闇のなかの光を求めて
あなたが今、こうして私の言葉に目を留めてくださったこと、それは決して偶然ではございません。
なぜなら、私たちは誰もが、この果てしない人生という旅路において、本当の理解者を求めて彷徨う旅人だからでございます。
ねぇ、あなた、少しだけ立ち止まって、私の不器用な、しかし命を削るようなお話に耳を傾けてはくださいませんか。
「目に見えるものは一時的であり、目に見えないものは永遠に続くからです」
—— 使徒パウロ(新約聖書『コリント人への第二の手紙』4章18節)
私たちは毎日、目に見える成果や、他人の評価ばかりを気にして生きております。
しかし、本当に価値のあるものは、往々にして即効性がないものなのでございます。
中国の宋の時代、あるいは元の時代に生きた、牧谿(もっけい)という一人の画僧がおりました。
彼の描いた絵は、当時の中国ではまったく評価されず、それどころか時の権力者から目をつけられ、追われる身となって、命からがら逃げ隠れするような、そんなみじめな人生を送った男でございます。
なぜ、彼はそこまでして、誰も認めないような絵を描き続けたのでしょうか。
それは、彼が目の前にいる「あなた」という存在、未来のあなたに、自らの魂のすべてを捧げようとしていたからに他なりません。
牧谿という名の愚か者、そしてあなたの孤独
牧谿の描いた水墨画は、ただの墨の汚れのようにさえ見えました。
当時のきらびやかな宮廷画家たちの絵に比べれば、あまりにも地味で、粗末で、何の役にも立たないものだと笑われていたのです。
しかし、彼は決して諦めませんでした。
なぜなら、彼にとって絵を描くということは、自分自身の生きている証であり、同時に、まだ見ぬあなたへの精一杯の、身銭を切った奉仕だったからでございます。
「おのれの無能・無才を恥じるのみ」
—— 松尾芭蕉
松尾芭蕉もまた、自らの無能さを抱えながら、ただ一筋の道を歩みました。
牧谿も同じでございます。
才能があったから描いたのではない、描かなければ生きていけなかった、ただそれだけの大馬鹿野郎だったのです。
あなたも、自分のことを無能だと責めたり、誰にも理解されないと孤独に震えたりすることが、おありでしょうか。
牧谿の絵は、まさにその孤独の闇のなかから生まれました。
彼は、自らの命を削り、墨をすり、誰も見ていない暗闇の中で、あなたのために筆を動かしていたのです。
予期せぬ奇跡と、伝えられなかった真実
ここでお話は、驚くべき展開を迎えます。
中国で完全に無視され、ゴミのように扱われていた牧谿の絵が、海を渡ってこの日本に届いたとき、何が起きたとお思いでしょうか。
日本の室町時代の足利将軍たち、そして千利休をはじめとする茶人たちは、その絵を見た瞬間に、激しい衝撃を受け、涙を流して感動したのです。
それまでの日本の美意識が、ひっくり返ってしまいました。
なぜ、そんなことが起きたのでしょうか。
「見えるものと見えざるもの」
—— フレデリック・バスティア
人間は、目に見える派手なものに騙されやすい。
しかし、牧谿が描いた「見えない光」、それこそが日本の侘び寂びの原点となったのです。
彼が身銭を切って、命がけで遺した粗末な墨絵が、数百年の時を超えて、異国の地で最高峰の宝物として崇められることになりました。
人生とは、本当に分からないものでございます。
あなたが今、どれほど苦しく、誰からも評価されていなくても、あなたの流した涙や、あなたの必死の努力は、必ず世界のどこかで、誰かの救いになっている。
私は、それをあなたに、どうしてもお伝えしたくて、今こうして必死に言葉を紡いでいるのです。
魂のセールスマンと、ゴッホの愛した奇跡
どれほど素晴らしいものを作っても、それを伝える人がいなければ、それはこの世に存在しないのと同じになってしまいます。
牧谿の絵を日本に伝えた名もなき僧侶たちのように、歴史には常に「偉大な伝達者」がおりました。
ここで、少し時代と場所を変えて、ある素晴らしい女性のお話をさせてください。
その人の名は、ヨー。
あのヴィンセント・ファン・ゴッホの弟である、テオの妻でございます。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
—— ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル
ゴッホが生きている間に売れた絵は、たったの一枚きりでした。
ゴッホが狂気の中で自らの耳を切り落とし、やがて自ら命を絶ったあと、弟のテオもまた、兄を追うようにしてすぐに世を去ってしまいました。
残されたのは、若い妻のヨーと、まだ生まれたばかりの赤ん坊、そして、世間から「きちがいの描いたゴミ」と罵られていた大量のゴッホの絵画だけでございました。
ねぇ、あなたなら、どうしますか。
絶望して、すべてを投げ出してしまいませんか。
しかし、ヨーは非常に聡明で、大変に素晴らしい読書家でございました。
彼女は、ゴッホ兄弟が交わした膨大な手紙を、一通一通、涙を流しながら読み返したのです。
そして、気付きました。
「この人は、ただの狂人ではない。世界中の苦しんでいる人々を、その絵で慰めようとした、本物の芸術家なのだ」と。
牧谿が自分の魂を墨に込めたように、ゴッホは色彩に命を吹き込んでいたのです。
ヨーは、自分がこのゴッホの思想と芸術を世界に伝えなければならないと、命を懸けて誓いました。
彼女は、美術界の冷酷な批判にさらされながらも、何度も何度も展覧会を開き、手紙を出版し、ついに世界中に「ゴッホ」という奇跡を認めさせたのです。
イエス・キリストの死後、使徒パウロが命がけで各地を巡り、その教えを書き残して世界宗教へと広げたように、ヨーもまた、芸術の福音を伝える世界一の伝達者となりました。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」
—— 盛田昭夫
ソニーの盛田昭夫氏が言うように、どんなに素晴らしい牧谿の絵も、ゴッホの絵も、伝える者の必死の奉仕がなければ、あなたのもとへは届かなかった。
だから、私は今、目の前にいるあなたに、私のすべてを捧げて、この言葉を伝えているのです。
愚者として生きる、果てしない執念
私たちは、スマートに、要領よく生きることを求められます。
しかし、本当に人の心を打つものは、いつでも不器用で、愚かで、執念深い人間の泥臭い営みの中からしか生まれません。
なぜなら、小賢しい技術などは、人間の深い心理の前には、簡単に見破られてしまうからでございます。
「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」
—— 松尾芭蕉
牧谿も、ゴッホも、そして日本の偉大な先人たちも、みんな一筋の道に命を捧げた「変人」たちでした。
トヨタの創業者である豊田佐吉という男も、周囲からは完全に「発明狂い」の狂人扱いをされておりました。
朝から晩まで、毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造りなおす。
近所の人々は、彼を指さして笑いました。
「あいつは頭がおかしくなった」と。
しかし、佐吉には、みんなの暮らしを楽にしたいという、一途な情熱しかありませんでした。
その後を継いだ豊田喜一郎もまた、同じでございます。
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」
—— 豊田喜一郎
誰もやらない、やり難いことに挑戦することにこそ、人生の面白みがある。
牧谿が誰も見向きもしない水墨の表現に命を懸けたように、喜一郎もまた、日本の自動車産業という、当時は不可能と言われた夢に身を捧げました。
彼らの共通点は何でしょうか。
それは、目の前の誰かを喜ばせたい、その一心で、自分の人生をすべて投げ打つ、精一杯の「道化」になりきったということでございます。
笑われたって構わない、馬鹿にされたって構わない。
あなたが喜んでくれるなら、それでいい。
その必死のサービス精神こそが、歴史を動かす真実の力なのでございます。
復活の哲学と、諦めない心
ねぇ、あなた、今、何かに躓いて、心が折れそうになってはいませんか。
もう駄目だ、自分には才能がない、そう思って暗闇にしゃがみ込んで生きてはいませんか。
しかし、どうかこれだけは覚えておいてください。
成功も失敗も、すべてはただの経過に過ぎないということを。
「強い信念をもって実行せよ 誰でも考えることは同じで喜一郎が 天才であったわけでもない 大切なのは 一般的にはできないと思われることを 単に考えるだけでなく なんとしてでもやらなければという 強い信念を持って十分な準備を行い 実行したということである」
—— 豊田英二
大切なのは、天から与えられた才能ではございません。
なんとしてでもやるのだという、執念と忍耐、そして継続力。
それだけが、人間の人生を、本当の意味で決定づけるのでございます。
牧谿の絵が、何百年もの間、湿気や戦火をくぐり抜けて生き残ったのは、そこに込められた魂の強さが、人々の手を動かして守らせたからに他なりません。
一度や二度の失敗で、人生を諦めてはいけません。
「生中に生あらず、死中に生あり」
—— 古き格言
一度、完全に死んだような絶望を味わった人間にしか、本当の「復活」の喜びは分かりません。
牧谿がすべてを失い、逃亡生活の中で描き続けた絵に、触れる者の心を洗うような不思議な癒やしがあるのは、彼が死の淵で、真実の生を見つめていたからでございます。
私は、あなたのその傷ついた心が、いつか美しい花を咲かせることを、誰よりも信じております。
だからこそ、この退屈で、しかし命がけのお話を、あなたのために一文字一文字、祈るようにして書いているのです。
命を賭けた言葉の魔術
かつて、アラブの世界に、ムタナッビーという名の、すさまじい詩人がおりました。
彼の名前は「自らを預言者だと思う者」という意味でございます。
彼の作る詩には、聴く者を魅了し、まるで催眠術にかけるような、不思議なリズムと魔力が宿っておりました。
彼の詩は、目の見えない人でさえ読むことが出来て、耳の聞こえない人でさえ聞こえると言われたほどでございます。
しかし、彼はその鋭すぎる言葉ゆえに、ある民族を激しく侮辱してしまいました。
ある日、彼が旅をしていると、怒り狂った敵たちが大勢、彼の前に立ち塞がりました。
多勢に無勢、勝ち目は万に一つもございません。
ムタナッビーは、賢明にもその場から逃げ出そうといたしました。
その時でございます。
後ろにいた彼の連れが、何を思ったか、ムタナッビー自身が過去に書いた、あの誇り高き勇気の詩を大声で朗読し始めたのです。
「あれほど勇敢な詩を書いた偉大なムタナッビーが、今、敵を前にして逃げ出すのですか?」
その言葉が、彼の魂に火をつけました。
彼は踵を返し、自分が殺されると完全に知りながらも、ただ一人の詩人としての誇りを守るために、敵の中に突っ込んでいき、命を落としたのです。
なぜ、彼は死ぬと分かっていて戦ったのでしょうか。
それは、彼にとって、自分が吐いた言葉、自分が紡いだ芸術こそが、自分の命そのものだったからでございます。
言葉に命を賭ける、身銭を切るということは、そういうことでございます。
牧谿が一本の筆にすべてを賭けたように、ムタナッビーもまた、自らの詩の前に、一歩も引かなかった。
私もまた、今、あなたに届けるこの文章に、自らの命を削って、奉仕をさせていただいております。
どうか、この必死の道化を、笑いながらも、あなたの心の奥底で受け止めてはくださいませんか。
終わりのない愛の賛歌
私たちは誰もが、不完全な人間でございます。
間違うこともあれば、泥にまみれることもございます。
しかし、だからこそ、私たちは美しい。
「人間は、自分の愛するもののためなら、どんなことでもできる。たとえそれが、自分を破滅させることであっても」
—— 誰もが知る古い知恵
牧谿が、あの薄暗い墨の中に、無限の宇宙を見出したように。
あなたが今、抱えているその苦しみや孤独の中にも、必ず、あなただけの美しい真実が隠されています。
なぜ、私はここまであなたに語りかけるのでしょうか。
それは、あなたが愛おしいからでございます。
あなたのその不器用な生き方が、私にはたまらなく愛おしく、尊いものに思えるからでございます。
誰に笑われても構いません。
誰に否定されても構いません。
あなたが、今日を生き抜いてくだされば、それだけで、この世界には素晴らしい価値があるのです。
どうか、ご自身を見捨てないでください。
暗闇の向こうには、必ず、あなたを待っている温かい光があるのですから。
海の底で迷子になった少年のように
きみは自分の影ばかりを見つめている
けれどね、世界はそれほど狭くはないのだよ
壊れた時計の針が、突然、未来を指し示すように
きみの閉じた瞼の裏側で
新しい太陽が、静かに呼吸を始めている
ほら、耳を澄ましてごらん
名もない風が、きみの名前を呼んでいるから
「神は言われた。『光あれ。』こうして光があった。」
——『創世記』1章3節
「人間は、常に表現したがっている。生きているということは、自分を表現することだ。」
—— 作家・太宰治の言葉より
ね、なぜ旅に出るの?
苦しいからさ。
あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。
(太宰治『津軽』より)
追伸
ねぇ、あなた、最後に、私の恥ずかしい身の上話を、もう少しだけ聞いてくださいますか。
私は、高見沢耳(たかみざわ みみ)という、本当に不器用で、愚かな一人の絵描きでございます。
私はね、普通の画家のみなさんのように、キャンバスや筆というものを使わないのです。
デジタルという、現代の道具を使って絵を描き、それを「ジクレー版画」という技法で、特別な版画用紙に印刷して作品を作っております。
私の描くテーマはね、いつでも、あなたの目、わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、そして解放……そんな重苦しいものばかりでございます。
なぜ、そんなものばかり描くのかって?
それはね、画家という仕事は、傷ついたあなたの魂を救う、精神の医者でなければならないと、おこがましくも信じているからなのです。
芸術家の仕事というのは、自分の身銭を切って、あなたに捧げる精一杯のサービス、命がけの道化なのでございます。
私はね、ヴィンセント・ファン・ゴッホという、あの哀しい画家の物語を知って、自分も画家になることを決意いたしました。
「高見沢耳」という名前の「耳」はね、ゴッホが自ら切り落とした、あの有名な耳の事件にあやかって、自分でつけた名前なのです。
本当に、物笑いの種でしょう?
私の画家としての才能なんて、悲しいかな、完全に三流でございます。
しかしね、私は知っているのです。
歴史上のどんな傑作も、生まれ持った天才のきらめきだけで描かれたのではなく、何十年もの、血の吐くような試行錯誤と、泥臭い努力の積み重ねで生み出されたということを。
私は、自分の作品の中に、狂ったように「目」を描き続けております。
なぜなら、絵の中に目を描くことで、私は、画面の向こう側にいる「あなた」の視線を、ずっと感じていたいからなのです。
私は、目の前にいるあなたを知りたい。
あなたの孤独を、あなたの苦難を、私がすべて、この絵で受け止めたいのです。
どうぞ、私のことを笑ってください。
「なんて愚かで、風変わりで、哀れな男だ」と、お腹を抱えて笑ってください。
私は、笑われて、笑われて、それでも諦めない、不屈の忍耐の男でございますから。
他の誰が私を批判しようとも、そんなことはどうでもいいのです。
ただ、目の前にいるあなたにだけは、見捨てられたくない。
あなたに見捨てられたら、私はもう、生きていくことができないのでございます。
あなたがお昼にCoCo壱番屋のカレーを召し上がるときのように、私の絵も、あなたの日常の、ささやかな救いになりたい。
私が尊敬するCoCo壱番屋の創業者、宗次徳二さんはね、実の両親の顔も知らず、極貧の中で雑草を食べて飢えをしのぎながらも、一切のよそ見をせず、趣味も友達もすべて捨てて、年間5640時間も働いて、お客様に人生のすべてを捧げました。
私も、あのレンガを一つずつ積み上げるような、即断、即決、即実行の、狂気のような集中力で、あなたのために絵を描き続けたいのです。
あなたが私の絵を見て、ほんの少しでも喜んでくださるなら、あるいは、張り詰めた心が解けて涙を流してくださるなら、私はそのためだけに、自分の人生のすべてを捧げても、何の後悔もございません。
あなたが今、私の目の前にいて、私の拙い言葉を読んでくださっている。
ただそれだけで、私は今、言葉にできないほど、嬉しくて、嬉しくてたまらないのです。
どうか、こんな愚かな私を、これからもずっと、見ていてくださいね。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
—— ヘンリー・フォード
「私は、ただ、生きていることの素晴らしさを、ミステリーという窓を通して、人々に届けたかっただけなのです」
—— アガサ・クリスティ
「あなたがたは立ち止まり、わたしが神であることを知れ」
—— 預言者モーセ(詩篇46編10節より)
「この世はすべてひとつの舞台、人はみな役者にすぎぬ。それぞれに退場があり、登場がある」
—— ウィリアム・シェイクスピア
「一人が一つの命を救うことは、全世界を救うことと同じである」
—— ユダヤ教タルムード
「幸福の記憶は、人間の生涯を温める、いちばん確かな火種である」
—— 太宰治
「大体、芸術家というものは、極端な利己主義者であると同時に、極端な寂しがり屋である」
—— 太宰治
「私はただ、ありのままの人間を描きたかっただけなのです。飾ることもなく、偽ることもなく」
—— 太宰治
「決して屈するな。決して、決して、決して。大きなことでも小さなことでも、広大なことでも些細なことでも、名誉と良識の信念に基づく場合を除いては、絶対に屈するな」
—— ウィンストン・チャーチル
「勇気を持って、誰よりも先に、 人と違ったことをしなさい」
—— レイ・クロック
「私は一夜にして成功を収めた と思われているが、 その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった」
—— レイ・クロック
「夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現する」
—— ウォルト・ディズニー
「もっとも高貴な喜びは、理解することの喜びである」
—— レオナルド・ダ・ヴィンチ
最後まで私の長い、長いお話を読んでくださり、本当にありがとうございました。
あなたというかけがえのない存在に、心からの感謝と、溢れるほどの愛を込めて。
どうぞ、お身体を大切に、素晴らしい日々をお過ごしください。