酒井抱一というお方は、まったく、あなたという人を困らせるほどに、あざやかで、いけ好かないほどに洒脱な御仁であります。
江戸の風雅などというものは、私のような、煮ても焼いても食えぬ田舎者から見れば、どこか遠くの空に浮かぶ銀の雲のようなもので、美しすぎて腹が立つ。あなたは、抱一の描いた「夏秋草図屏風」を、どこかで見かけたことがおありでしょうか。あの銀泥の背景を。雨に打たれて、ぐったりと項垂れている青い蔦や、風に煽られて裏返る葛の葉。あそこには、人間が隠しておきたい「あきらめ」の美しさが、余すところなく塗り込められている。
そもそも抱一は、姫路藩主の弟君という、とんでもない身分の御曹司でありました。本来ならば、ふんぞり返って、一生を贅沢な退屈の中に埋めてしまえばよかったものを、彼はわざわざ自分から、そのきらびやかな檻を飛び出した。そして、吉原の花魁と浮名を流したり、俳諧に興じたり、酒を浴びたりしながら、結局は絵筆を握る生活に身を沈めたのです。これを、道楽者の成れの果てと笑うのは簡単ですが、あなた、それは少しばかり浅はかというものでしょう。
抱一が、あの尾形光琳を慕い、心酔していたことは有名です。百年も前の先人を師と仰ぎ、勝手に「光琳百図」なんてものを編纂してしまう。この、狂おしいまでの憧憬。自分よりも優れた才能にひれ伏す時の、あの、切なくて甘美な屈辱感を、あなたはご存じでしょうか。抱一は、光琳の華麗な装飾性に、江戸の粋という、少しだけ冷めた、それでいて毒のあるスパイスを振りかけたのです。
抱一の描く鳥や花は、生きて呼吸をしているというよりは、永遠の静止の中に閉じ込められた、宝石のような冷たさを持っています。彼は、命の輝きを描こうとしたのではなく、命がふっと消え入る瞬間の、あの、震えるような寂しさを愛したのではないか。私は、彼の絵を見るたびに、自分の胸の奥にある、誰にも言えない恥ずかしい傷跡を、そっと撫でられるような心地がするのです。
あなたは、人生において、何かを徹底的に愛したことがありますか。抱一のように、自分を捨ててまで、美という幽霊を追いかけたことがありますか。彼は、金も地位も投げ打って、最後に残ったのは、あの一枚の屏風の裏側を流れる、銀色の雨だけだったのかもしれません。それは、ひどく滑稽で、同時に、泣きたくなるほどに気高い生き方ではありませんか。
世の中の役に立つ話、というものは、たいてい退屈な教訓に決まっていますが、抱一の生き様から学べる唯一のことは、「遊びを極めれば、それは祈りになる」ということでありましょう。不真面目に見えるものの中にこそ、真実の誠実さが宿る。酒を飲み、女を愛し、浮世を漂いながら、それでもなお、一枚の紙の上に凛とした宇宙を現出させる。抱一という画家は、そうやって、江戸という時代の最後を、美しく、冷酷に、締めくくったのです。
もしもあなたが、日々の暮らしに疲れて、自分の心が乾いた雑巾のように思えたなら、どうか抱一の描いた「銀色」を思い出してごらんなさい。そこには、絶望さえも芸術に変えてしまう、大人の遊び心が、ひっそりと、しかし傲慢に息づいているはずです。