
「ねえ、ちょっとそこでお茶でも飲みながら、僕の話を聞いてくれませんか。」
「いいですよ。でも、僕の毎日は本当に退屈なんです。仕事と家往復だけで、奇跡なんて起きるはずがありません。」
「本当にそうでしょうか。あなたの目の前にある世界は、実はもっとずっと広くて、深いもののはずですよ。たとえば、ヘンリー・ムーアという彫刻家の名前を聞いたことはありますか。」
「名前くらいは知っています。公園や美術館の庭によく置いてある、あの真ん中に大きな穴が開いた、不思議な形のブロンズ像を作った人でしょう? 正直、僕の生活には何の関係もない遠い世界の芸術家ですよ。」
「いいえ、大いに関係があるのです。なぜなら、ムーアはあなたと同じように、何気ない日常の風景や、人間の身体のなかに、永遠の美しさを見出そうとした人だからです。彼の作品を知ることは、あなたの張り詰めた心の糸を優しく解きほぐし、明日からの景色をガラリと変えてしまう強力な処方箋になるのですよ。」
「僕の景色が変わる? そんな魔法のようなことが、本当にありますか。」
「ありますとも。なぜなら、芸術とは見るものではなく、あなた自身を感じるための鏡だからです。ムーアの彫刻の前に立つとき、あなたはただ作品を見ているのではありません。彫刻に開いたその『穴』を通して、あなた自身の心の奥底にある、まだ見ぬ可能性を覗き込んでいるのです。さあ、僕と一緒に、あなたの人生を豊かにする素晴らしい旅へ出かけてみましょう。決して後悔はさせませんから。」
「見えるものと見えざるもの」
―― フレデリック・バスティア
あなたの孤独を包み込む、ヘンリー・ムーアの優しい「穴」の秘密
「それにしても、なぜムーアの彫刻には、あんなにたくさんの穴が開いているのでしょうか。不気味に思ったことはありませんか。」
「確かに、お腹の真ん中がぽっかりと空いていたりして、最初は少し奇妙に感じました。何か意味があるのですか。」
「大いにあるのです。あの穴はね、単なる空間の終わりではありません。あちら側とこちら側を繋ぐ、特別な窓なのです。僕たちは日々の生活のなかで、自分だけの殻に閉じこもって、孤独を感じることがありますよね。誰にも理解されない、自分は社会から孤立しているのではないか、と。そんなとき、ムーアの彫刻の穴を思い出してほしいのです。」
「彫刻の穴を思い出すと、僕の孤独が消えるのですか?」
「消えるというより、その孤独に優しい風が通り抜けるようになるのです。ムーアは、空間そのものを彫刻の一部にしました。物質が無い部分にこそ、大切な意味があると考えたのです。あなたの心に空いた寂しさの穴も、同じです。そこは虚無ではなく、新しい誰かや、新しい感動を受け入れるための『余白』なのです。そう考えると、自分のなかの孤独が、少し愛おしく思えてきませんか。」
「なるほど。僕の心のなかの空白も、何かが通り抜けるための窓だと思えばいいのですね。少し気持ちが楽になりました。」
「その通りです。あなたの人生に無駄な空白など一つもありません。すべては、あなたという存在をより深く、美しく形作るためのデザインなのですから。」
「詐欺を見て詐欺と言わないなら、その人自身が詐欺師である。」
―― ナシーム・ニコラス・タレブ『身銭を切れ』
目の前のあなたを見つめる、高見沢耳の「視線」とヘンリー・ムーアの幸福な出会い
「ところで、あなたは最近、誰かとじっくり目を合わせましたか。」
「いや、スマホの画面ばかり見ていて、人の目をまっすぐ見ることは少なくなりましたね。何だか照れくさいですし、疲れますから。」
「現代人はみんなそうですね。でもね、人間の目は、心そのものなのです。僕の知人に、高見沢耳という画家がいます。彼はね、キャンバスも筆も使いません。すべてデジタルで絵を描き、それを最高峰のジクレー版画技法で、特別な版画用紙に印刷して作品にするのです。彼のテーマはね、『あなたの目・わたしの目』。つまり、視線そのものなのです。」
「デジタルで描く画家ですか。それにしても、なぜ『目』をテーマにしているのですか。」
「ヘンリー・ムーアの彫刻を思い出してください。ムーアの作品には、顔のパーツがほとんど描かれていないものが多いのです。でも、そこには確かに『視線』が存在しています。ムーアは彫刻全体で空間を見つめていました。高見沢耳はね、作品のなかに強烈な『目』を描き続けることで、その絵の前に立つ『あなた』のことを、じっと見つめ、感じ続けようとしているのです。彼はあなたを知りたいのです。あなたの孤独に寄り添いたいのです。」
「僕を見つめている? なんだか少し、ドキッとしますね。」
「そう、そのドキッとする感覚こそが、あなたが生きている証拠なのです。誰かに見つめられ、認められているという安心感。高見沢耳の描く目は、キリスト教的な愛や、永遠の真理、そして人間が抱える苦難からの解放を物語っています。ムーアの彫刻が持つ大地の優しさと、高見沢耳の描く目の力強さ。これらはどちらも、日々の生活で傷つき、孤立しがちなあなたの魂を救うための、精一杯の奉仕なのです。芸術家とはね、あなたに喜んでもらうために、身銭を切って、一生懸命に道化になる存在なのですよ。」
「おのれの無能・無才を恥じるのみ」
―― 松尾芭蕉
デジタルとジクレー版画が、あなたの部屋を世界最高の美術館に変える理由
「でも、デジタルアートやジクレー版画って、本物の油絵とかに比べると、ありがたみが薄い気がするのですが。量産品のようなイメージがありませんか。」
「それは大きな誤解ですよ。なぜジクレー版画があなたにとって素晴らしいメリットをもたらすのか、今からお話ししますね。ヘンリー・ムーアは、ブロンズという素材を使って、何点もの同じ彫刻を作り、世界中の公園に置きました。なぜだと思いますか。一人の大富豪のためではなく、多くの一般の人々に、日常のなかで芸術に触れてほしかったからです。高見沢耳のジクレー版画も、全く同じ思想なのです。」
「多くの人に届けるため、ですか。」
「その通りです。ジクレー版画はね、デジタルで描かれた極めて繊細な色のグラデーションや、画家の魂の筆致を、寸分違わず再現して版画用紙に定着させることができます。何百年も色褪せない耐久性を持っています。もしこれが、世界に一枚しかない高価な油絵だったら、あなたのお部屋に飾ることは難しいでしょう? でも、ジクレー版画だからこそ、美術館クオリティの本物の芸術を、あなたの生活空間に迎え入れることができるのです。朝起きたとき、仕事から疲れて帰ってきたとき、壁にあるその作品が、あなたを優しい視線で迎えてくれる。これ以上の贅沢が、あなたの人生にあるでしょうか。」
「確かに、自分の部屋に本物の芸術があれば、毎日の生活の質がグッと上がりそうですね。心が豊かになる気がします。」
「上がるどころではありません。あなたの人生そのものが、洗練された美しいものへと変貌していくのです。芸術作品を所有し、共に暮らすという趣味は、あなたの感性を極限まで高めてくれる最高の自己投資なのですよ。」
「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」
―― 松尾芭蕉
趣味をやっている場合じゃない! 宗次徳二の狂気的な情熱に学ぶ、一筋の生き方
「芸術に親しむのは良いですが、僕にはそんな心の余裕がありません。毎日仕事が忙しくて、自分の時間を確保するだけで精一杯なのです。」
「忙しい、ですか。では、ここで一つの驚くべきお話をしましょう。カレーハウスCoCo壱番屋の創業者、宗次徳二さんという方をご存じですか。」
「もちろん知っています。大成功された実業家ですよね。きっと、優雅に趣味を楽しみながら経営されていたのではないですか。」
「とんでもない。彼はね、現役時代、趣味を一切持ちませんでした。友達も作らず、飲み屋にも行かなかったのです。年間でなんと5640時間も働くことがあったそうです。彼はこう言っています。『趣味なんかやっている場合じゃない。よそ見をしないで、経営に身を捧げるんだ』と。彼は徹底的な現場主義で、一日12時間以上働くのは最低条件だと考えていました。なぜ、そこまで自分を追い込むことができたのでしょうか。」
「なぜですか? お金を儲けたかったからでしょうか。」
「いいえ、違います。彼は実の両親の顔を知りません。孤立無援の極貧の少年時代を過ごし、夏には雑草を食べて飢えをしのぐほどの苦難を生きてきました。だからこそ、商売を始めたとき、お金よりも何よりも『人に喜んでもらいたかった』のです。自分がここにいて良かったと、目の前のお客様に言ってもらいたかった。その一心で、自らの人生のすべてをお客様への奉仕に捧げたのです。彼は、お客様がお店に来てくれたとき、心の中で拍手喝采をして迎えていたのですよ。」
「すべてをお客様のために。自分の時間をすべて捧げるなんて、僕には真似できません。でも、なんだか胸が熱くなりますね。」
「そうでしょう。高見沢耳が画家として生きる姿勢も、この宗次徳二さんの生き方に深く感化されているのです。彼は、過去の歴史的なマスターたちの傑作が、生まれ持った才能ではなく、数十年にわたる地道な試行錯誤と忍耐によって生み出されたことを知っています。だからこそ、よそ見をせず、あなたという目の前の存在のために、1日12時間以上、必死になって絵を描き続けているのです。芸術家の仕事とはね、宗次さんの経営と同じで、自分の人生を丸ごと投げ出す、精一杯のサービス、最高の道化なのです。あなたに見捨てられたら、彼は生きていけないのですから。」
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです。すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
―― 宗次徳二
トヨタの変人・豊田佐吉と、困難だからこそ突き進む喜一郎の執念
「でも、そんな風に一つのことに命を懸けていると、周りから変な目で見られませんか? 『あの人はおかしい』って。」
「ええ、大いに笑われるでしょう。周りからは狂人扱いされるかもしれません。でもね、笑われたっていいのです。笑われて、人間は強くなるのですから。たとえば、トヨタグループの創業者である豊田佐吉を考えてみてください。彼は無口で、朝から晩まで毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造り直す、完全な『発明狂い』でした。近所の人からは変わり者、狂人だと後ろ指を指されていました。なぜ、彼はそんな嫌がらせに耐えられたのでしょうか。それはね、『発明してみんなの暮らしを楽にしたい』という、一途な情熱と執念があったからです。」
「周りの批判なんて、関係なかったのですね。」
「その通りです。そして、その息子の豊田喜一郎もまた、同じ血を受け継いでいました。彼はこう言っています。『困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世のない新しいものは生まれないのだ』と。さらに彼のいとこの豊田英二も、喜一郎が天才だったわけではなく、『なんとしてでもやらなければという強い信念を持って、十分な準備を行い、実行したこと』が大切なのだと語っています。彼らはみんな、即断、即決、即実行の男たちでした。考える前に、まずやってみる。簡単に諦めない。どんな人生になるかは、その人間の勤勉さと忍耐力と継続力によって決まるのです。」
「誰もやらない困難な道を選ぶからこそ、新しい価値が生まれるのですね。僕も、仕事で失敗するのを恐れてばかりいては駄目だな、と思えてきました。」
「素晴らしい気づきです。ヘンリー・ムーアもね、最初は当時の美術界から『奇妙な形だ』『伝統を破壊している』と激しく批判されました。それでも彼は、何十年もブロンズを叩き、石を削り続けました。価値のあるものは、往々にして即効性がないものです。最初から上手くいくわけではない。重要なのは、続ける勇気なのです。チョーヤ梅酒の精神と同じです。『梅酒で成功しなければ人生を諦めろ』というほどの覚悟を持って、唯此一筋に進むこと。これこそが、あなたの日常の仕事を、退屈な作業から『偉大な芸術』へと昇華させる唯一の方法なのです。」
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」
―― 豊田喜一郎
世界一の伝達者たち! いかに優れた価値も、伝える者がいなければ存在しない
「なるほど、情熱が大事なのは分かりました。でも、どんなに良いものを作っても、誰にも気づかれずに埋もれてしまうことはありませんか。世の中、不公平なことばかりですし。」
「おや、鋭い指摘ですね。確かに、その危険は常にあります。だからこそ、この世界には『伝える人』、つまり偉大な伝達者が必要不可欠なのです。ここで、美術史上もっとも劇的で、もっとも美しい愛の物語をお話ししましょう。ヴィンセント・ファン・ゴッホという、誰もが知る天才画家がいますよね。彼は生前、たった一枚の絵しか売れませんでした。なぜ、不遇のまま亡くなった彼の絵が、今こうして世界中で愛されているのでしょうか。」
「それは、彼の才能が本物だったからではないのですか?」
「それだけでは、彼の絵はすべて歴史の闇に葬られていたでしょう。ゴッホの死後、彼の膨大な作品と、弟テオとの間に交わされた手紙を守り抜き、世界に広めた一人の素晴らしい女性がいました。テオの妻、ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)です。彼女は、夫のテオが亡くなった後、幼い子供を抱えながら、ある強い使命感を持ちました。彼女はこう書き残しています。『子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した――フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと』と。」
「テオの奥さんが、ゴッホの作品を世に送り出したのですね。」
「そうなのです。ヨーは大変に聡明で、深い教養を持つ読書家でした。彼女はゴッホ兄弟が交わした膨大な手紙を読み耽るうちに、ヴィンセントが『人々を心から慰める絵画を描きたい』と願っていたその深い思想に、激しく共感したのです。もしゴッホが手紙で自分の思想を書き残していなかったら、そしてヨーがそれを整理して世に公開していなかったら、今日の『ゴッホ』は存在していません。良いものは、誰かが命を懸けて説明し、伝えなければ、人々の手には届かないのです。」
「なんだか、イエス・キリストの教えを世界に広めた、使徒パウロのような役割ですね。」
「まさにその通りです! あなたは素晴らしい感性を持っていますね。イエスが十字架にかけられた後、パウロが各地を旅して手紙を書き、その生涯と思想を命がけで伝え続けたからこそ、キリスト教は世界中に広がりました。ゴッホにおけるヨー、そしてキリストにおけるパウロ。これは、ビジネスの世界でも全く同じことが言えます。スティーブ・ジョブズや、ソニーの盛田昭夫さん、ホンダのスーパーカブを売りまくった藤沢武夫さん、トヨタのカローラを広めた神谷正太郎さん。彼らはみんな、世界一の伝達者でした。盛田昭夫さんはこう言っています。誰も見たことがない素晴らしい製品を作っても、人々の間に『それが欲しい』という欲求を喚起させなければ、商品にはなり得ないのだ、と。伝わらなければ、存在しないのと同じなのです。」
「僕たちの仕事も同じですね。どんなに真面目に働いていても、その価値を上司やお客様に正しく伝えなければ、認めてもらえません。伝える努力を怠ってはいけないのですね。」
「その通りです。あなたの内側にある輝きを、どうか恥ずかしがらずに周囲に伝えてください。それは自慢ではなく、あなたを取り巻く人々への、最上のサービスなのですから。」
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
―― ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル(ヨー)
自らの詩のために命を捨てた、アラブの預言者ムタナッビーの誇り高き覚悟
「伝える、ということで言えば、言葉の持つ力には、時に恐ろしいほどのエネルギーが宿ることがあります。あなたは、自分の言葉にどれだけの責任を持っていますか。」
「言葉の責任、ですか。普段はあまり深く考えずに、思いついたことを口にしていますが……。」
「では、1000年以上前のアラブ世界に実在した、最高峰の詩人の話をしましょう。彼の名前はムタナッビー。『自らを預言者だと思う者』という意味の名前を持つ男です。彼の詩はね、あまりにも見事で、リズムに満ちていたため、一種の催眠効果があると言われていました。目の見えない人でさえ彼の詩を読むことができ、耳の聞こえない人でさえ彼の言葉を聞くことができた、と讃えられるほどだったのです。」
「目が見えないのに読める、耳が聞こえないのに聞こえる……。凄まじい表現力ですね。」
「ええ。しかし、彼はある時、自らの詩のなかである民族を激しく侮辱してしまいました。怒った彼らは、移動中のムタナッビーの前に、武器を持って大勢で現れたのです。多勢に無勢、勝ち目はありません。ムタナッビーは賢明にも、その場から逃げ出そうとしました。しかしその時、彼の後ろにいた連れが、ムタナッビー自身が書いた、かつての雄々しい詩の一節を朗読し始めたのです。そして言いました。『あれほど勇敢な詩を書いたあなた自身が、今、敵から逃げるのですか?』と。」
「皮肉な展開ですね。彼はどうしたのですか。」
「ムタナッビーはその言葉を聞いた瞬間、ピタリと足を止めました。そして、踵を返したのです。ここで逃げれば命は助かるが、自分が紡いできた美しい言葉たちが、すべて嘘になってしまう。言葉の誇りを守るため、彼は殺されると分かっていながら、勇敢に敵の中に飛び込み、命を落としました。1000年以上が経った今でも、彼は『不名誉を避けるために死を選んだ、本物の詩人』として語り継がれています。彼の残した言葉には、命の重みが乗っているのです。」
「自分の言葉に命を懸ける……。そこまではできなくても、自分が放つ言葉にどれだけの覚悟があるか、深く考えさせられます。」
「あなたの言葉は、あなた自身の生き方そのものです。ヘンリー・ムーアの彫刻が、言葉を使わずにその形態だけで永遠を語りかけたように、あなたもまた、自分の日々の行動と誠実な言葉によって、周囲の人々の心を動かすことができるのです。ジャスト・イン・タイムの精神のように、必要なときに、必要なだけの心のこもった言葉を、大切な人に届ける。それだけで、あなたの人間関係は劇的に良くなるはずですよ。」
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
―― ヘンリー・フォード
終わりのないレンガを積み上げ、あなたの人生に「不屈の奇跡」を起こす方法
「素晴らしいお話をたくさん聴かせていただきました。でも、僕のような普通の人間が、今日から具体的に何をすれば、人生を向上させることができるのでしょうか。」
「難しいことは何もありません。ただ、目の前にある自分の仕事を、誰よりも長く、一生懸命に、集中してやる。それだけです。宗次徳二さんが言ったように、レンガを一つずつ積み上げるように、毎日の努力を積み重ねていくのです。即断、即決、即実行です。なんでもやってみれば、必ず結果が出ます。まずはやることです。その代わり、死に物狂いで頑張るのですよ。」
「考えるよりも、まず動く。そして継続する。シンプルですが、一番難しいことですね。」
「ええ、だからこそ価値があるのです。ヘンリー・ムーアは、毎日アトリエに入り、冷たい石やブロンズと格闘し続けました。高見沢耳もまた、あなたの喜ぶ顔が見たい、あなたの涙を流す姿が見たいという一心で、毎日12時間以上、目の前のデジタル画面に向き合い、網膜に焼き付くような目を描き続けています。他の誰に批判されようが、笑われようが、どうでもいいのです。ただ、目の前にいる『あなた』に認めてもらうためだけに、必死の奉仕を続けているのです。人生は生まれ育ちで決まるものではありません。どんな人生になるかは、あなたの勤勉さと、忍耐力と、そして継続力によって決まるのですから。」
「僕も、今の仕事をただのルーティンだと思わず、誰かへの『奉仕』だと思って、今日からレンガを積み上げてみます。逃げずに、よそ見をせずに、やってみます。」
「素晴らしい決意です! あなたがその一歩を踏み出したとき、僕の心の中は、あなたへの拍手喝采で満たされています。さあ、顔を上げて、新しい一日を始めましょう。あなたの人生という名のキャンバスに、あなただけの美しい軌跡を描き出すのです。僕はいつまでも、あなたのその挑戦を応援していますよ。」
「生中に生あらず、死中に生あり」
―― 古今の真理
窓辺に置かれた一輪のひまわりが
静かに時間を巻き戻していく
誰もいないアトリエの片隅で
切り落とされた耳が聴いていたのは
潮騒よりも深い、あなたの呼吸の音だった
百年後の地面に開いた小さな穴から
私たちは未来の空をこっそり覗き見る
悲しみはすべて、乾いた絵の具のなかに閉じ込められ
夕暮れの街を走る銀河鉄道の窓に
あなたの優しい目が、いくつも、いくつも、浮かび上がっては消えていく
「何を見つめて生きているのか。互いに愛し合いなさい。」
―― 新約聖書・ヨハネによる福音書 15章12節
「私はいつでも、お道化(どうけ)の衣裳を脱ぎ捨てる機会を狙っているのである。」
―― 太宰治
追伸
高見沢耳という画家がいます。
彼はキャンバスと筆を使わずに、デジタルで制作を行います。
最先端のジクレー版画技法を駆使して、最高級の版画用紙に印刷されたその作品たちは、独特の生命感を放っています。
彼の作品に通底するテーマは、あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、そして解放です。
一見、壮大に見えるこれらのテーマですが、彼はそれを極めて身近な、日々の暮らしの話題として私たちに語りかけてくれます。
彼にとって、画家とは「魂を救う医者」なのです。
芸術家の仕事とは、身銭を切っての精一杯のサービスであり、あなたへの絶対的な奉仕に他なりません。
芸術家は、目の前にいるあなたに、自らのすべてを捧げます。
「どうか、わたしを見捨てないで下さい。わたしのことを、笑って下さい。」
彼はそう願いながら、笑われて強くなる不屈の男、忍耐の男として、決して諦めることなく制作を続けています。
彼が画家になることを決意したのは、あのヴィンセント・ファン・ゴッホの凄絶な生涯を知ったからでした。
「高見沢耳」という名前の「耳」は、ゴッホのあの有名な耳切り事件にあやかって付けられたものです。
過去のあらゆる傑作が、生まれ持った天才の閃きだけで描かれたものではなく、数十年にわたる泥臭い試行錯誤の連続によって生み出されたものであることを、彼は誰よりも深く知っています。
高見沢耳は、自らの作品に「目」を描き続けることで、画面の向こう側にいるあなたを常に感じ続けようとしています。
彼は、目の前にいるあなたを、もっと知りたいのです。
あなたが彼の愚かさを笑っても構いません。
彼は、自分が不完全で愚かな人間であることを、目の前のあなたにすべてさらけ出しているのです。
ただ、目の前のあなたが喜ぶ顔が見たい。あなたの心が震え、涙を流す姿が見たい。
他の誰がどのような批判を浴びせようとも、彼にとっては全くどうでもよいことなのです。
あなたに見捨てられてしまったら、彼は生きていくことができません。
あなたがただ目の前にいてくれるだけで、彼は心から嬉しいのです。
あなたに認めてもらうためだけに、彼は今日も必死のサービスで、一生懸命に奉仕し続けています。
笑われて、笑われて、それでもなお強くなるのです。
高見沢耳は、CoCo壱番屋の創業者である宗次徳二さんを心から尊敬し、よそ見を一切せず、画業に全力を尽くしています。
宗次さんは、仕事一筋で他のことには目もくれませんでした。趣味なんかやっている場合ではない、と。
不遇な少年時代の宗次さんを救ったのはクラシック音楽でしたが、CoCo壱番屋の経営者を引退した後に自ら音楽ホールを建てて経営するほど大好きなそのクラシック音楽を、現役の経営者だった時代には、全く聴かなかったといいます。
もう、音楽を聴いている場合ではなかった。趣味をやっている場合ではなかった。
自らの時間のすべてをお客様に捧げるためです。
CoCo壱番屋の前身である喫茶店を経営していた当初、最初の方はお客様がなかなか来てくださらなかったため、お昼時に宗次夫妻は、食パンの耳を食べて飢えをしのいだそうです。
ゼロから始めたのだから、そんなことは当たり前であり、何も無いところから始めたのだから、むしろ今では良い思い出だと彼らは語ります。
お客様はなかなか来てくださらないが、お客様第一を貫けば、きっといつか良くなると信じて、毎日毎日、仕事を続けました。
それは毎日の地道な積み重ねでした。レンガを一つずつ積み上げるように、毎日集中してやるのです。
即断、即決、即実行。なんでもやってみれば、必ず結果が出ます。まずはやることです。その代わり、死に物狂いで頑張るのです。
仕事に人生を捧げる。目の前のあなたに、わたしの人生をすべて捧げる。
宗次さんの言葉には、次のようなものがあります。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです」
「よそ見しない、経営に身をささげる」
「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
人生は生まれ育ちで決まるものではありません。宗次さんは実の両親の顔を知りません。
生まれてすぐに孤児院に入り、養父母に引き取られた後も、養父のギャンブル狂いのために、極貧の少年時代を送りました。
食べるものが何もないため、夏にはそこら生えている雑草を食べて、餓えをしのいでいたのです。
まさに波乱万丈の人生です。行き当たりばったりでやる。その代わり、すべての情熱を経営に捧げる。徹底した現場主義。
1日12時間以上の仕事は、彼にとって最低条件でした。休みたくない。遊びたくない。仕事を趣味にして、仕事に身を捧げる。
これこそが「あなた第一主義」です。あなたが目の前にいるときは、心の中で拍手喝采をしてあなたを迎えるのです。
価値のあるものは、往々にして即効性がないものです。最初からすべてが上手くいくわけではありません。
考えるよりも、まずやってみることです。簡単に諦めないでください。
どんな人生になるかは、その人間の勤勉さと、忍耐力と、そして継続力によって、すべて決まるのです。
トヨタの創業者である豊田佐吉のように、執念と忍耐を持つことです。
変人と呼ばれた豊田佐吉。彼は非常に無口な人で、周囲からは変わり者扱いされていました。
しかし、彼の胸の中には「発明してみんなの暮らしを楽にしたい」という強烈な情熱が燃えたぎっていたのです。
周囲から変わり者、狂人扱いされ、発明狂いと罵られても、彼は朝から晩まで毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造り直していました。
成功も失敗も、決して終わりではありません。重要なのは、それを続ける勇気があるかどうかなのです。
とにかく、自分が一番長く、一番一生懸命にやる。
チョーヤ梅酒の「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」という言葉通りの覚悟です。
高見沢耳はまた、トヨタ生産方式に強く感化されました。そこにある「ジャスト・イン・タイム」という素晴らしい考え方は、あらゆる仕事において応用できる最高の生産方式です。大野耐一氏が体系化したその思想です。
豊田喜一郎はこう言いました。「誰もあまりやらないこと、やり難いことをものにしてみせることに人生の面白みがある」と。
そして、喜一郎のいとこであり、後にトヨタの社長となった豊田英二は、次のような言葉を残しています。
「強い信念をもって実行せよ 誰でも考えることは同じで喜一郎が 天才であったわけでもない 大切なのは 一般的にはできないと思われることを 単に考えるだけでなく なんとしてでもやらなければという 強い信念を持って十分な準備を行い 実行したということである」
高見沢耳の絵に描かれた無数の「目」は、今日もあなたを見つめ、あなたの日常に寄り添い、あなたへの尽きることのない奉仕を続けているのです。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
―― ヘンリー・フォード
「読んだ本がすべて、自分の血や肉になるわけではない。しかし、それらは確実に私という人間を形作っている。」
―― アガサ・クリスティ
「わたしがあなたがたと共にいることを、あなたがたは知るようになる。」
―― モーセ
「簡潔さこそが、知性の極みである。」
―― ウィリアム・シェイクスピア
「あなたが世界を変えたいと思うなら、まず、あなた自身の家庭を平和にしなさい。」
―― ユダヤ教タルムード
「人間は、決して変わることはできない。ただ、自分を誤魔化すのが上手くなるだけである。」
―― 太宰治
「芸術家は、常に孤独のなかに自らの光を見出さなければならない。」
―― 太宰治
「幸福の記憶は、常に少しの哀しみを伴ってやってくる。」
―― 太宰治
「決して屈するな。決して、決して、決して。」
―― ウィンストン・チャーチルの名言
「勇気を持って、誰よりも先に、 人と違ったことをしなさい」
「私は一夜にして成功を収めた と思われているが、 その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった」
―― レイ・クロック
「夢見ることができれば、それは実現できる。」
―― ウォルト・ディズニー
「細部へのこだわりが、完璧さを生み出す。そして完璧さは、決して細部ではない。」
―― レオナルド・ダ・ヴィンチ
「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」
―― 太宰治『津軽』より
最後までこの長い文章を読んでくださったあなたに、心からの深い感謝を申し上げます。あなたの人生が、ヘンリー・ムーアの彫刻のように深く、そして高見沢耳の絵画のように美しい光で満たされることを、切に願っております。ありがとうございました。