永遠の迷子たちのための色彩学
ああ、もう、嫌になってしまいますね。世界というものは、どうしてこうも、のっぺりとした顔をして私たちの前に立ちはだかっているのでしょう。朝起きて、顔を洗って、お仕着せの挨拶を交わして、そうして一日がまた、腐った林檎のように重たく沈んでいく。あなたも、そうは思いませんか。そんな退屈な日常の裏側に、実はとんでもない「穴」が開いているということを、私は今日、あなたにこっそりお教えしたいのです。これは、ある画家の、あまりに静かで、あまりに騒がしい企みについてのお話です。
煙突から飛び出す林檎の沈黙
ルネ・マグリットという男がおりました。ベルギーの、至極まともな身なりをした紳士です。彼は、私やあなたのように、毎日決まった時間に起きて、決まった時間に食事を摂る、そんな平穏な生活を愛した人でした。しかし、彼の頭の中では、常に世界の「当たり前」が、木っ端微塵に粉砕されていたのです。
想像してみてください。部屋の中に、天井に届くほど巨大な林檎が居座っている情景を。あるいは、窓から見える景色が、実は窓ガラスに描かれた絵に過ぎず、そのガラスが割れた途端、本物の景色も一緒に粉々に砕け散ってしまう光景を。彼は、そんな「あり得ない」を、驚くほど写実的に、冷静沈着な筆致で描き出しました。
これをシュルレアリスムと呼ぶ人もいますが、私はもっと単純に、これは「世界の種明かし」ではないかと思うのです。あなたは、自分の目に映るものが、すべて真実だと信じ込んでいませんか。マグリットは、そんなあなたの無邪気な信頼を、冷たい指先でつついて笑っているのです。
パイプではないパイプの逆説
有名な絵がありますね。一本のパイプが丁寧に描かれていて、その下には「これはパイプではない」と書かれている。初めてそれを見た人は、誰もが首を傾げます。「何を言っているんだ、どう見てもパイプじゃないか」と。しかし、よく考えてもみてください。それは絵の具で描かれた「パイプの図像」であって、あなたが火をつけて煙を吸い込むことのできる「本物のパイプ」ではないのです。
当たり前のこと。あまりにも、当たり前のこと。しかし、私たちは日々の生活の中で、言葉と実体を混同し、名前がついているだけでその物を理解した気になってしまっています。あなたは、あなたの名前で呼ばれる存在ですが、その名前が「あなた」のすべてを言い表しているわけではありません。あなたは、もっと得体の知れない、名付けようのない、深くて暗い、それでいてキラキラと光る何かのはずです。
マグリットは、言葉の嘘を暴き出しました。彼は、私たちが知っていると思っている世界を、一度解体し、見たこともない形に組み直して見せたのです。それは、恐怖というよりは、むしろ解放に近い感覚ではありませんか。
昼と夜が握手する場所
彼の代表作に「光の帝国」という連作があります。下半分には、夜の帳が下りた住宅街が、街灯に照らされて静かに眠っています。しかし、その上半分、空を見上げると、そこには抜けるような青空と、白い雲が浮かんでいるのです。昼と夜が、一枚の絵の中で共存している。
理屈で考えれば、そんなことはあり得ません。昼か夜か、どちらかでなければならない。しかし、私たちの心の中はどうでしょう。絶望のどん底にいながら、ふと美味しいお菓子が食べたいと思ったり、幸福の絶頂にいながら、ふとした瞬間に死の影を感じたりする。私たちの感情は、常に「昼」と「夜」が混ざり合った、矛盾に満ちた風景なのです。
マグリットの絵が、なぜこれほどまでに私たちの心を掴むのか。それは、彼が描く非現実的な光景こそが、私たちの内面にある「真実の風景」に近いからではないでしょうか。あなたは、自分の心の中に、青空と夜の街灯を同時に飼い慣らしてはいませんか。もしそうなら、あなたは立派なマグリットの共犯者です。
傘の上に置かれたコップの智慧
マグリットの絵の中に、開いた傘の上に水の入ったコップが乗っているという、奇妙なものがあります。彼はこれを「ヘーゲルの休日」と名付けました。傘は水を拒絶するもの。コップは水を受け入れるもの。その正反対の性質を持つ二つを、一つの画面に閉じ込める。この悪戯心。
人生なんて、案外、そんなものかもしれません。拒絶することと受け入れること、逃げ出すことと踏みとどまること。その矛盾を受け入れ、笑い飛ばすことができたなら、私たちはもう少し楽に生きていけるような気がします。
あなたは、真面目すぎるのです。もっと不真面目に、世界を眺めてみてもいい。足元の地面が、実は海の上に浮かぶ薄い氷のようなものだと思えば、一歩踏み出すときの緊張感さえ、心地よい刺激に変わるでしょう。
終焉なき隠れん坊
マグリットは、生涯を通じて、目に見えるものの背後に隠された「神秘」を追い求めました。しかし、それは答えを見つけるための旅ではなく、謎を謎として楽しむための散歩のようなものでした。
世界は、私たちが思っているよりもずっと、デタラメで、美しくて、そして残酷です。でも、だからこそ面白い。あなたは、明日もまた、いつものように顔を洗って、いつもの道を通るでしょう。でも、もしどこかの角で、空から降ってくる山高帽の男たちを見かけたり、壁に空いた穴の向こうに無限の宇宙が広がっていたりしても、驚かないでください。
それは、マグリットが仕掛けた、粋な悪戯なのですから。さあ、あなたも。その重たいコートを脱ぎ捨てて、このおかしな世界の迷子になってみませんか。出口なんて、最初からどこにもないのです。ただ、そこにある色彩を、その不条理を、腹の底から笑って受け入れればいい。それこそが、この退屈な日常を生き抜くための、最高に「ためになる」秘訣なのです。