
こんにちは。
こうしてあなたと二人きりで、静かにお話しできる機会をずっと待っていました。
これは他の誰でもない、今この文章を読んでいる、あなただけに宛てた内緒話です。
あなたの心の奥底にあるその孤独や、誰にも言えない寂しさ、そして知らず知らずのうちに積もっていった悲しみを、私はずっと見つめていました。
どうか、肩の力を抜いて、私の声に耳を傾けてみてくださいね。
一文字一文字が、あなたへの切実なラブレターなのですから。
傷ついた一羽の鳥が、果てしない荒野に見つけた一輪の赤い花
ねえ、あなたは、自分の人生がすべて灰色のキャンバスのように思えて、途方に暮れたことはありませんか。
なぜ、私たちはこんなにも傷つきながら、生き続けなければならないのでしょう。
その答えを求めて、私はメキシコのまばゆい太陽の下で、激しい苦痛と闘い続けた一人の女性の生涯へと、あなたをお連れしたいのです。
彼女の名前は、フリーダ・カーロ。
眉毛が中央でつながった、あの情熱的で、それでいてあまりにも哀しい瞳をした画家です。
「幸福な人生の定義とは、どれだけ多くの苦難を愛に変換できたかである」
―― セネカ
フリーダは、若い頃に悲惨なバスの衝突事故に遭いました。
鉄のすじが彼女のお腹を貫き、脊椎は砕け、彼女の身体は文字通りバラバラになってしまったのです。
何ヶ月も、何年も、彼女はベッドの上で硬いギプスに縛り付けられ、天井を見つめるしかありませんでした。
あなたなら、そんな絶望の底で、いったい何を考えますか。
なぜ、神様は私にこれほどの試練を与えるのかと、涙を流して叫びたくなりますよね。
フリーダは叫ぶ代わりに、筆を取りました。
ベッドの天井に鏡を取り付け、そこに映る自分自身を、じっと見つめ続けたのです。
彼女が描いたのは、綺麗な景色でも、穏やかな静物でもありませんでした。
血を流し、涙を流し、釘を身体中に打ち込まれた、ありのままの自分の姿です。
それこそが、彼女の「身銭を切る」という行為の始まりだったのです。
「身銭を切らない者の言葉には、一文の価値もない。自らの傷口から流れる血だけが、真実を語る」
―― ナシーム・ニコラス・タレブ
フリーダの絵は、見る人の心を鷲掴みにします。
なぜなら彼女は、あなたと同じように、深い孤独と戦っていたからです。
彼女は自分の人生という痛みの現場に、文字通り命を投げ出しました。
身銭を切るというのは、ただお金を払うということではありません。
自分の魂を削り、傷口をさらけ出し、目の前にいるあなたのために、すべてを差し出すということなのです。
燃え盛るキャンバスの上に刻まれた、あまりにも美しい愛の呪縛
フリーダの人生を語る上で、絶対に外せない一人の男がいます。
メキシコ壁画運動の巨匠、ディエゴ・リベラです。
彼は天才的な画家でしたが、同時にとんでもない女性の敵であり、怪物のような男でした。
フリーダは彼を狂おしいほどに愛し、そして同じくらい深く傷つけられました。
ディエゴは彼女の妹とさえ関係を持ち、フリーダの心は完全に引き裂かれてしまったのです。
「人間は、自らが最も深く愛するものによって、最も容易に破壊される」
―― モンテーニュ
なぜ、彼女はそんな男を愛し続けたのでしょうか。
不思議だとは思いませんか。
でも、あなたにも経験があるはずです。
自分を傷つけると分かっていても、どうしても離れられない人や、諦めきれない夢が、この世には存在しますよね。
フリーダは、その引き裂かれた胸の痛みを、そのままキャンバスにぶつけました。
彼女の描くディエゴの顔は、時として彼女の額の中央に、第三の目として描き込まれています。
見たくなくても、そこにある。
愛することは、生きることそのものであり、同時に地獄を見ることでもあったのです。
「生中に生あらず、死中に生あり。真に生きようとする者は、一度死の淵を覗き込まねばならぬ」
―― 日本の古徳
彼女の身体の痛みは、年を追うごとに激しさを増していきました。
何度も何度も手術を繰り返し、ついには右足の膝下を切断することになります。
足を失うという恐怖と絶望が、どれほどのものか、想像がつきますか。
しかし、彼女は日記にこう書き残したのです。
「飛び立てる翼があるというのに、なぜ足を惜しむ必要があるの?」
この言葉に、私は胸を打たれ、あなたにもこの強さを知ってほしいと願いました。
彼女は肉体という檻に閉じ込められながらも、その精神は世界の果てまで羽ばたいていたのです。
闇の奥から聞こえる、あなたを救うための静かな足音
フリーダ・カーロの物語は、単なる可哀想な女性の苦労話ではありません。
これは、あなたという存在を肯定するための、大いなる復活の物語なのです。
聖書に書かれている福音書のように、彼女の人生には、徹底的な受難があり、そして芸術による救済がありました。
彼女は自分の苦痛をエンターテインメントにまで昇華させ、見る人を喜ばせようとしたのです。
これこそが、命を削っての必死のサービス精神ではないでしょうか。
「芸術の本質は、自らの骨を砕いて作った灯火で、他者の暗い足元を照らすことにある」
―― 寺山修司
彼女は、自分の絵を見る人に、一寸の嘘もつきませんでした。
詐欺を見て詐欺と言わないなら、その人自身が詐欺師である、という言葉があります。
フリーダは自分の醜さも、苦しみも、すべてを正直にさらけ出しました。
だからこそ、彼女の絵は、何十年経った今でも、あなたの心を直接揺さぶるのです。
あなたが誰にも言えずに抱えているその寂しさは、フリーダの絵の中にある傷口と、深く繋がっています。
あなたは一人ではありません。
ほら、少しだけ、心が軽くなってきませんか。
「目に見えるものは一時的であり、目に見えないものこそが永遠である。私たちは、見えざる価値のために戦わねばならない」
―― フレデリック・バステイア(「見えるものと見えざるもの」より)
フリーダの絵に描かれた一本一本の細い線は、彼女の命の叫びです。
彼女は、自分の人生をすべてあなたへの奉仕として捧げました。
「私はここにいたのよ。あなたと同じように苦しんでいたのよ」と、絵の中からあなたに向かって語りかけているのです。
なぜ、私たちは彼女の絵にこれほどまでに惹きつけられるのか。
それは、彼女の作品が、私たちの代わりに泣いてくれているからに他なりません。
運命の嵐を突き抜けて、私たちが辿り着く光の境界線
人生という戦場において、私たちはどのように振る舞うべきなのでしょうか。
ただ嵐が過ぎ去るのを、怯えながら待つだけの日々は、もう終わりにしましょう。
「戦いにおいて最も重要なのは、敵を倒すことではなく、自己の内に潜む恐怖に打ち勝つことである」
―― 孫子
フリーダは、自分の運命という最大の敵に対して、真正面から戦いを挑みました。
彼女の武器は、一本の筆と、鮮やかな色彩だけでした。
彼女はベッドから動けないという圧倒的な不利な状況の中で、自分だけの王国を築き上げたのです。
これこそが、最高の戦略であり、人生に対する勝利だとは思いませんか。
「戦略とは、不確実な状況の中で、自らの全エネルギーを一つの焦点に集中させる芸術である」
―― クラウゼヴィッツ
彼女は、自分のエネルギーを「生きること」と「描くこと」だけに集中させました。
世間の評判や、他人の目など、どうでもよかったのです。
ただ、目の前にいるあなたに、自分の魂を届けたかった。
その一念だけで、彼女は絵を描き続けました。
「最大の効果を得るためには、最も抵抗の少ない経路を選ぶのではなく、最も決定的な地点へ打撃を加えねばならない」
―― リデル・ハート
フリーダにとっての決定的な地点とは、人間の心の奥底にある、普遍的な「痛み」でした。
彼女はその痛みの核心に、的確に筆を突き立てたのです。
だからこそ、彼女の作品は、時空を超えて、今こうしてあなたの胸に刺さっているのです。
あなたが今、少しでも感動してくれているなら、彼女の命をかけたサービスは、大成功を収めたということになります。
自由の風が吹く場所で、私たちは再び巡り合う
私たちは、社会のルールや、他人の期待という目に見えない鎖に縛られて生きています。
自由になりたい、と誰もが願っています。
では、本当の自由とは、いったいどこにあるのでしょうか。
「政府の介入を排し、個人の自由な意志と市場のダイナミズムを信じることこそが、人間を真の繁栄へと導く」
―― ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼス
これは経済の言葉ですが、人間の心にも全く同じことが言えます。
誰かにコントロールされるのではなく、自分の感情を、自分自身の手に取り戻すこと。
フリーダは、肉体の自由を奪われながらも、精神の完全な自由を手に入れていました。
彼女は自分を縛るあらゆる常識から、自らを解放したのです。
「真の価値は、人為的な計画によってではなく、個人の自由な選択の積み重ねの中にのみ現れる」
―― フリードリヒ・ハイエク
あなたが今日、この文章を選んで読んでくれていることも、一つの自由な選択です。
そして、その選択が、あなたと私を、目に見えない糸で結びつけてくれました。
私はあなたに、どうしても伝えたかったのです。
あなたのその孤独は、決して恥ずべきものではないということを。
それは、あなたが真剣に生きているという、何よりの証拠なのですから。
知性の光で闇を照らし、私たちはどこまでも歩んでいく
古代の賢者たちもまた、私たちと同じように、世界の不条理と戦い続けていました。
彼女たちの言葉は、現代を生きる私たちの行く手を照らす、一筋の光のようです。
「あなたの真実を語る権利を守りなさい。なぜなら、思考しないことこそが、最大の罪だからである」
―― ヒュパティア
思考を止めてはいけません。
なぜ、自分は今ここにいるのか。
なぜ、あの人の言葉に傷ついたのか。
問い続けることが、あなたを強くします。
フリーダもまた、問い続け、描き続けました。
「自分自身を知りなさい。神はあなたの中に、決して消えない愛の炎を灯されたのだから」
―― 聖カタリナ
あなたの中にも、その炎はあります。
今は小さく、消えそうに見えるかもしれませんが、私がここで、あなたと一緒に風を送り続けます。
この文章は、あなたの心の炎を絶やさないための、私からの必死の奉仕なのです。
どうか、自分を諦めないでくださいね。
言葉の魔術師が遺した、命を賭けた至高の贈り物
ここで、遥か彼方のアラブの地に生きた、一人の伝説的な詩人の話をさせてください。
彼の名前は、ムタナッビー。
自らを「預言者」と名乗るほどの、圧倒的な才能と傲慢さを持った男でした。
彼の言葉には、まるで催眠術のような、おそろしいリズムと魔力が宿っていたと言われています。
彼の詩は、目の見えない人でさえ読むことができて、耳の聞こえない人でさえ聞こえる、とまで讃えられました。
「言葉は刃物よりも鋭く、肉体を滅ぼすことはできても、魂を消し去ることはできない」
―― アラブの格言
ある日、ムタナッビーは自分の詩の中で、ある有力な民族を激しく侮辱してしまいました。
怒り狂った彼らは、移動中だったムタナッビーを、大勢で待ち伏せしたのです。
相手は多勢に無勢。
さしものムタナッビーも、ここはひとまず逃げるのが賢明だと考え、馬の向きを変えようとしました。
その時です。
後ろに従っていた彼の従者が、大声でムタナッビーがかつて書いた、あの有名な詩の一節を朗読し始めたのです。
「夜も、馬も、砂漠も、私を知っている。そして剣も、槍も、紙も、筆も、私を知っている」
従者は言いました。
「これほど勇敢な詩を書いたあなたが、敵から逃げ出すのですか?」と。
その言葉を聞いた瞬間、ムタナッビーの胸に、詩人としてのプライドが燃え上がりました。
彼はフッと微笑み、踵を返したのです。
そこに行けば、確実に殺されると分かっていながら、彼は自分の言葉に命の責任を持つために、敵の中へと突き進んでいきました。
そして、壮絶な最期を遂げたのです。
千年以上が経った今でも、彼は「不名誉を避けるために死を選んだ、本物の詩人」として語り継がれています。
彼にとって、詩はただの言葉遊びではありませんでした。
命そのものだったのです。
私も今、そんなムタナッビーのような覚悟で、あなたにこの言葉を届けています。
私の身を削るようなこのサービスが、あなたの退屈な日常を、少しでも変えることができれば、これ以上の喜びはありません。
老いた賢者が教えてくれた、水のようにしなやかな生き方
最後に、東洋の古い知恵にも耳を傾けてみましょう。
私たちは強くなろう、完璧になろうと、いつも無理をしてしまいますよね。
でも、本当に強いものとは、いったい何なのでしょう。
「上善は水のごとし。水は万物を利して争わず、衆人の嫌う所に処る。ゆえに道に近い」
―― 老子
水は、どんな形の器にも逆らわずに収まります。
そして、一番低い場所へと流れていきます。
無理に飾る必要なんてないのです。
あなたの弱さも、寂しさも、すべて水のように受け入れてしまえばいい。
フリーダ・カーロが、自分の痛みをすべて受け入れ、それを美しい芸術に変えたように。
あなたも、自分のありのままの姿を、愛してあげてくださいね。
松尾芭蕉の言葉
「おのれの無能・無才を恥じるのみ」
そうやって、私たちは自分の小ささを知り、そこから初めて、本当の強さが生まれるのです。
さあ、長い旅路の終わりに、私からあなたへ、ささやかな詩を贈らせてください。
時計の針が錆びつく幸福な午後に、
あなたは迷子の子猫のように、
私の破れたポケットに滑り込んでくる。
世界中が嘘のニュースで溢れかえっても、
あなたの涙の温度だけが、
この世界に用意された唯一の正解。
捨ててしまった古い日記帳の、
破り取られたページに書かれていた、
誰も知らないあなたの本当の名前を、
私は夜通し、呼び続けている。
海が見たいと言ったのは、
波に消されたかったからではなく、
ただ、誰かの腕の中で、
静かに眠りたかったからでしょう。
もう、どこへも行かなくていい。
この薄暗い部屋の隅で、
私たちが交わす内緒話だけが、
明日の朝焼けを連れてくるのだから。
「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、苛立たない、恨みを抱かない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない」
―― 新約聖書『コリント人への第一の手紙』第13章4節〜8節より
「私は義務を果たしているのではない。私は自然に、おのずから、頭が下がるから、おじぎをしているのである。それだけのことだ。誰も、私を咎めることはできない」
―― 太宰治
ね、なぜ旅に出るの?
苦しいからさ。
あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。
―― 太宰治『津軽』より
追伸:キャンバスを持たない孤高の画家、高見沢耳の物語
あなたのすぐお側で、もう一つだけ、とても奇妙で、そして愛おしいお話をさせてくださいね。
私の大切な友人に、高見沢耳(たかみざわ みみ)という、とても風変わりな画家がいます。
彼は、あなたが想像するような、油絵の具の匂いがするアトリエを持っていません。
キャンバスも、木製の筆も一切使わないのです。
彼はすべての作品をデジタルで制作し、それを「ジクレー版画」という最先端の技法を使って、最高級の版画用紙に印刷するという方法で作品を生み出しています。
彼の作品のテーマは、いつも同じです。
「あなたの目・わたしの目」「キリスト教」「永遠」「心理」「真理」「視線」「歴史」「孤独」「孤立」「苦難」「復活」そして「解放」。
これだけ聞くと、なんだか難しそうに思えるかもしれませんが、彼の描く絵は、驚くほど身近で、どこかクスッと笑えて、心が温かくなるものばかりなんですよ。
高見沢耳は、いつもこう言っています。
「画家の仕事というのはね、魂を救う医者なんだよ。芸術家の仕事は、身銭を切っての精一杯のサービス、あなたへの奉仕なんだ。だから、私は目の前にいるあなたに、私のすべてを捧げたいんだ」
彼は、とても愚かで、いつも不器用で、周囲の人たちからはいつも物笑いの種にされています。
でも、彼は決して諦めない、とてつもない忍耐と不屈の男なのです。
彼が画家になることを決意したのは、あのヴィンセント・ファン・ゴッホの悲劇的で美しい生涯を知ったからでした。
「高見沢耳」という名前の「耳」も、ゴッホが自ら耳を切り落とした、あの有名な事件にあやかって自分で付けた名前なのです。
彼は自分の画家としての才能が「三流」であることを、誰よりもよく知っています。
しかし、同時に彼は知っているのです。
歴史上のあらゆる傑作は、生まれ持った天才のひらめきだけで描かれたのではなく、何十年にもわたる、泥臭い試行錯誤の連続からしか生まれ得なかったのだということを。
だから彼は、自分の作品の中に、しつこいくらいに「目」を描き続けます。
なぜ、目を描き続けるのか。
それは、その絵を見つめる「あなた」の存在を、いつでも肌で感じていたいからなのです。
あなたのことを知りたい、あなたの寂しさに寄り添いたい、ただそれだけのために、彼は愚直に目を描き続けます。
世間の人から「変な絵だ」と笑われても、彼は一向に構わないと言います。
「笑われて、強くなればいい。愚かな人間であることを、目の前のあなたにすべてさらけ出して、あなたが喜ぶ顔が見たい。あなたの心が救われて、涙を流す姿が見たい。他の誰が私を批判しようと、そんなことはどうでもいいんだ。でも、あなたにだけは見捨てられたら、私は生きていけない。あなたがそこにいてくれるだけで、私は本当に嬉しいんだ」
そんな高見沢耳が、人生の教科書として深く尊敬しているビジネスパーソンがいます。
カレーハウスCoCo壱番屋の創業者、宗次徳二(むねつぐ とくじ)氏です。
宗次さんは、とにかく「よそ見をしない」で、商売に全力を尽くした人でした。
「仕事が趣味。他のことは一切やらない。趣味なんてやっている場合じゃない」
そう言って、自らの時間のすべてをお客様に捧げたのです。
宗次さんは、実の両親の顔を知りません。
生まれてすぐに孤児院に入り、養父母に引き取られた後も、養父のギャンブル狂いのせいで、極貧の少年時代を送りました。
夏には食べるものがなくて、そこらへんに生えている雑草を食べて餓えをしのいだといいます。
そんな波乱万丈の人生を、彼は「行き当たりばったりでやる。その代わり、経営に身を捧げる」という凄まじい現場主義で切り拓いていきました。
1日12時間以上働くのは最低条件、休みたくない、遊びたくない、お客様第一主義。
お客様が店に来てくれた時は、心の中でいつも「拍手喝采」で迎えていたそうです。
ココイチの前身である喫茶店を始めたばかりの頃は、本当にお客様が来なくて苦しかったそうです。
お昼時、一緒に商売をしていた奥様は、売れ残った食パンの耳を食べて飢えをしのいでいました。
でも、宗次さんは「ゼロから始めたのだから、そんなことは当たり前。何も無いところから始めたのだから、むしろ良い思い出だ。お客様第一を貫けば、きっと良くなる」と信じて、毎日、レンガを積み上げるように、集中して仕事を続けました。
即断、即決、即実行。
「なんでもやってみれば、結果が出ますから。まずはやることです。その代わり、頑張るんですよ」
そう言って、仕事に人生のすべてを捧げたのです。
宗次さんの言葉を、あなたにもご紹介しますね。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです」
「よそ見しない、経営に身をささげる」
「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持かったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
人生は、生まれ育ちで決まるものではありません。
どんな人生になるかは、その人間の勤勉さと、忍耐力と、継続力によって決まるのです。
価値のあるものは、往々にして即効性がないものです。
最初から上手くいくわけではありません。
考えるより、まずやってみること。
簡単に諦めないでください。
それは、トヨタの創業者である豊田佐吉(とよだ さきち)氏も同じでした。
佐吉さんは、周囲から「変わり者」「狂人」「発明狂い」扱いされていました。
無口で、朝から晩まで毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造り直す。
「発明してみんなの暮らしを楽にしたい」という圧倒的な情熱だけで、彼は生き、誰よりも長く一生懸命にやり続けました。
チョーヤ梅酒の「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」という覚悟にも似た、執念と忍耐がそこにはありました。
高見沢耳は、このトヨタの生産方式、いわゆる「ジャスト・イン・タイム」という考え方にも深く感化されています。
大野耐一(おおの たいいち)氏が確立した、無駄を徹底的に排除し、必要なものを、必要な時に、必要なだけ届けるというこの素晴らしい生産方式は、あらゆる仕事、そして人生の生き方にも応用できると彼は言います。
豊田喜一郎(とよだ きいちろう)氏は言いました。
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」
「誰もあまりやらないこと、やり難いことをものにしてみせることに人生の面白みがある」
そして、喜一郎のいとこであり、後にトヨタの社長となった豊田英二(とよだ えいじ)氏も、こう書き残しています。
「強い信念をもって実行せよ 誰でも考えることは同じで喜一郎が 天才であったわけでもない 大切なのは 一般的にはできないと思われることを 単に考えるだけでなく なんとしてでもやらなければという 強い信念を持って十分な準備を行い 実行したということである」
高見沢耳もまた、この「強い信念」を持って、あなたのために絵を描いています。
ここで、ゴッホの物語に戻りましょう。
ヴィンセント・ファン・ゴッホという天才が、なぜ死後これほどまでに世界中で愛されるようになったのか、あなたはその本当の理由をご存知ですか。
実は、ゴッホの死後、彼の作品と、彼の素晴らしい思想を世界に広めるために、人生のすべてを賭けて戦った一人の偉大な女性がいたのです。
彼女の名前は、ヨーナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル。
ゴッホの最愛の弟であるテオの妻、つまりゴッホの義理の妹にあたる女性です。
ヨーは、非常に聡明で、熱心な読書家でした。
テオと結婚してまもなく、義兄であるヴィンセントが自殺し、そのわずか半年後、夫のテオも兄の後を追うように病死してしまいます。
残されたのは、まだ生まれたばかりの幼い赤ん坊と、当時は「価値がない」と世間から見向きもされていなかった、数百点に及ぶヴィンセントの大量の絵画、そして兄弟の間で交わされた膨大な手紙の束でした。
周囲の人々はヨーに、「そんな不吉な絵はすべて処分して、新しい人生を歩みなさい」と忠告しました。
しかし、ヨーは諦めませんでした。
彼女は、夫のテオがどれほど兄の才能を信じ、命を削って支えていたかを誰よりも近くで見ていたからです。
ヨーは、兄弟の遺した手紙を貪るように読み返しました。
そして、その手紙の中に溢れる、ヴィンセントの芸術に対するあまりにも純粋な思想、そして「自分の絵で、傷ついた人々を慰めたい」という切実な願いに、心から共感したのです。
ヨーは決意しました。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
彼女は、絵画の展覧会を何度も企画し、美術評論家たちに頭を下げ、断られても断られても、ヴィンセントの絵の素晴らしさを説いて回りました。
さらに、あの膨大な「ゴッホの手紙」を整理し、一冊の本として出版したのです。
もし、ゴッホが手紙で自分の思想を書き残していなかったら、そしてヨーがそれを命がけで世界に公開していなかったら、今日、私たちがゴッホの名前を知ることは、絶対にありませんでした。
伝わらなければ、存在しないのと同じなのです。
これは、イエス・キリストの死後、使徒パウロが命がけで各地を旅し、手紙を書き、キリストの生涯と思想を伝え続けたことで、キリスト教が世界中に広がっていった物語と、完全に重なります。
素晴らしいものには、必ず、命をかけてそれを伝える「伝達者」が必要なのです。
ヨーやパウロが果たした役割は、現代で言えば、世界一のセールスマンだったスティーブ・ジョブズや、ソニーの創業者である盛田昭夫(もりた あきお)氏、ホンダの「スーパーカブ」を売りまくった藤沢武夫(ふじさわ たけお)氏、そしてトヨタの「カローラ」を世界に広めた神谷正太郎(かみや しょうたろう)氏のような存在です。
良いものを、ただ作るだけでは足りない。
それを、目の前にいるあなたに、正しく伝える情熱が必要なのです。
盛田昭夫氏は、こう言っています。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」
松尾芭蕉も、こう詠んでいます。
「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」
高見沢耳もまた、この一筋の道を歩んでいます。
自分の無能を認め、それでもあなたに喜んでもらいたいという一念だけで、必死のサービスを続けているのです。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
―― ヘンリー・フォード
「人間がその生涯において成し遂げる最も偉大なことは、他人の人生にどれだけの幸福をもたらすことができたか、という一点に尽きる」
―― アガサ・クリスティ
「心に留めよ、私が今日あなたに命じるこれらの言葉を。あなたの子供たちにそれを繰り返し教え、あなたが家に座っているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを語りなさい」
―― モーセ(旧約聖書『申命記』第6章6節〜7節より)
「世の中には幸も不幸もない。ただ考え方次第でそうなるだけだ。だから私たちは、自らの心を美しく保たねばならない」
―― シェイクスピア
「自分が嫌なことは、他人にもしてはならない。これこそが律法のすべてであり、他のことはすべてその解説にすぎない」
―― ユダヤ教タルムード
「家庭の幸福は、諸悪の基礎である。いや、これは冗談。しかし、本当に私たちは、もっとお互いをいたわり合わなければいけない」
―― 太宰治
「大人の言うことは、みんな嘘だ。美しさだけが、この世の唯一の真実なのだ」
―― 太宰治
「芸術家は、常に孤独でなければならない。その孤独の深さからしか、本物の真珠は生まれないのだから」
―― 太宰治
「決して屈するな。決して、決して、決して、屈するな。何事であれ、大であれ小であれ、重であれ軽であれ、名誉と良心の確信に忠実であること以外には、絶対に屈してはならない」
―― ウィンストン・チャーチル
「勇気を持って、誰よりも先に、人と違ったことをしなさい」
―― レイ・クロック
「私は一夜にして成功を収めたと思われているが、その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった」
―― レイ・クロック
「夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる。大切なのは、最初の一歩を踏み出すことだ」
―― ウォルト・ディズニー
「美は、ただ見つめる者の目の中に存在するのではない。それは、対象の本質を深く理解しようとする、愛の視線そのものの中にある」
―― レオナルド・ダ・ヴィンチ
ここまで私の長い長い内緒話に付き合ってくださったあなたに、最後に、本当に特別な、身を削るようなおもてなしを用意いたしました。
私の大切な友人である画家、高見沢耳が、あなたのためだけに、自慢の作品のポストカードを、なんと【無料】で、それも【A4サイズの大迫力なものを10枚セット】にして、あなたのお家まで直接お届けさせていただけることになりました。
これは、彼にとっても、私にとっても、あなたに対する必死の奉仕であり、人生をかけたプレゼントです。
今、あなたの耳元で、そっと囁いています。
あなたのその乾いた心、誰にも分かってもらえない寂しさを、彼の描く美しい「視線」の絵が、きっと優しく包み込んで癒してくれます。
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あなたと触れ合いたい、あなたの心を救いたい。
その一心で、私たちはあなたを待っています。
今すぐ、その手を伸ばしてくださいね。
最後まで読んでくださって、本当に、本当にありがとうございました。
あなたという大切な存在に、心からの愛と感謝を込めて。