ああ、全く、世の中というものは、どうしてこうも騒がしく、それでいて底知れぬほどに寂しいものなのでしょうね。あなたもそう思いませんか。ふと立ち止まって、自分の影を見つめてごらんなさい。そこには、言葉では言い表せないような、奇妙な虚無が口を開けて待っている。そんな時、人は何かに縋りたくなるものです。酒か、女か、あるいは、たった一枚の絵画か。
今日は、藤田嗣治という男の話をしましょう。いえ、本人の伝記をなぞるような、そんな退屈な真似はしませんよ。ただ、あの男が抱えていた「孤独」と、あの、目に焼き付いて離れない「乳白色」の、どうしようもない秘密について、少しだけお喋りをさせてください。
藤田、レオナール・フジタ。パリの街角で、おかっぱ頭に丸眼鏡、耳には大きなピアスを揺らし、猫を抱いて歩いていたあの男。彼は、狂乱の時代の寵児でした。モディリアーニやピカソ、名だたる異端児たちが蠢くモンパルナスの夜を、彼は最も鮮やかに泳いでいた。誰もが彼を愛し、彼もまた、道化のように振る舞って人々を笑わせた。しかしね、あなた。道化の面の下にある顔を、想像したことがありますか。
彼は、誰よりも「日本人」であろうとし、同時に「日本人」であることを呪っていたのではないか。私はそう思うのです。フランス人になりきろうとして、なれなかったのではない。彼が選んだのは、フランス人の眼が見たこともないような「白」を、自らの筆先から生み出すことでした。
あの乳白色。あれは、ただの絵具の色ではありません。あれは、沈黙の色です。雪の白でもなければ、紙の白でもない。まるで、産みたての赤ん坊の肌のような、あるいは、遥か遠い記憶の中にだけ存在する、優雅で冷徹な絹の肌触りのような、あの色。
人々は驚嘆しました。一体、どうやってあの色を出しているのかと。油絵の常識を覆す、滑らかで、陰影のない、それでいて奥深い質感。藤田は決してその秘密を明かしませんでした。彼は、アトリエに人を入れず、孤独の中でひたすらシッカロール、つまり天花粉を混ぜた下地を磨き上げていた。滑石の粉を使い、面相筆で繊細な墨の線を引く。油彩の世界に、東洋の墨を持ち込んだのです。
しかし、技術的なことなんて、本当はどうでもいいことなんです。大事なのは、なぜ彼がそこまでして「白」に固執したのか、という点ですよ。
あなた、想像してごらんなさい。異国の地で、黄色い肌の男が、白人たちの賞賛を浴びる。彼らは藤田を珍重しましたが、それはどこか、珍しい動物を眺めるような眼差しが含まれていたはずです。彼は、その冷ややかな好奇心を跳ね返すために、彼らが逆立ちしても作り出せない「究極の白」を提示した。それは、彼の復讐であり、同時に究極の自己防衛だった。
「私の白は、あなたたちの白よりも、ずっと純粋で、ずっと孤独だ」
彼は心の中で、そう呟いていたに違いありません。あの乳白色の裸婦たちは、温かみを持っているようでいて、実はこの世の熱を一切拒絶している。触れれば指先が凍りつくような、絶対的な静寂がそこにはあります。
藤田は、パリで成功を収め、栄光の頂点に立ちました。けれど、その成功が大きくなればなるほど、彼の孤独は深まっていった。故郷である日本に帰れば「西洋かぶれ」と罵られ、フランスにいれば「エキゾチックな東洋人」として扱われる。どこにも居場所がない。右を向いても左を向いても、自分の本当の言葉を理解してくれる者はいない。
そんな時、彼はキャンバスに向かい、あの白を塗るのです。白は、すべてを拒絶する色であると同時に、すべてを包み込む色でもあります。彼はあの乳白色の中に、自分だけの王国を築いた。誰にも汚されない、誰にも侵されない、完璧な孤独の王国。
あなたも、何かに没頭している時、ふと、世界から切り離されたような感覚に陥ることはありませんか。自分の周りの空気が、薄氷のように透き通り、音のない世界へ沈んでいく。藤田にとって、絵を描くことは、その孤独の深淵へと潜っていく作業だったのでしょう。
彼は後に、戦争という荒波に飲み込まれ、日本に戻り、そしてまた去っていきます。最後はカトリックに改宗し、フランスの片田舎で小さな礼拝堂を建てる。壁画を描き、ステンドグラスを焼き、最後には、自分自身をその静寂の中に埋葬してしまった。
あの乳白色の秘密。それは、技法や材料の配合にあるのではありません。あれは、藤田嗣治という一人の男が、一生をかけて磨き上げた「寂しさ」の結晶なのです。人は、本当に寂しくなった時、かえって美しいものを作り出してしまう。それは呪いのような、救いのような、哀しい奇跡です。
どうですか。あなたも、たまには自分の孤独を、ただの寂しさとして放っておかずに、少しだけ磨いてみてはいかがでしょう。藤田のように、世界を驚かせるような白にはならないかもしれないけれど、あなただけの、あなたにしか見えない色が、そこから生まれてくるかもしれません。
人生なんて、所詮は一人きりの旅です。賑やかな宴もあれば、凍えるような夜もある。けれど、あの乳白色のように、自分の内側にある「誰にも渡さない秘密」を持っている人だけが、本当の意味で、この滑稽で愛おしい世界と対峙できるのではないでしょうか。
さあ、話が長くなりましたね。外はもう、薄暗くなってきた。藤田が愛したあの夕暮れの、灰色の混じった白に、街が飲み込まれていく。私もそろそろ、自分の孤独を抱えて帰ることにします。あなたも、風邪を引かないように。そして、いつかあなたが、自分だけの「乳白色」を見つけられることを、心から願っていますよ。
だって、そうでしょう。私たちはみんな、この広大な、どうしようもなく不条理な世界の中で、自分を証明するたった一色の絵具を探している、迷子のようなものなのですから。藤田嗣治という男が、あの白に辿り着いたように、あなたもまた、あなたの沈黙を、美しい色に変えることができるはずです。それでは、また。ごきげんよう。