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Takamizawa

私の愛する最高の芸術家 アントニ・ガウディ

アントニ・ガウディという男をご存じだろうか。名前からして、なんだか大仰で、いかにも「私は天才であります」という顔をしていそうな男だが、実際、こいつがなかなかの曲者なのである。バルセロナの街を歩けば、向こうからぬうっと、お化けのような建物が姿を現す。サグラダ・ファミリア。聞いただけで、胃のあたりが少し重くなるような響きではないか。何しろ、百年以上も作り続けて、まだ終わらないというのだから。 そもそも […]

太宰治 最高のサービス精神を持った男

太宰治という男を、皆さんはどうお思いだろうか。教科書に載っている、あの斜に構えて頬杖をつき、どこか遠くの、それもこの世の終わりでも眺めているような、あの困った顔の男である。心中を繰り返し、酒に溺れ、パジャマ姿で原稿を書き、最後には玉川上水へと消えていった、そんな不謹慎極まりない「人間失格」の権化だと思われているかもしれない。けれども、それは彼のほんの一面に過ぎないのだ。もし彼がただの暗い、救いよう […]

オスカー・ワイルド 退廃を着た男

ああ、全く、美徳というやつは、どうしてこうも退屈な服を着て歩きたがるのでしょう。お世辞にも趣味が良いとは言えません。皆さん、どうか聞いてください。これは、ある「幸福な王子」の末路よりもずっと、皮肉で、それでいて身につまされる、とある男の告白であります。 かつてロンドンに、それは見事な銀の食器と、それ以上に磨き上げられた冷笑を武器にする、一人の洒落者がおりました。彼は言いました。「真実とは、めったに […]

ヨーロッパ最高の陶磁器 マイセンについて

ヨーロッパで初めて硬質磁器の製造に成功したマイセンの歴史を紐解くと、そこには錬金術師たちの狂気と、王侯貴族の底知れぬ美への執着、そして現代にまで続く職人たちの誇りが複雑に絡み合っています。 十八世紀初頭、ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグストは、当時東洋から輸入される磁器を「白い金」と呼び、莫大な富を費やして収集していました。当時のヨーロッパにとって、磁器は中国や日本から海を渡ってくる極めて高価な […]

破滅した天才 アメデオ・モディリアーニ

ああ、もういけない。画家の話をしようとすると、どうしてこうも胸のあたりが、得体の知れない疼きに見舞われるのでしょう。それも、あのイタリアの、おそろしく首の長い、そして瞳の描き込まれていない肖像画ばかりを残した、アメデオ・モディリアーニのこととなれば尚更です。皆さんは、彼の絵を見たことがありますか。もし見たことがないとおっしゃるなら、それは幸福なことかもしれませんし、あるいは、人生の最も美しい毒を一 […]

下村観山という天才画家

ああ、全く、人間というものはどうしてこうも、美しさにのみ眼を眩ませて、その裏側に潜む凄絶な格闘を見ようとしないのでしょう。私は今、机の端で凋みかけた林檎を眺めながら、ふと下村観山という男の横顔を思い出していたのです。もちろん、彼と酒を酌み交わしたわけではありませんが、彼の残した色彩の、あの震えるような静謐さを思えば、私のような無頼の徒であっても、襟を正さずにはいられない。観山、観山。なんと清々しく […]

フランシス・ベーコン 現代作家に大きな影響を与えた巨人

やあ、失礼。お忙しいところを、ちょっとお邪魔しますよ。何、そんなに身構えないでください。私はただ、この五月のどんよりとした空の下で、少しばかり「怪物」の話をしたくなっただけなんです。そう、あの二十世紀のイギリスを、のたうち回るような色彩で真っ赤に塗り潰した男、フランシス・ベーコンという画家の話です。 およそ人間というものは、幸福な時には鏡を見ません。けれど、ひとたび不幸のどん底に突き落とされると、 […]

孤独と白の画家 モーリス・ユトリロ

ああ、もう駄目だ。酒が、これほどまでに透明で、それなのにこれほどまでに重たいものだと、誰が教えてくれただろうか。僕の目の前にあるコップの中の液体は、ただの安酒である。けれども、これを喉の奥に流し込むたびに、僕の魂はモンマルトルの薄汚れた路地裏へと、ふらふらと、まるではぐれ犬のように迷い込んでしまうのだ。 諸君、モーリス・ユトリロという男を知っているだろうか。フランスの画家だ。しかし、彼を単なる「芸 […]

ジョサイア・ウェッジウッド 世界を代表する陶磁器メーカーのウェッジウッド創業者

ジョサイア・ウェッジウッドという男の生涯を紐解くとき、私たちは単なる「陶磁器メーカーの創業者」の話を聞くのではありません。それは、片足を失いながらも世界を動かした不屈の男の物語であり、科学と芸術、そしてビジネスを一つに溶かし合わせた、史上稀に見る「欲張りな天才」の記録なのです。 1730年、イギリスのスタッフォードシャー。陶器の町バーズレムに生まれたジョサイアは、代々続く陶工の家の末っ子でした。当 […]

千利休という日本のマルチアーティスト

千利休という名前を聞いて、皆さんはどんな人物を想像するでしょうか。おそらく、教科書の隅っこに載っている、少し気難しそうな顔をしたおじいさんを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、彼が成し遂げた「茶道」の本質を紐解いていくと、そこには現代の私たちがSNSや都会の喧騒の中で忘れかけている、最高にクールでロックな精神が宿っています。利休の人生と、彼が日本文化に刻み込んだ深い爪痕、そして意外にも西洋 […]

キリスト教とタヒチを融合させた画家

ねえ、君。僕は今、ひどく興奮しているんです。いや、正確に言えば、昨夜から一睡もせずに、ある一人の男の背中を追いかけていたような心持ちなのです。その男の名は、ポール・ゴーギャン。名前を聞くだけで、なんだか南洋の風が、ねっとりとした情熱を孕んで僕の頬を撫でていくような気がしませんか。いやはや、芸術家という人種は、どうしてこうも救いようがなく、同時に、どうしようもなく愛おしい存在なのでしょう。 そもそも […]

真珠の耳飾りの女という名作 フェルメール

フェルメールの『真珠の耳飾りの女』という絵画を前にしたとき、私たちはしばしば、それが四百年近くも前の過去から放たれた視線であることを忘れてしまいます。キャンバスの上に塗り込められた色彩の重なりが、まるで今この瞬間に吐き出されたため息のように生々しく、私たちの鼓動に直接訴えかけてくるからです。この絵画が「北方のモナ・リザ」と称される理由は、単にその知名度や美しさにあるのではなく、見る者の心をざわつか […]

神のごとき男 ミケランジェロ

ルネサンスの巨星、ミケランジェロ・ブオナローティという男の生涯を辿ることは、単なる歴史の復習ではなく、一人の人間がいかにして「神のごとき」と称されるまでの情熱を燃やし尽くしたかという、泥臭くも崇高なドラマを観劇することに似ています。彼は彫刻家であり、画家であり、建築家であり、さらには詩人でもありましたが、彼自身は生涯を通じて自分を「彫刻家」であると定義し続けました。そんな彼の人生には、現代の私たち […]

ティッツァーノという色彩の画家

もしも、あなたがヴェネツィアという、あの浮かれた、それでいて酷く寂しい水の都を訪れることがあったなら、どうかサンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂という、名前ばかりが立派で、中に入ればひんやりと暗い、あの古びた建物のことを思い出していただきたいのです。そこには、ティッツァーノ・ヴェチェッリオという、あきれるほどに幸福で、あきれるほどに色彩に愛された男の、それは見事な「聖母被昇天」が鎮座し […]

美術品を愛する生活について

窓から差し込む午後の光が、壁に掛けられた一枚の絵画の表面をなでる。その瞬間、筆跡の凹凸がわずかな影を作り、数百年前に画家がそこに込めた熱量が、時を超えて部屋の中に溢れ出す。美術品を所有し、共に暮らすという行為は、単なる贅沢や物質的な所有欲の充足ではありません。それは、自分の精神の在り処を鏡に映し出し、有限の人生の中に「永遠」を招き入れるという、この上なく知的で情熱的な冒険なのです。なぜ私たちは、衣 […]