夜の画家 ラ・トゥールについて
ねえ、あなた。ちょっとそこへ座って、私のくだらない、けれども世界で一番大切な話を聞いてはくれませんか。外はひどい雨だ。まるで空が大きなバケツをひっくり返して、この地上の汚れをすべて洗い流そうとしているみたいに。そんな日に、薄暗い部屋の中で、たった一本の蝋燭の火をじっと見つめていると、私はふと、あのジョルジュ・ド・ラ・トゥールという画家のことを思い出すのです。 あなたは彼の絵をご存じですか。もし知ら […]
ねえ、あなた。ちょっとそこへ座って、私のくだらない、けれども世界で一番大切な話を聞いてはくれませんか。外はひどい雨だ。まるで空が大きなバケツをひっくり返して、この地上の汚れをすべて洗い流そうとしているみたいに。そんな日に、薄暗い部屋の中で、たった一本の蝋燭の火をじっと見つめていると、私はふと、あのジョルジュ・ド・ラ・トゥールという画家のことを思い出すのです。 あなたは彼の絵をご存じですか。もし知ら […]
Oh, no, you must not. Please, do not stand there with such a furrowed brow, looking as though you’ve shouldered all the misfortunes of this weary world. You resemble a philosopher staring at a single […]
ああ、もう、いけません。そんなに眉間に皺を寄せて、世界中の不幸を背負い込んだような顔をしてはいけません。まるで、夕暮れの空の下で、たった一枚の腐った林檎を眺めながら、人生の虚無について熟考している哲学者のようです。もっと楽になさい。肩の力を抜いて、そこの座布団にでも、だらしなく身体を預けてしまえばいいのです。どうせ私たちは、この広大な宇宙という名の、少しばかり悪趣味な見世物小屋に迷い込んだ、哀れな […]
Oh, look at you, staring at me with such wide eyes! Whatever is the matter? Do I sound like I’m mimicking someone? No, don’t say a word. I can see right through to the bottom of your heart, as c […]
おや、あなた、そんなに目を丸くして私の顔を眺めたりして、一体どうしたというのです。よほど私の話しぶりが、どこかの誰かさんの真似事に聞こえたのではありませんか。いえ、言わなくても分かります。私には、あなたの心の底に溜まった澱のような疑念が、透き通る硝子細工の向こう側を見るように、実にはっきりと見えてしまうのですから。まあ、そう身構えないでください。私はただの、少しばかりお喋りが過ぎる友人。それも、あ […]
Sakai Hoitsu was a man so vividly, almost frustratingly, sophisticated that he might leave someone like you feeling utterly bewildered. To a backwoodsman like me, one who is useless whether boiled or […]
酒井抱一というお方は、まったく、あなたという人を困らせるほどに、あざやかで、いけ好かないほどに洒脱な御仁であります。 江戸の風雅などというものは、私のような、煮ても焼いても食えぬ田舎者から見れば、どこか遠くの空に浮かぶ銀の雲のようなもので、美しすぎて腹が立つ。あなたは、抱一の描いた「夏秋草図屏風」を、どこかで見かけたことがおありでしょうか。あの銀泥の背景を。雨に打たれて、ぐったりと項垂れている青い […]
Oh, dear me, what a thing to contemplate! Is it truly possible for “purity” to exist in this world, rolled out before us in such a cruelly naked state? Tell me, are you familiar with a man […]
ああ、もう、何という事だろう。世の中には「清らかさ」というものが、これほどまでに残酷なほど、むき出しのまま転がっているものなのか。皆さんはご存じか。ジョヴァンニ・ダ・フィエーゾレという男を。もっとも、そんな小難しい姓名で呼ぶ奴は、美術史の講義で居眠りをしている学生か、さもなければよほどの物好きに限られている。世間一般では、彼は「フラ・アンジェリコ」、すなわち「天使のような修道士」という、気恥ずかし […]
Kitagawa Utamaro. Just uttering the name somehow stains the air of the room with the faint scent of white face powder, or perhaps makes one feel as if their fingertips have brushed against a piece of […]
喜多川歌麿。その名前を口にするだけで、なんだか部屋の空気がふっと白粉の香りに染まるような、あるいは、指先がふいに柔らかい絹の袂に触れたような、そんな艶っぽい心持ちになるじゃありませんか。江戸という時代の、あの眩暈がするほどの華やかさと、その裏側にへばりついている言いようのない寂寥を、たった一筋の筆の線に凝縮してしまった、とんでもない男の話をしましょう。 そもそも、美しさというものは残酷なものです。 […]
Ladies and gentlemen, I beg you not to laugh as you listen. Or rather, I don’t mind if you laugh, but I wish to speak a little of a truth so commonplace that everyone overlooks it—the fact that the tr […]
皆様、どうか笑わないで聞いていただきたい。いや、笑っていただいても一向に構わないのですが、世の中には「幸福」というものの正体が、案外、洗濯したてのシーツの匂いや、あるいは、ふとした夕暮れ時に見かける親子の背中に隠れているという、そんな当たり前すぎて誰もが見落としてしまうような事実について、少しばかりお話ししたいのです。 ここに、メアリー・カサットという御婦人がおります。十九世紀の、それこそ馬車が石 […]
Oh, it’s simply unbearable. Why must passion drag a person’s heart through the mud, only to stand there afterward with such a nonchalant, composed face? Tell me, everyone—do you know the man called Eu […]
ああ、もう、たまらない。情熱というものは、どうしてこうも、人の心を引き摺り回し、最後には泥まみれにして平然としているものなのでしょう。皆様、ウジェーヌ・ドラクロワという男をご存じですか。あの、フランスの大きな、重たい、熱病にかかったような絵を描くお方です。 世間ではよく「ロマン主義の旗手」なんて、まるで運動会の花形走者のような呼び方をいたしますが、あんなもの、嘘です。彼はただ、心の中に抑えきれない […]
Oh, let me speak for a moment about this fellow named Ingres. What comes to mind when you hear his name? Perhaps nothing at all. If that is the case, it matters not one bit. However, one must, at leas […]
ああ、あの、アングルという男について、少しばかりお話をさせてください。皆さんは、アングルと聞いて、何を思い浮かべますか。あるいは、何も思い浮かばない。それならそれで、一向に構わないのです。ただ、この男の描いた絵の、あの「つるつる」とした質感についてだけは、一度じっくりと考えてみる必要がある。 世の中には、不器用な情熱というものがありますが、アングルの場合は、それが度を越して「執念」の域に達している […]
There was once a time when people believed that another world existed behind the looking glass, captured in perfect resolution. It is similar to how we stare at high-definition smartphone displays tod […]
鏡の向こう側に、もうひとつの世界が完璧な解像度で存在していると信じていた時代がありました。現代の私たちがスマートフォンの高精細なディスプレイを見つめて「まるでもうひとつの現実だ」と驚くのと似ていますが、十五世紀のフランドル地方に生きた人々にとって、その驚きはもっと魔術的で、静謐な衝撃を伴うものでした。その衝撃の仕掛け人こそが、北方の天才絵師、ヤン・ファン・エイクです。 彼について語るとき、まず「油 […]
Ah, it is simply unbearable. Why must beauty be so cruel to us? I wonder if you are familiar with the man known as Jacques-Louis David. To hear the name, one might imagine a dignified steward of some […]
ああ、もう、やり切れない。美というものは、どうしてこうも人を残酷にするのでしょう。皆さんは、ジャック=ルイ・ダヴィッドという男をご存じか。名前だけ聞けば、いかにも立派な、どこかの貴族の家令のような響きですが、その実体は、画布の前に座った冷徹な独裁者、あるいは色彩の檻に閉じ込められた美しき亡霊といった風情であります。 フランス革命なんていう、世の中がひっくり返って、昨日までの御馳走が今日からは泥水に […]
When you hear the name Gustave Moreau, what kind of imagery comes to mind? Many might envision a somewhat unapproachable figure who painted glittering, jewel-like scenes that look as if a treasure che […]
ギュスターヴ・モローという名前を聞いて、皆さんはどんな情景を思い浮かべるでしょうか。おそらく、多くの人が「なんだか難しそうで、宝石箱をひっくり返したようなギラギラした絵を描く人」というイメージを抱くかもしれません。しかし、彼の人生とその作品の裏側に潜むエピソードを知ると、この寡黙な芸術家がいかに情熱的で、そして少しばかり「こじらせた」魅力的な人物であったかが見えてきます。 十九世紀のフランス、印象 […]
Oh, my dear friends. Please, let’s not approach Art or the so-called “Noble Spirit” with such deeply furrowed brows. One mustn’t be so stiff. Why not relax those shoulders, knock bac […]
おやおや、皆さん。芸術だの、高尚な精神だのと、あまりに眉間に皺を寄せて構えすぎちゃあ、いけません。もっと肩の力を抜いて、そこらの安酒でも煽りながら、一つ「絵画」という名の、とびきり洒落たペテンの話でもしようじゃありませんか。 今日、私がどうしてもお話ししたいのは、エドゥアール・マネという男についてです。十九世紀のパリに現れた、この驚くべき「不真面目な天才」は、実は現代の僕たちが生きるこの窮屈な世界 […]
Joseph Mallord William Turner, the legendary 19th-century British painter, was far from your typical refined artist sitting comfortably in a studio. Known today as the “Painter of Light,” […]
十九世紀のイギリスが生んだ最大の奇才、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー。彼の名前を聞いて、荒れ狂う海や燃えるような夕焼け、そしてすべてが光の中に溶け込んでいくような幻想的な風景画を思い浮かべる人は多いでしょう。しかし、その華麗な芸術の裏側に隠された彼の素顔は、驚くほど個性的で、時には滑稽ですらありました。今回は、そんな「光の魔術師」と呼ばれた男の、ちょっとためになる、そして少し笑える生涯を […]
Well, listen to me for a moment. People in this heartless world are always making such a fuss, shouting about “Art” and “Beauty” and “The Lofty Spirit” until their […]
When we speak of Kitaoji Rosanjin, we are not just talking about a man, but a force of nature that swept through the world of Japanese art and cuisine. He was a calligrapher, a ceramicist, a painter, […]