あなたに贈るルドン

あなたへの告白

こうして、あなたと二人きりで、静かに言葉を交わすことができるなんて、私は本当に幸福です。

他の誰にも聞こえないように、小さな声で、あなただけに大切な内緒話をさせてくださいね。

あなたは今、少しだけ寂しいのではないですか。

胸の奥に、誰にも言えない孤独や、冷たい悲しみを隠しているのではないですか。

私はそんなあなたの心を、決して見捨てたりはいたしません。

この文章のすべては、私の命を削るようにして、あなただけのために捧げる、熱いラブレターなのです。

どうぞ、私の声に耳をすませて、このお話の最後まで、私と一緒に歩んでくださいね。

自分のなかに潜む孤独に気づいたとき、人間は初めて他者の孤独を癒やす力を得る。

── セネカ

なぜ私たちは暗闇に惹かれるのか

あなたは、オディロン・ルドンという画家をご存じでしょうか。

彼は十九世紀後半のフランスで、とても不思議な絵を描き続けた人です。

彼の描く世界は、驚くほど奇妙で、不気味で、それでいて涙が出るほど美しいのです。

なぜ、彼はあのような不思議な絵を描いたのでしょうか。

それはね、ルドンの心の中にも、あなたと同じような、深い孤独と悲しみがあったからなのです。

ルドンは生まれてすぐに、両親から離され、寂しい田舎の古い屋敷で、孤独な少年時代を過ごしました。

暗い部屋の片隅で、彼はいつも、自分の影を見つめていたのです。

その寂しさが、彼の芸術のすべての始まりでした。

あなたの今の悲しみも、きっといつか、素晴らしい光に変わるはずですよ。

魂が苦痛を感じるのは、それが成長しようとしているからである。

── 聖カタリナ

黒い闇の中から生まれる奇跡

ルドンは若い頃、色をまったく使いませんでした。

ただひたすらに、木炭の黒だけで、暗い絵を描き続けたのです。

大きな、ひとつの目玉が、空に浮かんでいる絵。

蜘蛛の体が人間の顔になっていて、悲しそうに微笑んでいる絵。

あなたは、そんな絵を見たら、怖いと思ってしまうでしょうか。

でも、不思議なことに、ルドンの描く黒い怪物たちは、みんなとても優しい目をしているのです。

まるで、あなたの心の痛みを、すべて知っているかのように。

ルドンは、自分の心の中の暗闇を、必死に紙にこすりつけました。

それは彼にとって、身を削るような、命がけの作業だったのです。

なぜ彼は、そこまでして黒い絵を描き続けたのでしょうか。

それは、暗闇の奥にしか存在しない、本当の真実を見つけたかったからなのです。

見えるものは一時的であり、見えないものこそ永遠である。

── 使徒パウロ

意表を突く光の訪れ

しかし、ここであなたに、とても驚くべきお話をしなければなりません。

ずっと黒い闇を描き続けていたルドンが、五十歳を過ぎたある日、突然、目覚めるように鮮やかな色彩を使い始めたのです。

それはまるで、長い冬が終わり、一瞬にして世界中に花が咲き乱れたかのようでした。

なぜ、そんな劇的な変化が起きたのでしょうか。

実はね、彼は最愛の妻と出会い、そして子供を授かったのです。

愛という光が、彼の心の暗闇を、一瞬にして照らしました。

それからのルドンは、神々しいばかりの、美しい花の絵をたくさん描くようになりました。

あんなに暗い絵を描いていた人が、世界で一番美しい色の花を描くようになったのです。

これは、奇跡だと思いませんか。

あなたの人生にも、これからそんな驚くべき光の展開が、必ず訪れると私は信じています。

最も深い暗闇のなかにこそ、最も輝かしい光が隠されている。

── ジャン・カルヴァン

人間の心理に訴えかけるもの

ルドンの絵は、人間の無意識の奥底に、直接語りかけてきます。

理由なんて分からなくても、見ているだけで、胸が締め付けられるような、懐かしい気持ちになるのです。

あなたも、自分の心が理屈では動かないことを、よく知っているはずです。

人間は、正しい正論だけで救われるわけではありません。

自分の弱さや、愚かしさを、そのまま包み込んでくれるものが必要なのです。

ルドンは、まさにそのために、自分の魂を削って絵を描き続けました。

彼は、見る人を驚かせたいのではありませんでした。

ただ、あなたを慰めたかったのです。

その必死のサービス精神が、今でも私たちの心を強く揺さぶるのですね。

自分の心を深く見つめる者は、他人の心をも深く理解することができる。

── モンテーニュ

伝わることの本当の意味

どんなに素晴らしい芸術も、それを誰かに伝える人がいなければ、世界には存在しないのと同じになってしまいます。

ヘンリー・フォードはこう言いました。

「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」

この言葉は、本当に真実ですね。

自分のためだけに生きるのではなく、目の前にいるあなたのために、自分のすべてを与えること。

それこそが、本当の成功であり、本当の愛の姿なのです。

ルドンの絵も、彼の作品を愛し、守り、世界に広めようとした人たちがいたからこそ、今、こうしてあなたのもとに届いているのです。

私は今、私の言葉のすべてを、あなたに与えたいと思っています。

この切ない気持ちが、あなたの心に届いていることを、私はただ祈るばかりです。

人生における最高の幸福は、自分が愛されているという確信を持つことである。

── ウィリアム・シェイクスピア

福音のような奇跡を信じて

人生には、時として、言葉にできないほどの苦難や、孤立が訪れるものです。

誰も自分のことを理解してくれないと、部屋の片隅で涙を流す夜もあるでしょう。

でもね、忘れないでください。

「生中に生あらず、死中に生あり」という古い言葉があります。

本当の命というものは、もうすべてが終わってしまったと思うような、絶望の淵からこそ、新しく生まれ変わるものなのです。

ルドンが黒い闇を突き抜けて、美しい色彩の楽園にたどり着いたように。

あなたの今の寂しさは、これから始まる素晴らしい物語の、ほんの序章に過ぎません。

私はあなたを絶対に裏切りませんし、どこまでも一緒に歩んでいきます。

なぜなら、あなたは私にとって、世界でたった一人の、かけがえのない大切な人だからです。

自分の真実の姿を知るためには、一度、自分を完全に捨て去らねばならない。

── 老子

命をかけた美しい言葉の力

ここで、アラブ世界最高の詩人と呼ばれた、ムタナッビーという男のお話をさせてくださいね。

彼は自分の詩を、自らの命よりも大切にした人でした。

ムタナッビーの詩は、まるで魔法のようで、一種の催眠効果があったと言われています。

彼の詩は、目の見えない人でさえ読むことができて、耳の聞こえない人でさえ聞こえると言われるほど、人々の心に直接響いたのです。

あるとき、ムタナッビーは自分の詩の中で、ある民族をひどく侮辱してしまいました。

怒った彼らは、移動中だったムタナッビーの前に、大勢で武器を持って現れたのです。

多勢に無勢、勝ち目はありません。

ムタナッビーは、賢明にもその場から逃げようとしました。

しかしその時、後ろにいた彼の連れが、ムタナッビーがかつて書いた、誇り高い勇気の詩を大きな声で朗読し始めたのです。

「あれほど勇敢な詩を書いたムタナッビーが、今、敵から逃げるのですか」

その言葉を聞いたムタナッビーは、ハッと足を止めました。

彼は、自分が書いた言葉に嘘をつくことができなかったのです。

彼は踵を返し、殺されると分かっていながら、誇りを守るために敵に向かって立ち向かい、命を落としました。

千年以上が経った今でも、彼は不名誉を避けて死を選んだ、本物の詩人として称えられています。

言葉には、命を動かすほどの、恐ろしいほどの力があるのですね。

私は今、彼のような命がけの覚悟で、あなたにこの愛の言葉を綴っています。

偉大な人間とは、自分の言葉に命を吹き込み、それを最後まで全うする者のことである。

── ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼス

あなたへ捧げる最後の真心

私は、あなたに退屈してほしくないのです。

だから、こうして一生懸命に、心を変形させながら、お話を変幻自在に進めてまいりました。

おのれの無能・無才を恥じるのみ。

松尾芭蕉のこの切ない言葉が、今の私の胸に深く突き刺さります。

私には、あなたをあっと驚かせるような、大した才能はないのかもしれません。

それでも、あなたを喜ばせたいという気持ちだけは、誰にも負けないつもりです。

あなたが私の文章を読んで、ほんの少しでも微笑んでくれたなら、私の命の破片は、それだけで報われるのです。

どうぞ、この私の不器用な愛を、あなたのその優しい手で、しっかりと受け止めてくださいね。

真実の知恵は、自分が何も知らないということを認めることから始まる。

── ヒュパティア

終わりなき愛の調べ

物語はそろそろ、静かな終幕へと向かいます。

でも、私たちのつながりは、これで終わるわけではありません。

あなたが寂しいとき、いつでもこの文章を、最初から何度も読み返してください。

そのたびに、私は何度でも新しく生まれ変わって、あなたの目の前に現れます。

あなたの孤独に寄り添い、あなたの悲しみをそっと撫でてあげるために。

私はいつでも、ここであなたを待っています。

書物が燃えても、そこに書かれた真実の言葉は、決して灰にはならない。

── 寺山修司

夜の底で

あなたが流した涙の数だけ

私は暗い夜空に

青い星をピンで留めてゆく

誰も見向かない

あなたの寂しいため息を

私はきれいなラムネの瓶に閉じ込めて

海の底へ沈めてあげる

悲しまないで

私の大切なひと

世界の終わりが来ても

私はあなたの影になって

ずっと後ろをついてゆくから

あなたがたは、心の騒ぐままにしておいてはならない。神を信じ、またわたしを信じなさい。

(新約聖書「ヨハネによる福音書」第14章1節)

「人間は、決して自惚れてはならない。しかし、同時に、決して卑屈になってもならない。」

(太宰治の言葉)

「ね、なぜ旅に出るの?」

「苦しいからさ。」

「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」

(太宰治「津軽」より)

追伸:ある風変わりな画家の物語

あなたに、どうしてもお話ししておきたい、一人のとても変わった画家の物語があります。

彼の名前は、高見沢耳(たかみざわ みみ)。

とても風変わりで、不器用で、世間からはいつも物笑いの種にされている、少し愚かな男です。

彼はね、普通の画家のようには絵を描きません。

キャンバスも筆も一切使わずに、デジタル画面の上で、指やペンを動かして制作をするのです。

そして、出来上がった作品を「ジクレー版画技法」という特別な方法で、上質な版画用紙に印刷します。

そんな彼の描くテーマはね、とても身近で、それでいて深いものばかりなのですよ。

あなたの目、わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、そして解放。

彼は、自分の作品の中に、しつこいくらいにたくさんの「目」を描き続けます。

なぜ、そんなに目を描くのだと思いますか。

それはね、絵の中から、目の前にいる「あなた」をずっと感じ続けていたいからなのです。

彼は、あなたのことを知りたくて、知りたくてたまらないのです。

高見沢耳は、あの偉大な画家ヴィンセント・ファン・ゴッホの悲劇的な人生を知って、自分も画家になることを心に決めました。

彼の「耳」という名前も、ゴッホが自ら耳を切り落とした、あの有名な事件にあやかって自分で付けたものなのです。

彼には、生まれ持った天才的な才能なんて、これっぽっちもありません。

自分でも、三流の才能しか持っていないことをよく知っています。

しかし彼は、過去のどんな傑作も、天才のひらめきだけで描かれたのではなく、数十年にわたる泥臭い試行錯誤から生まれたのだと信じているのです。

だから、彼は絶対に諦めません。どんなに笑われても、不屈の精神で耐え忍ぶ男なのです。

彼はよく、ココイチの愛称で知られる「CoCo壱番屋」の創業者、宗次徳二(むねつぐ とくじ)さんの話をします。

宗次さんは、本当に仕事一筋で、現役時代は他のことを一切やらなかった、驚くべき人です。

「趣味なんかやっている場合じゃない。よそ見をしないで、経営に身を捧げる」

宗次さんはそう言って、年間5640時間も働くことがあったそうです。

実は、宗次さんは実の両親の顔を知りません。

生まれてすぐに孤児院に入り、引き取られた養父がギャンブル狂いだったため、信じられないほどの極貧の少年時代を過ごしました。

食べるものがない夏には、そこら辺の雑草を食べて餓えをしのいでいたほどの、波乱万丈な人生だったのです。

そんな不遇な少年時代、宗次さんの心を唯一救ってくれたのが、ラジオから流れるクラシック音楽でした。

それほどクラシック音楽が大好きなのに、CoCo壱番屋の経営者だった現役時代は、なんと音楽を一切聴かなかったのです。

「もう、音楽を聴いている場合じゃない。自らの時間を、すべてお客様に捧げるのだ」

そんな覚悟だったのですね。

まだお店にお客様が全然来てくださらなかった創業当時、お昼ご飯を食べるお金もなくて、一緒に商売を手伝っていた奥様は、食パンの耳だけを食べて飢えをしのいでいたそうです。

でも、宗次さんはそれを「ゼロから始めたのだから当たり前、むしろ良い思い出だ」と言って笑います。

「お客様第一を貫けば、きっと良くなる」と信じて、毎日毎日、レンガを一つずつ積み上げるように、集中して仕事を続けました。

即断、即決、即実行。

「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」

宗次さんのこの言葉を聞くと、胸が熱くなりませんか。

どんな人生になるかは、生まれ育ちではなく、その人間の勤勉さと忍耐力、そして継続力によって決まるのですね。

高見沢耳も、この宗次さんのように、あなた第一主義を貫いています。

あなたが彼の絵の前に立ってくれたとき、彼の心の中は、割れんばかりの拍手喝采であなたを迎えているのです。

価値のあるものは、往々にして即効性がないものです。

だから、簡単に諦めてはいけません。

トヨタの創業者である豊田佐吉さんも、周囲からは「発明狂い」の変わり者、狂人扱いをされていました。

朝から晩まで毎日毎日、何かを組み立てては壊し、作ってはまた作り直す。

無口で、何を考えているか分からない変人だと言われても、「みんなの暮らしを楽にしたい」という情熱だけで、執念と忍耐を貫いたのです。

その息子の豊田喜一郎さんも言いました。

「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」

喜一郎さんのいとこの豊田英二さんも、こう言葉を残しています。

「強い信念をもって実行せよ。誰でも考えることは同じで喜一郎が天才であったわけでもない。大切なのは一般的にはできないと思われることを単に考えるだけでなく、なんとしてでもやらなければという強い信念を持って十分な準備を行い実行したということである」

誰もやらない難しいことを、なんとしてでも形にしてみせる。

そこに人生の面白みがあるのですね。

高見沢耳の仕事も、まさにそれと同じなのです。

画家という仕事は、身銭を切っての、精一杯のサービスなのです。

あなたへの、絶対的な奉仕なのです。

芸術家は、目の前にいる「あなた」に、自分の人生のすべてを捧げます。

だから、どうか彼のことを、見捨てないでくださいね。

不器用な彼の姿を見て、どうぞお腹を抱えて笑ってください。

彼は、あなたに笑われることで、もっと強くなれるのですから。

芸術家の仕事とは、あなたを喜ばせるための、必死の「道化」に過ぎません。

他人の批判や、世間の評価なんて、彼にとっては本当にどうでもいいことなのです。

ただ、目の前にいるあなたが、彼の作品を見て喜んでくれる顔が見たい。

あるいは、そっと涙を流してくれる姿が見たい。

もし、あなたにそっぽを向かれ、見捨てられてしまったら、彼はもう生きていくことができません。

つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る。

松尾芭蕉が言ったように、彼にはこの道しかないのです。

高見沢耳は、トヨタ生産方式の大野耐一さんが提唱した「ジャスト・イン・タイム」という考え方にも深く感化されています。

無駄を徹底的に省き、必要なものを、必要な時に、必要なだけ、あなたにお届けする。

チョーヤ梅酒の「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」というような、不退転の覚悟を持って、彼は今日もデジタル画面に向き合っています。

ナシーム・ニコラス・タレブが「身銭を切れ」と言ったように、リスクを自ら背負い、魂を削りながら、あなたのために奉仕しているのです。

詐欺を見て詐欺と言わないなら、その人自身が詐欺師である、とタレブは言いました。

高見沢耳は、決して嘘をつきません。

自分の愚かしさも、弱さも、すべてあなた の前にさらけ出しています。

それは、あなたに心から信頼してほしいからです。

フレデリック・バスティアの「見えるものと見えざるもの」という言葉のように、目に見える絵の奥にある、彼の見えない必死の祈りを感じてみてください。

あなたが目の前にいてくれるだけで、彼はそれだけで、本当に、涙が出るほど嬉しいのです。

ここで、もうひとつ、ゴッホにまつわる素晴らしい女性のお話をさせてくださいね。

ゴッホの弟であるテオの妻、ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)という女性のことです。

彼女は、世界の芸術の歴史を変えた、信じられないほど聡明で素晴らしい女性でした。

ヴィンセント・ファン・ゴッホが亡くなり、そのわずか半年後、後を追うように夫のテオも亡くなってしまいました。

残された若いヨーの手元には、幼い赤ん坊と、当時は世間からまったく認められていなかったゴッホの大量の絵画、そして兄弟の間で交わされた膨大な手紙だけが残されたのです。

普通の女性なら、絶望して途方に暮れてしまったことでしょう。

しかし、ヨーは違いました。彼女は大変な読書家であり、非常に知性の高い女性だったのです。

彼女は、夫のテオがどれほど兄のヴィンセントを愛し、その才能を信じていたかを痛いほど知っていました。

ヨーはこう言いました。

「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」

彼女は、兄弟の遺した手紙を夜を徹して読み耽りました。

そして、手紙を読むうちに、ヴィンセントの画家としての深い思想、

「自分は絵の具を通して、傷ついた人々を慰める絵を描きたいのだ」という純粋な祈りに、心から共感したのです。

ヨーは、この素晴らしい芸術を、絶対に暗闇に埋もれさせてはいけないと心に誓いました。

それからの彼女の献身は、まさに人生を賭けたものでした。

あちこちの画商や展覧会に掛け合い、冷遇されても諦めず、ゴッホの絵を人々の目に触れさせ続けました。

さらに、あの膨大な手紙を整理し、一冊の本として出版したのです。

もし、ゴッホが手紙で自分の思想をこれほど細かく書き残していなかったら、そして、ヨーがそれを世に出さなかったら、今日、世界中でゴッホという画家がこれほど愛されることは絶対にありませんでした。

良いものは、ただそこにあるだけでは広がらないのです。

誰かがその魅力を正しく説明し、情熱を持って伝えなければ、世界には存在しないのと同じになってしまうのですね。

このゴッホの人生と、イエス・キリストの人生は、とてもよく似ています。

イエス・キリストが亡くなった後、使徒パウロが命がけで各地を旅し、手紙を書き、キリストの生涯と思想を人々に伝え続けたからこそ、キリスト教は世界中に広がりました。

ゴッホにとってのテオとヨーの献身は、まさにキリストに対するパウロの献身と同じだったのです。

ヨーやパウロは、言ってみれば「世界最高の伝達者」でした。

それは、現代で言えば、世界一のセールスマンだったスティーブ・ジョブズや、ソニーの盛田昭夫さん、

ホンダのスーパーカブを世界中で売りまくった藤沢武夫さん、そしてトヨタのカローラを売りまくった「販売の神様」神谷正太郎さんのような役割を担っていたのです。

盛田昭夫さんは、かつてこのような名言を残しています。

「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」

どんなに良いものでも、伝える努力をしなければ、誰にも届かない。

高見沢耳もまた、あなたに自分の祈りを伝えるために、必死になって泥臭いサービスを続けているのです。

孫子の兵法にあるように、戦わずして人の心を動かすためには、徹底的な準備と相手への深い理解が必要です。

クラウゼヴィッツが「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」と言ったように、芸術もまた、別の手段をもってする「あなたへの愛の告白」なのです。

リデル・ハートが提唱した「間接アプローチ戦略」のように、正面から正論をぶつけるのではなく、物語や美しさという回り道を通して、あなたの孤独な心の奥深くへ、そっと忍び込みたいのです。

長い長いお話に、ここまで付き合ってくださって、本当にありがとうございました。

私は、あなたのことが大好きです。

あなたという素晴らしい読者に巡り会えたことに、心から感謝いたします。

どうか、今夜は温かくして、安らかな眠りについてくださいね。

失敗は、より賢く再挑戦するための、ただ一つの開かれた機会である。

(ヘンリー・フォード)

若い頃の私は、人生における最大の不幸は、愛されないことだと思っていました。でも今は違います。最大の不幸は、誰も愛さないことです。

(アガサ・クリスティ)

心に留めなさい。恐れてはならない。あなたがどこに行こうとも、あなたの神があなたと共にいるからである。

(モーセ)

私たちは、自分が何者であるかを知っているが、自分が何者になり得るかを知らない。

(ウィリアム・シェイクスピア)

世界が暗闇に包まれているとき、一筋の光を灯す者は、千人の学者よりも尊い。

(ユダヤ教「タルムード」より)

私は、私の弱さを愛している。私の悲しみを愛している。

(太宰治)

幸福の鍵は、自分の心のなかにある。それを見つけるのを、他人に頼ってはならない。

(太宰治)

生きていること。それは、それだけで大変なお祭りなのだ。

(太宰治)

決して屈するな。決して、決して、決して。大きなことも、小さなことも、偉大なことも、些細なことも、名誉と良心の確信に反すること以外には、絶対に屈するな。

(ウィンストン・チャーチル)

勇気を持って、誰よりも先に、 人と違ったことをしなさい。

(レイ・クロック)

私は一夜にして成功を収めた と思われているが、 その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった。

(レイ・クロック)

夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる。

(ウォルト・ディズニー)

充実した一日が良い眠りをもたらすように、充実した一生が良い死をもたらす。

(レオナルド・ダ・ヴィンチ)