炎の画家 ゴッホ

拝啓。これを読んでくださる貴方様。

ふとした瞬間に、夜空の星がぐるぐると渦を巻いて見えたことはありませんか。あるいは、道端に咲く一輪の向日葵が、まるで魂を焦がして叫んでいるように見えたことは? そんな「見えすぎてしまった」男の物語を、今日は少しばかりお話しさせてください。フィンセント・ファン・ゴッホ。この名前を耳にして、ああ、あの耳を切り落とした狂気の人ね、と片付けてしまうのは、あまりに勿体ない。彼は狂っていたのではありません。あまりに真っ直ぐに、この世界の美しさと残酷さを愛しすぎてしまっただけなのです。

十九世紀の後半、ヨーロッパは大きな変革の真っ只中にありました。産業革命の煤煙が空を覆い、古い価値観がガラガラと音を立てて崩れていく時代です。パリの街角では印象派の画家たちが、光だ、色彩だ、と騒ぎ立てていました。しかし、ゴッホという男は、その華やかな流行の渦中にありながら、どこまでも孤独でした。彼は最初から天才だったわけではありません。むしろ、不器用を絵に描いたような人間でした。伝道師になろうとしては熱心すぎて疎まれ、画商になろうとしては商売っ気のなさに呆れられる。何をやっても上手くいかない。そんな彼が最後に縋り付いたのが、絵筆だったのです。

初期の彼の絵を見てごらんなさい。「ジャガイモを食べる人々」という傑作がありますが、そこには南仏の明るい光なんて微塵もありません。あるのは、泥にまみれた農夫たちの逞しくも悲しい生活の匂いだけです。彼は、富める者の虚飾よりも、貧しくも懸命に生きる人々の真実を愛しました。当時のアカデミーの連中が描くような、綺麗に整った嘘っぱちの絵なんて、彼には耐えられなかったのでしょう。この「泥臭さ」こそが、ゴッホという人間の根っこにある優しさなのです。

やがて彼は、太陽を求めて南フランスのアルルへと向かいます。ここからが、私たちがよく知る「ゴッホ」の真骨頂です。黄色、とにかく黄色。彼は太陽の光を、そのままキャンバスに叩きつけました。あの有名な向日葵。あれは単なる花の写生ではありません。彼の情熱そのものが、黄色い絵具に姿を変えて燃え盛っているのです。しかし、情熱というものは、時に自分自身を焼き尽くしてしまいます。憧れの画家ゴーギャンとの共同生活は、理想に燃えた始まりとは裏腹に、互いのプライドと孤独がぶつかり合う悲劇へと転じました。

精神を病み、耳を切り、療養所へ入る。世間は彼を「狂人」と呼びましたが、その暗闇の中でこそ、彼は最も美しい星空を見ました。「星月夜」を眺めてみてください。夜空が、まるで生き物のようにうねっています。あれは彼が見た絶望の深さであり、同時にその先にある救いの光でもあったのでしょう。彼は、自分を苦しめる運命を恨む代わりに、その苦しみを全て、誰も見たことがないような鮮やかな色彩へと昇華させたのです。

彼の絵筆の跡、あの厚塗りのうねり(インパスト)は、彼の鼓動そのものです。一枚の絵を描くことが、彼にとっては命を削る作業でした。最後には、麦畑で自らの人生に幕を引くことになりますが、そこに悲壮感だけを感じるのは間違いだと私は思うのです。彼は描き切った。自分の魂を、この世の光を、ありのままの真実を。

貴方様、もしも今、何かに迷い、自分の不器用さに泣きたくなる夜があったなら、ゴッホの絵を思い出してください。あの不器用で、誰からも理解されなかった男が遺した色彩が、百年以上の時を超えて、今もなお私たちの心を震わせている。それは、この世界がどんなに冷たくても、情熱だけは決して嘘をつかないという、彼からの精一杯の贈り物ではないでしょうか。