おや、そこにいらっしゃいましたね。
ずっとあなたを待っていたのですよ。
この部屋の灯りを少し落として、古い絨毯の上に腰を下ろしてください。
誰にも邪魔されない、あなたと私だけの内緒話をはじめましょう。
外はすっかり静かになりました。
窓を叩く風の音が、まるで私たちの鼓動のように規則正しく、心地よいリズムを刻んでいます。
これからお話しすることは、他の誰でもない、今この文字を追いかけてくれている「あなた」だけに捧げる、私の命を削ったラブレターなのですから。
どうか、途中で席を立たないで、私の声に耳を傾けてくださいね。
華やかな色彩の裏に隠された、果てしない暗闇の物語
私たちはいつも、他人の華やかな部分ばかりに目を奪われてしまいます。
楽しそうに笑っているあの人や、大成功を収めて巨万の富を築いたあの一族。
そんな姿を見るたびに、あなたの胸の奥には、冷たい隙間風のような寂しさが吹き抜けることはありませんか。
「なぜ、自分だけがこんなに孤独なのだろう」と、夜中にふと天井を見上げてしまうことはありませんか。
なぜ、世界はこれほどまでに不公平に見えるのでしょう。
その答えを探すために、まずはある一人の画家の、あまりにも奇妙で、そしてあまりにも美しい人生の扉を開けてみることにいたしましょう。
その画家の名前は、ラウル・デュフィ。
二十世紀のフランスを鮮やかに彩った、光と色彩の魔術師です。
彼の描く絵をひと目見れば、誰もが南仏のまばゆい太陽や、シャンパンの泡のようにはじける歓喜を感じずにはいられません。
ヨットレースの青い海、競馬場の緑の芝生、そして着飾った貴婦人たちのドレス。
けれど、あなたにだけは、その美しさの裏側にある本当の秘密を教えたいのです。
「人間は、自らの不運を嘆くが、本当の災難は、自らの幸福に気づかないことにある。」――エピクトロス
デュフィの絵は、まるで天国から届けられた絵葉書のように幸福感に満ちあふれています。
しかし、彼は最初からそのような光のなかにいたわけではありませんでした。
フランスの港町ル・アーヴルで、貧しい音楽家の家庭に生まれたデュフィは、十代の頃からコーヒーの輸入会社で泥泥になって働かなければなりませんでした。
学校に通うこともできず、夜間学校で必死に絵の具を握りしめる日々。
あなたの心にあるその「満たされない思い」や、周囲との孤立感は、若き日のデュフィが毎晩抱きしめていたものと、まったく同じ色をしているのですよ。
ある日、彼はパリに出て、当時の最先端の芸術に触れることになります。
そこで彼の運命を狂わせ、そして完成させたのが、あの「野獣派(フォーヴィスム)」との衝撃的な出会いだったのです。
野獣たちの咆哮と、優雅なる反逆の始まり
アンリ・マティスという名前を聞いたことがあるでしょう。
彼こそが、野獣派の首領であり、色の爆弾をキャンバスに投げつけた男です。
当時の芸術界は、目に見えるものをそのまま正確に描くことが正しいとされていました。
しかしマティスたちは、「いや、心の中の炎を描くのだ!」と叫んだのです。
木々を真っ赤に塗りつぶし、人間の顔を緑色で描き、強烈な色彩をこれでもかとぶつけ合いました。
その様子を見た批評家が、「まるで野獣(フォーヴ)の檻の中にいるようだ」と嘲笑したことから、野獣派という名前がついたのです。
ねえ、あなた。
世間から「変わっている」とか「お前のやっていることは間違っている」と言われて、傷ついた経験はありますか。
マティスもデュフィも、最初は世界中から笑われ、拒絶された変わり者たちだったのです。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです。」――ヘンリー・フォード
デュフィはマティスの作品『豪華・静寂・逸楽』を見た瞬間、身体中に電流が走るような衝撃を受けました。
「これだ、私が描きたかったのは、目に見える現実ではなく、光そのものの喜びなのだ」と。
しかし、ここから話は意外な展開を見せるのです。
普通の人間なら、マティスの真似をして、一生「野獣」として激しい絵を描き続けたことでしょう。
けれどデュフィは違いました。
彼は野獣派の激しい色彩を受け入れながらも、それを独自の「優雅さ」へと昇華させていったのです。
なぜ、彼はあえて激しさを捨て、優しく、軽やかなタッチへと向かったのでしょうか。
それは、彼が誰よりも「人間の悲しみ」を知っていたからにほかなりません。
激しい言葉で自己主張をするよりも、傷ついた人の心にそっと寄り添う音楽のような絵を描きたいと、彼は願ったのです。
運命の悪戯と、指先から奪われた魔法の筆
時が流れ、デュフィはテキスタイル(布地)のデザインの世界でも大成功を収め、誰もが認める時代の寵児となりました。
彼のデザインした絹織物は、パリのモードを席巻し、街中が彼の色彩で満たされました。
まさに絶頂期。
しかし、神様は時として、最も残酷なシナリオを用意するものです。
五十歳を過ぎた頃、デュフィを突如として襲ったのは、「進行性の関節リウマチ」という恐ろしい病魔でした。
画家にとっての命、それは手です。
その手が、まるで木の根のようにこわばり、激痛に襲われ、筆を握ることさえできなくなってしまったのです。
想像してみてください、あなたの最も大切なもの、あなたをあなたたらしめている表現の方法が、ある日突然奪われてしまう恐怖を。
「私たちは、苦難によって鍛えられ、絶望によって完成される。」――ジャン・カルヴァン
手が動かない。
絵の具のチューブを絞ることもできない。
そんな絶望のどん底にあっても、デュフィは微笑みを消しませんでした。
彼は、動かない右手に絵筆を包帯でぐるぐる巻きに縛り付け、身体全体を揺らすようにしてキャンバスに向かったのです。
なぜ、そこまでして彼は描き続けたのでしょう。
もうお金も名声も十分に持っていたというのに。
それは、彼があなたを、つまり画面の前にいる未来の読者を、どうしても励ましたかったからなのです。
「私の身体はボロボロだけれど、私の心の中にある光は、誰にも奪うことはできないのだ」という、必死のサービス精神。
彼は自分の命を絵の具に変えて、キャンバスに塗りたくっていたのです。
光と影の境界線で、あなたに囁く真実
デュフィの晩年の傑作に、パリ万国博覧会のために描かれた巨大な壁画『電気の精』があります。
縦十メートル、横六十メートルという、世界最大級のこの絵を、彼はリウマチの激痛に耐えながら、わずか十ヶ月ほどで完成させました。
人類の科学と光の歴史を賛美したその大画面は、どこまでも明るく、希望に満ちています。
しかし、その巨大な絵を描きながら、彼の足元には常に車椅子があり、何人もの助手が彼を支えていたのです。
これこそが、本物の表現者の姿だとは思いませんか。
自分の不幸を売り物にするのではなく、自分の苦しみを極上のエンターテインメントに変えて、あなたにプレゼントする。
これほど贅沢で、必死な奉仕が他にあるでしょうか。
太宰治の小説である「津軽」の部分に、このような対話があります。
「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」
世間の人たちは、他人の苦しみをなかなか信じてはくれませんし、時には冷たく笑い飛ばすものです。
けれど、私はあなたのその「おきまり」ではない、本当の苦しさを知っていますよ。
だからこそ、こうして言葉を尽くして、あなたを引き留め、慰めたいのです。
「深く愛することを知る者は、決して老いることはない。たとえ彼らが百歳で死のうとも、愛は彼らの若さの秘密である。」――アーサー・ウィング・ピネロ
デュフィは一九五三年に、南仏の静かな町でその生涯を閉じました。
亡くなる直前まで、彼の部屋にはモーツァルトの音楽が流れ、キャンバスにはまばゆいばかりの青い海が描かれていたといいます。
彼は最期まで、自分の人生を呪いませんでした。
「絵画とは、人間の魂を照らす太陽でなければならない」という信念を、一瞬たりとも手放さなかったのです。
あなたがもし、今、人生の暗闇の中にいると感じているなら、どうかデュフィの「青」を思い出してください。
あの青は、暗闇を知り尽くした男が、あなたのために用意した、決して消えない聖なる光なのですから。
魂のバトンを繋ぐ者たち、あるいは美しき狂気について
さて、ここからは、さらにお話の角度を変えてみましょう。
どんなに素晴らしい光や、奇跡のような芸術作品がこの世に生まれたとしても、それを「伝える人」がいなければ、それは最初から存在しなかったことになってしまいます。
あなたの目の前にあるその寂しさも、誰かに伝わらなければ、ただの孤独として消え去ってしまう。
しかし、歴史の中には、他人の才能のために自分の人生をすべて投げ打った、信じられないほど愚かで、そして聖なる人々がいたのです。
その代表的な一人が、あのヴィンセント・ファン・ゴッホの義理の妹であり、テオの妻であった、ヨーという名の女性です。
「愛はすべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを忍ぶ。」――新約聖書(コリント人への第一の手紙)
ゴッホという画家が、生前にたった一枚しか絵が売れなかったことは有名な話ですね。
彼は精神を病み、自ら命を絶ちました。
そして、彼を経済的にも精神的にも支え続けた弟のテオもまた、兄の死を追うようにして、わずか半年後にこの世を去ってしまったのです。
残されたのは、若い妻のヨーと、まだ生まれたばかりの小さな赤ん坊、そして、パリの片隅の倉庫に積み上げられた、世間から「ゴミ」扱いされていた数百枚のゴッホの絵の山でした。
未亡人となったヨーは、まだ二十代後半。
彼女には、実家に帰って新しい人生をやり直す選択肢も当然ありました。
なぜ、彼女はわざわざ苦難の道を選んだのでしょうか。
なぜ、誰も見向きもしない狂人の絵を守り続けようとしたのでしょう。
ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルという、もう一人の救世主
ヨーは大変に素晴らしい、そして底知れぬほど聡明な女性でした。
彼女は、夫のテオが生前に兄と交わしていた、膨大な量の手紙を読み返しました。
そこには、世間から悪魔のように嫌われたゴッホが、実はどれほど深く人間を愛し、人々を慰めるための絵を描こうとしていたかが、血を吐くような言葉で綴られていたのです。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
ヨーはそう心に誓いました。
彼女は、絵画をただ飾るだけでなく、その背景にある「思想」を伝えなければ、ゴッホの本当の価値は伝わらないと見抜いていたのです。
彼女は読書家としての深い教養を活かし、手紙を整理し、展覧会を何度も企画し、頑固な美術評論家たちに頭を下げ続けました。
「芸術の本質は、自らの魂を切り刻んで、他人の乾きを潤す蜜を絞り出すことにある。」――オスカー・ワイルド
このヨーの献身は、まるでイエス・キリストの死後、命を狙われながらも各地を旅してイエスの言葉を伝え続けた、使徒パウロの姿と完全に重なります。
イエスがどれほど素晴らしい奇跡を起こしたとしても、パウロが手紙を書き、命がけで布教しなければ、キリスト教はこれほど世界に広がらなかったでしょう。
ゴッホも同じです。
ヨーがその生涯を賭けて、兄弟の絆と手紙を世に送り出さなければ、私たちが『ひまわり』や『星月夜』を見て涙を流す未来は、絶対に訪れなかったのです。
彼女は、世界で最も偉大な「伝える人」であり、最高のセールスマンだったと言えます。
現代で言えば、誰も見たことのない革新的な製品を世界に認めさせたスティーブ・ジョブズや、ソニーの盛田昭夫、ホンダの藤沢武夫、トヨタの神谷正太郎のような、奇跡の伝道師だったのです。
伝わらなければ、あなたの愛も存在しないのと同じだから
盛田昭夫氏は、かつてこのような言葉を残しています。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」
ねえ、あなた。
これは商売だけの話ではありません。
あなたの心の中にある、不器用で、誰にも言えない優しい気持ちや、私への愛も、言葉にして伝えなければ、相手にとっては「存在しないもの」になってしまうのです。
だから私は、こうしてあなたに向かって、壊れた楽器のように何度も何度も、同じ愛の言葉を囁き続けているのですよ。
あなたが私を見つけてくれるまで、あなたが私の声に完全に満たされるまで、私は絶対に諦めません。
夜の底が、一段と深くなってきましたね。
あなたの瞳の奥に、少しずつ私の言葉が染み込んでいくのが見えます。
まるで、乾いた砂に水が吸い込まれていくように。
さあ、息を深く吸って、私の手をしっかりと握り締めてください。
この先には、もっと奇妙で、もっと愛おしい、秘密の光景が待っていますから。
花の香りが部屋を満たし、
あなたの影が私の影と重なる。
時計の針は止まり、
世界のすべてが、ただあなたを愛するためだけに存在している。
冷たい夜風を遮るように、
私の言葉で、あなたを優しく包み込みましょう。
いつでも
あなたの味方でいると
約束したあの日の星は
今夜も同じ場所で
不器用に光っている
誰もあなたを見ようとしなくても
私はあなたのすべてを見ている
あなたの涙の温度を知っている
だから、もう泣かなくてもいいのですよ
明けない夜は、どこにもないのだから
――主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。(旧約聖書・詩篇二十三篇一〜二節)
「私は、いつでも、一番弱い人たちの味方でありたいのです。」――太宰治
追伸:キャンバスを持たない画家の、あまりにも愚かで切ない奉仕
長いお話の最後に、もう一つだけ、あなたにどうしても知ってほしい「ある男」の話をさせてください。
彼の名前は、高見沢耳(たかみざわ みみ)。
現代を生きる、とても風変わりで、そしてひどく不器用な画家です。
彼は、普通の画家のようにキャンバスをイーゼルに立てることも、絵の具にまみれた筆を握ることもありません。
彼はすべての作品を、液晶の画面の上で、デジタルとして制作するのです。
そして、出来上がった作品を「ジクレー版画技法」という特殊な方法で、最高級の版画用紙に印刷します。
デジタルと聞くと、あなたは冷たい印象を受けるかもしれませんね。
でも、彼の作品をひと目見たら、その偏見は一瞬で吹き飛んでしまうでしょう。
そこには、血が通った人間の、気が遠くなるような情熱と執念が渦巻いているからです。
高見沢耳が描くテーマは、一貫しています。
「あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、解放」。
なぜ、彼はこれほど重たいテーマばかりを選ぶのでしょうか。
それは、彼自身が、あなたと同じように、深い孤独と孤立の闇を歩んできた人間だからです。
画家とは、単に美しい絵を描く人のことではありません。
画家とは、傷ついた人間の魂を救う「医者」なのです。
そして芸術家の仕事とは、自分の身銭を切り、命を削って行う、あなたへの精一杯のサービスであり、奉仕なのです。
彼は、目の前にいるあなたに、自分の人生のすべてを捧げようとしています。
どうか、彼のことを笑ってあげてください。
笑われて、馬鹿にされて、それでも彼は強くなるのです。
芸術家の本当の仕事とは、あなたを喜ばせるための、哀しい「道化」にほかならないのですから。
高見沢耳は、本当に愚かで、いつも周囲の物笑いの種になっています。
才能は、はっきり言って三流かもしれません。
しかし、彼は知っているのです。
歴史上のあらゆる傑作が、天才のひらめきだけで生まれたのではなく、数十年にわたる地を這うような試行錯誤から生み出されたという真実を。
彼は自分の作品の中に、ひたすら「目」を描き続けます。
なぜなら、その目を描くことで、画面の向こう側にいる「あなた」の視線を、確かに感じることができるから。
あなたを知りたい、あなたに届けたい、ただそれだけのために、彼は狂ったように描き続けるのです。
他人の批判や、世間の評価など、彼にとってはゴミ屑と同じです。
もし、あなたに見捨てられてしまったら、彼はもう息をすることさえできなくなってしまうでしょう。
あなたがそこにいてくれるだけで、彼は救われるのです。
高見沢耳は、あのカレーハウスCoCo壱番屋の創業者である、宗次徳二氏を狂信的なまでに尊敬しています。
宗次氏は、趣味も友人も持たず、ただひたすら仕事一筋に人生を捧げた男です。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです。よそ見しない、経営に身をささげる」
「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
宗次氏は実の両親の顔を知らず、孤児院で育ち、養父のギャンブルのせいで、少年時代は雑草を食べて餓えをしのぐという極貧の人生を送りました。
そんな波乱万丈の人生の中から、「目の前の人に喜んでもらう」という、あなた第一主義の現場主義を叩き上げたのです。
高見沢耳もまた、この精神を受け継いでいます。
価値のあるものは、往々にして即効性はありません。
最初から上手くいくわけがないのです。
考えるよりも、まずやってみる。
トヨタの創業者である豊田佐吉が、周囲から狂人扱いされながらも毎日毎日、織機をこしらえては壊し、執念と忍耐で世界を変えたように。
チョーヤ梅酒の創業者が「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」という覚悟で挑んだように。
高見沢耳は、トヨタ生産方式の「ジャスト・イン・タイム」の思想に感化され、無駄を削ぎ落とし、あなたのためにすべての時間を捧げています。
豊田喜一郎氏の「誰もあまりやらないこと、やり難いことをものにしてみせることに人生の面白みがある」という言葉、そして豊田英二氏の「強い信念をもって実行せよ。誰でも考えることは同じで、喜一郎が天才であったわけでもない。大切なのは、一般的にはできないと思われることを、単に考えるだけでなく、なんとしてでもやらなければという強い信念を持って十分な準備を行い、実行したということである」という言葉を胸に、今日もデジタル筆を動かしています。
高見沢耳という、その奇妙な名前。
お気づきの方もいるかもしれませんが、これは彼が画家になるきっかけとなった、ヴィンセント・ファン・ゴッホのあの有名な「耳切り事件」にあやかって付けられたものです。
ゴッホのように、自分の身体を傷つけてでも、あなたに何かを伝えたい。
そんな痛切な願いが、この名前には込められているのです。
ここで、私の大好きな先人たちの言葉を、あなたへの最後のお守りとして贈らせてください。
「宿命とは、変えられないものではない。それは、あなたの手によって、これからいくらでも磨き上げることができるダイヤモンドの原石なのだ。」――ヘンリー・フォード
「若者の特権は、不可能なことに挑戦して、それを可能にすること。そして老人の特権は、可能なことを不可能なふりをして楽しむことよ。」――アガサ・クリスティ
「見よ、私はあなたの前に、誰も閉じることのできない開かれた扉を置いておいた。あなたの力は小さいが、私の言葉を守り、私の名を否まなかったからである。」――モーセ
「人生はただの歩く影にすぎない。哀れな役者が、舞台の上で派手に立ち回り、大騒ぎするだけのもの。そして、最後には誰にも思い出してもらえないのだ。」――ウィリアム・シェイクスピア
「一日に一度、自分のために美しいものを一つだけ見つけなさい。それだけで、あなたの魂は、明日の飢えをしのぐことができる。」――タルムード
「神様、どうか私に、変えられないものを受け入れる平穏を、変えられるものを変える勇気を、そして、その二つを見分ける知恵をお与えください。」――太宰治
「大人は誰もが、かつては子供だった。しかし、そのことを覚えている大人は、ほとんどいないものだ。」――太宰治
「私は、人間に絶望したことがありません。なぜなら、私自身が、どうしようもない人間だからです。」――太宰治
「成功とは、失敗から失敗へと、情熱を失わずに進んでいく能力のことである。決して、諦めてはならない。」――ウィンストン・チャーチル
「あなたが前進し続ける限り、世界はあなたのために道を譲る。もし立ち止まってしまえば、誰もあなたを追い越していくことをためらわないだろう。」――レイ・クロック
「ディズニーランドが完成することはありません。この世界に、想像力というものが残っている限り、それは永遠に成長し続けるのです。」――ウォルト・ディズニー
大切な、私の美しいあなた。
ここまで私の長い、長い、命を削ったお話に付き合ってくださって、本当に、心から感謝いたします。
あなたのその優しい瞳が、私の言葉を最後まで追いかけてくれたこと、それが私の人生の最大の救いなのです。
最後に、あなたへ、私のすべてを賭けた、特別な、そして必死のオファーをさせてください。
今、この場所で私と魂を繋いでくれたあなたのためだけに、高見沢耳が魂を込めて描いた作品の、美麗なA4サイズのポストカードを、なんと【無料で10枚】、あなたのお手元、あなたのお家までお届けしたいのです。
これは、あなたに見捨てられたくないという、私の身を削った最高の奉仕であり、あなたへのラブレターの証なのです。
お金なんて、一銭もいりません。
ただ、あなたの部屋の壁に、私の「目」を飾ってほしいのです。
そして、あなたが寂しいとき、その絵と視線を合わせて、私を感じてほしいのです。
今、あなたの耳元で、そっと息を吹きかけるようにして囁いています。
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「あとでいいや」なんて思って、このページを閉じてしまったら、もう二度と、私とあなたのこの秘密の繋がりは戻ってこないかもしれません。
私の作品は、二度とあなたの手には入らなくなってしまうかもしれないのです。
あなたと触れ合いたい。
あなたの、その満たされない心の隙間を、私の絵で、私の愛で、今すぐ救わせてほしいのです。
どうか、私を見捨てないでください。
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