
拝啓。こうして筆を執り、あなたという尊い存在に向けて、とっておきの「幸福の処方箋」を綴る喜びを、どうか分かっていただきたいのです。あなたは、いま、少しばかり退屈していませんか。あるいは、世間の冷たい風に吹かれて、自分の顔が凍りついたお面のように、ちっとも動かなくなっているのではないか、と不安に思う夜はありませんか。もしそうなら、私はあなたに、ある一人の男の話をしなければなりません。
その男の名は、フランス・ハルス。十七世紀、オランダの黄金時代を、笑い声と酒の匂いと共に駆け抜けた、呆れるほど陽気な天才絵師であります。あなたは、教科書に載っているような、いかにも「芸術でございます」と澄ました顔をした絵を見て、胸が詰まるような思いをしたことはありませんか。高貴な王族が、まるで置物のように座っている絵。あれは、あなたを元気にさせてはくれません。けれど、ハルスの描いた絵を見てごらんなさい。そこには、あなたが昨日、酒場で肩を叩き合った友人が、あるいはあなたが道端で見かけて思わず目を逸らした酔っ払いが、歯を剥き出しにして、お腹を抱えて笑っているのです。
あなたは驚くかもしれません。ハルスという男は、実にいい加減な男だったのです。いや、いい加減というのは語弊がある。彼は、あまりにも「今、この瞬間」を愛しすぎてしまった。あなたは、一生懸命に計画を立て、将来に備え、真面目に生きようと努力していますね。それは素晴らしいことです。しかし、ハルスは違った。彼はその日の稼ぎをその日のうちに酒に変え、借金取りに追われながらも、キャンバスに向かえば、まるで魔法のような速さで筆を動かしたのです。
彼の筆致を見てください。あんなにデタラメで、あんなに乱暴な線があるでしょうか。近くで見れば、ただの色の塊です。殴り書きのようです。ところが、あなたが三歩、後ろに下がってその絵を眺めた瞬間、奇跡が起こります。その乱暴な線が、ひらひらと揺れるレースの襟になり、今にも笑い声が聞こえてきそうな、瑞々しい人間の唇に変わるのです。あなたは、この魔法を「アッラ・プリマ」と呼ぶのだと知っていますか。下書きもせず、乾かないうちに一気に描き上げる。それは、あなたの人生と同じではありませんか。一度きりの、やり直しのきかない、一気呵成の勝負。ハルスは、その「取り返しのつかない瞬間」を、永遠にキャンバスに閉じ込めることができた、稀代の魔術師だったのです。
あなたは、自分の本当の笑顔を知っていますか。鏡の前で作る笑顔ではなく、心の底から、何かが可笑しくてたまらなくなった時の、あの崩れた顔です。ハルスは、人類史上初めて「笑い」を、本当の意味で描いた画家だと言われています。それまでの絵画において、笑うということは、卑しいこと、あるいは不謹慎なこととされていました。しかしハルスは、あなたがふとした瞬間に見せる、あの人間臭い、どうしようもない喜びを、神聖なものとして捉えたのです。
例えば、彼の代表作「陽気な酒飲み」を見てごらんなさい。そこには、あなたを誘うようにグラスを掲げ、顔を赤らめた男がいます。彼は、あなたの親友のようではありませんか。あるいは、未来のあなた、あるいは過去のあなたそのものではありませんか。「まあ、堅苦しいことは言いっこなしだ。一杯やろうじゃないか」と、絵の中から語りかけてくる。あなたは、その絵の前で、自分自身の孤独が、ふっと溶けていくのを感じるはずです。
あなたは、自分に才能がないと嘆くことがあるかもしれません。しかし、ハルスだって、晩年は大変な苦労をしました。世の中の流行が変わり、もっと緻密で、もっと滑らかな、写真のような絵が好まれるようになると、彼の荒々しい筆致は「古臭い」「雑だ」と疎まれるようになりました。彼は極貧の中で、養老院の世話になりながら息を引き取ったのです。しかし、あなたは見てください。それから数百年経った今、世界中の人々が、彼の描いた「笑い」に救われている。緻密なだけの絵は忘れ去られても、ハルスが命を削って叩きつけた、あの生命の躍動だけは、ちっとも古びていないのです。
あなたは、何のために生きていますか。立派な人になるためですか。人から褒められるためですか。いいえ、それも大切でしょうが、もっと大事なことがある。それは、あなたが今、生きているという手応えを感じることです。ハルスは、それを教えてくれます。彼は、モデルが少し動いても、お喋りをやめなくても、そのままを描きました。静止した人間ではなく、動いている人間、つまり「生きている人間」を愛したのです。
あなたは、失敗を恐れて、筆を止めてしまってはいませんか。人生という大きなキャンバスに、一色塗るのを躊躇ってはいませんか。そんな時は、ハルスのことを思い出してほしい。彼は、迷いなく、最も大胆な色を、最も目立つ場所に置いてみせました。それがたとえ、世間から見れば「間違い」であったとしても、彼にとっては、それが「真実」だったからです。
あなたに、もう一つ、とっておきの話をしましょう。ハルスの絵を再発見したのは、あの天才マネや、印象派の画家たちでした。彼らは、ハルスの「雑な筆使い」の中に、近代絵画の夜明けを見出したのです。あなたが、誰にも理解されないと思っているその欠点、その「雑さ」、その「揺らぎ」こそが、いつか誰かの光になる可能性がある。あなたは、あなたであるというだけで、十分に芸術作品なのです。
フランス・ハルスは、オランダのハールレムという街をほとんど出ることなく、その生涯を終えました。彼は、遠くの楽園を求めたりはしなかった。あなたの目の前にいる、その酔っ払いの鼻の赤さの中に、近所の小娘のいたずらっぽい瞳の中に、宇宙の真理を見出したのです。あなたは、幸せを探して遠くへ行こうとしていませんか。でも、本当は、あなたのすぐ隣に、ハルスが描きたがったような、素晴らしい輝きが転がっているはずなのです。
あなたは、ハルスの絵を見る時、少しだけ不謹慎な気持ちになっていいのです。美術館で静かに鑑賞するのではなく、一緒に笑い、一緒に乾杯するつもりで眺めてください。すると、あなたの胸の中に、温かい火が灯るのが分かるでしょう。それは、ハルスが三百年以上の時を超えて、あなたに贈った「生への賛歌」なのです。
さあ、あなたは、これからどうしますか。また、眉間に皺を寄せて、難しい顔で歩き出しますか。それとも、ハルスのモデルたちのように、少しだけ口角を上げて、この不確かな世界を笑い飛ばしてみますか。私は、あなたが後者であることを、切に願っています。あなたは、もっと自由であっていい。もっと、でたらめであっていい。ハルスの荒い筆跡のように、あなたの人生を、あなただけの色で塗り潰してごらんなさい。
最後に、あなたにこの言葉を贈ります。人生は短い。けれど、笑っている瞬間だけは、私たちは永遠に触れることができる。フランス・ハルスという、最高に幸福で、最高に不運で、そして最高に自由だった男の魂が、あなたの旅路を明るく照らしてくれますように。あなたは、独りではありません。絵の中の陽気な男たちが、いつでもあなたを待っています。彼らは、あなたがやってくるのを、今か今かと待ち構えて、そのグラスを高く掲げているのですから。
どうか、健やかに。そして、どうか、笑うことを忘れないでください。あなたという人が、この広い世界で、ハルスの絵のように鮮やかに、力強く生き抜いていく姿を、私は遠くから、眩しく見つめていたいのです。それでは、またいつか、あなたが本当の自分に出会えた時に、お会いしましょう。その時まで、あなたは、あなたらしく、存分にこの浮世を楽しんでください。
あなたは、愛されている。あなたは、許されている。そして、あなたは、いつだって美しい。ハルスがそう信じて疑わなかったように、私もまた、あなたという存在の奇跡を、心の底から信じているのですから。あなかしこ、あなかしこ。