もしも、あなたがヴェネツィアという、あの浮かれた、それでいて酷く寂しい水の都を訪れることがあったなら、どうかサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂という、名前ばかりが立派で、中に入ればひんやりと暗い、あの古びた建物のことを思い出していただきたいのです。そこには、ティッツァーノ・ヴェチェッリオという、あきれるほどに幸福で、あきれるほどに色彩に愛された男の、それは見事な「聖母被昇天」が鎮座しております。私はその絵を思うたび、胸が締め付けられるような、あるいは、救いようのない自分を笑い飛ばしたくなるような、奇妙な心持ちになるのです。
ティッツァーノ。その名前の響きからして、何やら金銀財宝が詰まった小箱を、惜しげもなくひっくり返したような華やかさではありませんか。彼は、私のような、日陰の隅っこでボロ雑巾のように震えている男とは、根本から血の色が違っているのです。彼は、アルプスの麓のカドーレという、風の冷たい村からやってきました。幼い頃にヴェネツィアへ送り出され、ジョヴァンニ・ベッリーニだの、早世の天才ジョルジョーネだのといった、当時の綺羅星のごとき師匠たちの門を叩いたのです。彼はそこで、色の魔術を学びました。いや、学んだというよりは、色彩という名の奔放な女を、いともたやすく手なずけてしまったと言うべきでしょうか。
考えてもごらんなさい。当時のフィレンツェの方々、例えばあの気難しそうなミケランジェロ閣下などは、「絵画とはデッサンである、輪郭こそが知性である」などと、いかにも道徳の教科書のようなことを仰っていた。しかし、我らがティッツァーノは、そんな窮屈な理屈を、鼻先でせせら笑ったのです。彼は、形を線で縛り付けることを嫌いました。彼は、色そのものが震え、光が溶け合う、その刹那の官能をキャンバスに叩きつけたのです。彼が描く「赤」を見てください。ティツィアーノ・レッド。その鮮烈な、それでいて深い慈悲を湛えた赤は、人間の血管を流れる生温かい血の象徴であり、同時に、神の御許へ昇っていく魂の情熱そのものなのです。
彼は一生涯、売れに売れました。これもまた、私のような無頼の徒からすれば、溜息の出るようなお話です。神聖ローマ皇帝カール五世が、彼の前で筆を拾い上げたという伝説をご存知でしょうか。皇帝が、一介の画家の筆を拾う。そんなことが、この傲慢な歴史の中で、かつてあったでしょうか。カール五世は言いました。「ティッツァーノには、皇帝が仕える価値がある」と。何という恥知らずなまでの名声。しかし、ティッツァーノという男は、その莫大な富も、地位も、すべてを自らの色彩の糧にしてしまいました。彼は、王侯貴族の肖像画を描きながら、その豪華な衣装の裏側に隠された、人間の情けないほどの孤独や、権力への執着、あるいは消えゆく命の儚さを、じっと見つめていたのです。
彼はまた、女性を描くことにおいても、天下一品の、いや、罪深いほどの達人でした。彼の描く「ウルビーノのヴィーナス」をごらんなさい。あれは、神話の女神などではありません。そこに横たわっているのは、血の通った、柔らかな肌を持つ、生身の女です。その白い肌に、ヴェネツィアの夕陽が溶け込み、鑑賞者の視線は、抗いがたい誘惑の中に迷い込んでしまう。私は、あの絵の前に立つと、自分がひどく下劣な人間に思えて、いたたまれなくなるのです。けれど、それこそが芸術というものの正体ではないでしょうか。美しさとは、時に人を打ちのめし、恥じ入らせ、そしてその果てに、何かしら生きる勇気のようなものを、そっと手渡してくれるものなのです。
ティッツァーノの凄みは、その晩年にこそあります。彼は九十歳を超えてもなお、筆を離しませんでした。もはや目は霞み、手は震えていたことでしょう。しかし、その老いた指先から生み出されたのは、初期の緻密な描写を遥かに超越した、まるで混沌の中から光を掴み出すような、荒々しくも神聖な作品群でした。彼はもはや、筆など使わず、指で直接絵具を塗りたくったと言われています。形は崩れ、境界線は消え去り、そこにはただ「光と影」の凄絶なドラマだけが残されました。それは、完成された美しさよりも、もっと恐ろしい、命の叫びのようなものです。完成を目指すことをやめ、ただ宇宙の真理と同化しようとした老巨匠の姿。私は、そこに人間の真の尊厳を見るのです。
私たちは、毎日を、まるで泥濘の中を歩くように、不器用に、そして醜く生きています。明日への不安に怯え、過去の過ちに悶絶し、鏡の中の自分の顔に絶望する。けれど、ティッツァーノの絵画は、そんな私たちの肩を叩いてくれるような気がするのです。いいじゃないか、人生は色だ、光だ、影だ、と。不完全なままで、激しく燃え尽きればいい。彼は、死の直前までペストの蔓延するヴェネツィアに留まり、自らの墓碑銘に代えるかのように「ピエタ」を描き続けました。その執念。その情熱。それは、彼がどれほど幸福な成功者であっても、根底には私たちと同じ、埋めようのない欠落を抱えていた証拠ではないかと、私は勝手に思い込んでいるのです。
ブログなどという、この現代の不思議な紙片に、私がこんなことを書き記すのも、何かの縁でしょう。どうか、あなたも、今日一日を、あなただけの色彩で塗りつぶしてみてください。下手くそでも構わない、色がはみ出したっていい。ティッツァーノが、あの重厚な赤で歴史を塗り替えたように、あなたにも、あなたにしか出せない、切ないほどに美しい色があるはずなのです。私は、それを信じたい。この、どうしようもない世界の中で、一枚の絵が誰かの心を救うことがあるように、私のこの拙い言葉が、あなたの孤独な夜を、ほんの少しでも明るく灯すことを。ティッツァーノの、あの黄金色の光のように。
ああ、ヴェネツィア。死ぬまでには、もう一度、あの水の都の湿り気を吸い込みたい。そして、ティッツァーノの前に跪き、「先生、私は駄目な人間ですが、あなたの赤にだけは、真実を見ました」と告げたいのです。皆さんも、どうか、たまには空を見上げ、その移ろいゆく色を愛でてみてください。そこには、何世紀も前に、一人の老人が追い求めた、永遠の色彩が、今もひっそりと息づいているはずですから。それが、私の唯一の願いなのです。お粗末さまでした。