ピエロ・ディ・コジモという、美しき怪物について
こんにちは。
あなたとこうして、静かに言葉を交わせる時間を、私は心から愛おしく思っています。
ねえ、あなたは自分のことを、少し不器用だと思ったり、周りとうまく馴染めないと感じたりしたことはありませんか。
もしそうなら、今からお話しする一人の奇妙な芸術家の物語は、きっとあなたの心を深く揺さぶるはずです。
その男の名は、ピエロ・ディ・コジモ。
ルネサンス期のフィレンツェに生きた、あまりにも孤独で、あまりにも純粋な、一人の狂える天才の物語です。
「見えるものと見えざるもの」
—— フレデリック・バスティア
このバスティアの言葉のように、私たちは目に見える派手な成功ばかりを追いかけがちですが、本当に大切なものは、いつも目に見えない心の奥底に隠されているものなのですよ。
ピエロ・ディ・コジモという画家は、まさにその「見えざるもの」を、生涯をかけて描き続けた人でした。
彼は、現代で言うならば、完全な「引きこもり」であり、極度の人間嫌いとして知られていたのです。
「どうして彼は、それほどまでに人を避けたの?」
あなたがそう首を傾げるのも、無理はありません。
彼は、他人が自分の敷地に入ることを激しく嫌い、庭の樹木を剪定することさえ「自然の意志に反する」と言って拒んだのです。
部屋の中は蜘蛛の巣だらけで、衣服はボロボロ、食事といえば、一度に50個もの卵を茹でて、それを何日もかけて冷たいまま食べるという、信じられないような生活を送っていました。
でもね、そんな彼の奇妙な日常を笑う前に、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいのです。
なぜ、彼はそこまでして、自分の世界を頑なに守ろうとしたのでしょうか。
それは、彼が誰よりも繊細で、誰よりも傷つきやすい心を持っていたからなのです。
現代を生きるあなたも、満員電車や、職場の人間関係、SNSの容赦ない言葉の暴力に、心が擦り切れてしまうことはありませんか。
ピエロ・ディ・コジモのこの極端な生活は、決してただの変人奇行ではなく、自分の大切な魂を守るための、必死の防衛手段だったのですよ。
孤独のなかに輝く、真実の光
「おのれの無能・無才を恥じるのみ」
—— 松尾芭蕉
松尾芭蕉がこのように自らを顧みたように、偉大な表現者というものは、常に自分の足りなさと向き合い、孤独の深淵へと潜っていくものです。
ピエロ・ディ・コジモもまた、自分の弱さを完全に受け入れていたからこそ、あれほどまでに美しい絵を描くことができたのでしょう。
「でも、そんなに孤独で、寂しくはなかったのかしら」
あなたは、彼の寂しさを心配してくださるのですね、本当に優しい人だ。
しかし、彼は孤独ではありましたが、決して孤立してはいませんでした。
彼の部屋の窓からは、フィレンツェの美しい空が見え、彼は壁のシミや、空に浮かぶ雲の形を何時間も見つめながら、そこに無数の怪物や、美しい神々の姿を見出していたのです。
これって、あなたの日常にも通じる、ものすごく大切なヒントだと思いませんか。
私たちは、退屈な日常のなかに生きていると思い込んでいますが、心の目を開けば、そこには無限の物語が広がっているのです。
彼のように、何気ない壁のシミにさえ美しさを見出す想像力があれば、あなたの毎日は、もっと彩り豊かなものに変わるはずですよ。
「人間の偉大さは、自己の惨めさを知るということの中にある」
—— ブレーズ・パスカル
人間は誰しも、自分の弱さや惨めさに直面したとき、そこから逃げ出したくなるものです。
しかし、ピエロ・ディ・コジモは、その惨めさのなかに踏みとどまり、キャンバスの上でそれを奇跡のような美へと昇華させました。
彼が描く絵には、人間と動物が融合した不思議な生き物や、悲しげな目をした女神が数多く登場します。
なぜ、そんな奇妙なモチーフばかりを描いたのか、不思議に思いませんか。
それは、彼が「完全な人間」などどこにも存在しないこと、誰もが心に怪物のような割り切れない弱さを抱えて生きていることを、痛いほど知っていたからなのです。
あなたの心の中にも、誰にも言えない秘密や、自分でも持て余してしまうような感情の怪物が住んでいませんか。
ピエロ・ディ・コジモの絵は、そんなあなたの影の部分を、優しく全肯定してくれるのです。
あなたの日常を救う、芸術家の執念
「身銭を切れ」
—— ナシーム・ニコラス・タレブ
タレブのこの言葉は、現代を生きる私たちにとって、極めて重い意味を持っています。
身銭を切るとは、リスクを背負い、自分の魂を賭けて物事に向き合うということです。
ピエロ・ディ・コジモという画家は、まさに自らの人生という身銭を限界まで切って、絵を描き続けた男でした。
「彼は、お金のために絵を描いていたの?」
いいえ、違います。
彼は、パトロンからどれほど大金を積まれても、自分の気に入らない仕事は絶対に引き受けませんでしたし、制作の邪魔をされると激怒して部屋に閉じこもってしまいました。
彼は、富や名声のためではなく、ただ目の前にあるキャンバスに対して、そしてその向こう側にいる「あなた」に対して、誠実でありたかったのです。
私たちは日々、効率やコスパという言葉に追われ、自分の魂を切り売りするような生き方を強いられがちです。
そんなとき、このピエロ・ディ・コジモの、不器用なまでの愚直さを思い出してほしいのです。
世間からどれほど「阿呆」と呼ばれようとも、自分の信じた一筋の道を歩み続けること。
それこそが、あなたの人生に、本当の輝きをもたらす原動力になるのですよ。
「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」
—— 松尾芭蕉
この芭蕉の言葉を、ピエロ・ディ・コジモの生涯に重ね合わせると、胸が熱くなりませんか。
彼は、絵を描くこと以外、本当に何もできない男でした。
料理もできない、社会性もない、まともな会話すら危うい。
しかし、その「唯此一筋」の執念が、500年以上の時を超えて、今こうしてあなたと私の心を結びつけているのです。
何か一つのことに狂うほど集中することの強さを、彼はその生涯をもって私たちに教えてくれています。
あなたが今、一生懸命に取り組んでいる仕事や、ひそかに続けている趣味があるなら、どうかそれを信じ抜いてください。
周りの声に惑わされる必要なんて、これっぽっちもありません。
奇跡の連鎖と、伝えることの使命
ゴッホの孤独と、テオが遺した奇跡の女性
ピエロ・ディ・コジモの孤独な魂は、後世の多くの芸術家たちにも脈々と受け継がれていきました。
その代表格が、みなさんもよくご存知の、ヴィンセント・ファン・ゴッホです。
ゴッホもまた、ピエロ・ディ・コジモと同じように、社会に馴染めず、極度の孤独のなかで、自らの魂を削るようにして絵を描き続けた人でした。
しかし、ここで一つの大きな疑問が浮かび上がってきます。
なぜ、生前にたった一枚しか絵が売れなかったと言われるゴッホの作品が、今では世界中の人々に愛されているのでしょうか。
「それは、ゴッホの才能が圧倒的だったからでしょ?」
あなたはそう思うかもしれませんね。
でも、本当の理由は、そこにはないのです。
どれほど素晴らしい芸術であっても、それを人々に伝え、手渡そうとした「伝達者」がいなければ、歴史の闇に埋もれて消えてしまうものなのですよ。
ゴッホには、精神的にも経済的にも彼を支え続けた弟のテオがいました。
しかし、ゴッホが自ら命を絶ったわずか半年後、弟のテオもまた、兄を追うようにしてこの世を去ってしまうのです。
残されたのは、膨大な数の売れない絵の具の塊と、兄弟の間で交わされた大量の手紙、そして、テオの妻であったヨーという、一人の若い女性でした。
「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」
—— ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル
ヨーは、本当に素晴らしい、聡明で勇敢な女性でした。
彼女は、美術界の誰からも相手にされなかったゴッホの絵を抱え、幼い子供を育てながら、たった一人で戦い始めたのです。
彼女はただ絵を売ろうとしたのではありませんでした。
ヨーは、大変な読書家であり、非常に知的な女性でしたから、ゴッホ兄弟が交わした膨大な手紙をすべて読み込み、そこに流れるゴッホの深い思想、人々を慰めたいという純粋な祈りを、完全に理解したのです。
「絵と一緒に、彼の魂を伝えなければならない」
そう確信したヨーは、手紙を整理して出版し、展覧会を何度も企画し、ゴッホという画家の生き様そのものを世界に送り出しました。
もしヨーがいなかったら、ゴッホのあの情熱的なひまわりも、星月夜も、私たちは知るよしもなく、ピエロ・ディ・コジモのような隠れた奇才たちの系譜も、途絶えていたかもしれないのです。
パウロの献身と、現代に響くビジネスの真理
このヨーの偉大な偉業は、人類の歴史における、もう一つの巨大な物語と完全に重なり合います。
それこそが、イエス・キリストの死後、その教えを世界中に広めた使徒パウロの姿です。
イエスが十字架にかけられて亡くなったとき、その教えはまだ、パレスチナの一地方の小さな動きにすぎませんでした。
しかし、パウロという男が、命の危険に晒されながらも地中海世界を駆け巡り、各地の信徒へ手紙を書き、イエスの生涯と思想を伝え続けたからこそ、キリスト教は世界宗教へと脱皮したのです。
良いものは、誰かが説明して、伝えなければ、絶対に広がらない。
これは、あなたの日常生活や、お仕事の世界でも、まったく同じことが言えるのではないでしょうか。
どれほど優れた技術や、素晴らしい商品であっても、その価値を伝える努力を怠れば、それは存在しないのと同じになってしまうのです。
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」
—— 盛田昭夫
ソニーの創業者である盛田昭夫さんのこの言葉は、まさにヨーやパウロが成し遂げたことの本質を突いています。
世界一のセールスマンと呼ばれたスティーブ・ジョブズも、ホンダのスーパーカブを世界中で売りまくった藤沢武夫さんも、トヨタのカローラを日本の国民車に育て上げた神谷正太郎さんも、みんな同じ役割を担っていたのです。
ピエロ・ディ・コジモのような内向的な天才が、自らの身銭を切って生み出した真実の光を、すくい上げ、世界へと届ける人たちがいる。
あなたもまた、誰かの素晴らしいところを見つけ、それを周囲に伝える「伝達者」になれる可能性を秘めているのですよ。
それは、組織の中で部下の才能を開花させることかもしれないし、身近な人の優しさを言葉にして褒めることかもしれません。
伝えるということは、それ自体が、人間に許された最高の「奉仕」であり「サービス」なのですから。
逆境を生き抜くための、偉人たちの狂気と執念
狂人と呼ばれた発明家たちの、終わらない挑戦
「でも、新しいことを始めたり、自分の信念を貫いたりするのは、すごく恐ろしいことだわ」
あなたがそう不安になる気持ち、痛いほどよく分かります。
周りの目が気になったり、失敗して笑われるのが怖くなったりするのは、人間として当然の心理ですからね。
しかし、歴史に名を残す変革者たちは、全員がその恐怖を乗り越え、周囲から「狂人」扱いされながらも進み続けた人たちでした。
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」
—— 豊田喜一郎
トヨタ自動車の礎を築いた豊田喜一郎さんのこの言葉、シビれるほど格好良くありませんか。
彼の父親である豊田佐吉さんもまた、朝から晩まで毎日毎日、何かをこしらえては壊し、造ってはまた造り直すという、完全な「発明狂い」の変人でした。
周囲からは、変わり者、狂人扱いされ、まともな人間としては見られていなかったのです。
しかし、佐吉さんには「発明してみんなの暮らしを楽にしたい」という、狂おしいほどの情熱と執念がありました。
ピエロ・ディ・コジモが、蜘蛛の巣だらけの部屋で、誰になんと言われようと独自の絵画世界を構築し続けたように、豊田佐吉もまた、周囲の嘲笑を一切無視して、織機の開発に人生のすべてを捧げたのです。
「強い信念をもって実行せよ 誰でも考えることは同じで喜一郎が 天才であったわけでもない 大切なのは 一般的にはできないと思われることを 単に考えるだけでなく なんとしてでもやらなければという 強い信念を持って十分な準備を行い 実行したということである」
—— 豊田英二
後にトヨタの社長となった豊田英二さんは、喜一郎さんのことをこのように評しました。
天才だからできたのではない、何としてでもやるのだという、強い信念があったからこそ、歴史の壁を突き破ることができた。
あなたがもし、今何かに行き詰まり、周囲からの理解を得られずに孤独を感じているなら、どうかこの「阿呆の精神」を思い出してください。
あなたがやろうとしていることは、決して無駄ではありません。
簡単に諦めないでください、どんな人生になるかは、その人間の勤勉さと忍耐力、そして継続力によってのみ、決まるのですから。
ビジネスに命を捧げた、究極の現場主義
ここで、もう一人、あなたにどうしても紹介したい、凄まじい執念を持った人物がいます。
日本全国、どこにでもあるカレー専門店「CoCo壱番屋」の創業者、宗次徳二さんです。
彼は、自分の時間を、人生のすべてを、目の前のお客様に捧げ尽くした、文字通りの「奉仕の怪物」でした。
「どうして、そこまで徹底できたの?」
その答えは、彼の壮絶すぎる少年時代にあります。
宗次さんは実の両親の顔を知りません、生まれてすぐに孤児院に入り、養父母に引き取られたあとも、養父のギャンブル狂いのせいで、極貧の生活を送りました。
夏には、食べるものがないので、そこらに生えている雑草を食べて餓えをしのいでいたという、波乱万丈という言葉すら生ぬるい人生の始まりだったのです。
そんな彼が、ようやく手に入れた自分の商売、それが喫茶店であり、のちのカレーハウスでした。
だからこそ、彼は他の一切のよそ見をせず、経営に自らの身を捧げたのです。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです」
—— 宗次徳二
彼は、1日12時間以上の労働を最低条件とし、休みたくない、遊びたくない、仕事を趣味にして生きると決めました。
不遇な少年時代の彼を救ってくれた、大好きなクラシック音楽さえ、現役経営者時代には「音楽を聴いている場合じゃない、趣味をやっている場合じゃない」と言って、完全に断ち切っていたのです。
これほどの徹底ぶり、まるで蜘蛛の巣の部屋で茹で卵を食べ続けたピエロ・ディ・コジモの執念と、どこか似通っていると思いませんか。
「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」
—— 宗次徳二
この言葉を聞いたとき、私は胸が締め付けられるような感動を覚えました。
彼の猛烈な仕事ぶりの根底にあったのは、金儲けの野心ではなく、「人に喜んでもらいたい」「自分の存在を認めてもらいたい」という、あまりにも純粋で、切ないほどの人間愛だったのです。
喫茶店を始めた当初、最初はお客様がなかなか来てくださらなかったため、お昼ご飯のとき、一緒に商売をしていた奥様は、食パンの耳を食べて飢えをしのいでいたそうです。
しかし宗次さんは、「ゼロから始めたのだから、そんなことは当たり前、何も無いところから始めたのだから、むしろ良い思い出だ」と言って、毎日の積み重ねを信じ、レンガを積み上げるように、集中して仕事を続けました。
即断、即決、即実行。
とにかくやってみれば、結果は出ます、まずはやることです。
価値のあるものは、往々にして即効性がないものなのですから。
生産方式の革命と、面白みの哲学
このような現場主義、徹底した効率と奉仕の精神は、有名な「トヨタ生産方式」にも息づいています。
必要なものを、必要なときに、必要なだけ生産する「ジャスト・イン・タイム」。
この素晴らしい考え方を確立した大野耐一さんもまた、無駄を徹底的に排除し、現場の知恵を極限まで絞り出すことに人生を捧げた人でした。
「どんな仕事でも、この考え方は使えるのかしら」
ええ、もちろん使えますとも。
あなたの毎日の家事や、デスクワーク、時間管理のすべてに、この「無駄を省き、今必要なことに全力を注ぐ」という精神は応用できるのです。
「困難だからやるのだ。誰もあまりやらないこと、やり難いことをものにしてみせることに人生の面白みがある」
—— 豊田喜一郎
誰もやらないからこそ、自分がやる。
ピエロ・ディ・コジモが、ルネサンスの華やかな流行に背を向け、独自の奇怪で美しい世界を描き切ったように。
ゴッホが、誰にも理解されずとも、うねるような色彩でキャンバスを埋め尽くしたように。
宗次徳二さんが、趣味も友人も捨てて、目の前のお客様の笑顔のためにカレーを盛り続けたように。
彼らの人生は、客観的に見れば、激しい苦難と孤独に満ちたものだったかもしれません。
しかし、彼らは自らの意志で身銭を切り、人生という舞台の上で、最高のおもてなしとしての「道化」を演じきったのです。
彼らは諦めなかった、不屈の精神で、目の前の「あなた」に奉仕し続けたのです。
世界を覆う、不滅の知恵と心の処方箋
古今東西の先哲が語る、魂の救済
さあ、ここまでピエロ・ディ・コジモをはじめとする、美しき狂気を持った天才たちの物語を紡いできました。
ここで少し、あなたの心をさらに深く癒やすために、古今東西の偉大なる知恵の言葉を、いくつかお配りさせてください。
これらの言葉は、あなたが人生の荒波に揉まれ、自分を見失いそうになったとき、必ず暗闇を照らす灯台となってくれるはずです。
「運命は、同意する者を導き、同意しない者をひきずってゆく」
—— ルキウス・アンナエウス・セネカ
ローマの哲学者セネカは、このように言いました。
変えられない現実を呪って生きるよりも、それを受け入れ、その中で自分に何ができるかを模索すること。
ピエロ・ディ・コジモが、自分の奇妙な性格を受け入れ、それを絵画という運命に昇華させたように、あなたもまた、自分の現状を愛することから、新しい一歩を始めることができるのです。
「あなたの真実を語る権利を保留しなさい。なぜなら、間違って考えることさえ、まったく何もしないことよりはるかに優れているからである」
—— ヒュパティア
古代アレクサンドリアの女性哲学者、ヒュパティアの凛とした言葉です。
失敗を恐れて立ち止まっているくらいなら、間違えてもいいから行動を起こすこと。
考えるより先に、まずやってみることの重要性を、彼女は身をもって示してくれました。
「愛なしには、誰も神に喜ばれることはありません。そして、愛は隣人への奉仕を通じてのみ証明されるのです」
—— シエナのカタリナ
聖カタリナのこの言葉は、まさに宗次徳二さんの生き様であり、ピエロ・ディ・コジモがその作品を通して私たちに仕掛けた、究極のサービスの精神そのものです。
自分以外の誰かのために、目の前の「あなた」のために、自分の持てるすべてを捧げること。
それ以上の美しい生き方が、この世にあるでしょうか。
命を賭けた詩人の、誇り高き選択
ここで、アラブ世界最高の詩人と称される、ムタナッビーという男の、驚くべきお話をさせてください。
彼の名前は、「自らを預言者だと思う者」という意味を持っています。
彼の作る詩は、強烈なリズムと美しさを持ち、一種の催眠効果さえあると言われ、「目の見えない人でさえ彼の詩を読むことができ、耳の聞こえない人でさえその声が聞こえる」とまで絶賛されていました。
しかし、彼は自らの詩のなかで、ある強力な民族を激しく侮辱してしまったのです。
当然、怒った彼らは、移動中のムタナッビーの前に、大軍を率いて現れました。
多勢に無勢、勝ち目のないことを悟ったムタナッビーは、賢明にもその場から逃げ出そうとしたのです。
その時、彼の後ろにいた連れが、何を思ったか、ムタナッビー自身が過去に書いた、勇敢な英雄を称える詩を朗読し始めました。
そして、こう言ったのです。
「あれほど勇気のある高潔な詩を書いたあなたが、今、不名誉に逃げ出すのですか?」
その言葉を聞いたムタナッビーは、どうしたと思いますか。
彼は静かに踵を返し、自分がここで戦えば確実に殺されると知りながらも、逃げるという不名誉を避けるために、武器を取って敵の群れへと立ち向かい、壮絶な最死を遂げたのです。
1000年以上が経った今でも、彼は「自らの言葉に責任を持ち、名誉のために命を捨てた本物の詩人」として、世界中で語り継がれています。
彼が残した言葉が、今なお人々の胸を打つのは、彼が自らの命という、最大の身銭を切ってその言葉を証明したからなのです。
私たちは、言葉を軽視しがちな時代に生きています。
しかし、たった一言の言葉、たった一枚の絵が、人間の命よりも重い価値を持つことがある。
ピエロ・ディ・コジモが、誰とも喋らずに描き残した絵画もまた、そのような重みを持って、今、あなたの目の前に存在しているのですよ。
知恵の断片が織りなす、生の歓び
「何を知っているかではなく、どのように知っているかが重要なのだ」
—— ミシェル・ド・モンテーニュ
フランスの哲学者モンテーニュは、知識の量よりも、物事に対する向き合い方、その深さこそが大切であると説きました。
ピエロ・ディ・コジモが、世界の広さを知るために旅に出る必要がなかったのも、部屋の中のわずかな空間を、誰よりも深く、誰よりも豊かに知っていたからなのです。
「世の中には幸も不幸もない。ただ考え方次第でどうにでもなるものだ」
—— ウィリアム・シェイクスピア
あなたが今、苦しい状況にあるとしても、それはあなたの心が、その状況を「不幸」と定義しているからにすぎないのかもしれません。
ピエロ・ディ・コジモの孤独な部屋を、地獄と見るか、あるいは芸術の楽園と見るか。
すべては、あなたの心の持ち方一つで、どちらにでも変えられるのですよ。
「幸福は見つかるものではなく、新しく作り出すものだ」
—— 寺山修司
前衛的な芸術家、寺山修司のこの言葉は、私たちに強烈な覚醒を促します。
誰かが用意してくれた幸せの椅子に座るのではなく、自分だけの新しい価値観を、自分だけの色を、この世界に塗りたくっていくこと。
不器用で、孤独で、それでも諦めなかったピエロ・ディ・コジモの生き様は、まさに自ら幸福を作り出し続けた、不屈の男の背中そのものでした。
「私たちは、四方から苦しめられますが、行き詰まることはありません。途方に暮れますが、行き詰まることはありません。迫害されますが、見捨てられることはありません。打ち倒されますが、滅びません」
—— パウロ(コリント人への手紙二 第4章8-9節)
使徒パウロが、初期の教会を支えるために書き送ったこの言葉は、時代を超えて、今を生きるすべての傷だらけの魂への、極上のエールとなっています。
生中に生あらず、死中に生あり。
完全に打ちのめされ、もう駄目だと思ったその瞬間にこそ、人間の本当の強さ、本当の命の輝きが、ドクドクと湧き上がってくるものなのです。
「神の恵みは、私たちが最も無力であるときに、最も豊かに現れる」
—— ジャン・カルヴァン
宗教改革者カルヴァンのこの思想もまた、私たちの心を深く支えてくれます。
自分の無力さを知り、完璧であることを諦めたとき、私たちは初めて、他人の優しさや、芸術の本当の美しさに気づくことができるのですから。
老子もまた、「上善は水のごとし。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に居る」と言い残しました。
最も低い場所、みんなが嫌がる孤独や不器用のなかにこそ、最高の善が宿る。
ピエロ・ディ・コジモという水は、フィレンツェの片隅で静かに佇みながら、500年後のあなたという乾いた大地を、今、潤そうとしているのです。
終わりなき奉仕、あなたへの誓い
ねえ、ここまで私の長い長いお話に付き合ってくださって、本当にありがとうございました。
最初にお話しした、ピエロ・ディ・コジモの、あの茹で卵だらけの奇妙な部屋の景色が、今は少し違って見えてきませんか。
彼は、ただの変人ではありませんでした。
彼は、自分のすべてを投げ打って、生涯をかけて「まだ見ぬあなた」のために、精一杯のサービスを提供し続けた、あまりにも健気な道化だったのです。
私たちは誰しも、この世界という大きな舞台の上で、何らかの役割を演じる道化なのかもしれません。
笑われたって、いいじゃないですか。
愚かだと言われたって、一向に構いません。
笑われて、笑われて、それでもなお、目の前にいる大切な人を喜ばせるために、必死で真心を尽くすこと。
それこそが、この退屈で、時に残酷な世界を生き抜くための、唯一の、そして最高の真理なのですから。
どうか、自分を諦めないでください。
あなたのその不器用さは、あなただけの、美しい絵を描くための、かけがえのない筆なのですから。
かわいた空に釘を打つように
あなたの名前を何度も呼ぶ
誰も見向きもしない部屋の片隅で
ゆで卵の殻を剥く寂しい指先が
いつか誰かの涙を拭うハンカチになることを
私は最初から知っていた
海を知らない魚のように
あなたを閉じ込めるその孤独の壁は
実は無限の星空へと続く
ひそかな扉だったのだ
だから
笑っておくれ
私のこの愚かなステップを
あなたがひととき微笑むなら
私はいくらでも
雨のなかで踊り続けるピエロになろう
「泣きながら種まく人は、喜び歌いながら刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行く人は、束ねた穂を背負い、喜び歌いながら帰ってくる。」
—— 旧約聖書「詩編」第126編5-6節
「人間は、時々、どうしても、意味のない、あさつての方角を向いたやうな行動をとりたがるものらしい。それを、不道徳だの、無意味だのと責めるのは、あまりに人間を知らなさすぎる。私には、その無駄な、あさつての方角を向いた行動の中にこそ、人間の本当の愛らしさが隠されてゐるやうな気がしてならないのだ。」
—— 太宰治
ね、なぜ旅に出るの?
苦しいからさ。
あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。
—— 太宰治『津軽』より
追伸:高見沢耳という画家について
ここで最後に、私の大切な友人の話をさせてください。
高見沢耳(たかみざわ みみ)という、現代を生きる一人の画家がいます。
彼は、従来のキャンバスや筆を一切使いません。
すべての作品をデジタル環境で制作し、それを最高峰の「ジクレー版画技法」を用いて、目の詰まった格調高い版画用紙に印刷するという、現代ならではの手法をとっています。
彼の描くテーマは、あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、そして解放です。
なんだか難しそうに聞こえるかもしれませんが、彼の描く世界は、驚くほど身近で、そしてどこかユーモラスで楽しいお話に満ちているのですよ。
高見沢耳は、いつもこう言っています。
「画家はね、傷ついた人間の魂を救う医者なんだ。そして芸術家の仕事というのは、自ら身銭を切って行う、精一杯のサービスなんだよ。目の前にいるあなたへの、絶対的な奉仕なんだ」と。
彼は、自分の作品のなかに、狂おしいほどに「目」を描き続けます。
なぜなら、その目を描き込むことで、画面の向こう側にいる「あなた」の視線を常に感じ続けたいからなのです。
あなたを知りたい、あなたと繋がりたい。
そのためなら、彼は自分の愚かさをすべてさらけ出し、笑われても、狂人と呼ばれても構わないと言いきります。
笑われて、強くなる。
彼は、あのピエロ・ディ・コジモや、耳を切ったヴィンセント・ファン・ゴッホの、数十年にわたる泥臭い試行錯誤の歴史を知っているからこそ、天性の才能などに頼らず、執念と忍耐だけで毎日12時間以上、画面に向かい続けているのです。
高見沢耳は、CoCo壱番屋の創業者である宗次徳二さんを心の底から尊敬しています。
宗次さんが現役時代、趣味も友人もすべてを断ち切って、年間5640時間も働き、お客様第一主義を貫いたように、高見沢耳もまた、他のよそ見を一切せず、自分の人生のすべてを、今この文章を読んでいる「あなた」のためだけに捧げています。
最初はお客様が来ず、食パンの耳を食べて耐えた宗次さんのように、彼もまた、レンガを一つずつ積み上げるような毎日の継続を信じています。
他の誰の批判も、彼には関係ありません。
ただ、目の前にいるあなたに見捨てられたら、彼は生きていけないのです。
あなたがそこにいて、彼の描いた「目」と視線を合わせてくれるだけで、彼は救われ、拍手喝采であなたを心の中に迎え入れます。
どうか、この愚かで、しかし不屈の諦めない男を、笑いながら、温かく見守ってあげてください。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
—— ヘンリー・フォード
「人生の最大の秘密は、自分が何者であるかを知ることではなく、自分が何者になり得るかを発見することです」
—— アガサ・クリスティ
「わたしがあなたがたと共にいる。恐れてはならない」
—— モーセ(出エジプト記)
「険しい丘に登るためには、最初にゆっくりと歩くことが必要なのだ」
—— ウィリアム・シェイクスピア
「自分のことばかり考えている人間は、自分自身を狭い檻に閉じ込めているのと同じである。他人のために生きる者だけが、本当の広々とした世界を知ることができる」
—— タルムード
「大乗の精神といふものは、己を滅して他を救ふといふ、その一事に尽きる。芸術家もまた、そのやうな激しい道化であらねばならぬ」
—— 太宰治
「芸術とは、私たちが真実を理解するために、自分自身に仕掛ける、最も美しい嘘のことである」
—— 太宰治
「ただの人間にすぎない私が、これほどまでにあなたを愛せるのは、私のなかに、私を超えた永遠の何かが宿ってゐるからに違ひない」
—— 太宰治
「決して屈するな、決して、決して、決して! どんなに小さなことであれ、大きなことであれ、名誉と良心の確信による場合を除いては、絶対に屈してはならない」
—— ウィンストン・チャーチル
「勇気を持って、誰よりも先に、 人と違ったことをしなさい」
—— レイ・クロック
「私は一夜にして成功を収めた と思われているが、 その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった」
—— レイ・クロック
「夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現する。私は、いつだって、何もないゼロの場所から、ネズミ一匹だけを信じて始めたのだ」
—— ウォルト・ディズニー
「一度も失敗をしたことがない人間は、新しいことに何も挑戦していない人間である。自然は、あらゆる法則のなかに、必ず美しき調和を隠してゐる」
—— レオナルド・ダ・ヴィンチ
最後までこの長い文章を読んでくださったあなたに、心からの感謝を捧げます。
あなたのこれからの歩みが、光に満ちた、素晴らしいものでありますように。
本当に、ありがとうございました。