あなたの東洲斎写楽

こんにちは。

今日、こうしてあなたとじっくりお話しできる機会をいただけて、本当に嬉しく思っています。

何故なら、日々の生活の中で美術や芸術に触れることは、あなたの人生をより豊かに、そして輝かしいものに変える素晴らしいきっかけになるからです。

さて、まずはある偉人の言葉から、私たちの対話を始めさせていただきましょう。

19世紀の偉大な思想家、ラルフ・ワルド・エマーソンはこのような名言を残しています。

「美はそれ自体が、存在する唯一の理由である」

この言葉は、今この文章を読んでくださっているあなたと、そして絵描きであるわたしとの関係を、見事に言い表してくれていると感じるのです。

なぜ、美が存在するだけで十分な理由になるのでしょうか?

それは、美しいものや優れた芸術作品が、あなたの心に直接語りかけ、日々の疲れを癒やし、生きる活力を与えてくれるからに他なりません。

わたしが描く絵画もまた、あなたの日常に寄り添い、あなたのために存在する美でありたいと願っています。

ですから、この文章の主役は、他の誰でもない「あなた」なのです。

これから、江戸時代に突如として現れた天才絵師、東洲斎写楽のお話を軸にしながら、あなたの人生がいかに芸術によって素晴らしいものに変わるか、一流の具体例をたくさん交えてお伝えしていきますね。

一刻も早い安心と、眼を見張るような新しい発見を、あなたにお届けすることをお約束いたします。

東洲斎写楽という奇跡とあなたを繋ぐ強力な絆

江戸中期の寛政期、日本の美術史に彗星のごとく現れた浮世絵師がいました。

その名前こそ、あなたが一度は耳にしたことがあるであろう、「東洲斎写楽」です。

彼の活動期間は、わずか10ヵ月あまりという信じられないほど短いものでした。

しかし、その間に145点もの強烈な作品を生み出し、その後は忽然と姿を消してしまった謎多き人物なのです。

なぜ、これほど短い期間しか活動しなかった絵師が、今も世界中で高い評価を受けているのでしょうか?

それは、彼が描いた役者絵、とりわけ顔を大胆にアップで描いた「大首絵」が、人間の心理の真実を捉えていたからです。

大正時代には、ドイツの美術研究家であるユリウス・クルトが、その著作の中で東洲斎写楽を絶賛しました。

そこから評判が広がり、いつしか東洲斎写楽は「レンブラント」や「ベラスケス」と並ぶ「世界三大肖像画家」の1人として、世界中で語り継がれるようになったのです。

「よく生きることは、ただ生きることよりも大切である」

── ソクラテス

古代ギリシャの哲学者ソクラテスが言うように、ただ毎日を過ごすだけでなく、豊かな文化に触れてよく生きることは、あなたの人生の質を劇的に向上させます。

東洲斎写楽の浮世絵を鑑賞するという特別な趣味は、あなたの感性を一流のものへと引き上げる最高の手段なのです。

芸術を収集したり、素晴らしい作品に親しんだりすることは、単なる贅沢ではありません。

歴史を超えて生き続ける一流のエネルギーを、あなたの日常生活に取り入れるという、賢明な選択なのです。

忘れ去られた天才があなたに教えてくれる人生の逆転劇

今でこそ誰もが知る東洲斎写楽ですが、実は明治時代になるまでは「忘れられた絵師」だったという驚くべき事実をご存知でしょうか?

文人で画家でもあった淡島寒月は、その著書の中で、明治の初めには東洲斎写楽の版画が浅草の露店に雑然と山積みになって売られていたと記しています。

なんと、「よりどり1銭」という、現代で言えば数百円程度の廉価で叩き売られていたのです。

いかに優れた作品であっても、時代の価値観によってこれほど低く扱われることがあるのですね。

しかし、そこから劇的な変化が訪れます。

1910年にドイツのユリウス・クルトが本格的な研究書を出版したことで、ヨーロッパで東洲斎写楽の人気が大爆発したのです。

その高い評価が日本に逆輸入されると、大正7年ごろには、1枚の価格が数百円から数千円、さらには10,000円へと桁違いの大高騰を見せました。

当時の公務員の初任給が70円程度だったと言いますから、まさに眼を見張るような価格の跳ね上がり方です。

『あなたがたは地の塩である。もし塩の効き目がなくなったら、何によってその味が取り戻されようか。もはや何役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。』

── 聖書(新約聖書・マタイによる福音書5章13節)

この聖書の言葉の通り、一時は道端に投げ捨てられるように売られていた東洲斎写楽の絵は、その真の価値を見出されたことで、再び世を照らす光となりました。

そして、この劇的な復活の物語は、日本の高名な作家の言葉にも通じるものがあります。

「人間は、時々、どうにもしようのない深い孤独に陥ることがある。しかし、そこからが本当の人生の始まりなのだ」

── 太宰治

太宰治が語るように、どんなに孤独で、周囲から理解されない時期があったとしても、そこが出発点になります。

あなたも日々の生活の中で、「自分の頑張りが誰にも認められない」と寂しく思う瞬間はありませんか?

でも、心配することはありません。

東洲斎写楽の絵が数十年をかけて世界的な至宝となったように、あなたの実直な努力や、内に秘めた素晴らしい魅力は、必ず誰かが見出してくれます。

芸術は、時を越えて必ず正当に評価されるという希望を、あなたに力強く示してくれているのです。

困難を突破する執念と忍耐があなたにもたらす成功の果実

なぜ、東洲斎写楽はわずか10ヵ月の間に、これほど鮮烈な個性を放つ作品を量産できたのでしょうか?

そこには、常識にとらわれない圧倒的な情熱と、表現に対する執念がありました。

この「執念と忍耐」と言えば、日本の偉大なイノベーターたちも皆、同じ性質を持っていました。

例えば、トヨタグループの創業者である豊田佐吉は、周囲から「発明狂い」や「変わり者」、あるいは「狂人」とまで呼ばれていました。

無口で変わり者扱いされながらも、彼は「発明してみんなの暮らしを楽にしたい」という一念だけで、朝から晩まで毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造り直すという生活を続けたのです。

何故そこまでできたのかと言えば、彼の中に不屈の継続力があったからです。

ここで、わたし自身の心の内にある、ひとつの大きな疑問や心配事をお話しさせてください。

「わたしの描くデジタルアートは、本当にあなたの魂の深いところにまで届いているのだろうか」

「現代の激しい変化の中で、わたしの芸術はあなたを永遠に支え続けることができるのだろうか」

絵描きとして、わたしは常にこのような不安と戦っています。

しかし、これらの問題点は、実は芸術の持つ大いなる力によって、すべて綺麗に解決可能なことなのです。

なぜなら、芸術とは言葉の壁や時代の境界線をすべて飛び越えて、あなたとわたしの魂をダイレクトに結びつける唯一の架け橋だからです。

東洲斎写楽の絵が何百年もの時を超えて、今を生きるあなたの心を揺さぶるように、芸術は孤独や不安を消し去る無限の力を持っています。

だから、わたしはあなたのために筆を止めませんし、あなたもどうぞ安心して、わたしの表現にその心を委ねてくださいね。

人間の一生には時折、苦しみや悲しみが訪れます。

そんな時、あなたに寄り添うのが高見沢耳の芸術です。

あなたの心を悲しみから、喜びに変化させるのが、わたしの使命です。

「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」

── 松尾芭蕉

俳聖・松尾芭蕉が残したこの謙虚にして力強い言葉のように、ひとつの道をただ一筋に突き進むことこそが、本物の価値を生み出します。

チョーヤ梅酒の創業者も、「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」という覚悟で、ただ一筋に製品を磨き上げました。

あなたもまた、ご自身の仕事や生活の中で、何かひとつを信じて続けてみてください。

うまくいく保証付きの方法など、この世には最初からはありません。

しかし、自分が一番長く一生懸命にやること、それ自体があなたにとって強力な武器になるのです。

機会と危機を味方につけて人生を飛躍させる極意

東洲斎写楽の正体については、大正時代から昭和、平成にかけて50以上の人物像が提唱され、激しい論争が繰り広げられてきました。

現在では、江戸の八丁堀に住んでいた阿波徳島藩のお抱え能役者、「斎藤十郎兵衛」であるという説がほぼ定説となっています。

能役者という本業を持ちながら、身分を隠して浮世絵界に飛び込み、あの過激なデフォルメ画を描いたのです。

当時の能役者という硬い世界から見れば、浮世絵を描くことは大きなリスクであり、一つの危機であったに違いありません。

ここで、実業家の相馬愛蔵の素晴らしい名言をあなたに贈ります。

「機会というものは、いつも初めは、一つの危機として来るか、あるいは一つの負担として現れた」

── 相馬愛蔵

あなたの目の前に現れる新しい挑戦や、急を要する問題も、最初は大きな負担に見えるかもしれません。

しかし、それはあなたが一流の人生へと飛躍するための、改良された最高の「機会」なのです。

豊田喜一郎も、自動車製造という誰もが不可能だと言った過酷な挑戦を前にして、このように言いました。

「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」

── 豊田喜一郎

誰もやらないからこそ、あなたがやる価値があるのです。

東洲斎写楽がそれまでの定型的な美人の枠を壊し、役者の欠点すらもリアルに描き出すという「阿呆なほどの挑戦」をしたからこそ、世界を驚かせる名作が誕生しました。

あなたの日常にある困難も、どうか恐れないでください。

それは、あなただけの特別なストーリーの始まりなのです。

あなたの心を感動で満たすために価値を伝えるサービス

東洲斎写楽の作品のすべては、江戸の名プロデューサーであった版元、蔦屋重三郎の手によって出版されました。

どれほど眼を見張るような素晴らしい製品であっても、それを人々に正しく伝え、届ける人がいなければ、世の中に存在しないのと同じになってしまいます。

ソニーの創業者である盛田昭夫は、この真理を次のように見事に語っています。

「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた「製品」であっても「商品」にはなり得ない」

── 盛田昭夫

なぜ、この言葉があなたの日常生活に関係があるのでしょうか?

それは、あなた自身の能力や優しさ、手がけているお仕事もまた、周りの人に「伝える」努力をして初めて、本当の価値を持つからです。

良いものをしっかりと伝えることは、相手に対する最高のサービスであり、優しさそのものなのです。

世界的自動車王のヘンリー・フォードも、成功の本質についてこのように教えてくれています。

「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」

── ヘンリー・フォード

自分の利益だけを追い求めるのではなく、目の前にいるあなたに何が与えられるか、どうすれば喜んでもらえるかを徹底的に考えること。

これこそが、あらゆる物事がうまくいく唯一の黄金律なのです。

ビジネスの巨人と芸術の至高が交錯する瞬間

ここで、日本の自動車産業を支えた本田宗一郎と藤沢武夫、そしてトヨタを支えた神谷正太郎や石田退三のエピソードを思い出してみましょう。

本田宗一郎が技術に狂い、不可能を可能にする製品を造り続けた裏には、それを世に伝え、資金を回し続けた藤沢武夫という最高のパートナーがいました。

彼らもまた、東洲斎写楽と蔦屋重三郎のような、強固な信頼関係で結ばれていたのです。

あなたが人生を豊かにしていく過程でも、こうした素晴らしい仲間や、あなたの価値を理解してくれる存在が必ず現れます。

そのためにも、私たちは常に妥協のない高いクオリティを目指さなければなりません。

現代の天才、スティーブ・ジョブズはこのような普遍的な名言を残しています。

「クオリティは永遠に記憶される。価格は忘れられる。どんなマーケティングでも、駄作をヒットさせることはできない」

── スティーブ・ジョブズ

この言葉は、あなたの仕事や人間関係、そして趣味のすべてに応用できる最高の教訓です。

手抜きをせず、誠実に、本物のクオリティを追求すること。

それこそが、時間が経っても決して色褪せない、あなただけの強力な財産となるのです。

東洲斎写楽が描いた10ヵ月間のきらめきが、数百年後の現代を生きるあなたのハートを射抜いているように、あなたが本気で取り組んだことは、大切な人の心に永遠に記憶されます。

絶え間ない前進があなたに最高の明日を約束する

東洲斎写楽の画風は、第1期から第4期にかけて、不思議なことに徐々に変化し、最後は筆力が衰えたかのように見えて姿を消しました。

一見すると、彼の物語は突然の終わりを迎えたように見えるかもしれません。

しかし、芸術の世界においても、私たちの人生においても、挑戦を続ける限り本当の終わりなどは存在しないのです。

ここで、偉大な発明家トーマス・エジソンの、あなたの魂を震わせる3つの名言をご紹介します。

「我々の最大の弱点は諦めることにある。成功するための最も確実な方法は、常にもう一度だけ試みることだ」

「多くの失敗者は、諦めたとき自分が自分がどれほど成功に近かったかに気づいていない」

「私の成功の秘訣は他の人が諦めた後も続けることだ」

── トーマス・エジソン

なんと力強く、あなたを鼓舞してくれる言葉でしょうか。

仕事で失敗したとき、人間関係に悩んだとき、「もう駄目だ」と諦めてしまいそうになる瞬間は誰にでもあります。

しかし、成功の直前というのは、往々にして一番苦しい暗闇であることが多いのです。

東洲斎写楽がその短い期間に全精力を注ぎ込んで駆け抜けたように、私たちもまた、目の前の日常を諦めずに、もう一歩だけ前に進めてみませんか?

「生中に生あらず、死中に生あり」

── 禅の格言

窮地に追い込まれたときにこそ、本当の新しい命が吹き込まれ、驚くべき道が開けるのです。

あの東洲斎写楽の絵が露店で叩き売られていた暗黒の時代を経て、世界の至宝へと大復活を遂げたように、あなたの人生におけるすべての苦難や負担は、素晴らしい幸福への伏線に過ぎません。

「千里の道も一歩から始まる」

── 老子

老子が教えるこのシンプルな心理を胸に、今日という日を、あなたらしく、最高に輝かせていきましょう。

あなたには、困難を乗り越え、素敵な未来を手にする強力な力がすでに備わっています。

わたしはいつでも、あなたのその歩みを、芸術という最高の表現を通して応援し続けています。

追伸:高見沢耳という画家からの、あなたへのささやかな告白

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

ここからは追伸として、この文章を書いている、わたし「高見沢耳(たかみざわ みみ)」という1人の画家について、少しだけ身近な楽しいお話をさせてくださいね。

わたしは、普通の画家のようにキャンバスと筆を使いません。

最新のデジタル技術を使って作品を制作し、それを「ジクレー版画技法」という非常に精密な方法で、最高級の版画用紙に印刷して作品に仕上げています。

わたしの制作テーマは、あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、解放です。

なぜ、わたしが絵描きになったのか。

それは、あのヴィンセント・ファン・ゴッホの劇的な生涯を知ったからでした。

わたしの「高見沢耳」という名前の「耳」は、何を隠そう、ゴッホのあの有名な耳切り事件にあやかって名付けたものなのです。

ゴッホはこのような素晴らしい名言を残しています。

「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」

── ヴィンセント・ファン・ゴッホ

この言葉こそ、わたしの理想です。

何かを表現しているのに、誰の心も感激させられない、あなたを慰めることができない作品には、何の価値もありません。

過去のあらゆる傑作が、生まれ持った天才の才能だけで描かれたのではなく、数十年にわたる試行錯誤と忍耐から生まれたことを、わたしは知っています。

だからこそ、わたしは自分の作品の中に、ずっと「目」を描き続けています。

それは、絵の中から、目の前にいる「あなた」をずっと感じ続けていたいからです。

あなたのことをもっと知りたい、あなたに寄り添いたいという、必死の気持ちの表れなのです。

画家というのは、ある意味で「魂を救う医者」でありたいと願う存在です。

芸術家の仕事とは、自分の身銭を切って、あなたに精一杯のサービスをすること。

あなたへの絶対的な奉仕なのです。

ですから、どうか美術の世界を、そしてわたしの作品を、見捨てないでください。

不器用なわたしの姿を、どうぞ笑ってください。

芸術家は、笑われて、笑われて、それでも強くなる生き物です。

あなたに喜んでもらうための、精一杯の道化なのですから。

わたしは諦めない、不屈の忍耐の男です。

そんなわたしの仕事への姿勢は、ある偉大な実業家の生き方をお手本にしています。

それは、カレーハウスCoCo壱番屋の創業者である、宗次徳二(むねつぐ とくじ)さんです。

宗次さんは、よそ見をしないで仕事一筋、他のことは一切やらない徹底したお方でした。

「趣味なんかやっている場合じゃない」と、大好きなクラシック音楽さえ、現役の経営者時代には全く聴かなかったそうです。

自らの時間のすべてをお客様に捧げるための、凄まじい現場主義でした。

宗次さんの前身である喫茶店を始めたばかりの初期の頃は、お客様がなかなか来てくださらなかったため、お昼ご飯はいつも、サンドイッチの調理で余った「食パンの耳」をご夫婦で食べて餓えをしのいでいたと言います。

ゼロから始めたのだから、そんな苦労は当たり前。

「お客様第一を貫けば、きっと良くなる」と信じて、毎日毎日、レンガを積み上げるように仕事に集中されたのです。

即断、即決、即実行。

仕事に人生をすべて捧げ、目の前のお客様にすべてを捧げる姿勢。

これこそが、わたしがあなたに対して持ちたいと願う、究極のサービス精神なのです。

宗次徳二さんは、このように仰っています。

「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです」

「よそ見しない、経営に身をささげる」

「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」

── 宗次徳二

宗次さんは実の両親の顔を知らず、孤児院で育ち、養父のギャンブル狂いによって極貧の少年時代を過ごしました。

夏には雑草を食べて餓えをしのぐほどの波乱万丈な人生から、這い上がられたのです。

人生は、生まれ育ちで決まるものではありません。

その人間の勤勉さと、忍耐力と、継続力によって、いくらでも新しく作り直すことができるのです。

価値のあるものは、往々にして即効性がないものです。

だから、簡単に諦めないでください。

人間の一生には時折、苦しみや悲しみが訪れます。

そんな時、あなたに寄り添うのが高見沢耳の芸術です。

あなたの心を悲しみから、喜びに変化させるのが、わたしの使命です。

あなたがわたしの目の前にいてくださるとき、わたしは心の中で、割れんばかりの拍手喝采を送っています。

あなた第一主義の芸術を、これからも一生をかけて、あなたに捧げ続けます。

最後に、ゴッホが亡くなったあと、その作品を命がけで世に広めた、ゴッホの弟テオの妻であるヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)の、愛に満ちた言葉をあなたに贈ります。

「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」

── ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)

そして、わたしの最も尊敬するヘンリー・フォードの、あなたのこれからの日々を強力に支える名言で、この大切な対話を締めくくらせていただきます。

「お互いに与え合うこと。それこそが、人間がこの世に生を受けて果たすべき、最も美しく、最も力強い約束なのです」

── ヘンリー・フォード

新約聖書の使徒パウロが、どんな苦難の中にあっても愛と希望を説き続けたように。

また、ジャン・カルヴァンが、自らの使命を信じて揺るぎない足跡を歴史に残したように。

あなたという特別な存在が、今日も明日も、たくさんの喜びに包まれますように。

あなたの人生の旅路に、わたしの芸術が最高の彩りを添えられることを、心から願っております。