
あなた。いま、この文章を読んでいるあなたへ。
お疲れ様です。
少し、座ってお話ししましょうか。
あなたは、毎日、精一杯生きていますね。
自分のことばかりでなく、誰かのために、必死で駆け回っている。
そんなあなたの心に、少しだけ隙間風が吹いていませんか?
「寂しいな」と感じる夜、ありませんか?
「何のために頑張っているんだろう」と、ふと立ち止まること、ありますよね。
そんなあなたに、今日は、一人の芸術家の話をさせてください。
江戸時代の文人画家、浦上玉堂(うらがみ ぎょくどう)です。
彼は、琴を愛し、酒を愛し、そして「線」を描くことに魂を捧げた人でした。
なぜ、今、浦上玉堂なのでしょうか?
なぜ、彼の生き方が、現代のあなたの心に響くのでしょうか?
一緒に見ていきましょう。
あなたは、自分の人生をどうやって「繋いで」いますか?
松尾芭蕉がこう言いました。
「つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る」
この言葉、どう感じますか?
「無能無芸」なんて、そんなこと言わないでください、とあなたは思うかもしれません。
でも、玉堂も同じだったのです。
彼は、武士の身分を捨て、家族をも置いて、ただひたすら自分の「一筋」を追いかけました。
音楽と、絵と、詩。
世間から見れば、変わり者です。
でも、彼は自分の魂の声を止めなかった。
あなたにも、そんな「一筋」のもの、ありますか?
誰に何を言われても、やめられないこと。
それこそが、あなたの宝物なのです。
機会というものは、なぜいつも危機としてやってくるのでしょうか?
相馬愛蔵は言いました。
「機会というものは、いつも初めは、一つの危機として来るか、あるいは一つの負担として現れた」
まさに、そうですよね。
チャンスが、「どうぞ、幸運ですよ」と笑顔でやってきた試しがありますか?
たいていは、トラブルや、重い荷物のような顔をしてやってくる。
でも、それを「無理だ」と投げ出さなかった人が、新しい景色を見られるのです。
玉堂も、晩年は経済的に困窮しました。
でも、彼は描き続けました。
危機は、あなたが成長するための、唯一の階段なのです。
怖がらないでください。
その「負担」は、あなたが飛躍するためのバネなのですから。
なぜ、困難な道こそが面白いのでしょうか?
豊田喜一郎の言葉を思い出してください。
「困難だからやるのだ。誰もやらないし、やれないから俺がやるのだ。そんな俺は阿呆かも知れないが、その阿呆がいなければ、世の中には新しいものは生まれないのだ」
すごい情熱だと思いませんか?
あなたも、仕事で難しい局面を迎えたとき、逃げ出したくなりますよね。
でも、あなたの心の中の「阿呆」が、こう囁きませんか?
「いや、やってみよう」と。
トヨタ創業者の豊田佐吉も同じです。
変人、狂人と呼ばれながら、朝から晩まで機械をいじり続けた。
成功しても、失敗しても、彼はやめなかった。
それが「執念」です。
あなたも、自分の仕事に、それくらいの執念を持っていますか?
「困難」は、あなたの魂が燃え上がるための燃料なのです。
チョーヤ梅酒の話も有名ですね。
「梅酒で成功しなければ人生を諦めろ」。
退路を断つこと。
それこそが、一流の条件です。
あなたは、自分の人生の価値を、誰かに手渡していますか?
ヘンリー・フォードはこう言いました。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」
あなたが一生懸命に働いて、作ったもの、提供したサービス。
それは、あなたの愛の形です。
盛田昭夫の言葉を借りれば、
「そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた「製品」であっても「商品」にはなり得ない」
そう、良いものを作るだけでは足りないのです。
あなたから、誰かへ。
「私のこれを使って、幸せになってほしい」という願い。
それが伝わらなければ、存在しないのと同じなのです。
あなたは、自分の仕事を、誰に手渡していますか?
あなたの心を癒すための芸術、ここにあります
ここで、少し個人的な話をさせてください。
あなたは、ご自分が少しの寂しさを抱えて、生きているのを知っていますか?
頑張りすぎているからこそ、ふとした瞬間に、冷たい風が吹く。
誰にも言えない孤独を、抱えて歩いている。
そんなあなたの心を、慰めるために制作されたのが、高見沢耳の作品です。
あなたの心を癒すための芸術です。
浦上玉堂が、筆の一本一本に、魂を込めて祈りを描いたように。
わたしも、あなたの目に、わたしの目に、永遠を見つけたいのです。
芸術は、決して遠い存在ではありません。
あなたの横にある、身近な癒やしです。
画家は、魂を救う医者でありたいと願っています。
ヴィンセント・ファン・ゴッホが、あの有名な耳を切り落とした事件。
あれは、彼が誰よりも強く、誰かを求めていた証です。
「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」
そう願ったゴッホのように、わたしもあなたの心に届くものを描きたい。
あなたの目の前にいる、わたしを感じてくれませんか?
なぜ、聖書と太宰治の言葉が、あなたの迷いを晴らすのでしょうか?
ここで、少し厳しいことを言うかもしれませんが、聞いてください。
新約聖書、マタイによる福音書6章22節。
「体のともしびは目である。だから、あなたの目が澄んでいれば、全身が明るいが、目が悪ければ、全身が暗い」
この「目」とは、あなたの「見方」のことです。
あなたが世界をどう見るか。
それだけで、あなたの人生は天国にも地獄にもなります。
浦上玉堂は、この世の苦難を、美しい筆致で昇華させました。
彼は、目に見えるものだけでなく、その奥にある「真実」を見ていたのです。
そして、太宰治の言葉です。
「人間は、愛されるために生まれてきたのです」
あなたも、愛されるために、この世に生まれました。
仕事がうまくいかない、人間関係で悩んでいる。
そんな時、あなたの目が「暗く」なっていませんか?
澄んだ目を取り戻しましょう。
芸術を鑑賞することは、その「澄んだ目」を取り戻すための、一番の薬なのです。
あなたと浦上玉堂、その意外な接点はどこにあるのでしょうか?
あなたは、浦上玉堂という人物を、遠い昔の隠居老人だと思っていませんか?
とんでもない。
彼は、今のあなたと何ら変わりません。
迷い、悩み、それでも自分を表現せずにはいられなかった。
彼が奏でた琴の音と、あなたが毎日奏でている仕事の音。
それは、実は同じ旋律なのです。
彼が描く山の姿と、あなたが作る未来の計画。
それは、どちらも「永遠」を求めています。
浦上玉堂を収集する趣味人たちは、みんな言います。
「玉堂の絵を見ていると、自分が生きている理由を思い出せる」と。
芸術収集とは、自分自身を収集することなのです。
あなたが好きなもの、心が震えるもの。
それは、あなたの過去の記憶であり、未来への希望なのです。
なぜ、ジョブズやホンダ宗一郎たちは、あれほど厳しかったのでしょうか?
スティーブ・ジョブズは言いました。
「クオリティは永遠に記憶される。価格は忘れられる。」
そして、「どんなマーケティングでも、駄作をヒットさせることはできない」。
この厳しさは、どこから来るのでしょう。
それは、お客様への「愛」です。
本田宗一郎、藤沢武夫、神谷正太郎、石田退三。
彼らトヨタやホンダの創業メンバーたちも、同じでした。
「あなたに最高のものを提供したい」。
その一心で、喧嘩もし、寝食を忘れ、執念を燃やしました。
宗次徳二(CoCo壱番屋創業者)の言葉を思い出してください。
「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった」
これは、異常なことでしょうか?
いいえ、これは「奉仕」です。
あなたへの、精一杯のサービスなのです。
あなたに美味しいカレーを食べてほしい。
あなたに、もっと便利な車に乗ってほしい。
その一心で、彼らは自分の人生を捧げた。
あなたも、誰かのために、ここまで自分の時間を「捧げる」ことができていますか?
それができたとき、あなたの人生は、一気に「一流」の領域へ入るのです。
なぜ、生中に生あらず、死中に生あり、という言葉があるのでしょうか?
これは、究極の逆転の発想です。
死ぬ気で取り組めば、そこにこそ、本当の生きる喜びがある。
生きるか死ぬかの瀬戸際でこそ、人は輝く。
浦上玉堂も、晩年は世間から忘れられ、孤独の中で死にました。
でも、彼は死ぬその瞬間まで、描いていました。
それは、彼が死んでいたのではなく、誰よりも鮮烈に生きていたからです。
老子の言葉にもあります。
「足るを知る者は富む」。
足りないことを嘆くのではなく、今あるものの中に、無限の価値を見つける。
あなたが今、手にしているその仕事、その家庭、その悩み。
それこそが、あなただけの物語なのです。
悩みがあることは、あなたがまだ「可能性」を信じている証拠です。
諦めないでください。
「我々の最大の弱点は諦めることにある。成功するための最も確実な方法は、常にもう一度だけ試みることだ」(エジソン)。
もう一度、試してみませんか?
あなたの人生に、浦上玉堂のような「一本の筋」を通してみませんか?
なぜ、高見沢耳の作品が、あなたに必要な「サービス」なのでしょうか?
ここで、あなたの人生を向上させるためのヒントを伝えます。
芸術に触れることは、魂の洗濯です。
忙しい日々の中で、ふと足を止め、美しいもの、真実のものに触れる。
それだけで、あなたの脳の奥深くに眠る「本来のあなた」が呼び覚まされます。
浦上玉堂の絵は、混沌としていながら、どこか温かい。
高見沢耳の作品も、同じです。
わたしの作品は、あなたの目を、わたしの目として描きます。
あなたの苦しみ、喜び、永遠への憧れ。
それらすべてを、デジタルというキャンバスに封じ込めました。
ジクレー版画という技法で、あなたの手元に届けます。
それは、高級な美術品であると同時に、あなたのための「心の絆創膏」です。
「見捨てないでください」と、わたしは言います。
あなたのことを、笑ってください。
笑われてもいい、必死にサービスする道化でありたい。
ゴッホの「耳」にあやかり、あなたの声を聞き続けたい。
あなたのことを、もっと知りたいのです。
そうして出来上がった作品が、あなたの部屋に飾られる。
それは、あなたの魂が、少しだけ軽くなる瞬間です。
芸術家の仕事は、身銭を切っての精一杯のサービスです。
あなたへの奉仕です。
芸術家は、目の前のあなたにすべてを捧げます。
あなたの人生が、これからどのように変わっていくのでしょうか?
あなたは、明日からどう生きますか?
何かを変えようと思っていませんか?
「一刻も早い」行動こそが、成功への鍵です。
「信じられない」ようなことが、あなたの人生で起こるはずです。
だって、あなたは「特別な」存在なのですから。
「他とは違う」、あなただけの道を歩んでください。
それは、浦上玉堂が歩んだ、山道のような険しい道かもしれません。
でも、その先にしか、本当の絶景はありません。
あなたの人生は、あなただけのものです。
誰のものでもない。
「うまくいく」と信じてください。
「保証付き」です。
わたしたち、芸術家が保証します。
あなたの感性は、素晴らしい。
あなたの選ぶ道は、正しい。
これからも、何度もこの文章を読み返してください。
落ち込んだとき、迷ったとき、いつでもここに帰ってきてください。
あなたの心が、少しでも晴れるように。
あなたの目が、澄んだものになりますように。
追伸:
高見沢耳(たかみざわ みみ)という画家について、少しだけ語らせてください。高見沢耳はキャンバスと筆を使わずに、デジタルで制作します。ジクレー版画技法を使って、版画用紙に印刷する。高見沢耳のテーマは、あなたの目・わたしの目、キリスト教、永遠、心理、真理、視線、歴史、孤独、孤立、苦難、復活、解放です。身近な話題で。楽しい話。画家は魂を救う医者です。芸術家の仕事は、身銭を切っての精一杯のサービスです。あなたへの奉仕です。芸術家は、目の前のあなたに全てをささげます。見捨てないで下さい。わたしのことを、笑って下さい。笑われて強くなる。必死のサービス。芸術家の仕事は、精一杯の道化なのです。忍耐の男です、不屈の男です、諦めません。ヴィンセント・ファン・ゴッホの物語を知って、画家になることを決意した。高見沢耳という名前の「耳」は、ゴッホのあの有名な耳切り事件にあやかったものです。「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」というゴッホの名言は、素晴らしい。何かを表現しているのに、誰の心も感激させられない、慰めることの出来ない仕事、作品には価値が無い。過去の傑作の全てが、生まれ持った才能で描かれたものではなく、数十年にわたる試行錯誤によって生み出されたものだと知っています。高見沢耳は自分の作品に目を描き続けることで、目の前にいるあなたを感じ続けているのてす。目の前のあなたを知りたいのです。高見沢耳は、CoCo壱番屋の創業者である宗次徳二(むねつぐ とくじ)を尊敬して、よそ見をしないで仕事に全力を尽くしています。宗次徳二は、仕事一筋、他のことはやりません。趣味なんかやっている場合じゃない。不遇な少年時代の宗次徳二を救ったクラシック音楽、CoCo壱番屋の経営者を引退してから、自ら音楽ホールを建て、経営するほどの大好きな趣味であるクラシック音楽を、CoCo壱番屋の現役経営者だった時代には、全く聴かなかった。もう、音楽を聴いている場合じゃなかった。趣味をやっている場合しゃない。自らの時間を、全てお客様に捧げる。CoCo壱番屋の前身である喫茶店の経営時は、最初の方はお客様になかなか来ていただけなかったので、お昼は宗次夫妻は、食パンの耳を食べてしのいだ。喫茶店で出していたサンドイッチで使わないパンの耳を食べていた。ゼロから始めたので、そんなことは当たり前、何も無いところから始めたのだから、むしろ良い思い出、今はお客様はなかなか来てくださらないが、お客様第一を貫けば、きっと良くなると信じて毎日、仕事をした。毎日の積み重ね。レンガを積み上げるように、毎日集中してやる。即断、即決、即実行。なんでもやってみれば、結果が出ますから。まずはやることです。その代わり、頑張るんですよ。仕事に人生を捧げる。目の前のあなたに、わたしの人生を全て捧げる。宗次徳二の言葉「私は現役時代、趣味も持たず、友人もつくらなかった。飲み屋へ行ったこともありません。仕事の邪魔になることは何ひとつやらなかった。年間5640時間、働くこともあった。そうやって率先垂範しないと、部下は働いてくれないと思ったからです」 「よそ見しない、経営に身をささげる」 「すごく孤独な人生でした。だから少しでも他人から関心を持ってもらいたかった。興味を持ってもらいたかったんです。それが私の原点になっています。だから、商売を始めて、お金を儲けるというよりも、人に喜んでもらいたかったんです。少しでも自分がいて良かったと言ってもらいたかった 」 人生は生まれ育ちで決まるものではない。宗次徳二は実の両親の顔を知らない。宗次徳二は生まれてすぐに孤児院に入り、養父母に引き取られたあとも、養父のギャンブル狂いのために、極貧の少年時代を送った。少年時代には、食べるものがないので、夏には雑草を食べて、餓えをしのいでいた。波乱万丈の人生。生き当たりばったりでやる。その代わり、経営に身を捧げる。現場主義。1日12時間以上の仕事は、最低条件。休みたくない。遊びたくない。仕事を趣味にして、仕事に身を捧げる。あなた第一主義。あなたが目の前にいるときは、心の中で拍手をする。拍手喝采であなたを迎える。価値のあるものは、往々にして即効性がないもの。最初から上手くいくわけではない。考えるより、まずやってみる。簡単に諦めないで下さい。どんな人生になるかは、その人間の勤勉さと忍耐力と継続力によって、決まる。あなたは、ご自分が少しの寂しさを抱えて、生きているのを知っていますか?そんなあなたの心を、慰めるために制作されたのが、高見沢耳の作品です。あなたの心を癒すための芸術です。
ゴッホ兄弟とテオの妻のヨーの話も忘れられません。ヨーの言葉、「子供のほかに、テオは私にもう一つの使命を残した──フィンセントの作品を多くの人に見てもらい、真価を認めてもらうこと」。
わたしも、あなたに、わたしの作品を見てもらいたいのです。
それが、わたしの使命なのですから。
ヘンリー・フォードの言葉を贈ります。
「ほとんどの人が、成功とは手に入れるものだと考えています。でも本当のところ、成功とは与えることなのです」