「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」
これは、俳聖として知られる松尾芭蕉が残した、あまりにも有名な言葉です。
あなたは今、この言葉を聞いてどう感じましたか?
「自分にはそんな一筋の道なんてない」と、少し不安になってしまいましたか?
どうか安心してください。
この言葉は、あなたを突き放すためのものではありません。
むしろ、不器用で、あれこれ器用に生きられない私たちが、どれほど救われているかを示す言葉なのです。
わたしは、この言葉の重みをいつも噛み締めています。
なぜなら、わたし自身もまた、絵を描くこと以外には何もできない、不器用な人間だからです。
この言葉は、わたしとあなたの人生に、とても深い関係があります。
あなたは毎日の生活の中で、「あれもこれもやらなきゃいけない」と、心がバラバラになりそうなことはありませんか?
そんなあなたにこそ、ひとつのことに命を懸けた人間の物語が、強力な心の支えになるのです。
なぜ、18世紀の浮世絵師があなたの孤独を癒すことができるのでしょうか?
あなたは、鈴木春信という名前を聞いたことがありますか?
江戸時代に活躍した、天才浮世絵師です。
彼こそが、それまで白黒や、せいぜい二色刷りだった木版画の世界に、革命を起こしました。
フルカラーの芸術、「錦絵」を生み出した最初の男なのです。
でも、なぜ今、あなたに鈴木春信の話をするのでしょうか?
それは、彼が描いた世界が、現在のあなたの心を包み込むための、特別な処方箋だからです。
あなたは、ご自分が少しの寂しさを抱えて、生きているのを知っていますか?
そんなあなたの心を、慰めるために制作されたのが、高見沢耳の作品です。
あなたの心を癒すための芸術です。
わたしは、鈴木春信の生き様と作品を通じて、あなたのその寂しさを、温かい安心感へと変えたいのです。
人間は、誰しも心の一隅に孤独を飼っています。
それは、あなたが一生懸命に生きている証拠なのです。
聖書の中には、このような言葉があります。
「光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった。」(新約聖書・ヨハネによる福音書第1章5節)
この光こそが、芸術の力です。
あなたの心がどんなに暗闇に包まれていても、一枚の絵が放つ光は、決して闇に負けることはありません。
そして、この聖書の言葉を受けて、作家の太宰治はこう言いました。
「芸術家は常に弱者の味方でなければならない」
これは太宰治の言葉です。
わたしはこの言葉を、あなたのために捧げます。
芸術は、強い人のためのものではありません。
日々の生活に疲れ、少し傷つき、それでも前を向こうとしている、あなたのためにあるのです。
あなたの人生の主役は、他の誰でもない「あなた」自身だと気づいていますか?
鈴木春信の描く美人は、とても小柄で、手足がか細いのが特徴です。
まるで、触れたら折れてしまいそうな、繊細な姿をしています。
なぜ、彼はそんな美人を描いたのでしょうか?
それは、人間の儚さや、愛おしさを表現するためでした。
あなたの日常も、同じではないでしょうか。
満員電車に揺られ、理不尽な仕事に耐え、人間関係に気を遣う。
そんなあなたの繊細な心が、春信の絵には写し出されているのです。
ここで、驚くべき話をしましょう。
春信は、単に綺麗な絵を描いたのではありません。
彼は、当時の最先端の知識人たちと協力し、金に糸目をつけずに新しい技術を開発しました。
今で言う、最高のクリエイティブチームを作ったのです。
これって、あなたの仕事や生活にも通じることだと思いませんか?
一人ではできないことも、誰かと情熱を共有することで、眼を見張るような素晴らしい成果に変わるのです。
機械の便利さに囲まれた現代で、なぜ私たちは芸術を求めるのでしょうか?
ここで、相馬愛蔵の素晴らしい名言をご紹介します。
「機会というものは、いつも初めは、一つの危機として来るか、あるいは一つの負担として現れた」
この言葉は、あなたの人生にどんな意味を持っているでしょうか。
新しい挑戦や、突然のトラブル。
それは一見すると、あなたを苦しめる「危機」や「負担」に見えますよね。
しかし、それこそが、あなたの人生を大きく変える「機会」なのです。
鈴木春信にとっても、多色摺りの錦絵を開発することは、大いなる負担だったはずです。
周囲からは、「そんな面倒なこと、うまくいくはずがない」と言われたかもしれません。
それでも彼は諦めなかった。
なぜなら、その先に、人々の暮らしを彩る最高の美があると信じていたからです。
あなたが今、直面している困難も、実は新しいあなたへと生まれ変わるための特別なチャンスなのです。
どうか、一刻も早い成功を求めて焦らないでください。
本物の価値があるものは、往々にして即効性がないものなのですから。
困難な道を選んだあの変人たちは、どのようにして世界を変えたのでしょうか?
世の中には、周囲から「変わり者」と呼ばれながらも、偉大な功績を残した人がいます。
トヨタの創業者である、豊田佐吉もその一人でした。
佐吉は本当に無口な人で、いつも周囲から変わり者、狂人扱いされていました。
まさに「発明狂い」です。
朝から晩まで、毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造りなおす。
なぜ、彼はそこまで狂ったように作業を続けられたのでしょうか?
それは、「発明してみんなの暮らしを楽にしたい」という、たった一つの純粋な情熱があったからです。
そして、その息子である豊田喜一郎もまた、同じ血を引いていました。
彼のこの言葉を、あなたの胸に深く刻んでください。
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」
あなたは、自分のこだわりを周囲に理解されず、寂しい思いをしたことはありませんか?
「そんなことやって何になるの?」と言われて、傷ついたことはありませんか?
でも、そのままでいいのです。
あなたが信じた道を、あなたらしく突き進むこと。
それこそが、新しい未来を切り開く唯一の方法なのです。
成功も失敗も、終わりではありません。
重要なのは、続ける勇気なのです。
とにかく、自分が一番長く、一生懸命にやることです。
あのチョーヤ梅酒の歴史でも、「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」というほどの執念がありました。
あなたの人生のクオリティを決めるのは、他人の評価ではなく、あなたの忍耐力と継続力なのです。
一流の人間が持つ共通の「執念」を、あなたの日常にどう活かしますか?
ここで、日本のモノづくりを支えた天才たちのエピソードをお話ししましょう。
本田宗一郎、藤沢武夫、神谷正太郎、石田退三。
彼らは全員、驚くべき執念と忍耐の男たちでした。
本田宗一郎は、四輪車への進出を果たす際、政府からの激しい反対に遭いました。
しかし、彼は「絶対に諦めない」と、現場で怒号を飛ばしながら、寝る間も惜しんでエンジンを叩き続けました。
彼を支えた藤沢武夫は、その常軌を逸した情熱をビジネスの仕組みへと変えました。
また、トヨタの販売の神様と呼ばれた神谷正太郎や、経営の危機を救った石田退三も、どんな苦難の時も「お客様のために」という一念を崩しませんでした。
彼らの生き方は、あなたにとってどんなメリットがあるでしょうか?
それは、「よそ見をしない」という教訓です。
あれこれと目移りせず、目の前にある仕事、目の前にいる大切な人に、自分のすべてを捧げること。
それが、結果的にあなた自身を最も輝かせる方法なのです。
ここで、ソニーの創業者である盛田昭夫の言葉を聴いてください。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」
どんなに良いものでも、相手に伝わらなければ、存在しないのと同じなのです。
これは、あなたの人間関係にも言えることではありませんか?
あなたの優しさ、あなたの頑張り、あなたの本音。
それを大切な人に「伝える努力」をしなければ、せっかくの素敵な想いも届かないのです。
だからこそ、芸術が必要なのです。
芸術は、言葉にならないあなたの感情を、代わりに伝えてくれる強力なメディアなのですから。
なぜ、完璧さを求めることがあなたの心を救う最強の武器になるのでしょうか?
ここで、現代のカリスマであるスティーブ・ジョブズの視点を入れてみましょう。
ジョブズは常に、目に見えない裏側の美しさにまでこだわりました。
彼の思想の根底にあったのは、このような確信です。
「クオリティは永遠に記憶される。価格は忘れられる。」
どんなマーケティングであっても、駄作をヒットさせることはできません。
この言葉は、あなたの日常生活にどう有益なのでしょうか?
あなたは日々の生活で、「これくらいでいいや」と妥協してしまうことはありませんか?
しかし、手抜きの仕事や、中途半端な態度は、結局あなたの心をすり減らすだけです。
逆に、誰も見ていないような細かい部分にまで心を配ると、不思議と自分に対する自信が湧いてきます。
鈴木春信の浮世絵もそうでした。
彼は、着物の柄の細部、髪の毛の一本一本にまで、信じられないほどのこだわりを詰め込みました。
そのクオリティが、250年以上の時を超えて、今のあなたに感動を与えているのです。
あなたが今日、心を込めて行う小さなおもてなしや、丁寧な仕事は、決して無駄にはなりません。
それは永遠の価値を持って、あなたの人生に残り続けるのです。
あなたの人生の本当の成功とは、一体どこにあると思いますか?
自動車王であるヘンリー・フォードは、このように語っています。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
私たちは、どうしても「何をもらえるか」「どれだけ得をするか」ばかりを考えてしまいがちです。
しかし、本当の幸福感は、誰かに何かを与えた時にしか得られません。
あなたが誰かを笑顔にした時、あなたの心も温かくなりますよね?
それこそが、人間の心理の真実なのです。
鈴木春信も、自分の富や名声のためだけに絵を描いたのではありません。
江戸の町人たちが、彼の絵を見て「なんて素敵なんだろう」と驚く顔が見たかったのです。
読む人にサービスをする、素晴らしい文章や芸術は、すべてこの「与える精神」から生まれます。
わたしも今、この文章を通じて、あなたにわたしのすべてを捧げています。
あなたの人生が、少しでも明るく、前向きなものになるようにと、祈りを込めて書いています。
古くから伝わる知恵として、老子はこう言いました。
「足るを知る者は富む」
あなたが今持っているものに感謝し、それを誰かのために分け与えること。
その瞬間に、あなたの孤独は消え去り、豊かな人生が始まるのです。
目の前の霧が晴れるように、あなたのすべての心配事が消えていく感覚を味わってみませんか?
ここで、わたし自身の話をさせてください。
実は、わたしには大きな疑問と心配事がありました。
それは、「人間の心は、本当に通じ合うことができるのだろうか」という不安です。
どれだけ言葉を尽くしても、どれだけ優しくしても、結局は分かり合えず、一人ぼっちのまま死んでいくのではないか。
そんな恐怖を抱えていた時期がありました。
しかし、その問題点は、芸術によってすべて解決可能なことなのだと気づいたのです。
なぜなら、芸術は時空を超えて、魂と魂を直接結びつけることができるからです。
鈴木春信が描いた美人の視線を見てください。
その目は、250年前の江戸の空気を含みながら、今、画面を通じて、まっすぐにあなたを見つめています。
言葉はいりません。
ただ、その絵と向き合うだけで、「あなたは一人じゃないよ」というメッセージが、あなたの心にダイレクトに届くはずです。
だから、もう心配しないでください。
あなたの寂しさも、不安も、すべて芸術が優しく抱きしめてくれます。
あなたは守られているのです。
最後に、この言葉をもう一度、あなたの心に深く響かせてください。
生中に生あらず、死中に生あり。
どんなに絶望的な状況に見えても、その中には必ず、新しい命の息吹が眠っています。
あなたの人生は、これからもっともっと、うまくいくように保証されているのです。
追伸
あなたは、ご自分が少しの寂しさを抱えて、生きているのを知っていますか?
そんなあなたの心を、慰めるために制作されたのが、高見沢耳の作品です。
あなたの心を癒すための芸術です。
ここで、高見沢耳(たかみざわ みみ)という画家について、少しだけお話をさせてください。
高見沢耳は、従来の画家のようにキャンバスと筆を一切使いません。
すべてデジタルで制作します。
そして、それを最新のジクレー版画技法を使って、最高級の版画用紙に印刷するのです。
これは、伝統的な鈴木春信の錦絵が、当時の最先端技術の結晶であったことと、まったく同じ挑戦です。
高見沢耳のテーマは、とても身近で、かつ壮大なものです。
あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、解放。
これらすべてのテーマは、あなたの日常の寂しさを楽しいお話へと変えるためのものです。
画家とは、魂を救う医者でなければなりません。
芸術家の仕事は、自らの身銭を切っての、精一杯のサービスなのです。
あなたへの絶対的な奉仕なのです。
芸術家は、目の前にいるあなたに、自らの命のすべてをささげます。
ですから、どうか見捨てないでください。
未熟なわたしのことを、笑ってください。
人間は、笑われて強くなるのです。
この必死のサービスこそが、芸術家の生きる道であり、精一杯の道化なのです。
高見沢耳は、忍耐の男です。不屈の男です。絶対に諦めません。
なぜなら、ヴィンセント・ファン・ゴッホの激しい生涯を知って、画家になることを決意したからです。
「高見沢耳」という名前の「耳」は、あの有名なゴッホの耳切り事件にあやかって付けられたものです。
ゴッホは、このような素晴らしい名言を残しました。
「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」
何かを表現しているのに、誰の心も感激させられない、あなたの心を慰めることの出来ない仕事や作品には、何の価値もありません。
過去のあらゆる傑作のすべてが、生まれ持った才能だけで描かれたものではなく、数十年にわたる気の遠くなるような試行錯誤によって生み出されたものだと、わたしは知っています。
高見沢耳は、自分の作品に「目」を描き続けることで、画面の向こう側にいるあなたを、常に感じ続けているのです。
目の前にいる、あなたという存在を、もっと深く知りたいのです。
高見沢耳は、カレーハウスCoCo壱番屋の創業者である宗次徳二(むねつぐ とくじ)氏を心から尊敬しています。
よそ見をしないで、自分の仕事に全力を尽くすその姿勢を模範としています。
宗次氏は、仕事一筋で、他のことは一切やりませんでした。
「趣味なんかやっている場合じゃない」と、自らに猛烈な負荷をかけたのです。
不遇な少年時代を送った宗次氏を救ったのは、クラシック音楽でした。
しかし、CoCo壱番屋の経営者を引退してから、自ら音楽ホールを建てて経営するほど大好きなそのクラシック音楽を、現役経営者だった時代には、まったく聴かなかったそうです。
もう、音楽を聴いている場合ではなかった。自らの時間のすべてを、お客様に捧げるためです。
前身である喫茶店の経営を始めた当初は、お客様がなかなか来てくれませんでした。
そのため、お昼ご飯は、宗次夫妻で食パンの耳を食べてしのいでいたのです。
サンドイッチで使わない、残ったパンの耳です。
ゼロから始めたのだから、そんなことは当たり前であり、むしろ今となっては良い思い出だと彼は語ります。
「お客様第一を貫けば、きっと良くなる」と信じて、毎日レンガを積み上げるように、集中して仕事を続けました。
即断、即決、即実行。
なんでもやってみれば、結果が出ます。まずはやることです。その代わり、死ぬ気で頑張るのです。
仕事に人生を捧げる。目の前にいるあなたに、わたしの人生をすべて捧げる。
宗次徳二氏の、この血の滲むような言葉を聴いてください。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです。よそ見しない、経営に身をささげる」
「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
人生は、生まれ育ちで決まるものではありません。
宗次氏は実の両親の顔を知りません。生まれてすぐに孤児院に入り、養父母に引き取られたあとも、養父のギャンブル狂いのために、極貧の少年時代を送りました。
食べるものがないので、夏には雑草を食べて餓えをしのいでいたのです。
そんな波乱万丈の人生を、彼は行き当たりばったりで受け入れ、その代わりに経営に命を捧げました。
現場主義を徹底し、1日12時間以上の仕事は最低条件。休みたくない、遊びたくない、仕事を趣味にして、あなた第一主義を貫いたのです。
お客様であるあなたが目の前にいるときは、心の中で拍手喝采をして迎える。
そんな徹底した姿勢が、あの偉大なチェーンを作り上げたのです。
芸術も、まったく同じです。
最初からうまくいくわけではありません。考えるより、まずやってみる。
簡単に諦めないでください。
あなたの人生がどんなものになるかは、あなた自身の勤勉さと、忍耐力と、継続力によって、すべて決まるのです。
ゴッホが亡くなった後、彼の弟テオもまた、兄を追うように亡くなりました。
残されたテオの妻、ヨーは、絶望の中でこう言いました。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
このヨーの執念があったからこそ、現代の私たちはゴッホの絵に出会うことができています。
そして、あの偉大な天才発明家、エジソンもこう言っています。
「我々の最大の弱点は諦めることにある。成功するための最も確実な方法は、常にもう一度だけ試みることだ。多くの失敗者は、諦めたとき自分がどれほど成功に近かったかに気づいていない。私の成功の秘訣は他の人が諦めた後も続けることだ」
あなたの人生の扉を開くのは、いつも「もう一回だけ試してみる」という、小さな勇気なのです。
聖書の中で、使徒パウロはこう語りました。
「わたしたちは、四方から苦しめられますが、行き詰まりません。途方に暮れますが、失望しません。倒されますが、滅びません。」(新約聖書・コリントの信徒への手紙二第4章8-9節)
そして、神学者ジャン・カルヴァンもまた、人間の不屈の精神について、こう書き残しています。
「神の恵みは、人間の最大の苦難の中でこそ、最も鮮やかに現れる」
あなたの人生のすべての苦難は、あなたがより輝くための伏線に過ぎません。
最後に、わたしが深く尊敬するヘンリー・フォードの、あの力強い言葉をあなたに送ります。
「すべてがあなたに対して逆風になっているように思えるときは、思い出してほしい。飛行機は、追い風ではなく、逆風に向かって飛び立つということを」
あなたがどんな逆風の中にいても、わたしは絵の具の代わりにデジタルの光を紡ぎ、あなたの目を、あなたの心を、ずっと見つめ続けています。
あなたは、決して一人ではありません。