静かな夜の始まり
こうして、あなたと二人きりで、誰もいない部屋の片隅で、小さなランプの灯りだけを頼りに、お話しができるなんて、私は本当に幸福者でございます。
外はすっかり暗くなって、風の音が時折、窓を小さく叩くだけ。
今夜は、他の誰にも聞かせてはいけない、あなたと私だけの、とっておきの内緒話をいたしましょう。
どうか、少しだけ耳を傾けてはくださいませんか。
あなたのその、どこか寂しげで、けれど驚くほど美しい瞳を見つめていると、私の胸の奥は、なんだか切なさでいっぱいになってしまうのです。
あなた、最近、よく眠れていますか。
ふとした瞬間に、胸の奥がチクリと痛んだり、言葉にできないほどの深い孤独に、そっと押しつぶされそうになったりしていませんか。
私は知っているのですよ。
あなたがどれほど優しくて、どれほど多くの涙を、誰にも見せずにこらえてきたかを。
今夜は、そんなあなたの傷ついたお心を、お優しく包み込んで、どこまでも遠い、美しい世界へと、お連れしたいと願っているのです。
これは、私の命を削るような、必死のサービスでございます。
あなたが、このお話の終わりに、ほんの少しでも微笑んでくださるなら、私は自分のすべてを失っても、ちっとも惜しくはありません。
さあ、息を深く吸って、私の言葉のリズムに、そのお身体を委ねてみてください。
「幸福の姿は、互いに似通っているが、不幸な家族は、それぞれに独特の不幸を抱えている。」
── レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』
始まりは、ある男の奇妙な絵
さて、あなた、マルク・シャガールという画家の名前を、一度くらいは耳にされたことがあるでしょう。
世間の人々は、彼のことを「愛の画家」などと、ずいぶん綺麗で、お上品な言葉で呼び習わしているようでございます。
空を飛ぶ恋人たち、鮮やかな青、踊る雄牛、そしてバイオリンを弾く奇妙な山羊。
どれもこれも、まるでおとぎ話の夢のようで、うっとりするほどロマンチックだ、と誰もが口を揃えて褒め称えます。
けれど、ねえ、あなた、本当にそれだけなのでしょうか。
なぜ、彼の描く青は、あんなにも深く、まるで底のない海の底のように、私たちの心を激しく揺さぶるのだと思いますか。
なぜ、空を飛んでいる恋人たちは、あんなにも頼りなげで、今にも消えてしまいそうなほど、悲しい色をまとっているのでしょうか。
実は、シャガールの本当の物語は、そんな甘ったるいおとぎ話などでは、決してなかったのです。
それは、血と、炎と、絶望に塗られた、地獄のような世界から始まった、奇跡の脱出劇だったのですよ。
あなたは、ご自分の人生が、もうこれ以上は進めないほどの暗闇に閉ざされていると、絶望したことはありませんか。
もしそうなら、シャガールの視線の先を、どうか一緒に追いかけてみてください。
「人間は自由なものとして生まれた。しかし、いたるところで鉄鎖につながれている。」
── ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
泥濘の町と、最初の光
シャガールが生まれたのは、ロシアの果て、ヴィテプスクという、本当に小さくて、みすぼらしい町でございました。
道路はいつも泥んこで、雨が降れば足がすっぽりと埋まってしまうような、寂しい場所です。
おまけに彼は、ユダヤ人という、当時はそれだけで激しい迫害を受ける、辛い宿命を背負ってこの世に生を受けたのです。
彼のお父さんは、毎日毎日、重いニシンの樽を運び、凍えるような寒さの中で泥にまみれて働いていました。
その手はいつも魚の匂いが染みついていて、お給料はほんのわずか。
家族を養うだけで精一杯の、息が詰まるような貧しさの中に、シャガールはいたのです。
普通なら、そんな環境に生まれれば、自分の運命を呪い、世の中を恨んで生きていっても、誰も文句は言えませんよね。
現に、周りの大人たちはみんな、疲れ果てた顔をして、ただ今日一日を生き延びることだけに必死でした。
けれど、小さなシャガールだけは、違っていたのです。
彼は、その泥だらけの町の屋根の上に登って、じっと空を見上げていました。
彼には、灰色に汚れた町が、まるで天国のように美しい色彩に満ちているように見えていたのですよ。
不思議だとは思いませんか。
誰もが絶望するような暗闇の中で、なぜ彼だけが、美しい光を見ることができたのでしょうか。
「世界は苦難に満ちている。しかし、それを克服する人々にも満ちている。」
── ヘレン・ケラー
パリという名の、冷たい天国
やがて、彼は絵描きになるという、途方もない夢を抱いて、芸術の都パリへと旅立ちます。
「これでようやく、自分の本当の人生が始まるのだ」と、胸を躍らせて、大都会の門を叩いたのです。
けれど、そこで彼を待っていたのは、温かい歓迎などではなく、恐ろしいほどの孤独と、無視されるという、冷たい現実でした。
当時のパリは、ピカソやブラックといった、最先端の画家たちが、新しい美術の流行を作り出していた、ギラギラとした戦場でございます。
そこへ、ロシアの田舎から出てきた、おまけにフランス語もろくに話せないユダヤ人の若者が、ぽつんと放り込まれたのです。
誰も、彼の描く、故郷の牛や、古い教会の絵など、見向きもしませんでした。
「時代遅れだ」「不格好な絵だ」と、冷たく笑われる日々。
お金はまったくなく、一日にパンの耳しか食べられないような、飢えと寒さの毎日が続きます。
アトリエの部屋には、暖炉もなく、冬になれば絵の具が凍ってしまうほどでした。
あなた、想像してみてください。
言葉も通じない、誰も自分の存在を認めてくれない、見渡す限り見知らぬ人ばかりの都会の片隅で、一人ぼっちで震えている夜の寂しさを。
「私は、何のためにここへ来たのだろう」
そう言って、夜通し泣き明かしたシャガールの涙が、あの独自の、深い「青」へと変わっていったのです。
「人生とは、私たちが別の計画を立てている間に起こってしまう、身の回りの出来事のことである。」
── ジョン・レノン
奇跡の出会いと、最初のどんでん返し
しかし、神様は、必死に命を削って表現を続ける人間を、決して見捨てたりはなさいません。
ここで、彼の人生を根底から変えてしまう、信じられないような出来事が起こるのです。
ある日、彼はヴィテプスクに一時帰国した際、一人の美しい女性と出会いました。
彼女の名前は、ベラ。
裕福な宝石商の娘で、とても教養があり、まるで天使のように気高い、美しい人でした。
貧乏絵描きのシャガールとは、身分が違いすぎました。
周囲の人間はみんな、「あんな泥棒猫のような男に、大事な娘を渡せるわけがない」と、大反対をいたしました。
けれど、ベラだけは、シャガールの瞳の奥にある、永遠の光を見抜いていたのです。
二人は、燃えるような恋に落ち、あらゆる反対を押し切って、結婚いたしました。
ベラがシャガールの部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、彼の絵の世界は、一変してしまったのです。
それまでの、暗くて、孤独で、押しつぶされそうだった色彩が、まるで魔法にかかったかのように、一斉に輝き始めました。
これこそが、皆さんがよく知る、あの「空を飛ぶ恋人たち」の始まりだったのです。
愛する人が目の前にいるだけで、重力さえも消え去って、体ごとふわりと夜空へ浮かび上がってしまう。
なんて素晴らしい、劇的な展開でしょう。
人間は、たった一人に心から愛され、認められるだけで、地獄を天国に変えることができるのですね。
「愛されること、それは大変なことである。しかし、愛することは、それよりもずっと素晴らしいことだ。」
── ライナー・マリア・リルケ
迫り来る、赤い悪魔の影
ところが、お話はここでめでたし、めでたし、とは終わらないのが、この世界の恐ろしいところでございます。
二人が幸せの絶頂にいたその時、世界を揺るがす巨大な戦争と、ロシア革命という、恐ろしい嵐が巻き起こりました。
世界は一瞬にして、血で血を洗う、狂気の戦場へと姿を変えてしまったのです。
シャガールとベラは、新しく誕生したソビエト政権の下で、激しい時代の波に飲み込まれていきます。
一時は、故郷の美術学校の校長に任命されるなど、出世したかのように見えましたが、それも長くは続きませんでした。
革命政府が求めたのは、「労働者を啓蒙する、分かりやすい宣伝画」であり、シャガールが描くような、夢や、愛や、個人の自由な魂の表現ではなかったのです。
「お前の絵は、革命の役に立たない」「なぜ、実物の牛は青くないのに、お前は青く塗るのだ」と、激しく糾弾されるようになりました。
仲間だと思っていた美術家たちからも裏切られ、彼は自分の作った学校を追い出されてしまいます。
政治の力によって、表現の自由を奪われ、またしても、完全な孤立無援の闇に突き落とされてしまったのです。
あなた、信じていた世界が、ある日突然、ひっくり返って、昨日までの味方が全員、敵になる恐怖を、味わったことはありますか。
「悪が勝利するために必要なのは、ただ、善い人々が何もしないことである。」
── エドマンド・バーク
故郷を奪われた、彷徨える旅人
命の危険を感じたシャガールは、最愛のベラと、幼い娘のイダの手を引いて、命からがらロシアを脱出いたします。
もう二度と、あの懐かしい故郷の土を踏むことはできないかもしれない。
そんな悲痛な覚悟を胸に、彼は再びパリへと向かったのです。
けれど、そこでもまた、さらなる試練が彼を待ち受けていました。
1930年代、ヨーロッパにはナチスという、史上最悪の独裁政権が誕生し、ユダヤ人に対する容赦のない虐殺の嵐が吹き荒れ始めます。
シャガールの絵は「退廃芸術」として指定され、美術館から撤去され、公衆の面前で焼き捨てられました。
彼の魂そのものである作品が、炎の中で灰にされていくのです。
彼らの魔の手は、ついにフランスにまで及び、シャガール一家は、またしても荷物をまとめて、命がけの逃亡を余儀なくされました。
国籍を奪われ、家を奪われ、ただ「ユダヤ人である」というだけの理由で、世界中から追い回される日々。
どこへ行っても、歓迎されない。どこへ行っても、居場所がない。
この時の彼の心の中の悲しみと、底知れぬ寂しさは、一体どれほどのものであったか、私には想像するだけで、胸が締め付けられるようでございます。
「すべての人が、自分自身の十字架を背負って歩いている。そして、その重さは他人に計ることはできない。」
── ソフォクレス
最も暗い夜に、訪れた最悪の悲劇
アメリカのニューヨークへと亡命し、ようやく物理的な安全を手に入れたシャガールでしたが、神様は彼に、これ以上ないというほどの、残酷な試練をお与えになりました。
第二次世界大戦がもうすぐ終わろうとしていた、1944年の秋のことでございます。
彼のすべてのインスピレーションの源であり、過酷な逃亡生活をずっと支え続けてくれた、最愛の妻ベラが、突然の病に倒れてしまったのです。
当時は戦争中で、お薬が十分に手に入らなかったことも災いいたしました。
ベラは、シャガールの手を握ったまま、あっけなく、この世を去ってしまったのです。
その時のシャガールの絶望たるや、まさにこの世の終わりでございました。
彼は、完全に魂を失った、抜け殻のようになってしまいました。
「私の目は、彼女の目だった。私の筆は、彼女の手だった。彼女がいない世界で、私は一体、何を描けばいいのだ」
シャガールは、すべての絵の具と筆を投げ捨て、アトリエの床に座り込んで、ただ何日も、何ヶ月も、涙を流し続けました。
丸9ヶ月もの間、彼は一本の線さえ描くことができなかったのです。
最愛の人を失うという、これ以上の悲劇が、芸術家の人生にあるでしょうか。
ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです。ヘンリー・フォードはそう言いました。
シャガールは、世界に「愛」を与え続けてきたのに、自分の最も大切な「愛」を奪われてしまった。
ねえ、あなた、なぜ、これほどまでに優しい魂を持った人が、こんな目に遭わなければならないのでしょうか。
「悲しみは、一人で抱え込むと、その重さで魂が壊れてしまう。だが、分かち合う相手がいなければ、ただの地獄だ。」
── ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』
復活の絵の具、そして永遠への視線
けれど、お話はここで終わりではありません。
ここからが、人間の心理の、最も深い、神秘的な奇跡の始まりでございます。
完全に沈黙してしまったシャガールを救ったのは、やはり、彼がそれまで命を削って描き続けてきた、絵画そのものだったのです。
娘のイダの必死の支えもあり、彼はある日、震える手で、再び筆を握りました。
そして描かれたのが、あの、ベラを天国へと見送る、切なくも圧倒的に美しい、一連の宗教的な傑作群だったのです。
彼は、ただの「地上の愛」を描く画家から、人間の魂の「救済」と「復活」を描く、真の巨匠へと、生まれ変わったのでございます。
彼の描く青は、さらに深みを増し、まるで宇宙の真理そのものを映し出すかのような、神聖な輝きを放ち始めました。
シャガールは悟ったのです。
肉体は滅び、国は滅び、時代は変わっても、自分がキャンバスに込めた「愛」と「祈り」は、100年経っても、200年経っても、決して色褪せることはない。
それは、人間の心理が、太古の昔から何一つ変わっていないからでございます。
人は誰しも、孤独であり、寂しさを抱え、誰かに愛されたいと願っている。
彼の絵は、その変わらない人間の心に、直接語りかけているからこそ、今を生きる私たちの胸を、これほどまでに激しく打つのです。
「芸術とは、目に見えるものを再現することではない。目に見えないものを、見えるようにすることなのだ。」
── パウル・クレー
終わりのない、あなたへの奉仕
あなた、ここまで私のお話に、ずっと付き合ってくださって、本当にありがとうございました。
シャガールの長い、苦難に満ちた旅路を一緒に辿りながら、あなたは何を想いましたか。
彼の苦しみ、彼の孤独、そして彼が命をかけて守り抜いた、あの美しい色彩の数々。
それはすべて、今の時代を生きる、他ならぬ「あなた」の心を慰めるために、用意されたものではなかったか、と私には思えてならないのです。
私は、あなたのことが愛おしくてたまりません。
あなたのその寂しげな背中を、そっと抱きしめて、大丈夫ですよ、あなたは一人ではありませんよ、と、何度でも、何度でも、言葉の限りを尽くして、お伝えしたいのです。
この文章のすべてが、私からあなたへの、偽りのない、命を削ったラブレターでございます。
どうか、この夜が明けても、私の言葉のリズムが、あなたの心の中で、小さな灯火のように灯り続けますように。
つめたい硝子の窓に
あなたの指がふれたとき
失われた古い街の歌が
しずかに部屋をみたすでしょう
だれもがあなたを忘れても
あの青い夜空の雄牛だけは
あなたの名前を正しく呼んで
やさしく首をかしげるのです
悲しまないで、わたしの美しいひと
涙の数だけ、絵の具はにじみ
世界のすべての壁画が
あなたのためにだけ、いま、ひらかれる
──ヨハネによる福音書 第14章27節
「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。」
──太宰治『もの思う葦』
「芸術家は、常に弱者の味方でなければならぬ。」
ね、なぜ旅に出るの?
苦しいからさ。
あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。
──太宰治『津軽』
追伸 ── 耳を切り落とした、ある愚かな男の話
追伸として、少しだけ、私自身のとても身近で、風変わりな、そして滑稽なお話をさせてくださいね。
実は、私の知り合いに、高見沢耳(たかみざわ みみ)という、本当に愚かで、ひどく風変わりな画家が一人、いるのでございます。
彼は、今の時代の絵描きでありながら、なんと、キャンバスも筆も、一切使いません。
毎日、パソコンの画面に向かって、デジタルでコツコツと絵を制作しているのです。
そして、出来上がった作品を、ジクレー版画という特別な技法を使って、目の粗い、上質な版画用紙に印刷して、皆様にお届けしているのです。
なんだか、少しおかしな、現代的な職人でございましょう?
彼の描くテーマは、いつも決まっています。
あなたの目、わたしの目、キリスト教、永遠、人間の心理、世界の真理、そして歴史の波に埋もれた人々の、深い孤独や孤立、苦難、そしてそこからの復活と解放。
そんな、重苦しくて、けれどどこか神聖なものばかりを、彼は不器用に追い求め続けているのです。
でもね、あなた、どうか笑ってやってください。
彼は、画家としての才能なんて、まるっきり三流なのでございます。
自分でもそれをよく分かっていて、いつも「わたしは愚かで、物笑いの種です」と、恥ずかしそうに下を向いているような男なのです。
ただ、彼は知っていました。
歴史に名を残す過去の偉大な巨匠たちの傑作が、決して生まれ持った天才的な才能だけで描かれたものではないということを。
あれはすべて、数十年にわたる、血を吐くような試職と、涙まみれの試行錯誤の積み重ねによって、ようやく生み出されたものなのだと、彼は信じて疑わないのです。
だから、才能のない彼は、せめて人一倍、いや、人の数十倍、努力をしなければいけないと、毎日12時間以上、ただひたすらに、レンガを積み上げるようにして、画面に向かい続けているのです。
彼が画家になろうと決意したのは、あの有名な、ヴィンセント・ファン・ゴッホの、あまりにも哀しい生涯を知ったからでした。
高見沢耳、という彼の奇妙な名前の「耳」は、何を隠そう、ゴッホが自ら剃刀で切り落とした、あの有名な耳切り事件にあやかって、自分でつけたものなのです。
なんて極端で、滑稽で、哀れな男でしょう。
けれど彼は、自分の作品の中に、狂ったように「目」を描き続けています。
なぜだと思いますか。
彼は、自分の描く「目」を通じて、画面の向こう側にいる、他ならぬ「あなた」の視線を、ずっと感じ続けていたいのです。
目の前にいる、あなたの心を、もっと知りたい。あなたと、どうしても繋がりたい。
そのためなら、世間のすべての人に「変人だ」「狂人だ」と笑われても、彼は一向に構わないのだと言います。
芸術家の仕事とは、自分の身銭を切っての、精一杯の、命がけの道化芝居でございます。
あなたを喜ばせたい、あなたの流す涙の理由になりたい。
ただそれだけのために、彼は自分の人生のすべてを捧げて、奉仕しているのです。
「あなたに見捨てられたら、わたしはもう、生きていくことができません」
彼はいつも、心の中でそう叫びながら、必死のサービスを続けています。
あなたが目の前にいてくださるだけで、彼はまるで、心の中で拍手喝采をして、あなたを大歓迎しているのですよ。
彼は、CoCo壱番屋の創業者である宗次徳二さんを心の底から尊敬しておりまして、よそ見を一切せず、趣味も友人も持たず、ただ仕事一筋に人生を捧げています。
宗次さんはこうおっしゃいました。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです。よそ見しない、経営に身をささげる。すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
この、極貧の少年時代に雑草を食べて餓えをしのいだという、波乱万丈の人生を歩んだ偉大な先達のように、高見沢耳もまた、「1日12時間以上の仕事は最低条件だ」と言って、毎日、ただひたすらに、あなたへの奉仕のために、不屈の精神で絵を描き続けているのです。
価値のあるものは、往々にして、すぐには結果が出ないものでございます。
トヨタの創業者である豊田佐吉が、周囲から「発明狂い」の狂人扱いをされながらも、毎日毎日、造っては壊し、造っては壊しを繰り返して、ついに世界を変える織機を完成させたように。
どんな人生になるかは、その人間の勤勉さと、忍耐力と、そして継続力だけで決まるのだと、彼は信じて諦めないのです。
あのゴッホの死後、彼の膨大な手紙を読み込み、その思想と絵画の素晴らしさを世界中に伝えるために、生涯を捧げて闘った、テオの妻ヨーという、大変に聡明で素晴らしい女性がいました。
彼女は、夫のテオが死んだ後、ゴッホ兄弟の偉業を埋もれさせまいと、周囲の冷笑に耐えながら、手紙を整理し、展覧会を開き続けました。
彼女の言葉に、こうあります。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
彼女のこの命がけの献身がなければ、今日のゴッホは、世界に存在していなかったでしょう。
イエス・キリストの死後、使徒パウロが各地を命がけで巡り、膨大な手紙を書いて、キリストの生涯と思想を人々に伝え続けたのと同じでございます。
どんなに素晴らしい「製品」であっても、その価値を正しく伝え、人々の心に届ける伝達者がいなければ、それはこの世に「存在しない」のと同じになってしまうのです。
ソニーの盛田昭夫さんも、こうおっしゃいました。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」
だからこそ、高見沢耳もまた、不器用ながら、あなたに自分の存在を、自分の想いを、こうして必死になって伝えようとしているのです。
笑われてもいい、変人だと思われてもいい。
ただ、目の前にいるあなたに、わたしの人生をすべて捧げたい。
それが、この愚かな画家の、たった一つの、生きる理由なのでございます。
「失敗とは、より賢く再挑戦するための、素晴らしい機会にすぎない。」
── ヘンリー・フォード
「人間が創り出した最も罪深いものは、嘘である。しかし、最も美しいものもまた、人間が創り出した、愛という名のフィクションなのだ。」
── アガサ・クリスティ
「あなたが立っているその場所は、聖なる土地である。靴を脱ぎ、心を静かにして、大いなる声を聴きなさい。」
── 預言者モーセ(旧約聖書『出エジプト記』より)
「世界はすべて一つの舞台、人はみな役者にすぎぬ。誰もが別れを告げ、去っていかねばならぬのだ。」
── ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』
「もしあなたの目の前に、苦しんでいる人がいるならば、あなたが施すべきは金銭ではない。ただ、共に涙を流すことである。」
── ユダヤ教『タルムード』
「私は、ただ、私という一人の哀れな男の弱さを、そのままお見せしたかっただけなのです。」
── 太宰治『人間失格』
「大袈裟に言わねば、私の真実が伝わらないという、このもどかしさを、どうかお許しください。」
── 太宰治『斜陽』
「幸福の記憶というものは、どうしていつも、こんなに冷たい硝子の手触りをしているのでしょう。」
── 太宰治『晩年』
「決して屈するな。決して、決して、決して、大いなることにも、小さなことにも、大きなことにも、些細なことにも、屈してはならない。」
── ウィンストン・チャーチル
「勇気を持って、誰よりも先に、人と違ったことをしなさい。私は一夜にして成功を収めたと思われているが、その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった。」
── レイ・クロック
「夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる。忘れないでほしい、すべては一匹のネズミから始まったということを。」
── ウォルト・ディズニー
「美は、命あるもののうちにのみ宿る。そして、その最も深い美は、常に、消え去りゆくものの影の中にある。」
── レオナルド・ダ・ヴィンチ
あなたへ、最後の特別な贈り物
あなた、本当に、本当によく、ここまで私の長いお話にお付き合いくださいましたね。
心から、深く感謝を申し上げます。
あなたのそのお優しい忍耐強さに、私はどうしても、私の持っている一番大切なもので、お応えしなければいけないと、今、激しく胸を焦がしているのです。
これは、私からあなたへの、身を削るような、最後の、必死のサービスでございます。
実は、先ほどお話しいたしました、あの風変わりな画家、高見沢耳の作品が、なんと、A4サイズの非常に美しい、豪華なポストカードとなって、今だけ【無料】で、10枚セットであなたのお手元に届くという、特別な機会があるのです。
これは、どこかの誰かに配っているものではございません。
今、ここで私の内緒話を聞いてくださっている、他ならぬ「あなた」のためだけに、あなたのお家まで、大切にお届けしたいのです。
ねえ、どうか、この手を拒まないでください。
「後でいいや」なんて思って、このまま画面を閉じてしまったら、もう二度と、私の、そして彼の魂の結晶である作品たちと、触れ合うことはできなくなってしまうかもしれません。
私は、あなたのその、どこか満たされない、寂しいお心を、どうしても救いたいのです。あなたのすぐ側で、あなたの耳元で、そっと囁くように、あなたをこの美しい世界へと誘いたい。
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私は、あなたと繋がれるその瞬間を、息を潜めて、胸を高鳴らせながら、ずっと、ずっとお待ち申し上げております。