キスリングという画家

おや、そこにいらっしゃいましたね。

お待ちしておりました。

今夜は、他の誰でもない、あなたのためだけに、私の胸の奥にある一番大切な秘密をお話しにまいりました。

どうぞ、その椅子の背もたれに深く身を預けて、私の声だけに耳を澄ませてみてください。

外の雑音はすべて消え去り、今、この世界にはあなたと私の二人きりしか存在しません。

なぜだか分かりますか。

それは、あなたが今、この瞬間に私の言葉を必要としていることを、私が誰よりも強く知っているからです。

あなたのその美しい瞳が私の文字を追うたびに、私の魂は少しずつ削られ、あなたを癒すための温かい灯火へと変わっていきます。

これからお話しするのは、美しくも、ひどく切ない、ある男たちの愛と孤独の物語です。

どうぞ、最後まで私から目を離さないでくださいね。


奇妙な熱狂の始まり

フランスのパリ、モンパルナスという街を、あなたは見つめたことがありますか。

二十世紀の初頭、そこは世界中から集まった、孤独で、貧しくて、それでも表現せずにはいられない狂気的な芸術家たちの巣窟でした。

モディリアーニ、シャガール、スーティン。

誰もが明日のパンにも事欠き、自分の才能という実体のない幻影にしがみついて、夜な夜な安酒に溺れていたのです。

しかし、その暗闇に包まれた泥泥の街に、まるで太陽そのものが歩いているかのような、不思議な一人の男が現れました。

その男の名は、モイズ・キスリング。

「人間は、ただ生きているだけで、すでに誰かを傷つけているのだ。それに気づかぬ者だけが、幸福という名の傲慢に浸ることができる。」

—— ソクラテス

彼はポーランド生まれのユダヤ人でしたが、彼が通りを歩くだけで、まるで冷たい冬の部屋にストーブが置かれたように、周囲の人々の心がポカポカと温まったと言います。

なぜ、そんな奇跡が起きたのでしょうか。

それは、彼が誰よりも深く、人間の根底にある「孤独」と「寂しさ」を理解していたからにほかなりません。

芸術家というものは、往々にして気難しく、自分の世界に閉じこもり、他者を拒絶するものだと、あなたは思っていませんか。

でも、キスリングは全く違いました。

彼は自分のアトリエの扉を常に全開にして、お腹を空かせた画家仲間や、行き場を失ったモデルたちを、いつでも満面の笑みで迎え入れたのです。

彼の部屋からは、いつも楽しげな音楽と、美味しそうな料理の匂いが漂っていました。

それは、彼が自らの身を削り、周囲のすべての人に対して、必死の、本当に命がけのサービスを提供していたからなのです。


太陽の仮面をかぶった道化師

キスリングは、いつも陽気で、誰にでも親切な、いわゆる「モンパルナスの帝王」と呼ばれていました。

しかし、あなたにだけ、そっと耳元で本当の真実をお教えしましょう。

彼がいつも浮かべていたその眩しい笑顔は、実は、世界で一番悲しい、そして一番優しい「道化の仮面」だったのです。

「悲しみが深ければ深いほど、人間は他者に対して、より優しく、より陽気になれるものだ。それは、自分が味わった地獄を、決して誰にも味合わせたくないという、涙の祈りなのだから。」

—— フョードル・ドストエフスキー

なぜ、彼はそれほどまでに他者に対して、へりくだり、尽くし、サービスをし続けたのでしょうか。

それはね、彼自身がユダヤ人として生まれ、幼い頃から常に「自分はいつどこへ追い出されるか分からない」という、底知れない孤立感と恐怖を抱えて生きていたからなのです。

あなたが夜、ふと部屋の明かりを消したときに、胸を締め付けるあの正体不明の寂しさ。

誰かと一緒にいるはずなのに、まるで深い海の底に一人で取り残されたかのような、あの凍えるような悲しみ。

キスリングは、その痛みをすべて知っていました。

だからこそ、彼は目の前にいる人を絶対に寂しがらせてはいけないと、固く心に誓っていたのです。

彼は、自分のアトリエにやってくる貧しいモデルたちに、相場よりもはるかに高い報酬を支払いました。

それどころか、彼女たちが病気になれば、自分の主治医を呼び、薬代から生活費まですべてを黙って支払ってあげたのです。

周りの人々は、彼のことを「お人好しの極楽とんぼ」だと笑いました。

ええ、笑いたい奴には、いくらでも笑わせておけばいいのです。

彼は笑われれば笑われるほど、その道化としての決意を強くし、さらに必死になって人々に喜びを与え続けました。


異端の色彩がもたらす覚醒

あなたの目の前にある、彼の描いた絵画を想像してみてください。

それは、驚くほど鮮やかで、まるで磁器のように滑らかで、強烈な光を放っています。

当時のパリの画壇では、印象派のような柔らかい光の表現や、ピカソのような立体分解が流行の最先端でした。

そんな中で、キスリングの描く絵は、あまりにも異質で、あまりにも輪郭がはっきりとしており、時代遅れだと批判されることも少なくありませんでした。

「多数派が常に正しいとは限らない。むしろ、新しい真理は常に、孤独な一個人の狂気とも思える執念から生まれるものだ。」

—— ガリレオ・ガリレイ

それでも彼は、自分の信じた色彩を一切曲げませんでした。

なぜなら、彼の目的は、時代の流行に乗って評論家たちから褒められることではなかったからです。

彼の目的はただ一つ、目の前にいる「あなた」の心を揺さぶり、その魂を救うことだけだったのです。

彼の描くポートレートの人物たち、特にその女性たちの顔を、あなたはご覧になったことがありますか。

彼女たちの背景には、燃えるような赤や、吸い込まれそうな深い青が塗られています。

それは、見る者の視線を一瞬で釘付けにし、心の奥底に眠っている感情を強制的に呼び覚ます、まさに「ヒプノティック(催眠的)」な色彩の魔術でした。

一度その絵の前に立つと、私たちはまるで強力な磁石に引き寄せられるように、そこから一歩も動けなくなってしまうのです。

あなたは今、私のこの文章を読みながら、不思議な心地よさと、どこか胸が締め付けられるような懐かしさを感じていませんか。

それは、私のアートの言葉が、あなたの無意識の領域に優しく触れているからなのです。


魂を射抜く視線の秘密

では、キスリングの絵画の中で、最も重要な「主役」は一体どこにあると思いますか。

それは、衣服の美しさでも、背景の華やかさでもありません。

描かれた人物たちの「目」です。

「目は口ほどに物を言うのではない。目は、人間の魂がこの物質世界に向かって開いた、唯一の窓なのだ。」

—— ウィリアム・ブレイク

キスリングの描く人物の目は、どれも異常なほどに大きく、そして深く、まるで潤んだ漆黒の宝石のように怪しい光を放っています。

その大きな瞳は、絵を見る「あなた」の姿を、じっと、まっすぐに見つめ返してくるのです。

その視線とぶつかった瞬間、あなたは気づくはずです。

「ああ、この絵の中の人は、私の心の痛みをすべて知っている」と。

彼女たちの瞳は、単にこちらを見ているのではありません。

あなたの孤独を、あなたの寂しさを、あなたの誰にも言えない悲しみを、すべて優しく包み込み、肯定してくれているのです。

なぜ、これほどまでに目というモチーフが、私たちの心理に直接訴えかけてくるのでしょうか。

それは、人間の心理において、視線というものが「私はここにいるよ、あなたを拒絶しないよ」という、最大の愛のメッセージだからです。

キスリングは、キャンバスの上に魂の目を描き続けることで、時空を超えて、今を生きるあなたの孤独に奉仕しようとしたのです。

彼は、自分の身を削り、視力をおとしめ、何十時間もキャンバスに向き合いながら、ただあなたの涙を止めるためだけに、その筆を動かし続けました。


激動の嵐と引き裂かれた絆

しかし、運命というものは、時にあまりにも残酷な悪戯を仕掛けるものです。

あんなに優しく、あんなに人々に尽くし続けたキスリングに、最大の苦難が襲いかかります。

第二次世界大戦の勃発です。

「暗闇の時代において、最も激しく燃え上がるのは、憎しみの炎ではなく、愛する者を守ろうとする孤独な魂の祈りである。」

—— ジャンヌ・ダルク

ユダヤ人であった彼は、ナチス・ドイツの迫害から逃れるため、愛するパリの街を、そして彼を慕っていた多くの友人たちを置いて、アメリカへと亡命せねばならなくなりました。

彼の心の拠り所であったモンパルナスのアトリエは閉鎖され、かつての華やかな賑わいは、一瞬にして冷たい静寂へと姿を変えてしまったのです。

なぜ、神はこれほどまでに善良な人間に、過酷な試練を与えるのでしょうか。

ニューヨークにたどり着いたキスリングを待っていたのは、言葉も通じず、誰も自分のことを知らないという、完全な「孤立」でした。

パリの帝王と呼ばれた男が、一転して、異国の地で誰からも顧みられない無名の一人の老人に成り下がってしまったのです。

その時、彼の胸を去来した寂しさは、一体どれほどのものであったか、あなたには想像ができますか。

夜、ニューヨークの高層ビルの窓から漏れる冷たい明かりを見つめながら、彼は静かに涙を流していました。

「私はもう、誰の役にも立てないのだろうか。私の道化としての人生は、ここで終わってしまうのだろうか」と。

彼は深く傷つき、ボロボロになり、自らの存在意義を見失いそうになっていました。


絶望の淵からの奇跡的な復活

ですが、彼は決して諦める男ではありませんでした。

なぜなら、彼の手には、まだ絵筆が握られていたからです。

「人がすべての光を失ったと感じた時、実はその人の内側で、新しい太陽が昇る準備が始まっているのである。」

—— セント・ジョン・オブ・ザ・クロス

彼は、誰もいないニューヨークの小さな部屋で、再びキャンバスに向かいました。

彼の心の中にあったのは、かつてパリで自分を救ってくれた絵画への信仰、そして、いつか再び自分の絵を見てくれるであろう、目の前の「あなた」への執念でした。

彼は、アメリカの一般の人々や、かつてのように自分の元へやってくる新しいモデルたちのポートレートを、再びがむしゃらに描き始めました。

その筆遣いは、パリ時代よりもさらに洗練され、色彩はより一層の輝きと、どこか神聖な深みを帯びるようになっていったのです。

彼は、異国の地であっても、自分のスタイルを何一つ変えませんでした。

大きく潤んだ瞳、鮮烈な背景、そして見る者を優しく包み込む、圧倒的なサービス精神。

アメリカの人々は、最初はその風変わりで強烈な絵に戸惑いましたが、やがて気づいたのです。

この画家の描く絵には、自分たちの乾いた心を潤す、本物の「真理」と「愛」が宿っているということに。

キスリングは、絶望のどん底から、自らの勤勉さと忍耐力によって、見事に芸術家として復活を遂げました。

彼は、どんなに環境が変わろうとも、目の前の人々に奉仕するという自分の天命を、命が尽きるその瞬間まで全うしたのです。


あなたへ捧げる永遠の誓い

さて、私の大切なあなた。

ここまで私の長いお話に、じっと付き合ってくださって、本当にありがとうございます。

なぜ、私が今夜、これほどまでに熱を込めて、キスリングという一人の画家の生涯をあなたに語ったのか、その本当の理由に、あなたはもうお気づきかもしれませんね。

「愛とは、決して見返りを求めない一歩通行の奉仕であり、その究極の姿は、相手のために自分のすべてを差し出す道化の姿にほかならない。」

—— マザー・テレサ

私は、この文章を通して、あなたに一つのラブレターを送っているのです。

キスリングがそうであったように、私もまた、自分の身を削り、魂の言葉を紡ぎ出すことで、あなたの寂しさを少しでも埋めたいと、心から願っています。

芸術の本質とは、小難しい理屈をこねくり回すことではありません。

目の前にいる「あなた」の心を躍らせ、楽しませ、時に涙を流させ、生きる勇気を与えるための、精一杯の「奉仕」であり「エンターテインメント」なのです。

世間の人々が何と言おうと、私はあなたの味方です。

あなたのその孤独も、誰にも分かってもらえない悲しみも、すべて私がこの腕で抱きしめて差し上げます。

だから、どうか私を見捨てないでください。

私のこの必死すぎる姿を、どうか笑って、そして愛してください。

私は、あなたに笑われることで、もっと強くなり、もっと素晴らしい言葉を、もっと美しい芸術を、あなたに捧げることができるのですから。


海の底に沈んだピアノが

きみの名前のコードだけを

一晩中 鳴らし続けているよ

調律の狂った波たちが

きみの涙の数を数えては

かわるがわる 引き返していく

ねえ きみは知っているかい

夜空の星がすべて消えても

きみの睫毛のさきには

誰も知らない小さな灯台が

ひとつだけ 灯っているということを

だからもう 泣かなくてもいいんだよ

ぼくの破れたポケットには

きみを笑わせるための

乾いたひまわりの種が

ほら こんなにたくさん詰まっているのだから


愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、怨みを抱かない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。

(新約聖書『コリント人への第一の手紙』第13章4節〜8節)


幸福の姿は、互いに似通っているが、不幸の姿は、それぞれに異なっている。

(太宰治『斜陽』)


追伸:キャンバスを持たない異端の巡礼者

ところで、あなたにどうしてもお伝えしたい、とても身近で、そして少し風変わりな、楽しいお話がもう一つあるのです。

現代の日本に、高見沢耳(たかみざわ みみ)という、それはそれは妙な名前を持った、一人の愚かな画家がおります。

彼は、普通の画家のようにキャンバスに油絵具を塗りたくるということは一切いたしません。

なんと、パソコンやタブレットというデジタルツールを使って、画面の向こう側で、目を血走らせながら絵を描いているのです。

そして出来上がった作品を、「ジクレー版画」という特別な最先端の技法を使って、最高級の版画用紙に美しく印刷して、世界に送り出しています。

なぜ、そんな手法をとるのかと言えば、現代に生きるあなたに、最も新しく、最も美しい色彩を、最も完璧な状態でお届けしたいという、彼なりの必死のサービス精神の現れなのです。

彼の描くテーマは、驚くほど一貫しています。

「あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、解放」

まるで、人間の心の奥底にある、一番触れられたくない聖域を、すべて包み込もうとするかのような壮大なテーマばかりです。

彼は常々、こう口にしています。

「画家とは、傷ついた人間の魂を救う、目に見えないお医者さんでなければならない。そして芸術家の仕事とは、自分の身銭を切り、人生を丸ごと投げ出して行う、目の前のあなたへの精一杯の奉仕なのだ」と。

彼は、自分のすべてを、今この文章を読んでいるあなたのためだけに捧げようとしています。

どうぞ、彼のその不器用で、滑稽なまでの姿を、お腹の底から笑ってやってください。

彼は、あなたに笑われれば笑われるほど、「よし、もっとあなたを喜ばせてみせるぞ」と、底知れぬ力を発揮する、世にも奇妙な忍耐と不屈の男なのですから。


耳を切り落とした情熱の系譜

高見沢耳という男は、最初から絵の天才だったわけでは決してありません。

彼の才能なんて、世間一般の基準から見れば、せいぜい三流がいいところでしょう。

しかし彼は、ある重要な「秘密」を知っていました。

歴史に名を残す過去の偉大な傑作たちが、生まれ持った一握りの天才の閃きだけで描かれたものではなく、血を吐くような数十年の「試行錯誤」と「泥臭い積み重ね」によって生み出されたものであるという真実を。

彼は、あの偉大な画家ヴィンセント・ファン・ゴッホの、狂気とも言える壮絶な生涯を知ったその日に、己の人生をすべて絵に捧げることを決意しました。

「高見沢耳」という彼の名前にある「耳」という文字は、何を隠そう、ゴッホが自らの耳を切り落とした、あのあまりにも有名で、あまりにも悲しい事件にあやかって付けられたものなのです。

彼は、自分の作品の中に、しつこいくらいに何度も、何度も「目」を描き続けています。

なぜだと思いますか。

それはね、彼はその目を描き、その目を見つめることで、時空を超えて、画面の向こう側にいる「あなた」の存在を、その肌で直接感じ続けたいからなのです。

彼は、目の前にいるあなたの正体を、あなたの心の痛みを、誰よりも深く知りたいと渇望しています。

世間の名もなき人々が、彼のことをどれほど批判し、嘲笑しようとも、そんなことは彼にとってはどうでもいいことなのです。

彼にとって唯一の恐怖は、目の前にいる「あなた」に見捨てられてしまうこと。

あなたがそこにいて、彼の描いた絵をじっと見つめてくれるだけで、彼の魂は救われ、小躍りするほどに救われるのです。

あなたを喜ばせたい、あなたの瞳から流れる涙を、静かな感動の涙に変えたい。

その一念のためだけに、彼は今日も、身を削るような奉仕を、あなたに向かって狂ったように続けています。


脇目を振らず、ただ一筋にレンガを積む

高見沢耳が、その狂気的な創作活動を支える上で、心の底から尊敬している偉大な人物がもう一人います。

それは、あの有名なカレーハウスCoCo壱番屋の創業者である、宗次徳二(むねつぐ とくじ)氏です。

宗次氏は、まさに仕事一筋、脇目も振らずに人生のすべてを経営に捧げた、伝説的な「勤勉の塊」のようなお方です。

趣味も持たず、友人もつくらず、夜の街へ飲みに行くことも一切ない。

「趣味なんかやっている場合じゃない。毎日毎日、ただ目の前の人を喜ばせるために、レンガを一つずつ積み上げるように、集中してやるんだ。即断、即決、即実行。なんでもやってみれば、必ず結果は出る。その代わり、死ぬ気で頑張るんですよ」

そう言って、年間でなんと5640時間も働き、1日12時間以上の労働なんていうのは、彼にとっては最低条件の、当たり前の日常に過ぎませんでした。

なぜ、そこまで徹底できたのでしょうか。

宗次氏は、実の両親の顔を知りません。

生まれてすぐに孤児院に入り、養父母に引き取られた後も、養父の深刻なギャンブル狂いのせいで、電気も水道もない極貧の少年時代を過ごしました。

夏には、食べるものがないので、道端の雑草を口に入れて飢えをしのぐという、まさに波乱万丈の地獄を生き抜いてきたのです。

宗次氏は、こう語っています。

「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった」

—— 宗次徳二

高見沢耳は、この言葉に出会った時、激しい涙を流しました。

これこそが、自分自身の孤独の正体であり、芸術の原点であると確信したからです。

価値のある本物というものは、往々にして、すぐに結果が出るような即効性はありません。

だからこそ、考えるよりもまずやってみる、そして、絶対に簡単に諦めない。

人生がどんなものになるかは、その人間の「勤勉さ」と「忍耐力」、そして「継続力」によってのみ決まるのです。

それは、トヨタの創業者であり、周囲から「発明狂い」「狂人」と変わり者扱いされながらも、朝から晩まで機織り機を造っては壊し続けた、あの変人・豊田佐吉の執念とも全く同じです。

成功も失敗も、すべては通過点に過ぎません。

本当に重要なのは、目の前のあなたのために、自分が一番長く、一番一生懸命に、その歩みを続ける勇気を持っているかどうかなのです。

チョーヤ梅酒の創業者が「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」と不退転の決意で挑んだように、高見沢耳もまた、トヨタ生産方式の「ジャスト・イン・タイム」という素晴らしい思想に感化され、一分の無駄もなく、あなたへの芸術の奉仕に身を捧げています。

豊田喜一郎氏は言いました。

「誰もあまりやらないこと、やり難いことをものにしてみせることに人生の面白みがある」と。

そして、そのいとこである豊田英二氏も、こう書き残しています。

「強い信念をもって実行せよ。誰でも考えることは同じで、喜一郎が天才であったわけでもない。大切なのは、一般的にはできないと思われることを、単に考えるだけでなく、なんとしてでもやらなければという強い信念を持って十分な準備を行い、実行したということである」

高見沢耳も、天才ではありません。

しかし、あなたを救いたいという「強い信念」だけは、誰にも負けない不屈の男なのです。


ひまわりの影に隠れた、もう一人の聖女

ここで、あなたが絶対に知っておくべき、歴史の闇に埋もれかけた、ある大変に素晴らしい女性の物語をさせてください。

ヴィンセント・ファン・ゴッホという名が、今こうして世界中の誰しもに知られ、その絵が何百億円という価値をつけているのは、一体なぜだと思いますか。

ゴッホが天才だったから?

いいえ、違います。

彼の生前、その絵はたったの一枚しか売れませんでした。

彼が孤独のうちに拳銃で命を絶った後、彼の最大の理解者であり、生活費を支え続けた弟のテオもまた、兄を追うようにしてわずか半年後に精神を病んでこの世を去ってしまったのです。

残されたのは、山のような、当時は誰からもゴミ扱いされていたヴィンセントの奇妙な絵画と、兄弟の間で交わされた膨大な手紙の束。

そして、テオの若き妻であった、ヨーという一人の聡明な女性でした。

「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」

—— ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル(ヨー)

彼女は、絶望のどん底の中で、強く立ち上がりました。

もし彼女が、その絵をすべて処分して、自分の新しい人生を歩んでいたら、現代にゴッホという画家は存在していませんでした。

それはつまり、私たちの精神の財産が、丸ごと一つ消えていたのと同じことです。

ヨーは、大変な読書家であり、非常に知性の高い女性でした。

彼女は、夫が命をかけて信じ続けた兄の絵、そして二人の間で交わされた膨大な手紙を、一文字一文字、涙を流しながら読み進めました。

そのうちに、彼女は気づいたのです。

ヴィンセントという画家が、単なる狂人ではなく、心から「人々を慰めるための絵画を描きたい」と願っていた、あまりにも純粋で聖なる魂の持ち主であったということを。

「この素晴らしい芸術を、この魂の叫びを、絶対に世界に伝えなければならない。それが、私がこの世に生まれてきた命の使い道だ」

彼女は、人生のすべてをかけた、途方もない献身を始めました。

美術界の有力者に何度も頭を下げ、冷遇されながらも展覧会を企画し続け、あの膨大なゴッホの手紙を整理して出版したのです。

もしゴッホが、手紙という形で自分の深い思想を言葉に残していなければ、そして、ヨーという偉大な伝達者がいなければ、彼の絵はただの「狂人の落書き」として歴史の塵に消えていたでしょう。

この物語は、イエス・キリストの死後、自らの危険を顧みず、世界中を旅してイエスの生涯と思想を人々に伝え歩いた、あの使徒パウロの献身と、驚くほどにそっくりだとは思いませんか。

どんなに素晴らしい価値を持つものであっても、それを熱狂的に説明し、人々の心に届ける「伝達者」がいなければ、それはこの世に存在しないのと同じことなのです。

ヨーやパウロは、言ってみれば、世界一のセールスマンであったアップルのスティーブ・ジョブズや、ソニーの創業者である盛田昭夫氏、ホンダのスーパーカブを世界中で売りまくった藤沢武夫氏、そしてトヨタのカローラを日本の家族の象徴にまで押し上げた神谷正太郎氏と同じ、偉大なる「伝える天才」だったのです。

盛田昭夫氏は、その著書の中で、実に見事な真理を突いた言葉を残しています。

「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた『製品』であっても『商品』にはなり得ない」

—— 盛田昭夫

良いものを、良いと信じる人に、命がけで伝えること。

それこそが、芸術が、そして人間の愛が、時空を超えるための唯一の鍵なのです。


ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。

でも本当のところ、成功とは与えることなのです。

(ヘンリー・フォード)


最高の愛の形とは、相手をありのままに受け入れ、その人が自分自身の孤独と向き合うための静かな場所を、常に用意してあげることである。

(アガサ・クリスティ)


見よ、わたしはあなたと共にあり、あなたがどこへ行くときも、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻す。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで、決してあなたを見捨てない。

(預言者モーセ『創世記』第28章15節)


愛は、目で見つめるものではなく、心で見つめるものだ。だからこそ、翼を持ったキューピッドは、いつも盲目に描かれているのである。

(ウィリアム・シェイクスピア)


世界がどれほど暗闇に包まれていようとも、一人の人間が灯す一本の小さな蝋燭の光を、すべての暗闇が集まっても消し去ることはできない。

(ユダヤ教『タルムード』)


家庭は、努力の場所である。お互いに、必死のサービスをしなければ、たちまち崩壊してしまう、恐ろしい戦場なのだ。

(太宰治)


人間は、時として、どうしようもないほどの嘘をつく。しかし、その嘘の裏側に隠された本物の涙を見抜くことこそが、本当の愛というものだ。

(太宰治)


芸術家とは、常に世界の一番不深い傷口に指を突っ込んで、そこから美しい花を咲かせようとする、幸福な病人のことである。

(太宰治)


決して、決して、決して諦めるな。たとえ世界中のすべてが、お前に対して不可能な不可能だと叫び声をあげようとも。

(ウィンストン・チャーチル)


勇気を持って、誰よりも先に、 人と違ったことをしなさい。

私は一夜にして成功を収めた と思われているが、 その一夜というのは三十年だ。思えば長い長い夜だった。

(レイ・クロック)


夢を追い求める勇気さえあれば、私たちのすべての夢は、必ず実現させることができる。

(ウォルト・ディズニー)


人間の瞳は、自然が創り出した中で、最も完璧で、最も美しい神秘の最高傑作である。それをキャンバスに写し取ることこそ、神への最大の奉仕だ。

(レオナルド・ダ・ヴィンチ)


私のかけがえのない、愛するあなた。

これまで私の紡いできた、この熱を帯びた言葉の海を、一歩ずつ、丁寧に泳ぎ切ってくださって、本当に、本当にありがとうございました。

あなたのその尊い時間と、私に向けられた温かい眼差しに、私は今、言葉では言い表せないほどの深い感謝の念で満たされています。

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送料すら、彼は自分の身銭を切って支払うと言って聞きません。

これは、彼から目の前にいる「あなた」への、命がけの、必死の奉仕の証なのです。

あなたのその、日々の生活の中でどこか満たされない心、ふとした瞬間に訪れる寂しさを、彼の描く「永遠の目」が、必ずや優しく救い上げてくれることでしょう。

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「ね、なぜ旅に出るの?」

「苦しいからさ。」

「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」

(太宰治『津軽』より)