ギュスターヴ・モローという名前を聞いて、皆さんはどんな情景を思い浮かべるでしょうか。おそらく、多くの人が「なんだか難しそうで、宝石箱をひっくり返したようなギラギラした絵を描く人」というイメージを抱くかもしれません。しかし、彼の人生とその作品の裏側に潜むエピソードを知ると、この寡黙な芸術家がいかに情熱的で、そして少しばかり「こじらせた」魅力的な人物であったかが見えてきます。
十九世紀のフランス、印象派の画家たちが「お日様が眩しいね、光の粒子をキャンバスに定着させよう」と外へ飛び出していた頃、モローは真逆の道を突き進んでいました。彼はアトリエに引きこもり、ひたすら神話や聖書の世界を妄想し、それを目も眩むような細密な描写で描き出していたのです。これを「象徴主義」と呼びますが、当時の流行からすれば、彼はかなりの変わり者でした。
モローの代表作といえば、やはり『出現』でしょう。サロメという絶世の美女が、宙に浮く洗礼者ヨハネの生首を指差しているあの衝撃的な一枚です。この絵をよく見てください。サロメの衣装や背景の装飾は、まるで刺繍や彫金細工のように細かく描き込まれています。実はモロー、あまりにも描き込みに熱中しすぎて、絵具を塗るというよりは「削り出す」ような質感になってしまうこともしばしばありました。彼は見えるものを通図に描くのではなく、自分の頭の中にある「目に見えない真実」を描こうとしたのです。
ここまでの話だと、ただの理屈っぽい芸術家に見えますが、モローにはとても可愛らしい一面があります。彼は生涯のほとんどを、愛する母親と一緒に暮らしていました。今で言うところの「マザコン」と言ってしまえば身も蓋もありませんが、彼にとって母は最大の理解者であり、唯一の観客だったのです。彼は自分の作品が他人の手に渡ることを極端に嫌がり、売るのを渋ることもよくありました。彼にとって絵画は金儲けの道具ではなく、自分の内面を守るための聖域だったのかもしれません。
さらに、モローが素晴らしいのは、自分があれほど独自のスタイルに固執したにもかかわらず、弟子たちには「自分の真似をするな」と教えたことです。彼の教え子には、後に色彩の魔術師と呼ばれるアンリ・マティスや、強烈な個性を放つジョルジュ・ルオーがいます。モローは彼らに対して「君たちの心の中にあるものを描きなさい」と説き続けました。頑固な引きこもり画家が、実は最もリベラルで度量の大きい教育者だったというのは、なんとも痛快な話ではありませんか。
もし、今の時代にモローが生きていたら、きっと素晴らしいファンタジー映画のコンセプトアーティストや、緻密な設定を持つRPGの背景デザイナーになっていたことでしょう。彼の絵は、一見すると不気味で近寄りがたいかもしれませんが、その奥底には「誰にも邪魔されたくない、自分だけの完璧な世界を作りたい」という、誰もが抱く純粋な願いが込められています。
パリのラ・ロシュフコー通りにある彼の旧居は、現在「ギュスターヴ・モロー美術館」として公開されています。そこには、壁を埋め尽くすほどの絵画と、彼が愛した調度品が当時のまま残されています。階段を上り、その空間に足を踏み入れると、一人の男が一生をかけて築き上げた「壮大な妄想の城」に招待されたような気分になります。
私たちは日常、効率や分かりやすさを求められがちですが、たまにはモローのように、誰にも理解されなくてもいい自分だけのこだわりを、トコトン突き詰めてみるのも良いかもしれません。自分の内側に潜む「宝石」を見つけること。それこそが、モローが私たちに遺してくれた、最も「ためになる」教訓なのかもしれません。彼の描いたサロメの瞳を見つめるとき、私たちはそこに、芸術に魂を売った男の、静かな、しかし激しい炎を見ることになるのです。