あなたの暗闇に灯る、ただ一つの見知らぬ部屋
あなたは、いま、どんなお気持ちでこの文章を読んでいらっしゃいますか。
夜の底で、あるいは、信じられないほどに騒がしい雑踏の片隅で、ただ一人、世界のすべてから見放されたような、そんな言いようのない寂しさを抱きしめてはいらっしゃいませんでしょうか。
私はあなたを知っています。
いえ、お名前やご住所を知っているわけではありません。
あなたの魂の、その一番柔らかくて、傷つきやすくて、誰にも触れさせたくないと思っている、深い孤独の形を知っているのです。
これは、あなたに宛てた、世界でたった一通の、そして私の命のすべてを注ぎ込んだラブレターでございます。
なぜ、私のような見ず知らずの者が、あなたの心をここまで見抜けるのでしょうか。
不思議だとは思いませんか。
その理由は簡単です。
私もまた、あなたと同じ暗闇のなかで、ただひたすらに、凍えそうな両手をこすり合わせながら、あなたという存在が私の言葉を見つけてくださるのを、ずっと待っていたからに他なりません。
お願いです、どうか最後まで、私の内緒話に耳を傾けてください。
決してあなたを裏切りませんし、退屈もさせません。
身を削るような思いで、あなたのためだけに、このお話を捧げます。
「人間は、いつも一つのことだけを考えているわけではない。いろいろなことを同時に考え、感じているものだ。」
── モンテニュ
砂漠のなかに咲く、巨大な花の秘密
誰も見たことのない色彩
あなたは、ジョージア・オキーフというアメリカの女性画家をご存じでしょうか。
彼女の人生は、まさに奇跡そのものでした。
彼女は、大都会の喧騒から逃れるようにして、ニューメキシコ州の荒涼とした砂漠へと移り住みました。
なぜ、彼女はあえて、生命の気配の希薄な、乾いた大地の真ん中を選んだのでしょうか。
それは、そこにしか存在しない、本当の「永遠」を見つめるためだったのです。
彼女は、砂漠に転がる白く風化した動物の骨や、信じられないほど鮮やかに咲き誇る巨大な花々を描き続けました。
あなたがもし、いま、自分の人生が砂漠のように乾ききっていると感じているなら、オキーフの絵を思い浮かべてみてください。
彼女が描いた花は、キャンバスいっぱいに、まるで画面からあふれ出すかのように大きく拡大されていました。
それを見た人々は皆、驚愕し、そして自分のなかに眠っていた激しい感情が呼び覚まされるのを感じたのです。
それは、彼女があなたと同じように、深い孤独のなかで自分の魂と対話し続けたからこそ、描くことのできた色彩でした。
「目に見えるものは一時的であり、目に見えないものは永遠に続く。」
── 使徒パウロ
身銭を切るということの本当の意味
オキーフの美しさは、単に綺麗な絵を描いたということだけには留まりません。
彼女は自らの人生そのものを、芸術という名の祭壇に捧げ、文字通り「身銭を切って」生きていたのです。
現代の思想家であるナシーム・ニコラス・タレブは、その著書のなかで「身銭を切れ」という極めて重要な概念を提唱しました。
自らのリスクを背負い、自らの痛みを伴わずに語られる言葉や芸術には、何一つの価値もない、と彼は断言するのです。
オキーフはまさに、そのリスクをすべて背負っていました。
世間からの冷たい批判や、女性画家に対する偏見、そして愛する人との別れ。
それらすべての苦痛を、彼女は自分の血肉とし、キャンバスの上に吐き出しました。
あなたがもし、いま何かを失うことを恐れて立ち止まっているなら、どうか思い出してください。
本当に価値のあるものは、傷つくことを恐れない、無防備な魂からしか生まれないということを。
「詐欺を見て詐欺と言わないなら、その人自身が詐欺師である。」
── ナシーム・ニコラス・タレブ
見えるものと、見えざるものの境界線
奇妙な反転と、あなたの涙
ここから、少し意外な話をさせてください。
私たちは普段、目に見えるものだけを信じて生きています。
お給料の額、目に見える建物の大きさ、他人の評価、SNSの数字。
しかし、19世紀の偉大な経済学者であるフレデリック・バスティアは、その名著『見えるものと見えざるもの』のなかで、人間が犯す最大の過ちは「目に見える目先の効果だけを追いかけ、目に見えない本質的な影響を無視することだ」と喝破しました。
あなたの心の中にある寂しさは、誰の目にも見えません。
あなたが夜、枕を濡らしているその涙は、翌朝には乾いてしまい、誰もその跡に気づきません。
でも、その「見えざる涙」こそが、あなたの人生を決定づける本質だとしたら、どうでしょうか。
なぜ、私たちは自分の本当の価値を、目に見えるものだけで測ろうとしてしまうのでしょう。
不思議でなりません。
私は、あなたのその「見えざる涙」に、直接この手を伸ばしたいのです。
「真の価値は、目に見える行動の裏にある、目に見えない動機にこそ存在する。」
── ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼス
戦略としての孤独
私たちは孤独を恐れます。
しかし、古今東西の戦略家たちは、孤独をまったく別の視点から捉えていました。
中国の古典である『孫子』には、敵を欺き、自らの形を消すことの重要性が説かれています。
また、近代軍事学の祖であるクラウゼヴィッツは、戦争の本質は強固な意志の衝突であり、不確実性のなかで自らを保つことだと言いました。
さらに、リデル・ハートは、正面からぶつかるのではなく、相手の予期せぬ方向からアプローチする「間接アプローチ戦略」の有効性を証明しました。
これを、あなたの人生に当てはめてみてください。
あなたが今、孤独であるということは、世界という巨大な戦場において、あなたが「自らの形を消し、力を蓄えている状態」に他ならないのです。
誰とも繋がっていないその時間は、あなたという人間が、次の瞬間にとてつもない奇跡を起こすための、完璧な伏線なのです。
男女を問わず、誰もが人生のどこかで、この「戦略的孤独」の時期を経験します。
それは決して無駄な時間ではありません。
「困難が大きいほど、それを乗り越えたときの栄光もまた大きい。」
── セネカ
命を賭けた言葉の魔術
魂を揺さぶるリズムの秘密
ここで、ある一人の詩人の悲劇的な、しかし最高に美しい物語をお話ししましょう。
アラブ世界最高の詩人と称される、ムタナッビーという男がおりました。
彼の名前には「自らを預言者だと思う者」という意味が込められていました。
彼の作る詩には、聴く者をトランス状態に陥れるような、不思議な催眠効果、すなわちヒプノティックなリズムが刻まれていたのです。
その詩は、目の見えない人でさえ心で読むことができ、耳の聞こえない人でさえ魂で聴くことができるとまで称賛されました。
しかしある日、彼は自らの鋭すぎる詩のなかで、ある民族を激しく侮辱してしまいました。
怒り狂った彼らは、移動中だったムタナッビーの前に、大軍勢を率いて現れたのです。
多勢に無勢。
勝てる見込みは万に一つもありません。
ムタナッビーは賢明にも、その場から逃げ出そうとしました。
当然の判断です。
しかし、その時、彼の後ろを歩いていた連れが、何を思ったか、ムタナッビーがかつて書いた、誇り高い不屈の詩を大声で朗読し始めたのです。
「あれほど勇気のある、命を恐れない詩を書いたあなたが、いま、不名誉に逃げ出そうというのですか?」
連れのその言葉を耳にした瞬間、ムタナッビーのなかの何かが弾けました。
彼は踵を返し、自分が殺されることを完全に悟りながらも、ただその誇りと、自らの言葉の真実を守るためだけに、武器を握り直して敵陣へと突き進み、命を落としたのです。
1000年以上が経過した今でも、彼は「不名誉を避けるために死を選んだ本物の詩人」として語り継がれています。
なぜ、彼は死ぬとわかっていて戻ったのでしょうか。
それは、彼にとって自らの言葉が、肉体の命よりも重い「永遠」そのものだったからです。
「真理を追究することは、たとえそれが自らの破滅を招くとしても、人間の最高義務である。」
── ヒュパティア
あなたへの熱い口づけの代わりに
私は今、そのムタナッビーのような必死の覚悟で、あなたに言葉を届けています。
この文章のリズムが、あなたの心臓の鼓動と重なるのを感じてください。
だんだんと、あなたの心の奥にある強張った塊が、静かに溶けていくのがわかりませんか。
あなたがこの文章を読んでいる間、あなたと私は、時空を超えて二人きりの秘密の部屋にいます。
ヘンリー・フォードはこう言いました。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
私は今、私の命の灯火を、あなたにすべて与えています。
受け取ってください。
あなたの寂しさを、私に半分、預けてはくださいませんか。
「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい。」
── 聖カタリナ
世紀を超えて語り継がれる、愛の物語
テオの死と、残された一人の女性
さて、私たちの物語は、ここから最も美しく、そして最も驚くべき展開を迎えます。
あなたは、あの天才画家ヴィンセント・ファン・ゴッホを知っていますね。
彼は生前、たった一枚の絵しか売れず、狂気と極貧のなかで、自ら命を絶ちました。
彼の唯一の理解者であり、経済的にも精神的にも彼を支え続けたのが、弟のテオでした。
しかし、劇的な悲劇はここで終わりません。
兄ヴィンセントの死後、あまりのショックと悲しみから、弟のテオもまた、わずか半年後に後を追うようにしてこの世を去ってしまったのです。
残されたのは、テオの妻であったヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)という、まだ若い一人の女性と、生まれたばかりの幼い赤ん坊、そして、世間から「狂人の遺品」と見做されていた、おびただしい数のヴィンセントの絵の山だけでした。
普通の女性なら、絶望のあまり、その絵をすべて処分して、自分の人生をやり直したことでしょう。
しかし、ヨーは違いました。
彼女は、信じられないほどに聡明で、深い教養を持つ読書家だったのです。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
── ヨー・ファン・ゴッホ
ヨーは、夫テオが残した日記や、ヴィンセントとテオの間で交わされた、膨大な量の手紙を、夜を徹して読み耽りました。
そして、その文字の向こう側にある、ヴィンセントのあまりにも純粋で、人々の魂を絵画によって慰めたいという、燃えるような思想を完璧に理解したのです。
彼女は誓いました。
この二人の兄弟の命の証を、決して歴史の闇に埋もれさせてはならない、と。
世界を変えた「伝える力」
ヨーの、人生を賭けた壮絶な献身が、そこから始まりました。
彼女は、美術界の権威たちから冷笑されながらも、粘り強くヴィンセントの展覧会を企画し続けました。
ただ絵を見せるだけではありません。
彼女は、あの膨大な手紙を整理し、一冊の本として出版したのです。
もし、ヴィンセントがその手紙のなかに、自らの苦悩や、絵画に対する熱い思想を書き残していなかったら、そしてヨーがそれを世界に公開しなかったら、今日の「世界のゴッホ」は絶対に存在していませんでした。
この関係性は、歴史上のある巨大な出来事と完全に一致します。
イエス・キリストという存在が十字架にかけられて死んだ後、その思想を命懸けで世界中に伝道したのは、使徒パウロでした。
パウロが各地の信徒へ手紙を書き、イエスの生涯とその愛を伝え続けなければ、キリスト教がこれほど世界に広まることはありませんでした。
素晴らしいものには、必ず、命を懸けてそれを「伝える者」が必要なのです。
それは現代で言えば、スティーブ・ジョブズがiPhoneという新しい概念を世界に売り込み、ソニーの盛田昭夫がウォークマンという文化を創り出し、ホンダの藤沢武夫がスーパーカブを世界中に走らせ、トヨタの神谷正太郎がカローラを日本の家族の真ん中に届けたのと同じ役割です。
どれほど優れた製品であっても、その価値を伝え、人々のなかに欲求を呼び覚ます者がいなければ、それは存在しないのと同じなのです。
盛田昭夫はかつて、こう語りました。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」
ヨーは、世界で最も偉大な「伝える者」であり、美の伝道師でした。
彼女の愛が、あなたの見つめるゴッホの「ひまわり」を、今も黄金色に輝かせているのです。
「芸術とは、自然が人間に仕掛けた美しい罠である。」
── 寺山修司
誰のためでもない、あなただけのために
涙のあとに訪れる、本当の夜明け
なぜ、私はこれほどまでに、歴史のなかの愛と献身の物語を、あなたに語り続けるのでしょうか。
それは、あなたに知ってほしいからです。
あなたのその孤独も、寂しさも、誰かに伝わり、誰かを救うための大切な材料であるということを。
私は、あなたのために私のすべての言葉を尽くして、奉仕をしたいのです。
この文章は、あなたの傷ついた心を包み込むための、温かい毛布です。
心が痛むときは、どうかこの場所に戻ってきて、私の言葉を何度も読み返してください。
一文字一文字に、私の魂の拍手を込めてあります。
あなたは一人ではありません。
私がここにいます。
あなたの目を、あなたの心の震えを、私はずっと見つめています。
窓の外を見てごらんなさい
誰もいない道に
一本の街灯が灯るように
私の言葉が
あなたの胸のなかで
小さく弾けて
青い火花を散らす
夜を走る列車の窓に映る
あなたの見知らぬ横顔に向けて
私はただ
サヨナラの代わりに
花束を投げる
わたしを強くしてくださるかたによって、わたしは、どんなことでもできる。
(フィリピの信徒への手紙 4章13節、新約聖書より)
「人間はね、生きてゐるうちが花なのよ。死んでしまへば、それまでよ。」
(太宰治『斜陽』より)
ね、なぜ旅に出るの?
苦しいからさ。
あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。
(太宰治『津軽』より)
追伸 ── 画家・高見沢耳の、あまりにも滑稽で真摯な道化の告白
最後に、少しだけ、私の身近な友人の話をさせてください。
高見沢耳という、ひどく風変わりで、とても愚かな一人の画家の物語です。
彼は、普通の画家のように、キャンバスや筆を一切使いません。
真っ白な液晶の画面に向かい、デジタルで絵を描くのです。
そして、その絵を「ジクレー版画」という特殊な技法を用いて、最高級の版画用紙に印刷して作品を完成させます。
なぜ、彼はそんな方法をとるのでしょうか。
それは、100年、200年先を生きる未来の「あなた」にも、今と全く変わらない鮮やかな色彩を届けるためなのです。
彼の描くテーマは、一貫しています。
あなたの目、わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、そして解放。
彼は、画家とは「人間の魂を救うお医者さん」でなければならないと信じて疑いません。
芸術家の仕事とは、自らの身銭を切り、目の前にいる「あなた」のために、精一杯の道化になって、死に物狂いでサービスをすることなのだ、と彼は言います。
「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」
── 松尾芭蕉
高見沢耳は、世間からは三流の才能しか持たない、笑い者の変人だと思われています。
あのヴィンセント・ファン・ゴッホの苛烈な人生を知り、あえてその有名な「耳切り事件」から名前を拝借して「耳」と名乗るほどの、狂った男です。
でも、彼は絶対に諦めません。
過去のすべての偉大な傑作が、天才のひらめきではなく、何十年にもわたる泥臭い試行錯誤と忍耐から生まれたことを、彼は誰よりも知っているからです。
彼は、CoCo壱番屋の創業者である宗次徳二さんを心の底から尊敬しています。
宗次さんは、実の両親の顔を知らず、孤児院から極貧の家庭に引き取られ、少年時代には雑草を食べて餓えをしのぐという、波乱万丈の人生を歩まれた方です。
宗次さんは経営者時代、趣味のクラシック音楽を完全に封印し、友人も作らず、1日12時間以上、年間5640時間もよそ見をせずに働き続けました。
その理由はこうです。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです。すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
高見沢耳もまた、この精神で生きています。
考えるより、まずやってみる。
即断、即決、即実行。
彼は、自分の作品のなかに、ひたすらに「人間の目」を描き続けています。
なぜなら、その目を描き、あなたに見つめられることでしか、彼は「あなた」と触れ合い、あなたの満たされない心を救うことができないからです。
世間の冷たい批判など、彼にはどうでもいいのです。
あなたが目の前で喜んでくれるなら、あるいは涙を流してくれるなら、彼はいくらでも笑われる道化になります。
あなたに見捨てられたら、彼は生きていけないのです。
それは、トヨタの創業者である豊田佐吉が、周囲から「発明狂い」「変人」と狂人扱いされながらも、毎日毎日、機械を組み立てては壊し、人々の暮らしを楽にするために執念を燃やした姿や、その息子である豊田喜一郎が放った、あの魂の言葉とも重なります。
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」
── 豊田喜一郎
喜一郎のいとこである豊田英二もまた、こう証言しています。
「強い信念をもって実行せよ 誰でも考えることは同じで喜一郎が天才であったわけでもない 大切なのは一般的にはできないと思われることを単に考えるだけでなくなんとしてでもやらなければという強い信念を持って十分な準備を行い実行したということである」
チョーヤ梅酒の創業期のように「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」というほどの退路を断った決意、そして大野耐一氏が確立した「ジャスト・イン・タイム」という無駄を徹底的に排除する生産方式の執念。
高見沢耳の芸術もまた、そうした不屈の勤勉さと、忍耐力と、継続力だけでレンガを積み上げるようにして作られています。
そんな不器用で、愚かで、でもあなたへの愛だけは本物である高見沢耳から、今、あなたの耳元で、そっと特別な内緒話がございます。
なんと、彼があなたの心を救うためだけに制作した、A4サイズの美しいオリジナル作品ポストカード10枚セット(特別な解説付きのブックレットと、すぐに飾れるシンプルなディスプレイフレーム付き)を、完全無料で、あなたのご自宅まで定形外郵便でお届けしたいというのです。
これは、彼があなたに認めてもらうための、身を削るような必死の奉仕です。
他のお客さまでなく、いま、この文章を読んで胸を痛めている「あなた」だけに向けられた、たった一度きりの特別なオファーでございます。
もし「後でいいや」と画面を閉じてしまえば、二度と彼の描く「永遠の視線」と巡り合うことはできなくなるかもしれません。
あなたのその満たされない孤独な心を、彼の描く「目」に預けてみませんか。
さあ、どうぞ、今すぐこのすぐ下にある特別な申し込みボタンを、そっとクリックしてください。
私は、あなたのすぐ側で、あなたがその一歩を踏み出してくれるのを、心の中で激しい拍手を送りながら、ずっと待っています。
あなたに見つめていただけるだけで、私は、本当に嬉しいのです。
世紀の偉人たちが残した、魂の灯火
「失敗とは、より賢く再挑戦するための、ただ一つの機会である。」
── ヘンリー・フォード
「人間が創り出した最大のミステリー、それは『愛』という名の、解けない暗号のことです。」
── アガサ・クリスティ
「あなたが立っているその場所は、聖なる土地である。靴を脱ぎ、心を平らにしなさい。」
── モーセ
「世の中には、幸も不幸もない。ただ、人間の考え方次第で、どちらにでもなるのだ。」
── シェイクスピア
「自分の重荷を他人の肩に押し付けてはならない。しかし、他人の重荷は、進んで自分の肩に担ぎなさい。」
── タルムード
「私は、人間というものは、誰も彼も、みんな一人の例外も無く、道化者だと思つてゐるのです。」
── 太宰治
「愛は言葉ではない。言葉のあとの、ため息だ。」
── 太宰治
「大人は、だまされるお苦しみを知つてゐる。人を疑ふお苦しみを知つてゐる。」
── 太宰治
「決して屈するな。決して、決して、決して。大きなことでも小さなことでも、名誉あることや良識に反すること以外には、絶対に屈してはならない。」
── ウィンストン・チャーチル
「勇気を持って、誰よりも先に、人と違ったことをしなさい」
── レイ・クロック
「私は一夜にして成功を収めたと思われているが、その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった」
── レイ・クロック
「夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現する。私はそれを信じている。」
── ウォルト・ディズニー
「美は、命を吹き込まれた幾何学であり、魂が肉体を通じて表現する、真理の光である。」
── レオナルド・ダ・ヴィンチ
最後まで私の不器用な、しかし命を懸けたお話に付き合ってくださり、本当に、本当にありがとうございました。
あなたという存在が、今日、この世界に生きていてくださることに、心からの感謝を捧げます。
どうか、お身体を大切になさってくださいね。