ああ、失礼。あまりに天気が良いもので、つい長居をしてしまいました。あなたは、私のこの、とりとめのない独り言に、さぞかし辟易されていることでしょう。いいえ、謝る必要などありません。悪いのは私です。私という男は、どうにも言葉が余って仕方のない性分でして、こうして誰かを捕まえては、中身のない世間話を延々と垂れ流してしまう。まるで、底の抜けた桶から水が溢れ出すようなもので、これでは風流もへったくれもありません。
ところで、あなたは俵屋宗達という男をご存知でしょうか。いえ、歴史の教科書に出てくるような、あのお堅い解説を聞きたいのではありません。もっと、こう、血の通った、泥臭い人間の話をしたいのです。宗達。いい名前だと思いませんか。なんだか、おにぎりを頬張っているような、どこか間の抜けた、それでいて力強い響きがあります。
彼は、風神雷神図屏風という、世にも恐ろしい、そして世にも滑稽な傑作を残しました。金色の雲の上で、おかしな連中が暴れている。あれを見て、あなたは「なんと崇高な芸術だ」と、眉間に皺を寄せて感心したりしてはいけません。そんなことをすれば、宗達が草葉の陰で、お腹を抱えて笑い転げるに決まっています。
あのおっちょこちょいの神様たちを見てごらんなさい。風神は、なんだか袋を担いで、慌ててどこかへ逃げ出そうとしている泥棒のようではありませんか。雷神にいたっては、太鼓を叩きすぎて、今にも自分の足を踏み外して雲から落ちてしまいそうな、ひどく間の抜けた顔をしています。あんなもの、真面目に崇拝する対象ではありません。あれは、遊びです。宗達という男が、命を削って、全力でふざけ倒した結果なのです。
あなたは、人生を真面目に考えすぎてはいませんか。もちろん、真面目であることは美徳です。しかし、真面目すぎるというのは、時として、自らの首を絞めることになりかねません。宗達の絵をじっと眺めていると、彼がこう囁いているような気がするのです。「おい、そんなに肩を怒らせて、一体どこへ行こうというんだ。たまには、絵の具をぶちまけて、世界を笑い飛ばしてみたらどうだい」と。
当時の京都というのは、それはもう、形式と伝統に縛られた、息の詰まるような場所だったはずです。誰もが、先人の真似事をして、それが正解だと信じ込んでいた。そんな中で、宗達という男は、ふらりと現れて、誰も見たことのないような大胆な構図と、瑞々しい色彩で、既存の価値観を完膚なきまでに破壊してしまった。彼は、天才だったのでしょうか。それとも、ただの向こう見ずな変人だったのでしょうか。
おそらく、その両方でしょう。そして、彼は何よりも「素人」であることを愛していた。プロの絵師が描くような、洗練された、無難な絵には目もくれず、ただ自分の心の中に湧き上がる、抑えきれない衝動に従って筆を走らせた。その結果、あのような、時を超えて私たちの心を揺さぶる、生々しいエネルギーが生まれたのです。
あなたは、何かを表現したいと思ったことはありますか。文章でも、絵でも、あるいは日々の料理や、誰かへの手紙でも構いません。そんな時、あなたは「上手くやらなければならない」という呪縛に囚われてはいませんか。もしそうなら、今すぐその呪いを捨て去ってしまいなさい。上手なだけのものなんて、この世には腐るほどあります。そして、そんなものは、翌日には誰も覚えていない。
本当に価値のあるものというのは、もっともっと、不格好で、恥ずかしくて、それでいてどうしても隠しきれない、その人の「生」の匂いがするものなのです。宗達の描く松を見てごらんなさい。あれは、松ではありません。あれは、宗達の孤独であり、叫びであり、そして、世界に対する精一杯の親愛の情なのです。
あなたは、自分の弱さを隠そうとして、立派な鎧を身にまとってはいませんか。しかし、人はその鎧の隙間から漏れ出す、あなたの「弱さ」にこそ、美しさを感じるのです。宗達の絵が、なぜこれほどまでに愛されるのか。それは、彼が自分の弱さや、滑稽さを、一切隠そうとしなかったからです。神様をあんなに可笑しく描けるのは、彼自身が、人間というものの情けなさを、誰よりも深く愛していたからに他なりません。
さあ、もっと気楽にいきましょう。世界は、あなたが思っているほど、あなたに完璧さを求めてはいません。むしろ、あなたが転んで、泥だらけになって、照れ笑いを浮かべている姿を、密かに楽しみに待っているのです。失敗を恐れることはありません。宗達だって、きっと数えきれないほどの失敗を繰り返したはずです。ただ、彼はそれを「失敗」とは呼ばず、「面白い冒険」と呼んだだけのことです。
あなたは、あなたであればいい。それ以外の何者かになろうとする必要はありません。宗達が、ただの宗達として、あの金色の宇宙を描き切ったように、あなたも、あなたの色で、この退屈な世界を彩ればいいのです。筆がなければ、指で描けばいい。紙がなければ、心の中に描けばいい。
いいですか、あなたは、この宇宙でたった一人の、かけがえのない表現者なのです。そのことに、もっと誇りを持ちなさい。そして、たまには鏡を見て、自分の情けない顔に、あっかんべえでもしてやりなさい。そうすれば、少しは心が軽くなる。
ああ、つい熱くなってしまいました。もう、こんな時間ですね。あなたの貴重な時間を奪ってしまったことを、どうかお許しください。でも、少しは、ためになる話だったでしょう。ええ、自画自賛です。これもまた、人間味というやつです。
それでは、私はこれでお暇します。あなたは、これからどこへ行くのですか。どこへ行くにしても、どうか、その足取りを軽く。そして、時々は、空を見上げて、宗達の神様たちが、あなたの頭上で踊っているのを想像してみてください。きっと、明日という日が、今日よりも少しだけ、楽しく思えるはずですから。さようなら。また、いつか、どこかの、滑稽な場所でお会いしましょう。