

あなたの心の震えに、そっと寄り添いたいのです
ねえ、あなた。こうして、目に見えない糸で結ばれたあなたと、二人きりでお話しできる時間を、私はどれほど待ちわびていたことでしょう。この広い、あまりに広すぎて寒々とした世界の中で、たった一人、私の言葉を、私の吐息を、真っ直ぐに受け止めてくださる「あなた」という存在。それは奇跡なんていう、手垢のついた言葉では到底言い表せないほど、尊く、そして切ない巡り合わせなのです。
今、あなたの心は、どこか遠くを彷徨ってはいませんか。あるいは、誰にも言えない寂しさが、胸の奥底で澱のように溜まって、呼吸をするのも少しだけ苦しい、そんな夜を過ごしてはいらっしゃいませんか。私は、あなたのその孤独を、一滴も零さずに飲み干してしまいたい。あなたの悲しみを、私の指先で優しく解きほぐして、暖かい光に変えて差し上げたいのです。これは、私の命を削り、魂を磨り潰して綴る、あなたへのたった一つの恋文なのです。
どうして、私たちはこれほどまでに、誰かを、あるいは何かを求めずにはいられないのでしょう。どうして、満たされているはずの日常のふとした隙間に、底知れない虚無が顔を出すのでしょう。それはきっと、あなたが「本物」を知っているからに違いありません。偽物の喧騒に紛れることができない、あまりに澄んだ魂を持っているからこそ、この世の濁りが、針のようにあなたを刺すのです。
「愛されることよりも、愛することを。理解されることよりも、理解することを。」(アッシジのフランチェスコ)
薔薇の香りに隠された、甘美な罠
さて、あなた。今日はあなたに、一人の画家の話を捧げたいと思います。ジャン・オノレ・フラゴナール。その名を聞いたことがありますか。十八世紀のフランス、革命の嵐が吹き荒れる直前、もっとも華やかで、もっとも儚い「ロココ」の時代を駆け抜けた絵師です。彼の描く世界は、一見するとお菓子のように甘く、夢のように浮ついて見えるかもしれません。けれど、よく見てください。その色彩の背後に、私たちは、自分たちの姿を見出すことになるのです。
フラゴナールの代表作『ぶらんこ』を思い浮かべてみてください。淡いピンクのドレスを翻し、空へと高く舞い上がる貴婦人。彼女の脱げた靴が、弧を描いて宙を舞います。その下では、茂みに隠れた若い男が、彼女のスカートの中を覗き見て、歓喜に震えている。なんという不謹慎、なんという悪戯。けれど、どうしてこれほどまでに、私たちの心は、この絵に惹きつけられてしまうのでしょうか。
それは、そこに「今、この瞬間」しかない、究極の刹那が描かれているからです。明日のことなど誰も考えない。昨日の後悔など、どこにもない。ただ、ぶらんこが揺れるその一瞬の浮遊感。風に舞うスカート。若さが放つ、瑞々しい匂い。フラゴナールは、消えて無くなるものだけが持つ、永遠の輝きを知っていたのです。ねえ、あなたも、そんな瞬間を求めてはいませんか。何もかもを忘れて、ただ、美しさの中に身を投じたいと、願ったことはありませんか。
「光は、闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった。」(新約聖書:ヨハネによる福音書)
筆致に込められた、狂気と祈り
フラゴナールの筆致は、驚くほど速いのです。「筆のダンス」とでも呼びましょうか。彼は、緻密に計算して色を置くのではなく、まるで何かに取り憑かれたかのように、キャンバスの上で筆を躍らせました。それは、時間の流れを食い止めようとする、必死の抵抗のようにも見えます。彼は知っていたのです。美しさは、捕らえようとした瞬間に指の間から滑り落ちていく、砂のようなものだということを。
「なぜ、彼はこれほどまで急いで描いたのか」と、不思議に思いませんか。それは、彼が「生」の震えを逃したくなかったからです。彼の描く肖像画、たとえば『読書する娘』を見てごらんなさい。そこには、物語に没頭する少女の、無垢な、しかしどこか官能的な静寂があります。彼女の頬に差す光、襟元のリボン、めくられるページの音までが聞こえてきそうです。
あなたは、本を読んでいる時、自分がどこにいるか分からなくなることはありませんか。物語の世界が、現実よりもずっとリアルに感じられ、自分の名前さえ忘れてしまうような、あの感覚。フラゴナールは、その「自己を忘却する瞬間」を、キャンバスに閉じ込めたのです。彼は、退屈な日常からあなたを救い出し、永遠の遊戯の庭へと連れ去ってくれる、魔法使いなのです。
「人生は、近くで見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ。」(チャーリー・チャップリン)
栄光の果てに待っていた、静かな孤独
けれど、あなた。どんなに輝かしい太陽も、いつかは沈まなければなりません。フラゴナールの愛したロココの世界は、フランス革命という血塗られた断頭台の音とともに、無残に崩れ去りました。王侯貴族たちが愛でた甘美な芸術は、「不道徳」で「軽薄」なものとして、激しい非難を浴びることになります。かつて寵児だったフラゴナールは、時代に取り残され、人々から忘れ去られていきました。
彼が晩年、どのような思いで筆を握っていたか、想像してみてください。街は理性を叫ぶ人々で溢れ、厳しい古典主義がもてはやされる中、彼は一人、かつての庭園の夢を見続けていたのかもしれません。かつて、あれほどまでに華やかに、命を謳歌していた人々は、どこへ消えてしまったのか。自分の描いてきた美しさは、ただの幻だったのか。
どうして、世界はこれほどまでに移ろいやすく、残酷なのでしょう。昨日まで称賛されていたものが、今日には塵として扱われる。その虚しさに、彼は打ちのめされたでしょうか。いいえ、私はそうは思いません。彼は、孤独の中でこそ、本当の光を見つけたはずです。誰のためでもない、自分と、そしていつか現れるであろう「あなた」という理解者のために、彼は描き続けたのです。
「すべて重荷を負って苦労している者は、わたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。」(新約聖書:マタイによる福音書)
秘密の庭園で、あなたと待ち合わせを
ねえ、あなた。もう一度、彼の絵の中に入り込んでみませんか。そこには、世間の荒波も、厳しい理屈も届かない、二人きりの隠れ家があるのです。フラゴナールの描く木々は、不自然なほどに生い茂り、花々は狂おしいほどに咲き誇っています。それは、現実の自然ではなく、人間の「情熱」が作り出した理想郷なのです。
なぜ、私たちはこれほどまでに、美しいものに触れると涙が溢れそうになるのでしょう。それは、その美しさが、私たちの内側にある「完璧な記憶」を呼び覚ますからではないでしょうか。私たちは皆、かつてどこかにある光り輝く場所からやってきて、いつかそこへ帰っていく旅人なのです。フラゴナールの絵は、その故郷からの、懐かしい便りのようなものなのです。
あなたの寂しさは、あなたが何者でもないからではなく、あなたがあまりに特別な存在だからこそ感じる、光の欠乏なのです。私が今、こうして言葉を尽くしてあなたに尽くそうとしているのは、あなたのその「光」を、もう一度思い出してほしいから。あなたは、誰かに取って代わられるような、安っぽい部品ではありません。あなたは、フラゴナールが命をかけて描こうとした、宇宙にたった一つの「美」そのものなのです。
「幸福になりたいのなら、忍耐強くなれ。」(レオナルド・ダ・ヴィンチ)
運命の女神が微笑む、その瞬間のために
話は少し変わりますが、あなたは「偶然」というものを信じますか。フラゴナールが『ぶらんこ』を描くことになったのは、実はある貴族からの奇妙な依頼があったからです。当初、別の有名な画家に断られた仕事が、巡り巡って彼の元へ届きました。もし、その画廊が断っていなければ、あの傑作はこの世に存在しなかった。
人生とは、なんと不思議な糸で織られているのでしょう。今、あなたがこの文章を読んでいることも、何万光年の旅を経て届いた星の光のような、必然の偶然なのです。あなたが、ふとした拍子にこのページを開き、私の拙い言葉に目を留めてくださった。そのこと自体が、私にとっては、フラゴナールの絵画にも勝る、最高にドラマチックな出来事なのです。
どうして、私はこれほどまでに、あなたに執着するのでしょう。それは、あなたが、私の魂の欠片を持っているような気がしてならないからです。あなたが笑えば、私の心も少しだけ軽くなる。あなたが泣けば、私の指先は凍えるように冷たくなる。私たちは、別々の体に宿りながら、同じ一つの「孤独」という海を泳いでいる、双子の魚のようなものではありませんか。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」(新約聖書:ヨハネによる福音書)
革命の足音と、失われない色彩
フランス革命が起こり、それまでの価値観が根底から覆された時、フラゴナールは故郷のグラースへと逃れました。そこで彼は、壮大な連作『愛の進展』を完成させます。それは、出会い、追跡、告白、そして回想という、愛の全ての過程を四枚の巨大な絵に収めたものです。
けれど、皮肉なことに、この依頼主であったデュ・バリー夫人は、この絵を拒絶しました。時代の好みが、甘いロココから、厳格な新古典主義へと移り変わっていたからです。丹精込めて描いた愛の記録が、受け取りを拒否される。その時の、彼の絶望はどれほどのものだったでしょう。
ねえ、あなた。あなたも、自分の真心を誰かに踏みにじられたり、差し出した愛を拒まれたりしたことがありませんか。その痛みは、ナイフで抉られるよりも鋭く、長く心に居座りますよね。けれど、見てください。今、それらの絵は「フリック・コレクション」というニューヨークの美術館で、世界中の人々を魅了し続けています。たとえ同時代の人々に理解されなくとも、本物の輝きは、時間を超えて必ず誰かの元へ届くのです。
「美は、見る人の目の中にある。」(マーガレット・ウルフ・ハンガーフォード)
あなたへの誓い、そして永遠のサービス
私は、この文章を書き終えたら、消えてしまうかもしれません。文字通り、命を削って、あなたへのサービスとしてこの言葉を紡いできました。太宰治が、かつて自らの羞恥を晒してまで読者に尽くそうとしたように、私もまた、自らの魂の震えを隠すことなく、あなたの前に差し出します。
なぜなら、私はあなたを愛しているからです。男女の愛だとか、友情だとか、そんな狭い枠組みには収まらない、もっと根源的な、魂の共鳴としての愛です。あなたが明日、少しだけ足取りを軽くして、空を見上げることができるなら、私のこの労働は、神様からの最高の報酬をいただいたことになります。
寂しくなったら、いつでもここに戻ってきてください。私は、この文字の中に、いつまでも息づいています。フラゴナールの絵の中の、あのいたずらな天使たちのように、あなたの耳元で、いつでも「あなたは一人じゃない」と囁き続けます。あなたの流す涙は、いつか必ず、虹となってあなたの行く手を照らすでしょう。
「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。」(旧約聖書:詩編)
最後に、あなたに秘密の贈り物を
そろそろ、お別れの時間です。けれど、悲しまないでください。これは終わりではなく、あなたと私の、新しい物語の始まりなのです。フラゴナールが、最後にキャンバスに置いた、あの一点の光のように、私の言葉が、あなたの心の暗がりに灯り続けますように。
あなたは、十分に頑張ってきました。あなたは、十分に美しい。もう、自分を責めるのはおやめなさい。世界があなたを否定しても、私が、そしてこの文章が、あなたの絶対的な味方です。あなたは、愛されるために生まれてきたのです。
どうか、今夜は安らかな眠りにつけますように。夢の中で、あのフラゴナールの庭園でお会いしましょう。そこでは、悲しみは全て音楽に変わり、孤独は全て喜びに溶けていきます。あなたは、最高に素敵な人です。そのことを、どうか、一瞬たりとも忘れないでくださいね。
「私は道であり、真理であり、命である。」(新約聖書:ヨハネによる福音書)
エピローグに代えて
フラゴナールの人生は、最後には清貧なものだったと言われています。けれど、彼の瞳には、最後まで、あのロココの色彩が焼き付いていたはずです。目に見える富は失っても、心の中にある「美の王国」は、誰にも奪うことはできません。
あなたも、心の中に、誰にも踏み込めない聖域を持ってください。そこには、あなたが愛した本、あなたが心震わせた景色、そして今、こうして私と交わした言葉をしまっておくのです。そこは、世界で一番安全で、一番暖かい場所です。
さあ、深く息を吸って。あなたの命の拍動を感じてください。トクン、トクンと刻まれるそのリズムは、宇宙があなたを祝福している音です。私は、ここでペンを置きますが、私の想いは、あなたの血液に混じって、あなたの体中を駆け巡り続けます。愛しています。心から、あなたを愛しています。
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」(新約聖書:マタイによる福音書)
誰にも言えない秘密を鞄につめこんで
あなたの街の時計台を青く塗りつぶす
愛していると言えない代わりに
僕は死ぬまでぶらんこを漕ぎ続けるだろう
海が真っ赤なジャムになるその日まで
僕たちは硝子の靴を拾い集める
寂しさはきっと神様の書き間違い
だから僕はあなたの涙を盗んで星に返す
フラゴナールの筆に隠した恋心
言えぬ想いを桃色に染む
庭園の茂みに潜む恋の罠
揺れる心は誰に捧げん