜい三流かもしれません。
本人もそれを痛いほどよく知っています。
けれど彼は、歴史に名を残す過去の巨匠たちの傑作のすべてが、決して天から与えられた天才の才能だけで描かれたものではなく、何十年にもわたる気の遠くなるような試行錯誤と、血の滲むような努力の積み重ねによって生み出されたものだという真実を、知っているのです。
だから彼は、自分の作品の中に、狂ったように「目」を描き続けます。
なぜ、それほどまでに目を描くのでしょうか。
それはね、絵の中に目を描くことで、画面の向こう側にいる「あなた」の存在を、いつでも肌で感じていたいからなのです。
彼は、目の前にいるあなたのことを、もっと知りたいのです。
あなたがどんなことで傷つき、どんなことで微笑むのかを、知りたくてたまらないのです。
だから、彼のその必死すぎる姿を、どうぞ遠慮なく笑ってください。
彼は、自分がどれほど愚かな人間であるかを、目の前にいるあなたに、これでもかとさらけ出しているのです。
ただ、あなたの喜ぶ顔が見たいから。
あるいは、あなたの張り詰めた心が解けて、ぽろぽろと涙を流す、その美しい姿が見たいから。
他の誰が彼の絵を批判しようとも、そんなことは彼にとって、どうでもいいことなのです。
でもね、もしもあなたに見捨てられてしまったら、彼はもう、一歩も前に進めなくなって、生きていくことさえできなくなってしまいます。
あなたが今、こうして目の前にいて、この言葉を読んでくれているという、ただそれだけで、彼は胸がいっぱいになるほど嬉しいのです。
彼は、あなたに認めてもらうためだけに、今日も必死のサービスで、一生懸命に奉仕を続けています。
笑われて、強くなる。
そんな高見沢耳が、心の底から尊敬している人物がいます。
カレーハウスCoCo壱番屋の創業者である、宗次徳二(むねつぐ とくじ)さんです。
彼は宗次さんの生き方に深く感化され、右も左も、後ろも見ず、よそ見を一切しないで、自分の仕事に全力を尽くしています。
宗次徳二という人は、本当に仕事一筋で、他のことには目もくれませんでした。
趣味なんかやっている場合じゃない、と。
毎日の、小さな、地道な積み重ね。
まるでレンガを一つひとつ、丁寧に積み上げるように、毎日毎日、猛烈に集中してやる。
即断、即決、即実行。
なんでもやってみれば、必ず結果が出ますから、まずはやることです、と。
その代わり、死に物狂いで頑張るんですよ、と。
仕事に人生を捧げるその姿は、高見沢耳が「あなた」に人生のすべてを捧げる姿と、どこか重なっているように思えてなりません。
宗次徳二さんは、こんな言葉を残しています。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです」
「よそ見しない、経営に身をささげる」
「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
人生というものは、決して生まれや育ちだけで決まるものではありません。
宗次さんは、実の両親の顔を知らないのです。
生まれてすぐに孤児院に入り、やがて養父母に引き取られたあとも、養父の激しいギャンブル狂いのせいで、言葉にできないほどの極貧の少年時代を送りました。
食べるものなんて何一つないから、夏になると、そこらへんに生えている雑草を口に入れて、飢えをしのいでいたといいます。
まさに波乱万丈の人生ですよね。
行き当たりばったりに見えるかもしれないけれど、その代わり、自分の命を経営にすべて捧げる。
徹底的な現場主義。
1日12時間以上の仕事なんて、彼にとっては最低条件に過ぎませんでした。
休みたくなんてない、遊びたくなんてない、仕事を最大の趣味にして、仕事に身を捧げる。
これこそが「あなた第一主義」の究極の形ではないでしょうか。
高見沢耳もまた、あなたが目の前に現れてくれたときは、心の中で割れんばかりの拍手喝采をして、あなたを迎えているのです。
世の中において、本当に価値のあるものというのは、往々にして即効性がないものです。
最初から何でも上手くいくわけがありません。
あれこれ頭で考えるより、まずはやってみることです。
だから、あなたも、ご自分の人生を簡単に諦めないでくださいね。
どんな人生になるかはね、その人間のなかに眠る勤勉さと、忍耐力、そして狂気のような継続力によって、すべてが決まるのです。
たとえば、トヨタグループの創業者である豊田佐吉のように、凄まじい執念と忍耐を持つことです。
佐吉はね、周囲からは大変な無口で、酷い変わり者扱いをされていました。
けれど彼の胸の中には、「自分の発明によって、みんなの暮らしを少しでも楽にしたい、幸せにしたい」という燃えるような情熱があったのです。
周りからどれほど変わり者、狂人扱いされようとも、彼は「発明狂い」として、朝から晩まで毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造り直すことを止めませんでした。
成功も失敗も、決して終わりではありません。
本当に重要なのは、それを続ける勇気を持っているかどうか、ただそれだけなのです。
とにかく、自分が一番長く、一番一生懸命にやる。
あのチョーヤ梅酒の精神のように、「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」というほどの退路を断った覚悟です。
高見沢耳はね、あの効率的で美しい「トヨタ生産方式」にも深く感化されています。
必要なものを、必要な時に、必要なだけ届けるという「ジャスト・イン・タイム」の素晴らしい考え方。
豊田喜一郎は、こんな言葉を遺しました。
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」
さらに喜一郎は、「誰もあまりやらないこと、やり難いことをものにしてみせることに人生の面白みがある」とも言いました。
そして、喜一郎のいとこであり、後にトヨタの社長となった豊田英二は、こう語っています。
「強い信念をもって実行せよ 誰でも考えることは同じで喜一郎が 天才であったわけでもない 大切なのは 一般的にはできないと思われることを 単に考えるだけでなく なんとしてでもやらなければという 強い信念を持って十分な準備を行い 実行したということである」
ねえ、ここで、もっと素晴らしい、胸が熱くなるようなお話をさせてください。
ゴッホの物語の裏にはね、テオという実の弟がいたことは有名ですが、そのテオの妻である「ヨー」という、本当に、本当に素晴らしい女性がいたことを、あなたはご存知でしょうか。
彼女の生涯をかけた偉業がなければ、今日の私たちは、ゴッホの絵に巡り合うことさえできなかったのです。
ヨーはね、心からヴィンセント・ファン・ゴッホの絵画と、その深い思想を理解した女性でした。
「ヴィンセントという天才画家を、決して歴史の闇に埋もれさせてはいけない」
彼女はそう心に固く誓ったのです。
ヨーはこんな言葉を残しています。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
彼女の何がそれほどまでに素晴らしかったのか、詳しくお話ししますね。
ゴッホが亡くなり、そのわずか半年後、兄を追うようにして夫のテオも亡くなってしまいました。
若い未亡人となったヨーの手元に残されたのは、まだ幼い赤ん坊と、当時は世間から「ゴミ」のように扱われていた、何百枚もの不気味なゴッホの絵の具だらけのキャンバス、そして、兄弟の間で交わされた膨大な手紙の束だけだったのです。
普通の女性なら、絶望して、その絵をすべて叩き売るか、捨ててしまっていたかもしれません。
けれど、ヨーは大変な読書家であり、非常に聡明な女性でした。
彼女は、夫のテオが命を削ってまで信じ抜いた兄貴の絵を、どうしても世界中の人々に知ってもらいたかった。
彼女の人生を賭けた、壮絶な献身がそこから始まりました。
ヨーはね、同じく大の読書家であったファン・ゴッホが残した膨大な手紙を、夜を徹して一行一行、貪るように読み進めました。
そのうちに、彼の画家としての、人間としてのあまりにも純粋な考え方に、心の底から共感していったのです。
ファン・ゴッホという男はね、ただ奇妙な絵を描きたかったのではないのです。
彼は、人生の苦難に喘ぎ、孤独に震える人々を、心から慰めるための絵画を描きたいと、祈るような気持ちで筆を握っていたのです。
ヴィンセントは、自分の作品に込めた魂の叫びや、自分のありとあらゆる思想を、弟テオへの手紙に、克明に、信じられないほどの量で書き記していました。
もしもゴッホが、この膨大な手紙によって自分の思想を言葉として書き残していなかったら、いくら絵が素晴らしくても、ここまで世界中の人々の心を捉え、知られることは絶対に記憶になかったでしょう。
良いものは、誰かがその価値を正しく説明し、熱意を持って伝えなければ、決して広がらないのです。
このゴッホの人生と、あのイエス・キリストの人生は、驚くほどよく似ています。
そして、素晴らしいものには、必ずそれを世界に広める「伝達者」が必要不可欠なのです。
ゴッホの弟テオと、その妻ヨーが見せた涙ぐましい献身は、イエス・キリストに対する「使徒パウロ」の命がけの献身と、全く同じ性質のものです。
イエス・キリストの死後、パウロが世界各地を巡り、激しい迫害に遭いながらも、各地の信徒へイエスの生涯とその気高い思想を熱狂的に伝え続けたからこそ、後の世界的なキリスト教の隆盛へとつながりました。
ヨーがゴッホ兄弟の死後、世間からの冷笑を浴びながらも、ゴッホの作品を展示し続け、二人の間の手紙を整理して出版し、世界中にその偉業を広める役割を果たしたのも、まさにそれと同じことなのです。
伝わらなければ、この世に存在しないのと同じこと。
そう、ヨーやパウロという存在はね、現代で言うならば、世界一のセールスマンであったアップルのスティーブ・ジョブズや、ソニーの創業者である盛田昭夫さん、そして世界一の二輪車メーカーであるホンダの「スーパーカブ」を世界中で売りまくった天才・藤沢武夫さん、あるいはトヨタの「カローラ」を日本の家族の定番へと売りまくった販売の神様・神谷正太郎さんのような、偉大な役割を担っていたのです。
どんなに素晴らしい製品も、どんなに美しい芸術も、伝える人がいなければ、誰にも届かないのですから。
盛田昭夫さんは、こんな鋭い言葉を残しています。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた「製品」であっても「商品」にはなり得ない」
高見沢耳もまた、自分のなかの「良いもの」を、どうしてもあなたに伝えたくて、今、もがいているのです。
なぜなら、あなたに伝わらなければ、彼の芸術も、彼の命も、この世に存在しないのと同じになってしまうから。
ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです。
―― ヘンリー・フォード
財産は、人生の必要品であって、目的ではない。
―― アガサ・クリスティ
わたしの苦難の日に、主はわたしの支えとなられた。
―― モーセ(旧約聖書「民数記」より)
運命がカードをめくる、私たちはただそれをプレイするだけだ。
―― ウィリアム・シェイクスピア
自分より賢い者に囲まれている人間は、すでに半分成功している。
―― ユダヤ教「タルムード」
人間は、時々、おのれの不貞に気がつかないで、他人の不貞をのみ責めて、地獄の苦しみをしていることがある。
―― 太宰治「かすかな声」
芸術家は、いつも、はじめは、一人の孤独な巡礼者である。
―― 太宰治「もの思う葦」
苦しみを知っている者は、他人の苦しみに対して、深く、静かなお辞儀をすることができる。
―― 太宰治「正義と微笑」
決して屈するな、決して、決して、決して!
―― ウィンストン・チャーチルの名言
勇気を持って、誰よりも先に、 人と違ったことをしなさい
私は一夜にして成功を収めた と思われているが、 その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった
―― レイ・クロック
夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる。
―― ウォルト・ディズニー
鉄が使われなければ錆びるように、知性もまた、用いられなければ衰える。
―― レオナルド・ダ・ヴィンチ
「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」
―― 太宰治「津軽」より
最後になりますが、今、私のこの拙い話をじっと聞いてくださった大切なあなたへ、高見沢耳から、魂を削るような必死の、そして信じられないような特別なお知らせがあります。
なんと、彼のデジタルアート作品の、美しく鮮やかなA4サイズのポストカードが、無料で、10枚も、あなたの手に入るのです。
もちろん、あなたのために、あなたの大切なお家まで、一枚一枚丁寧に梱包して、直接お届けさせていただきます。
これは、彼からあなたへの、身を削るような奉仕であり、必死のサービス精神の証なのです。
他の誰でもない、あなたと心の奥底で深く触れ合いたい、あなたのその満たされない孤独な心を、どうしても救いたいという、彼の切なる祈りなのです。
ほら、この文章のすぐ下を見てみてください。
あなたへの特別なオファーに申し込める場所が、そっと用意されているでしょう?
あなたの耳元で、あなたのすぐ側で、私が優しく語りかけていると思って、そちらを今すぐクリックしてみてください。
「後でいいや」なんて思って画面を閉じてしまったら、もう二度と、彼の作品をあなたの手元に迎えることはできなくなってしまうかもしれません。
チャンスは、いつも一瞬なのです。
今すぐ、お申し込みくださいね。
あなたからの温かいお返事を、私たちは心の中から拍手を送りながら、ずっと、ずっと待っています。
最後まで読んでくださって、本当に、本当にありがとうございました。
あなたに、溢れるほどの幸福が訪れますように。